何も生まない
アイトは、魔結晶を落としそうになる。
「刺された‥‥‥? ルビーさん、が‥‥‥?」
そして掠れた声で返すと、セバスが『そうじゃ!!』と声を荒げた。
『ひとまず人目がない場所まで移ったが、
儂にできるのは止血程度、今もやっておる!!』
「嘘だ‥‥‥なんで、誰にーーー」
『おぬしの仲間である青髪の少女が近くにおる!
その子から魔結晶を借りて、今話しておるのだ!
小僧! 治癒魔法を使えるなら手を貸してくれ!!』
「‥‥‥治癒、魔法はもうーーー」
アイトは震える声を漏らして唇を噛み締める。
魔力解放状態の時しか、治癒魔法が使えない。
その魔力解放の持続は、とっくに限界を迎えて切れている。
『小僧聞いておるのか!? 手を貸してくれっ!!』
アイトはあまりの焦燥感に、声が全く聞こえていなかった。
(なんで魔力解放を軽々と使ってしまったんだっ‥‥‥!
奴らはあんな煙を撒いてたんだ。関係のない人が
傷付く可能性は大いにあるじゃないかっ!!
俺は結局、奴らを罠に嵌めて殺すことしか
考えてなかった‥‥‥そんな浅ましい考えのせいでっ)
わなわなと震え、顔には絶望が見て取れる。次第に視線が下に下がっていき、やがて絶望に染まり始めーーー。
「〜〜〜ッ!!!」
アイトは頬に痛みを、耳に声にならない声を感じた。
アイトは何が何だか分からないという視線を、無意識にユニカへ向けていた。
ユニカは強引に魔結晶を奪い、話しかける。
「わかりました! 場所を教えてください!!」
『お、おぬしは誰じゃ?』
「彼の仲間です! 早く!!!」
『あ、ああ場所はーーー』
ユニカは場所を聞いた後、感謝を告げてセバスとの連絡を切る。その間も、アイトは動くことができない。
「しっかりして!!! 何諦めてんの!!?」
そんな姿が頭にきたのか、ユニカは声を荒げて壁へ押しつける。
「ら、ラペンシア‥‥‥?」
「動揺してる時間なんて無いっ!!
治癒魔法は使えないと分かってるなら
すぐに別の行動に移る!
あなたなら絶対にそうしてるでしょ!?」
「で、でも‥‥‥」
「絶望してた私を助けてくれた諦めの悪いあなたが!
自己勝手に見えて誰よりも優しいあなたが!
自分自身が後悔しないために最後まで足掻くのが
あなたーーー『天帝』レスタなんでしょ!?」
ユニカは必死に肩を揺すりながら、目の前の男に語りかける。
「誰も助けてくれなかった私を助けてくれたあなたが、
『天帝』レスタが、この程度で諦めるなぁぁぁ!!」
言い切ったユニカの目には、涙が溜まっていた。彼女は内心、『私、何回泣いてるの‥‥‥』と自分を戒めていた。
だが、そんな事を悔いるのはすぐに終わる。
「‥‥‥ああ、そうだ。そうだよな。
まだ、自分の行動を後悔するには早すぎる」
「ローグくん‥‥‥」
彼女の言葉は伝えたかった相手に、はっきり届いた。少年はユニカの手を下ろす。
「ラペンシアはセバスと合流してくれ。
ルビーさんの容態の確認と応急処置、頼めるか」
「‥‥‥ええ、やれる事は全てやってみせる。
あなたは‥‥‥? ああは言ったけど、何をするの」
「お前と同じだよ」
「‥‥‥真似しないでくれない?」
軽口を叩くユニカに対し、アイトはすれ違いざまに小さく呟いた。
「ありがとう」
そしてユニカの反応を待たずして、走り去っていく。
「‥‥‥感謝するのは、まだ早いから!」
何故か対抗するような独り言を呟き、ユニカも行動に移り始めるのだった。
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路地裏。
「セバ、ス‥‥‥」
「お嬢様、もう少し我慢してくだされ!!」
セバス・チャンは執事服の一部を破って、ルビーの傷口箇所に押し付ける。
「いたそー」
座り込んでいたアクアは今の緊急事態を、まるで傍観者のように眺めていた。
「おい小娘っ、近くに居られると気が散るわいっ!!
小僧からの連絡を取り逃がさないように、
集中して魔結晶を持っておれ!」
「え、めんどくさ〜。それなら、こっちやる〜」
セバスの指示に嫌そうに反応したアクアは、ルビーの傷口に手を置く。
「おぬしっ、何を触ってーーー」
「よいしょ〜」
アクアは謎の掛け声と共に、手に魔力を込める。
「あ、けっこう深い〜」
すると、傷口から溢れ出す血が急激に少なくなった。
「な、そんなことできたのか!?」
「うるさいな〜。水魔法は疲れるから話しかけんな〜」
アクアの生意気な発言に対し、セバスは腹を立てたが言い返さない。明らかに、ルビーが楽な様子を見せたからだ。
「ん」
「なんじゃ」
「ん〜」
擬音を発したアクアが『取れ』と言わんばかりに魔結晶を差し出した。それを理解したセバスは渋々受け取る。
「‥‥‥おい小娘。そのまま完治できるのか?」
「ん〜? むり」
「な、なぜじゃ!?」
「え〜と、はぁ、話すのめんどくさ。
内臓が、うん。そんな感じ。
だから血の勢いを抑えてるだけ」
「内臓!? 問題は深刻なのか!?
もっと分かりやすく説明せんかいっ!!」
「だからうるさいって〜」
アクアが省きに省いた説明は、こうである。
『え〜と、血の量から、明らかに内臓を損傷している。
それを自分の水魔法で治すなんて、むり。
だから出血を抑えているだけ。超めんどくさい』
考えることが大嫌いなアクアが、相手に説明するために話す言葉を構築するなんて不可能である。
セバスはそのことを既に(変人だと)理解したため口うるさくは追及しない。
その代わり、全く別の質問を問いかけた。
「のお、小娘。小僧はおぬしにとって何なのじゃ」
「なに急に」
「いや、あやつが掴みどころが無い男だから
仲間であるおぬしから聞こうと思ってな」
「え〜。それ、答えなきゃだめ〜?」
「別にいいじゃろそれくらい!?」
セバスが少しムキになるのを見て、アクアは息を吐きながら口を開いた。
「あるじは、あーしのーーーーーーー」
そんな彼女の返事を聞いたセバスは。
「なんじゃそれ!?」
‥‥‥ますます頭を抱えることになるのだった。
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パレード道中。
アイトは建物の屋根を伝って跳躍を繰り返し、人目につかないように移動していた。
そしてその片手間に、魔結晶で連絡を取る。
「アクア! 聞こえるか!」
『ーーー小僧か! 小娘は今、手が離せん!
伝言なら儂の口で伝えておくがーーーおい!』
アクアの魔結晶から聞こえた声はセバス。だが語尾で声を荒げた後、一瞬だけ間が空く。
『ーーーなに、あるじ〜』
その後に聞こえて来たのは、アイトが今話したい少女だった。
「アクア! 自分にできる限りの事を、
ルビーさんに施してやってくれ!
どんな些細な事でも、頼む!!」
『‥‥‥ん。りょーかい』
アクアの返事が聞こえ、もう要件は済んだのだがーーー。
『!? お、おぬしは誰じゃ!!』
魔結晶から響くセバスの声が、アイトの元に届く。
アクアとセバス、そして重傷であるルビーの元へ、誰かがやって来たのだ。
『さっき、彼の代わりに場所を聞いた
ユニカ・ラペンシアです! 手を貸します!』
彼女の声が魔結晶越しから聞こえたアイトは安堵し、困惑してるであろうアクアとセバスに話しかけた。
『アクア、彼女は新しい仲間だ。
セバス、俺と彼女を信用してくれ』
アイトは手短に伝えると、2人からの返事を待つ前に魔結晶の接続を切る。
そして、とある場所への移動に専念するのだった。
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パレード道中、高台の来賓席。
そこには変わらず各国の来賓と護衛、そして王女のシルク・アステスが待機している。
下に見える道中の煙を晴れ、騒動が鎮静化されていく様子を皆が確認している。
そんな中、アステス王国側の関係者たちが慌ただしい。不可解な騒動が起こった事で、何か深刻な問題が起きていないかと話し合っているのだ。
「うわ〜! さっきの黒い魔力、綺麗でしたね!
お姉さまもそう思いませんか!?」
現在の空気を読まない発言を繰り出したのはグロッサ王国の第二王女ユリア。
「ユリアちゃん、不謹慎だからやめようね〜?」
妹を優しく注意する第一王女ステラ。
「2人とも、私から離れないで」
そして王女姉妹の近くで忠告しながら待機する、『ルーライト』隊員のエルリカ。
そんな彼女の近くに立っているのは、護衛である赤髪の竜人。
(派手にやりやがったな、レスタのやつ。
これまでの騒動、いったい何のつもりだ??)
そう、彼はエルジュの精鋭部隊『黄昏』に所属する序列5位、カイルである。
「セシル、セシル!! 今どうなってますの!」
手に持った魔結晶に向けて大きな声を上げたのは、この国の王女であるシルク・アステス。
「返事なさい、セシル! セシル!!」
だがシルクの呼びかけに魔結晶越しの相手は応答せず、ただ彼女の叫び声が周囲に響く。
その声に対抗するように(?)、ユリアは意気揚々と拳を握る。
「これは一大事ですよ、お姉さま!!
とりあえず下に降りて確認をーーーふぇっ?」
ふと、ユリアは変な声を出す。
そんな彼女の視線は、自分の腕を掴む相手に向けられている。
「ーーーっ、お前はッ!!!!」
いち早く異変に気づいたエルリカが、怒りに満ちた声を響かせる。
「‥‥‥‥‥‥」
その怒りの対象はーーーユリアの腕を掴んだ、銀髪仮面の男だった。
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「あ、あの‥‥‥」
ユリアはか細い声を出して、硬直したまま動かない。周囲から見れば、恐怖で固まっているように見える。
(あ、アイトくん! まさか暗躍を!?)
だが実際は、目の前の銀髪仮面を見て舞い上がっているユリアである。
「ユリアを離しなさいッ!!!」
エルリカは瞬時に跳躍して距離を詰め、斜め上へと浮き上がる蹴りを繰り出す。
「わっ!?」
銀髪仮面の男はユリアの手を引っ張り、自身の胸元へ抱き抱えるように後退する。
蹴りを躱されてユリアを取られたエルリカは、睨みながら動けないでいた。
(‥‥‥ユリア、頼む。力を貸してくれ)
銀髪仮面の男ーーー『天帝』レスタことアイトは、1人の相手にしか聞こえない声量で囁く。
ルビーを助けるために思いついた唯一の方法。
それは賢者の魔眼を持つ、ユリアの治癒魔法だったのだ。
(‥‥‥は、はい。私にできることなら。
アイトくんがここまでするなんて、
私にしかできないことなんですよね?)
友人である彼の頼みに、ユリアは怯える振りをしながら小声で了承の意思を伝える。アイトが僅かに『ありがとう』と囁くと、ユリアの手を引っ張り、高台からーーー。
「ま、待ってください天帝さま!!!」
甲高く響いた叫び声が聞こえ、アイトは思わず足を止める。
そこには胸に手を置いて必死な様子の、ステラ・グロッサがいた。
「ユリアちゃんを解放してあげてください!!
代わりに私が‥‥‥私がついていきますから!」
「お姉さま‥‥‥」
何も知らない姉の必死な懇願に、ユリアは少し申し訳なく感じた。
「私がどこへでもついていきますから!
あなたが望むなら、なんでも致します!!
私の全てをあなたに捧げます!!
ですからどうか、どうか‥‥‥!!
ユリアちゃんではなく私にしてくださいッ!!」
「お姉さま‥‥‥??」
だが次第におかしな趣旨が見え始め、ユリアは罪悪感よりも困惑の方が勝っていた。
「‥‥‥」
ちなみにアイトは何も言えず、ただ踵を返してユリアを連れて飛び降りようとする。
「まってユリアちゃん! 天帝さま!!!」
ステラの声を背中に浴びながら、アイトは今度こそ高台からーーー。
「おい、待てよ」
アイトが声に威圧感を覚え、振り向いた瞬間。
「待てって言ってんだよッ!!!」
「っ!?」
剛速の拳が、アイトの肩に迫る。
アイトは咄嗟にユリアの手を離した直後。
吹き飛ばされた自身の背中が向かいの建物にめり込み、建物内部へと突き抜ける。
「ぐっ‥‥‥!」
アイトは建物の2階部分に吹き飛ばされ、床に四つん這いになっていた。
人が壁を突き抜けて侵入してきた状況に、店内の人間は当然驚いている。
アイトの背中によって空いた空洞から、1人の男が悠々と中へ入る。
アイトが懸命に立ち上がると、赤髪の竜人が指を鳴らして睨んでいた。
「ーーーカイルっ!」
アイトは驚いた様子で相手の名前を呼ぶ。だが、カイルは完全に怒り心頭だった。
「教皇暗殺未遂にパレードの騒動、
そしてさっきの王女拉致未遂。
すべての騒ぎはなんのつもりだ?
テメェは何がしたいんだ?
テメェが人類の敵にでもなるつもりか?
おい、答えろよ。なあレスタっ!!!」
床を踏み壊す勢いで足を床に叩きつけるカイル。
アイトは謝罪の意味を込めたのか、少し頭を下げて話す。
「‥‥‥説明できなくて悪かった。
俺から連絡すれば、ギルドの任務についてる
カイルたちに迷惑だと思ったんだよ。
それに今回の一件は簡単に説明できないんだ。
でも、騒動の目的は目に見えたものじゃない。
全ての目的には裏が、意図があるんだよ!!
さっきのもそうだ、このままだとーーーっ!?」
話していたアイトの、口の中が切れる。
カイルの右フックがアイトの頬を穿ち、吹き飛ばしたのだ。
「何があったら教皇暗殺を実行することに
なるんだ!? いい加減にしろよテメェ!!」
カイルは怒りの余りに我を忘れ、止まらない。
アイトがユニカの一件を1人で背負い込まず、騒動の事情を仲間たちに話していれば。
この時のカイルが、僅かでも聞く耳を持っていれば。
何か一つでも違っていれば、余計な火花を生まずに済んだかもしれない。
「ぐっ‥‥‥カイルっ、俺の話を聞いてくれ!!」
「クソ野郎の言い訳なんか聞く意味ねぇよ!!!」
アイトは今、何も生まない死闘に引きずり込まれたのだった。