幕間 エルジュ構成員『監視対象』 ユニカ・ラペンシア
元ゴートゥーヘル最高幹部『深淵』第六席、アンノーン。
アイトの命名により、ユニカ・ラペンシアと名乗ることになった少女。
染色魔法が付与されたヘアピンによって元の黒髪から灰色髪へと変化を遂げ、髪型はレイヤーボブ。
大人びた容姿から想像がつくクール系美少女ーーーと、ユニカ本人は思っている。
そんな彼女が、代表部屋の前で聞いたアイトの本音。
信頼し始めてくれていること、必要とされていることに嬉しさを覚え始めた頃だった。
(これからも頑張らないとね)
代表部屋から離れたユニカは、新たにそんな決意を抱いた。
その翌日。
(‥‥‥普通あの流れで尾行されることになる??)
訓練場で訓練を受けていたユニカは、外から自分を見つめる視線を感じ、ため息をついていた。
(しかも、あの子はーーー)
「‥‥‥(じー)」
外からユニカを見ていたのは女の子。少し癖のついた紫髪がピョコンと跳ねていて、背は低め。そんな少女の無機質な目が一直線にユニカを見つめている。
「お、おいあの人はっ」
「最年少で序列第8位の天才少女!」
「な、なんで訓練場の中なんて覗いてるんだ?」
他に訓練を行っていた構成員たちが驚きの声を上げる。そこから得た情報から、相手が誰であるか推測するのは容易だった。
だが、ユニカの頭には疑問が浮かんでいた。
(序列第8位、『腐乱』リゼッタ。
特異体質による毒魔法使いで、最年少。
構成員も尊敬している有名な彼女が、
あんな周囲を気にしない不用意な監視をする?
まさか天然じゃあるまいし、何か狙いが‥‥‥)
ユニカは完全に深読みをしていた。キレ者である彼女だからこそ、リゼッタの真意が読み取れない。
(いる、ラペ、かんし、けいぞく)
つまりリゼッタが、彼女の言う『天然』であった。
「あ、あの〜リゼッタさん? 私に何か‥‥‥」
「! べつ、なにも」
結局、ユニカは彼女の元へ歩いて話しかけることにした。
リゼッタは目を逸らし持ち前の無表情を活かして誤魔化そうと試みる。
だが元ゴートゥーヘルの最高幹部だったユニカには、彼女の動揺が手に取るようにわかった。
「そうですか。私はユニカ・ラペンシア。
最近加入した私ですらリゼッタさんの話は
よくお聞きします。私、尊敬してます」
「そ、そう。リーの、はなし、へへ」
リゼッタはどこか嬉しそうだった。まだ少し幼く、素直であるため褒められると嬉しいのだ。
(この子、チョロすぎない? 少し心配だわ‥‥‥)
ユニカは内心そんなことを考えていた。するとリゼッタはハッとした様子で首を振った。
「リーは、ラペに、ては、かせない」
「ら、らぺ‥‥‥?」
『まさか自分のこと‥‥‥?』とユニカは思わず眉を顰めそうになるが、咳払いをして無理やり自分を落ち着かせる。
「‥‥‥実はここだけの話、私を組織の加入に
推薦してくれたのは、『天帝』レスタ様なんです」
「! レーくん、なのっ」
代表の名を聞いたリゼッタの視線が明らかに柔らかいものとなる。
(ま、推薦じゃなくて成り行きで加入したんだけど)
推薦で加入したという話はユニカ自身聞いていないが、もし推薦されて加入していたとしたら、推薦してくれた人は間違いなくアイトだろう。
つまりユニカの発言は半分嘘、半分真実といったものだった。
「レーくん、すいせん、はじめて。
きたいされてる。だから、てつだう、ラペ」
「ありがとう。それじゃあせっかくだし、
お友達になりましょ?
リゼッタちゃんって呼んでいいかしら」
「らじゃ。よろ、ラペ」
こうして、ユニカはリゼッタと交流を始めた。そこでリゼッタは、もう監視しなくていいと判断したのだった。
翌日、午後。子供たちの教育施設。
「ユニカお姉ちゃん、あそぼ〜!!」
「ふふっ、今日は何して遊ぶ?」
自分を慕ってくれる幼い女の子に抱きつかれ、ユニカは笑顔で頭を撫でる。
日々の訓練で心身共に鍛えて休まらないユニカは、住み込みで手伝いをしている教育施設が心の安らぎ場だった。
クール系美少女を自称しているユニカは、子供たち相手だと自然と笑みが溢れる。
そう、ユニカは子供のお世話が好きだったのだ。この一面は彼女本人も驚くほどだった。
無邪気な笑み、素直に気持ちを伝えてくれる子供と話し、遊ぶのが癒されるのだ。
「この前習った火属性魔法!
もっと上手くなりたいの!!」
「いい心がけね。じゃあ、あれ見て?」
ユニカが指を指す。少女がユニカの指の方を見ると、メガネをかけた茶髪女性がいた。
「どっちがあの人を火で上手く
空に描けるか勝負しましょ? 時間は5分」
「わかった! 負けないからねっ!」
2人は楽しそうに空に火を飛ばしてその女性を描き始めた。
片方は、描く対象の相手を見てニヤリと笑っていた。少しは動揺してるだろうと予想して。
(あの女‥‥‥気づいていたか。
奴らの元最高幹部というのは本当らしいね)
変装して教育施設の職員を装い、監視していたはずが子供のお絵かき勝負の題材にされた序列第10位、『軍師』メリナは眉を顰めていた。
ユニカは女の子の隣で絵を描きつつ、時々メリナの方を見て微笑む。
(くそッ、女の腹の底が読めないっ。
私の尾行に気づかれるとは思ってなかった。
戦力としては期待できるけど、信じろなんて。
私にはそんな度胸ないよ‥‥‥代表と違って)
メリナが睨み返していると、ユニカは「できたっ。少し用事あるから終わったら声をかけてね」と女の子に伝える。
そして、メリナの方へと歩き出した。ユニカ、メリナはお互いの腕を伸ばせば届く距離で向かい合う。
「魔法を持続させたままこっちに来るなんて、
私に対して随分と余裕ね?」
「それくらいできないと
あの地獄では生き残れなかったの。
次の監視はメリナさんってわけ?」
ユニカがやれやれと両手を振ると、メリナは睨んだ。
「それだけお前が信用できないってことだよッ」
「その言葉、さすがに聞き飽きたわ‥‥‥」
ユニカはうんざりと言わんばかりに大きなため息をつく。何回も信用できないと言われて本当に疲れていた。精神的な意味で。
「何が狙いだ。なんでエルジュに加入した」
「だから生きるためだって。
ラルド教官から話聞いてないの?」
「そんなの信用できーーー」
「ならローグくんに聞いて。それでいいでしょ」
ユニカがあっけからんと答える。
「貴様が代表の名を呼ぶなッ‥‥‥!」
メリナはギリッ‥‥‥と歯を噛み締める。アイトの名を出されて頭に来たのだ。
だがユニカはその様子を確認せずに背を向けた。
「お姉ちゃん〜! できたよ〜!!」
お絵描き勝負をしていた女の子がこちらに走ってきたからだ。
「じゃあ、これからよろしくね。メリナさん」
それだけ言い残し、ユニカは女の子の方へ歩いて行く。メリナはそれを見届けるしかない。
(絶対、私が本当の狙いを暴いてやる)
メリナはそう愚痴りながらも、すぐにラルドへ報告しに行くのだった。
さらに翌日、エルジュ本拠地の大食堂。
(もう、これ隠す気ないでしょ‥‥‥)
空いた席に座って食事を摂り始めたユニカは内心呆れていた。
「もごっ、あむっ(チラッ、チラチラッ)」
隣で大げさに食べる銀髪ツインテ少女が時折ユニカの顔をチラチラ覗き見てくるからだ。
そしてリゼッタの時と同様、少女は他の構成員から注目を集めまくっている。
(訓練場の時よりも話しづらいわね)
ユニカはコップを手に持って立ち上がり、水を貰いに行くふりをして席から離れる。
「あ、のーーー喉が乾いチャッタァ!」
そう言った銀髪ツインテ少女もユニカと同様にコップを持って後をついて行く。
ユニカは内心「こいつやば‥‥‥」と感じつつも大食堂から離れて行く。水を貰いにいくのが目的なら明らかにおかしい行動である。
だが、後ろをついてくる少女も当たり前のように大食堂から離れた。尾行を優先するあまり、相手の不自然な行動に全く疑念を抱いていない。
(これは楽ね)
廊下に差し掛かり人目が無くなった瞬間ーーー。
「うみゃあ!?」
ユニカの身体から湧き出した呪力が少女の身体を拘束し、そのまま廊下の窓から外に出る。そして死角となる大食堂の裏で足を止めた。
「何のよう? 序列第3位のカンナさん?」
「うぇっ!? な、なんのことかにゃあ〜!?」
呪力で拘束されているカンナは即座に返事した。額から汗をダラダラ流しているのは命の危機を感じたからではなさそうだった。
「銀髪ツインテールで天真爛漫。
そして何よりその眼‥‥‥隠す気あるの?」
「あんな所で変装した方が目立つよ〜!」
その発言は、自分が監視していたと認めるようなものだった。だが、ユニカが抱いた感情の要因はそこじゃなかった。
(いや、どう見ても目立ってたでしょ)
そんなどうでもいいツッコミが思い浮かんでしまうほど、ユニカは呆れていた。
「はっ! しまったバレちゃった!?」
やっと自分の失言に気づいたカンナ。まるで彼女だけ数秒感覚が遅れているかのような間の悪さ。
「逆にバレてないとでも?」
今のユニカは完全にツッコミマシーンと化してしまった。
「え? リゼッタとメリナの話を聞いた感じだと
コソコソしてたら気付かれたって言ってたから
近くに鉢合うただの他人を演じてたの!
『あ、これまた偶然ですねぇ』みたいな!」
カンナは演技じみた声で自分の考えていたことをペラペラ話し出した。
エルジュに加入してまだ日が浅いユニカにとって、今は構成員の人と親睦を深めて信頼関係を築くことが最重要。それは重々理解していた。
「あなた‥‥‥‥‥‥‥‥‥アホなの?」
だが、それでもユニカは口からそんな言葉が漏れ出ていた。
「うわ! ユニカひっどい!
私じゃなかったら怒ってるよ〜!
これからは仲間なんだから、言動に注意っ!」
(なに、この子? 距離の詰め方エッグいわね‥‥‥)
カンナと話していると毒気が抜かれていく。警戒していた自分がバカらしくなったユニカは呪力の拘束を解いた。
「えへへ、解いてくれてありがと、ユニカ!」
(ついにお礼まで言った‥‥‥)
満面の笑みでカンナが感謝を述べると、ユニカは苦笑いをしていた。なぜか、会話の主導権が握れなかった。
「ちなみに私は大歓迎だよ!
レスタくんの話を聞いた感じ、
ユニカに悪意は全然感じない!
組織に入ってた過去は消せないけど、
それに気負う必要なんてないよ!
悪い組織とそれに属する人が悪いなんて、
勝手な決めつけはよくないんだから!
あ! ちなみにだけど、自分の意思で
悪いことしたら、当然悪いと思うから!」
「あ、ありがとう」
(なんか妙に説得の核心をついてるというか、
説得力があるというか。どういうこと?
こんな能天ーーーいや天真爛漫な子なのに)
ユニカはカンナの言葉に引っかかりも覚えつつも、認めてくれたのは嬉しかったので自然と感謝の言葉が漏れた。
「私のことはカンナでいいから!
何か悩みとかあったら何でも相談してね!
これからよろしくね、ユニカ!」
カンナが笑顔で右手を前に出す。握手の形だ。
「‥‥‥ええ。こちらこそよろしくね、カンナ」
ユニカは笑ってそれに応え、右手を出してカンナと握手を交わす。
(こんな子、今までの人生で初めて。面白い)
ユニカは天真爛漫で明るいカンナを、好奇心の対象と認識した。
「じゃあ今から一緒にご飯食べよう〜!」
「か、カンナ? 手ぇ離して恥ずかしいから!?」
握手の手を解かないカンナは手を繋いだままのユニカを連れて大食堂へ戻って行くのだった。
その日の夜。
ユニカは3人に監視されていたことを教官のラルドに伝え、その見返りと言わんばかりにこう言い放ったのだ。
「私をグロッサ王立学園に編入させて」
後日、ユニカ・ラペンシアは編入試験を受けて合格。総合点数から1年Dクラスの所属が決まる。
そして他国からの編入生として、ユニカはアイトのいるDクラスに編入したのだった。
『監視対象』である彼女は、日々の日常を楽しそうに過ごしている。