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裏切らない証


 アステス王国でのパレードから1週間後。


 アイトはグロッサ王国に戻り、組織の代表としてエルジュ本拠地の運営を着々と行っていた。


 朝早くに起床し、夕方遅くまで組織のために尽力する。


 (エリスって完璧だったんだな‥‥‥

  この座を譲るとしたらエリス以外にあり得ない)


 今は『使徒』シャルロット・リーゼロッテについて行って修行をしているはずのエリスに思いを馳せる。


 改めて彼女の実直さ、要領の良さを再認識していた。


 代表専用部屋、『天帝』レスタしか座ることの許されない豪華すぎる代表椅子に座って書類を確認しているアイト。


 「レスタ殿、これが今月の利益報告書だ」


 そう言って机に書類を置いたのは、教官のラルド・バンネール。元『ルーンアサイド』のボスで凄腕の暗殺者だ。


 代表代理のエリス不在の中、アイトの次に地位が高いのがラルドなのだ。彼は普段から組織の運営、管理に携わっている。


 「他国で出店しているメルティ商会の系列、

  今月では『ジュピタメルティ』の売り上げが

  特に良い。ベネット商会にかなり肉薄していた。

  この結果を見て貰えばわかる」


 (‥‥‥それってミルドステア公国にあった店か)


 ラルドに渡された書類に目を通すと思った通り、『ジュピタメルティ』はミルドステア公国で出店している、礼服やドレスを主に販売している店舗だった。


 「その結果に応じて、オーナーを務める

  序列16位ルイーダを始めとした構成員には

  褒美を与えた。これからもその方針でいいか?」


 「もちろん。みんなよく頑張ってくれてるよ、本当に」


 「貴殿のその言葉が、1番の褒美になるのだが‥‥‥」


 ラルドがそう小声で漏らして苦笑いを浮かべる。アイトは「??」といった様子を見せた後、気のせいかと書類の確認に戻った。


 「ところでレスタ殿、確かあと2週間ほどで

  再び学園が始まると聞いたが」


 「そうそう。だから2週間後からはどうしようか」


 「それは大丈夫だ。運営なら我でも回すことができる」


 「ほんと? ならラルドに任せてもいいかな」


 「もちろんだ。レスタ殿に任された以上、

  必ず今以上に発展させてみせよう」


 ラルドはどこか鼻息が荒くなっていた。何気にアイトから任された仕事はこれまでなかったので、嬉しくなっていたのだ。


 「‥‥‥それともう一つ、あの女についてなのだが」


 ラルドが眉を顰めると、アイトは誰のことか分からず首を傾げていた。


 「あの女?」


 「ゴートゥーヘルの最高幹部だったあの女だ」


 「‥‥‥おい、ラルド」


 ラルドは自分の発言が失言だったことを否応なしに感じさせられた。アイトの声が冷め切ったように低く唸り、机が小刻みに揺れる。


 彼自身から発せられる魔力の膨張で周囲が震えているのだ。


 「ラペンシアは俺の目で確認して仲間と認めた。

  エルジュの構成員として真摯に訓練に励んでいる。

  それも住み込みで子供たちの教育施設で働きながら。

  世話係の人たちからの評判もいいと聞いてる」


 「だが、それも我々の目を欺くためだったらーーー」


 「この前、空き時間でその施設を見に行ったんだ。

  するとラペンシアの周りには子供たちで溢れていた。

  彼女もとても嬉しそうだったよ。

  クールぶってるとは思えないほど笑ってた」


 話していてその光景を思い出し、アイトは目を閉じて微笑んでいた。


 「レスタ殿‥‥‥我はあの者が信じられんのだ。

  今はまだ念のため素性を伏せているが、

  ターナやミア、そしてエリスに知られれば‥‥‥」


 ラルドが歯を食いしばる。彼が名前を出した3人には、ゴートゥーヘルへの恨みが特に強いのだ。


 ターナは弟のヨファを誘拐され、危うく『ルーンアサイド』崩壊まで陥れられそうになった。さらに数ヶ月前にはその最高幹部の1人、エレミヤに捕まって腕を斬り落とされた。


 ミアは無理やり人体実験で呪力を埋め込められ、失敗作と見なされダンジョンの奥深くに幽閉されていた。それを行った集団を辿ると、ゴートゥーヘルによる行いだと発覚した。


 そしてエリスは‥‥‥アイトと出会い『エルジュ』に加入するまでは、勇者の魔眼を持っていることで執拗に追われていた。彼女は話していないが、まだ他にも恨んでいる様子が垣間見える。


 「‥‥‥俺が説得してみせるさ。

  ラペンシアは必ず『エルジュ』の力になる」


 「レスタ殿、貴殿がそこまで‥‥‥なら、何も言わん」


 揺るがないアイトの信念を見たラルドは呆れたように笑うと、代表部屋の扉を開けた。


 「レスタがボクに話しとはなんですか、ラルド教官」


 「ホントにお兄ちゃんがミアを呼び出したの?

  嘘だったら取り込んで永遠に苦しませるから」


 すると、話に出ていたターナとミアが扉の前に立っていた。


 「! 2人とも。‥‥‥ラルド、そういうことか」


 「そういうことだ」


 アイトがジト目を向けると、ラルドはフッと笑って腕を組んでいた。


 「お兄ちゃん〜! 話って何っ♪」


 2人のやりとりなんていざ知らず、即座にミアがアイトの隣に立ってグイグイ顔を寄せる。


 「話ってなんだ。魔結晶で話せないようなことか?」


 ターナはラルドに一礼した後に、アイトの机の前に立つ。


 (確かに、言うのは早い方がいいな)


 アイトはふぅ〜っと息を吐く。最悪の場合、この場で騒動になりかねない爆弾発言を行うのだ。気持ちを締めるのは仕方ない。


 意を決して、アイトは2人に話す。


 「最近エルジュに加入した、

  ユニカ・ラペンシアは知ってる?」


 「ああ。体術、魔法、座学は全て優秀。

  すでに序列上位に食い込みそうな勢いだとか。

  それに住み込みで子供たちの教育施設で働き、

  彼らの世話もしてる。それも楽しそうに。

  やる気十分なのは見ていてわかる」


 「知らない〜。そんなの興味ないし〜」


 彼女たちの性格を考えると予想通りというべきか。


 構成員のことは誰よりも詳しいターナに、唇を尖らせるほどどうでも良さそうなミア。



 「‥‥‥知っていて欲しいのはここからだ。

  ラペンシアは、元ゴートゥーヘルの最高幹部だ」


 「‥‥‥なに?」

 「‥‥‥ふーん」


 アイトの発言に、部屋の中で一気に重苦しい空気が漂い始める。だが、アイトは微塵も怖気付いていない。


 「もちろん彼女の人柄は確認したし、

  俺を殺せる機会はいくらでもあったが

  襲ってこなかった。

  それに機転の速さ、実力もあるからーーー」


 「何を言ってるんだ、馬鹿馬鹿しい」


 ターナがそう一括すると、アイトは話を中断して彼女の顔を見る。ターナは、どこか呆れた様子を見せていた。


 (やっぱり、受け入れてはくれないか)


 アイトは自虐気味に笑い、これからどうするか考えているとーーー。



 「お前が決めたなら何も言わない」



 「‥‥‥え?」


 あっさり受け入れられたことに驚くアイト。ターナはため息をついて口を開く。


 「代表はお前だ。お前の選択には誰よりも責任が伴う。

  だから一度決めたことを簡単に覆そうとするな」


 「‥‥‥わかった」


 「まあ、なかなか反感を買いそうだが。

  相談してくれてもバチは当たらないと思ったけど」


 ターナは片目を開けてジト目を向けると、アイトはギクリと肩を揺らした。


 「うっ‥‥‥そ、そうかもしれない」


 「ちなみにこんな事で謝ったら怒るからな。

  お前の謝罪は、構成員にとって何よりも価値がある」


 「ターナ‥‥‥ありがとう」


 「それと感謝も取っておいた方がいい。

  お前の感謝は構成員にとっては何よりの励みになる」


 「もう言っちゃったけど!?」


 いじらしく感謝された後に言葉を付け足したターナに、思わずツッコむアイト。それを見たターナは不敵に笑っていた。


 「はいはいおチビちゃんはいいこと言うね〜。

  ミアはいつでもお兄ちゃんの味方だから♡

  もしその女が裏切ったらミアが消してあげる♪」


 「そうならないことを祈るよ‥‥‥」


 満面の笑みで物騒なことを言うミアに対してアイトが苦笑いしていると、それを見ていたラルドはうんうんと頷いた。


 「2人がいいならそれでいい。我も従うとしよう。

  だが念のためユニカ・ラペンシアの素性は

  暫しの間、黄昏トワイライトのみに伝えることにする」


 ラルドの提案にアイト、ターナは頷いた。ミアは目の前のアイトに夢中で全く聞いていなかった。


 この話の終了間際、ターナが小声でアイトに呟いた。


 (ボクたちは納得したからいいが、エリスは知らん。

  あいつを説得するのは骨が折れるだろうから

  がんばれよ、エルジュ代表『天帝』レスタ?)


 (‥‥‥そうかも!!)


 アイトの頭には、今は不在の金髪少女が思い浮かぶのだった。




 (‥‥‥ローグくん、素直じゃないわね)


 代表部屋の外、扉越しに聞き耳を立てていたユニカが悪態をつく。


 だが、彼女の表情は緩んでいた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 3日後の夕方、教官室。


 ラルドが構成員の実力分析をまとめていると、ドアがノックされる。


 「入れ」


 「失礼します」


 訪問者に入るように促すと、顔を見たラルドは少し眉を顰めた。それはラルドにとって信用ならない相手だからだ。


 「教官さん、今話せるかしら」


 「‥‥‥ユニカ・ラペンシア。我に何の用だ」


 訪問者の名前を呼ぶと、ラルドは書類を置いて椅子に深く座る。


 「私の序列、何位か教えてくれないかしら」


 「‥‥‥何の意味がある」


 「この前、序列27位のイシュメルさんに

  試合を挑んで勝ったから、

  その場合は順位が変動するか気になったの」


 ユニカは最近、イシュメルに試合形式で勝利していた。


 「‥‥‥言っておくが、訓練生は最低半年は続けないと

  順位の選定対象にならん。

  貴様はまだ3週間程度しか経っていない」


 「つまり、私は序列の最下位にすら入ってないと」


 「そういうことだ。こればかりは規則だ」


 ラルドは嘘を言っていなかった。エリスたちのような組織設立の時から所属の第1期生は、1年以上訓練をしてから序列が選定されたのだ。


 後に加入した人も最低半年以上の訓練を積んでようやく構成員として認められる。


 ちなみに、ユニカは第3期生として認識されていた。


 「だから私より数ヶ月先輩のネコさんも

  序列が無かったのね。納得したわ」


 「聞きたいことはそれだけか、なら戻れ」


 「まだあるわよ。今からが本題」


 ユニカの発言にラルドは訝しげな様子を見せた。だが何も言い返さずに彼女の言葉を待った。


 「私の扱いに困ってるでしょ?

  特に本拠地を自由に歩かれるのが、

  ラルドさんにとって我慢ならないんでしょ」


 「‥‥‥それは貴様の素性を知っていれば仕方ないと

  言えるだろう。レスタ殿の指示だから基本自由に

  させているが、本来は牢獄にいてもいいくらいだ」


 「ま、それが普通よね。さすがに嫌だけど」


 ユニカはニヤリと笑う。ラルドはその笑みに挑発されるかのように椅子を倒す勢いで立ち上がった。


 「貴様、いったい何の話をしに来た」


 「なんであの人たちに私を監視させてるの?」


 ユニカの発言に、ラルドは一度驚いた様子を見せるが、わざとらしい咳払いをした。ユニカは核心を突くように話を続ける。


 「おそらく、私って『監視対象』なんでしょ?

  300人はいる構成員中で序列10位以内の精鋭で

  形成された最高戦力部隊、『黄昏トワイライト』の誰かに

  ほぼ常に見張られているんだもの」


 「! 貴様‥‥‥」


 ラルドは思わず動揺を見せてしまう。


 ラルドは黄昏トワイライトのメンバー(エリス以外)に彼女の素性を話し、時間に余裕がある者が監視を行わせていた。


 「一昨日は序列8位、『腐乱』リゼッタちゃん。

  昨日は序列10位、『軍師』メリナさん。

  今日は序列3位、『自由人』カンナでしょ?」


 ラルドは何も言い返せなかった。全て当たっていたのだ。


 「エルジュの最高戦力とも言える黄昏トワイライトの人たちに

  私の監視をさせるのはもったいないでしょ?

  それに、お互い気が休まらないわ。

  そこで私から一つ、提案があるんだけど」


 ユニカはこれが狙いと言わんばかりに自分の要求を入れ込んだ。間髪入れずにユニカは自分の要求を提示する。



    「私をーーーーーーーーーーーーーー」



 監視されていたことに異論を唱えずにあえて利用することで、自分の提案に説得力を持たせる。


 彼女の冷静さとしたたかさを目の当たりにしたラルドは内心、舌を巻いていた。


 (レスタ殿の言うとおり、相当なキレ者だな。

  戦力と言う意味では、間違いなく役に立つ。

  それも、序列上位者に割り込むほどに。

  だが、レスタ殿はどうしてこの女を信じられる!?)


 ラルドはカッと目を見開いてユニカを見る。


 「‥‥‥」


 だが彼女の表情を見ても何を考えているか読み取れない。犯罪組織『ゴートゥーヘル』の元最高幹部というのは伊達じゃない。


 「‥‥‥何が狙いだ。いったい何の意味がある?」


 「狙いっていうか、その方がお互いやりやすいでしょ?

  そっちは過度に警戒しなくて済むし、

  私の監視も同時に行える。それも()()の監視をね」


 「‥‥‥その発言が信用ならん」


 首を縦に振らないラルドに、ユニカは思わずため息をついてしまう。


 「はぁ、ラルドさんって強情な人ね‥‥‥あ、そうだ。

  私が絶対裏切らない証を教えるわ」


 「何の意味も無いと思うが、一応聞いてやる」


 ラルドが渋々問いかけると、ユニカは自分の1箇所を指差した。ラルドは彼女が指した箇所を注視する。



   「これを付けてる限り、私は絶対に裏切らない」



   ヘアピンを指差した彼女は、ニコッと笑った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夜、アステス王国軍基地、司令室。


 「失礼します」


 仮面を付けた軍服の女性が扉から中に入る。


 そして椅子に腰かける男の前で足を止めた。


 男は書類を机の引き出しに入れて、顔を上げる。


 「‥‥‥ソニア・ラミレス大佐。

  事前に来るとは聞いていなかったが?」


 「ええ、拒否されると思ったのでーーー」


 そう答えたソニアは、即座に机を叩いた。


 「アラン中将!! 貴方の差し金ですか!?」


 「差し金? いったい何のことだ」


 「誤魔化さないでください!!

  セシル・ブレイダッド二等兵のことです!

  軍の人事や世間の情勢調整を任されている

  貴方が、あんな記事を作らせたのでは!?」


 ソニアが声を荒げて追及すると、アランと呼ばれた男は小さく息を吐く。


 「記事の通り、彼は死んだ。

  いったい君は何に気を立てているんだ」


 「彼は生きてますっ!!

  それどころか魔力解放まで果たし、

  あんな眼を開眼させた!

  死んだなんてありえないっ!

  騒動の後、彼はどこにーーーーっ」


 ソニアは、続きを言わせてもらえない。


 アランが手を伸ばして、発言を止めるよう促したからだ。


 「詳細は君も聞いているだろう?

  グロッサ王国で暗躍する銀髪仮面男の

  規格外の魔力に巻き込まれ、命を落としたと。

  それは、抱えていた君が動けない彼の手を

  離してしまったからではないのかね」


 「っ‥‥‥!!」


 ソニアは拳を握り締めていた。それも、爪が食い込んで血が流れるほどに。




 アランの言う通り、ソニアは意識の無いセシルを抱えて離れようとした。


 だが『天帝』レスタの黒い魔力の渦に吹き飛ばされ、セシルを離してしまったのだ。


 魔力の渦が収まった後、ソニアは血眼になってセシルを探した。


 だが、アステス王国内で彼が見つかることはなかった。

 

 そのことが、ソニアの心に深く残っている。



    『自分のせいで、彼は死んだ』と。



 だが他にも不可解な点が存在するため、死亡以外の可能性に賭けるしかなかった。


 だから無礼を承知で、自分の上官であるアランに問い詰めざるを得なかった。



 「でも、セシルはーーー」


 「君の咎ではない。あれは不慮な事故だ。

  別に彼も恨んでいないだろう。

  セシル・ブレイダッド二等兵は、

  アステス王国軍の軍人として全うしたんだ」


 「っ‥‥‥それならせめて!!

  私が彼の遺体を探して、供養します!!

  私が‥‥‥私がこの件で決着をっ‥‥‥」


 ソニアは掠れ声で話す。仮面をつけて顔を隠している彼女だが、涙を堪えているのは誰でも分かることだった。


 だが、アランはゆっくりと首を横に振る。


 「気持ちは尊重したいが、君の役目ではない。

  アステス王国軍大佐であり、

  特別鎮圧部隊『日蝕』の隊長である君は

  他に替えのきかない人材だ。

  私情混じりの提案を呑むことはできない」

  

 「っ‥‥‥わかり、ました」


 ソニアが打ちひしがれた様子で頷く。いや、心ここに在らずの状態で頷かされたという方が正しい。


 「こちらも最善は尽くすつもりだ。

  セシル・ブレイダッド二等兵の死は、

  決して無駄にはしない。決してな」


 「‥‥‥はい、ありがとう、ございます。

  突然の訪問、申し訳ありません。

  それでは、私はこれで失礼します」


 「ああ、ご苦労だった」


 この会話を最後に、ソニアは司令室から出ていく。


 「ヴっ‥‥‥くっ、セシル‥‥‥セシルっ‥‥‥!!」


 そして、嗚咽混じりに泣き崩れるのだった。



 そんな声は、司令室にまで僅かに届く。


 (セシル・ブレイダッドは死んだ。

  ‥‥‥()()()()()()の彼はな。

  後はお前に任せるぞ、第二支部長)


 アランは引き出しから取り出した、書類の続きを書き始めた。



         [異動報告書]


  セシル・ブレイダッドの存在を秘密裏に隠蔽。


  彼の生存を知るのは准将以上の者だけとする。


  この件を上記の者以外の他者に話すことを固く禁ずる。


  そして、諜報機関『月蝕』への異動を認める。



   アステス王国軍中将 アラン・カヴァイア


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 グロッサ王立学園の閉鎖が解け、約1ヶ月ぶりの授業が始まる。


 久々の登校に多くの学生が歩いていく中、学生であるアイトも登校していた。


 1年Dクラスの教室。


 「よっ! 久しぶりだなアイト、ポーラ!」


 「お久しぶりです!

  もう11月になっちゃいましたけど、

  これからもよろしくお願いしますね!」


 「相変わらずポーラは礼儀正しいわね。

  この感じ、すごく懐かしい感じがするわ」


 「確かに、すごく懐かしいな」


 ギルバート、ポーラ、クラリッサ。アイトのクラスメイトで学友の3人と再会し、アイトも嬉しそうに会話に混じっていた。


 魔闘祭での襲撃事件による学園閉鎖、教皇アストリヤ・ミストラルの暗殺騒動、アステス王国伝統のパレードで起こった事件。


 それらに全て関わったアイトは平穏な日常を懐かしく感じていたのだ。


  Dクラスの生徒が続々と教室に集まり、それぞれ決められた席に座っていく。


 そしてDクラスの担任が前に立ち、久々の授業が始まる。


 「では、さっそく授業を始めます! っと言う前に、

  今日からなんと、このクラスに転校生が来ます!」


 先生の発言に、生徒がそれぞれ驚きの声を出す。グロッサ王国内の貴族が通う学園に、転校生が来ること自体が稀なのだ。平民出身の生徒もいるが、大半は貴族である。


 そのため、生徒たちは転校生に対する興味を隠せない。


 「男!? 女!?」


 「どんな子!?」


 「可愛いと良いなぁ〜」


 「イケメン、来いっ!!」


 多種多様な声が教室内で響く中、アイトも頬杖をつきながら少し転校生に興味を示していた。生徒の反応とは別の理由で。


 (しばらく学園閉鎖していた後の、

  こんな中途半端な時期に転校生?

  よっぽど災難というか、なんというかーーー)


 そう考えていたアイトの思考が、ブツンと弾け飛んだ。


 「ーーー失礼します」


 教室に入ってきたのは、女子。


 学園の制服に身を包み、灰色のレイヤーボブで顔立ちも整っている。背は高からず低からず、外見の特徴から知的で、少し大人びた印象を受ける。


 そして、左耳近くのヘアピンが特に印象的だった。



 「「「「おぉぉぉぉぉーーーー!!!!」」」」


 本能というべきか、美少女を見た男子たちが大声で喜びを示す。


 「え、超美人じゃない?」


 「いや、超可愛いじゃん」


 「どっちも絶妙のバランスで保ってる美少女!!」


 女子からも好評価。転校生は、どこか引き込む容姿をしていたのだ。


 「おっ、ありゃあ目立つだろうな、どう思うアイト」


 「‥‥‥」


 「あ、アイト? お前まさか見惚れてんのか?」


 「‥‥‥」


 隣のギルバートに話しかけられても、アイトは微動だにしない。頬杖をついていた手から顔を離し、一点見つめで瞬きもせずに転校生をガン見していた。



 (‥‥‥は? は? は? は? は? は、はぁ!?)



 そんな感想しか出てこないアイト。


 「‥‥‥♪」


 顔を見た転校生は、『してやったり』といった様子で頬を綻ばせ、ニッと笑っていた。



 「ユニカ・ラペンシアです。

  これからよろしくお願いします」



 転校生は淡々と、それでいて笑顔で自己紹介をすると、そのギャップにやられた生徒たちが盛大な拍手を送る。


 その中でただ1人、手が全く動かない生徒がいた。


 「おいっ、固まっちまってるがどうした!?」


 友人、ギルバートの声が届いていないアイトの心情は、こうだった。



         (‥‥‥は?????)

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