編入生の生活事情
季節は秋。やがて風が冷たくなり、肌寒くなっている頃。
放課後、1年Dクラスの教室。
「‥‥‥」
アイトは机に頬杖をついて不機嫌そうな顔になっている。その原因は、彼の近くにあった。
「ラペンシアはどんな魔法が得意なんだ?」
「火属性魔法よ、他よりマシという程度だけどね。
私からも聞いていい? カルスくんは何が得意?」
「俺は振動魔法だな! 拳や武器に付与して
相手をぶっ飛ばす! それが爽快なんだぜ!」
「ふふっ、カルスくんらしいわね」
これがアイトの不機嫌な原因。
自身の友達であるギルバートと席を向かい合わせにして楽しそうに話す、自分の隣の席に座った編入生のせいである。
「そうそう。ギルは大雑把な戦闘スタイルなのよ。
あ、ちなみに私は幻影魔法ね」
ギルバートの隣に自分の椅子を寄せたクラリッサがドカッと座り、彼の肩に手を置く。
「大雑把とかお前に言われたくねえわ!?」
ギルバートが反抗するように叫ぶが、クラリッサは視線すら合わせずに無視していた。
その様子を見かねて、ユニカは少し微笑みながらクラリッサへ話しかける。
「クラリッサさんの猛撃ぶりは昨日聞いたわ。
杖を透明にして怒涛の連撃を繰り出す鬼スタイル。
まさしく『鬼杖』と大絶賛だって」
「うっ!? なによその鬼杖って! 腹立つわね!」
クラリッサが息を詰まらせるように狼狽すると、ギルバートが仕返しとばかりに小言を返す。
「『剣魔』と呼ばれるようになった1年最強と名高い
Aクラスのシスティア・ソードディアスを
あと一歩まで追い詰めたんだ。
『鬼強え〜!!!』ってみんな言ってたからな」
「由来ダサッ!? ますます腹立つわ!!」
クラリッサが顔を真っ赤にして頭を抱える様子を見て、ギルバートは笑っていた。
すると彼らの輪の中に入っていたが、口数が少なかったポーラがが
「私もクラリッサの『鬼杖』ぶり見たかったです。
ユニカさんも、もう少し前に編入していれば」
「見れなかったのは悔しいわね。
でもね、ポーラさんのも見てみたかったわ。
あなたがAクラス男子に繰り出した固有魔法を」
「うぇっ! あれは運が良かったというかっ!?」
ユニカの言った魔法について、ポーラは話すことができない。それは自分の力ではなく、今も不貞腐れている黒髪少年に貸してもらったものだからだ。
そんな彼女の慌てようにユニカ、ギルバート、クラリッサは笑い出す。ユニカの隣に座っていたアイトを除いて。
(なんでこいつが編入したんだよ‥‥‥)
アイトは、こうなった経緯である出来事を思い出していた。
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事の発端は2日前のユニカの編入。彼女の席は、なんとアイトとギルバートの間に割り当てられた。
隣に来たユニカがニコッと微笑むと、アイトは「うわ猫かぶってるよこいつ」と嫌そうな顔をしてしまう。
「ローグくん、初日で魔導書が無いから
見せてくれないかしら?」
「‥‥‥ああ」
周囲の視線があるため無下には出来ず、アイトはユニカと机をくっつけて授業を受ける。
するとユニカが紙の一部をずらし、アイトに見えるように置いた。
『ずいぶん嫌そうね。傷つくわよ?』
その紙には彼女の筆談でそう書かれていた。編入初日で馴れ馴れしく会話をすると不思議に思われるからだ。今は筆談であるため、当然周りは気付いていない。
明らかに彼女の書いた筆談は揶揄い要素があるように見えたため、アイトは面倒くさいといわんばかりに目を細める。
だがこの機会に真意を聞いておこうと、アイトは渋々返事を書いた。
『なんで学園に編入してきた?
それに事前に言ってくれ、心臓に悪い』
それを見たユニカは、少し時間をかけて書く。
『いいサプライズでしょ? いい反応してたわよ?』
それを読んだアイトはビキッと青筋を立てつつ、書き返す。
『いいからここに来た理由を教えろ』
そしてまたユニカが書く。だが書く文字数が多かったのか、さっきよりも時間がかけて、アイトに見せた。
『ラルド教官は私が本拠地を自由に歩き回るのが
我慢できないらしいわ。だから私から提案した。
信頼してもらうまではこれが最善だと思ったの』
それを読んだアイトが書く。
『学園に来ることに何のメリットがある』
ユニカがノートのページを変え、返事を書く。またしても文字数が多かった。
『あなたに監視されて何もないと判断してもらうのが
最も信頼を勝ち取る近道だから。
あと学園で何か起こった時に対処できれば
文句無しに評価してもらえる』
疑問に思ったアイトが、少し時間をかけてこう書く。
『それなら本拠地での任務を受けた方が
評価されるだろ。評価という点は最善とは
思えない。お前、何か隠してるな?』
それを読んだユニカは顎に指を当て、考える様子を見せる。そして少し時間を置いた後に、彼女はこう書いた。
『鈍いのか鋭いのか、よく分からない人ね』
「何が言いたいっ!?」
誤魔化しつつ煽るような文章に、アイトは思わず大声を上げてしまう。それも授業の真っ最中に。
すると、当然不満を持つ者が現れる。
「ディスローグくん? 私が言いたいことが分かる?」
それは、いつもは穏やかで優しい担任の女性。彼女は今も微笑んでいたが、笑ってはいなかった。
「し、静かにしてください?」
それに圧を感じたアイトは控えめな口調で答えを言う。まるで聞かれた問題に、自信なく答えたように。
「正解、よくわかりましたね〜? ね〜???」
「すいません!!!!」
当然というべきか、クラス内で笑い声が響く。注目を浴びたアイトは顔を真っ赤にして縮こまり、顔を下に向ける。
『今はもうやめましょうか』
『二度とやらんわ』
こうして、ユニカとのやりとりは強制的に終わった(一方的に終わらせた)。
授業終了後。
アイトは少し不機嫌な様子で、手早く机を引き剥がそうとする。
「ローグくん、さっきの授業で分からない所が」
だが、その前にユニカは話しかけられた。また何かあるのかと警戒したアイトは、僅かに睨み返した。
「次はそうやって揶揄うつもりか?
学園でも無理に関わろうとしなくていいぞ」
「‥‥‥へぇ〜」
彼の言葉にカチンと来たユニカは、まるで対抗するように机を勢いよく引き剥がす。
そしてアイトの友達であるギルバート・カルス、クラリッサ・リーセル、ポーラ・ベルに話しかけに行き、ユニカは全員とすっかり意気投合。
アイトたちのグループにユニカが加わることになり、彼らは5人組となったのだった。ユニカはクラス内の人気をあっという間に高めていき、既にクラスの人気者になりつつある。
(はぁ、猫被りやがって)
アイトは心底納得いってなかったが。そのためほとんど彼女と口を聞いてない。
「ローグくん、どうしたの? 体調でも悪いの?」
すると、ユニカが肩を揺すりながらニヤニヤと笑い始める。彼女は案外根に持つタイプだった。
「あー最近理不尽なことが多すぎて心折れそうだわ」
「へぇ〜そうなんだ」
アイトは横目でユニカを見ながらそう言い返した。明らかにわざとらしい発言を受けても、ユニカは笑顔をやめなかった。
(おい、なんでこの2人ってこんなに仲悪いんだ?)
(アイトがこんなに不機嫌なのは珍しいわよね。
でもユニカが怒らせたようには見えないし、
ポーラ、あんたなら何かわからない?)
(私も特に気づいた点はないです、というより
始めからアイトくんの機嫌が悪かったような‥‥‥)
アイトの友達3人衆が小声で話し合う。アイトはそのことに気づき、余計な心配をかけてしまったと反省する。
「‥‥‥ま、これからよろしくラペンシア」
その反省から、アイトはなるべく平静を装ってユニカに歩み寄ろうとした。ちらっとユニカに視線を向けて挨拶を交わす。
「ふっ、素直じゃないわね。よろしくローグくん?」
アイトにしか聞こえない小声でしてやったり顔で言うユニカ。
歩み寄ろうという決意が一瞬で揺らぎ、また青筋を立てたのは言うまでもない。
その後、普通に戻ったアイトを見て落ち着く友達3人衆だった。
(あの女‥‥‥好き勝手に動けると思うな)
廊下を歩いてEクラスの教室に向かいクラスメイトと話しながら、メリナはユニカをガン見しているのだった。
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翌日の放課後。
ユニカは空き教室に呼び出されていた。
「どうしたの、クラリッサ。
急にこんなところに呼び出して」
呼び出し相手はクラリッサだった。いつにも増して真剣そうな表情を浮かべている。
「ユニカに聞きたいことがあるの」
「わざわざ人目が無いとこを選ぶってことは、
聞かれたくない話なのね?」
「どっちかって言うとユニカが
聞かれたくないと思ってね」
「??」
ユニカは全く意味が分からないまま待っていると、クラリッサが意を決して口を開いた。
「あんた‥‥‥アイトのこと好きなのっ!?」
「ーーーーーーは?????」
ユニカは意味が分からずかなりの声量で間抜けな声を上げた。だがクラリッサは間髪入れずに話し始める。
「時々アイトの方見つめてるし、よく揶揄ってるし!
その時のユニカ、とってもいい顔してるし!
やけにアイトと距離が近いっていうかっ!
もし好きなら私が全力でサポートするから!!」
クラリッサは他人の恋バナ大好き。つまりそういうことだった。ユニカはこれまでの中で最も大きいため息をつく。
「やめてくれない? あり得ないから」
ユニカはそう言い捨てた。
見つめているのは組織の代表であるアイトがどんな人間か詳しく観察するため。後に『黄昏』と密接に関わる際にうまく立ち回るため。
揶揄うのはエルジュの代表であるアイトの咄嗟に出る素の態度をを理解するため。その時にいい顔をしてるのは反応が単に面白いから。
距離が近いのはまだ編入直後で教材や魔導書が無いから見せてもらうため。
つまり、全て自分のために行っている結果である。
(いい人だとは思うけど。
彼を好きになる人は茨の道ね、同情するわ)
勝手に同情し始める。そんな冷静な判断ができるユニカは明らかに今、恋愛感情を持っていない。
『黄昏』の女性陣は大体アイトに好印象を抱いていること(特にミアと今不在のエリス)。
姉であるマリア・ディスローグが重度のブラコンであること。
3年Aクラス、王国最強部隊『ルーライト』隊員のシロア・クロートと仲が良いこと。
1年Bクラス、アヤメ・クジョウがアイトの事になるとどこか様子がおかしいこと。
4年Dクラス、スカーレット・ソードディアスと1年Aクラス、システィア・ソードディアスの有名姉妹に目をつけられていること。
様々な情報を集めた今のユニカに、恋愛感情を抱くわけもない。関わりも浅い。
せっかく以前よりはるかに楽しい生活が始まったのにそれを棒に振りたくない。
「えっ! 違うの!?」
そんなユニカの思考を遮るように、アヤメは驚いた声を上げる。
「違うって。普通に友達よ」
「わざわざアイトにばっかり魔導書とか
見せてもらってるじゃない! 怪しいわ!」
(それは逆隣がカルスくんだからよ!!
彼に見せてもらったらあなたが嫉妬するでしょ!?)
クラリッサがギルバートに片想いしていることを知っていたユニカの配慮もあったのだ。
それをまるでわかっていないためユニカは心の中で全力でツッコミを入れた。
「じゃ、じゃあ誰か気になってる人とかいる?
ま、まさか本命はギルとかじゃないわよねっ」
(ああめんどくさいわね!? これが恋する乙女か!
こっちは恋愛する余裕ないし、気分じゃないの!!)
勝手に解釈して顔が真っ青になるクラリッサを殴りたくなったユニカ。しかしせっかくできた友達を失いたくない。自分が詳しく説明すればいいだけだと判断した。
「私、これまで友達があまりいなくてね。
だから隣の席で話しやすかったローグくんと
友達になれるかもって浮かれちゃったの。
カルスくんは男らしくて私からすれば
話しづらかったから、クラリッサが
紹介してくれてとても感謝してる。ありがとう」
ユニカはニコッと笑う。非の打ち所がない演技。だが友達という存在を知らず、つい浮かれてしまったのは本当のことだ。
もちろん過去の話は出来るわけがなく嘘をつく形にはなるが、ユニカの発言の一部には真実も混ざっていた。
「ユニカ‥‥‥ごめんっ!!」
その気持ちが届いたのか、クラリッサは全力で頭を下げる。
「いやっ、全然大丈夫だからっ。
むしろ心配してくれてありがとう、クラリッサ」
「ユニカ‥‥‥」
クラリッサは彼女の名前を呼んで立ち尽くす。ユニカも内心、これで一件落着かと安堵していた。
「‥‥‥尊いっ。尊いわユニカっ!!!!」
「う、うん??」
突然叫んだクラリッサはユニカを抱き締めて頭を撫でる。身長はクラリッサの方が高いためユニカは包まれながら戸惑っていた。
「困ったことはなんでも言って!!
勉強のことでも体術のことでも恋愛相談でも!!
私は、あなたの友達だからっ!!」
「あ〜ありがとう」
そう言ったユニカの目は死んでいた。
こうしてクラリッサの好感度が爆上がりし、翌日からは時々自然に抱きついてくるようになった。
「じゃあ私もいいってことですよね!」
それに看過されたポーラも笑顔でユニカに抱きつく。ユニカは完全に抱き枕と化していた。笑顔に見えるが瞳に光が灯っていない。
((なにしてんだ‥‥‥))
それを見たアイト、ギルバートは呆れていた。
「失礼します」
すると廊下から声が響くと共に、とある女性が教室の中へと入ってくる。その相手を見た生徒たちは目を見開いて驚いていた。
それは、当然アイトも同様である。いや、むしろ1番驚いていた。
「私は4年のマリア・ディスローグ。
アイトとユニカ・ラペンシアさんはいるかしら」
姉であるマリアが教室に来て、いきなり呼び出されたのだから。
「え」
アイトが声を出して固まっていると、周囲の視線が集まり始める。視線の対象は名前を呼ばれて今も固まるアイトと、2人の女友達に抱き締められて埋もれているユニカ。
「おいアイト、お前の姉ちゃんが来たぞ」
「アイトならともかく、ユニカも?」
「いったいなんなのでしょうか‥‥‥」
友達のギルバート、クラリッサ、ポーラも少し驚いた様子で呼ばれた2人を見つめていた。アイトたちは5人でいるため、教室内でも結構目立つ。
そのためマリアも弟の存在に気づいて、ズカズカと歩き始める。
「アイト! いるなら返事しなさい!!」
そしてマリアは開口一番アイトを嗜めると、すぐに腕を掴む。
「あなたがラペンシアさんかしら」
そして視線はユニカへと向けていた。ユニカは少し驚きながらも、控えめに口を開く。
「はい、私ですけど何か用ですか」
「そ。今からあたしについて来てね」
淡々と話したマリアは踵を返して教室を出ていく。当然、アイトの腕を掴んだまま。
強制連行されていくアイトは、せめてもの反抗なのか咄嗟に話しかけた。
「ちょっ! 俺も何か関係あるの!?」
「それはついてからのお楽しみよ♪」
弟の質問に答えず、はぐらかしたマリアは満面の笑み。
(ぜったい面倒なことになるじゃん‥‥‥)
そんな姉を見たアイトは、既に嫌な予感を感じていた。
(ローグくんならともかく、私にも用って何‥‥‥)
それは、少し後ろを歩くユニカも同様だった。