望んだ結末
アステス王国、王都周辺の平地。
「な、なんのまねよ‥‥‥っ!!!」
長い赤髪の少女が、腕を掴んでくる男の手を払いのける。彼女は血まみれで、立っていられないほどの重傷だった。
「だってあのままだと、死んでたでしょ?」
手を払いのけられた銀髪の青年が普段の笑顔を崩さずに言い返す。
ゴートゥーヘル最高幹部『深淵』第一席、ノエル・アヴァンスは第二席のエレミヤ・アマドによって助けられたのだ。
アイトの【ラスト・リゾート】による地面からの無数の黒い魔力弾を受けたノエルはその場で膝をついた。その時点で痣と出血まみれだった。
そして黒い魔力の渦に呑み込まれそうになった瞬間。
これまでずっと誰にもバレない距離で客として潜伏していたエレミヤが闇魔力を地面に這わせて地中を移動。
そして地面(正確には地面に生まれた闇)から手を伸ばしてノエルを掴んで地中に引きずり込むことによって助け出したのだ。
「クロエはあの子に執着して動き回り、
君は確実にルビー・ベネットを殺すように
立ち回り、機会を伺う。
僕はその支援に回ろうと思っていたけど、
いや〜それが役に立ったね」
「‥‥‥ありがとう。それと、ごめんなさい」
「はい、どういたしまして」
ノエルは頭に血が昇っていたが、助けてくれたエレミヤに声を荒げるのはお門違いと気づき感謝を述べる。
視線を逸らしながら小声で言ったのは彼女の意地か(それともツンデレ?)。
エレミヤはそんな彼女に笑みを浮かべたまま、何も言わない。
「まさか【無色眼】が現れるとはね。
でもその青年もレスタくんの
黒い魔力によって消し飛んだ。いや〜惜しいね」
「ーーー勇者の魔眼じゃなくて残念だった?」
「‥‥‥何を言ってるんだい?」
ノエルの発言に引っかかり、エレミヤは薄ら笑いを止める。
「私が、気づいてないとでも思ったの‥‥‥?
あなたは、勇者の魔眼に強く固執してる‥‥‥」
「別にそんなつもりは無いんだけどな〜。
それより、今は早くクロエと合流しないと」
エレミヤはノエルに肩を貸して歩き出し、魔結晶を取り出す。
「クロエ、今どこにいる?」
『いたた〜。あ、エレミん?
あの裏切り者の名無しちゃんは殺せました?』
クロエは、即座に殺せたかの確認を行う。
「あの子は死んだよ。僕とノエルの目の前で」
『マジですか! エレミん、さっすが〜!!』
(クロエは本当にあの子のことが嫌いだね)
あからさまに喜ぶクロエに対し、エレミヤは苦笑いを浮かべる。
『どうやって!? どんな死に方でした〜!?
ちゃんと苦しんで死んでくれましたかね〜??』
「ははっ、それは後で話すから。
薬草を買い占めて今から伝える場所に来て。
ノエルが重傷で、一刻を争う」
『あ、あのノエルんが!? 急ぎま〜す♪
ウチの活躍も聞かせてあげますから〜♪』
嬉しそうな声でクロエは連絡を切った。ノエルがエレミヤの肩を持たれながら目を細める。
(クロエが私の心配をしてるとは思えない。
間違いなく今の私の姿を見たい、だけね‥‥‥)
ノエルは人の死に無頓着なクロエをそう評価した。そして瀕死の彼女は、エレミヤに支えられた状態で意識を失った。
(ルビー・ベネットの暗殺は失敗した。
でも最高戦力であるノエルの重傷による帰還と、
裏切り者のあの子が死んだことで納得するはず。
そもそも暗殺だって少人数で成功すれば儲けものと
総帥は言ってたし。はあ、今回はハズレだったか〜)
エレミヤはやれやれといった様子で血まみれのノエルをローブに包んで隠し、そのまま抱えて歩き出す。
ノエルは呼吸も不安定で、見るからに苦しそうだった。
「‥‥‥ったく、人を疑う前に自分を心配しなよ」
そんな小言は、重傷の彼女に届いていない。
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「ヴァドラ様、ご無事ですか?」
白髪ロングストレートで少し幼く見える20歳前後の少女は、両手に抱えている黒い塊に話しかける。当然、返事はない。
「ああ、死にましたか。やっと死にましたか。
これで組織は、ついに私のもの。
組織名も変えないといけないですね。
名付けて『ジ・フィオレンサ』。
きゃ、可憐でカッコいい響きです〜」
「ーーー長いだろうが!?」
黒い塊が大声を出した途端、少女は無表情で黒い塊を投げ捨てる。
みるみる形が変わっていき、やがて人の形へと変わっていった。
それは呪術師集団『ジ・ヴァドラ』の頭領、ヴァドラ・ヴォン。
「なんだ生きてたのですか。チッ。
ところで今回の報告ですがーーー」
「フィオレンサ!! 面白えやつを見つけたぜ!
まず銀髪仮面!! 女軍人! それにーーー」
「あのー聞いてます? はぁ、だる。後で報告しよ」
フィオレンサと呼ばれた少女はため息をついて、話を聞かない相手を無視した。
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アステス王国、パレードが開催された南地区から離れた西地区。
ーーろ。ーーーか?
「‥‥‥んぅ?」
深いまどろみから解放された少女は目を覚ます。
「ろ、ローグくん‥‥‥?」
路地裏にある建物の壁に背中をつけていた少女は隣に座っていた黒髪の少年の名前を呼ぶ。
「よかった。失敗しない自信はあったけど、怖かった」
「! そうだ、あなたに剣で刺されて! それでっ!」
「大丈夫だラペンシア。もう傷は一切ない」
「い、意味がわからないっ! 説明して!!」
服の袖をちぎれるばかりに掴まれたアイトは、ゆっくりと説明し始めた。
ユニカに剣を刺した瞬間。アイトは自分の剣に2つの魔法を付与していた。
1つ目はーーー治癒魔法。
ユニカの腹に刺さったと同時に発動し、傷の修復を同時に行う。これで剣が刺さっても死ぬことはない。痛みはあるが。
2つ目はーーー睡眠魔法。
剣から流れる睡眠魔法によってユニカは睡魔に誘われて意識を失ったのだ。
睡眠魔法は相手の意識が散漫になっている時に効く魔法。
不意に剣を突き立てられた衝撃は、この条件を簡単に超えるとアイトは判断した。
「悪かった。実際に剣を刺したわけだから
痛いのは痛いし、血もかなり流れた。
それに、酷いことも言った」
「あ、あなたが謝ることじゃ‥‥‥」
ユニカは怒る気になれなかった。いや、そもそも怒っていない。
どうして、アイトが罪悪感に駆られているか分からないほどだった。
そして、アイトがこんな演出をした理由はーーーー。
「ゴートゥーヘルの奴らはお前が死んだと
思うし、俺に殺されたことでエルジュと
もう繋がりは無いと思わせることもできた」
「ーーーーあ」
ユニカはアイトの真意を理解すると、胸の中に感情が溢れてくる。
「な、なんでそんなことしたの‥‥‥?」
その感情を制御すべく、ユニカら小さな声で聞き返す。彼女の質問に対し、アイトは手で髪をゴシゴシしていた。
「その、なんだ‥‥‥放っておけなかったんだよ」
「な、なんで?」
すぐに聞き返してくるユニカに、アイトは「ぐっ」と顔を顰める。
ーーー自分の境遇に、どこか似ているから。
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アイトはエリスたちに半強制的にエルジュの代表にされた。
当初に比べたら代表であることの抵抗感は徐々に少なくなってはいる。だがいずれ半端者である自分はこの座を譲らないといけないとも考えている。
そしてエリスたちの勘違いが進み、自分が完璧な人間だと思われている。大切な仲間たちの期待を裏切りたくないため全力を尽くす。これがアイトの境遇だ。
対してユニカは、生まれながらゴートゥーヘルという犯罪組織の構成員になるしかなく、呪力を宿す人体実験までされた。
そんな地獄ともいえる苦痛に耐え、これまで気持ちを抑えて必死に生きてきた。
エルジュの構成員から慕われている代表のアイトとは違い、ゴートゥーヘルの構成員だったユニカは失敗すれば見捨てられ、殺される可能性すらある。
そして数日間共に活動したことでアイトは理解せざるを得なかった。ユニカは優しく、人思いだと。そんな彼女が心を痛めながら生きるために組織の活動を行っていた。これがユニカの境遇。
お互いにその道を歩むしかなく、最善を尽くすために必死に足掻いている。
そんな自分と同等、もしくは自分よりも過酷な人生を歩んできたユニカを、切り捨てるなんてできなかった。
優しいかもしれない。甘いかもしれない。
だがーーーこれが『天帝』レスタ、アイト・ディスローグなのだ。
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「ーーーラペンシアの力は貴重だし、頭を回る。
《ゴートゥーヘル》と敵対してることも
確認できたし、これで懸念点は無いし」
「‥‥‥なんか、自分に言い訳してるみたいね?
はいはい、そこまで信用されなかった
裏切り者のユニカ・ラペンシアで〜す」
明らかに誤魔化されたと悟ったユニカはどこか不機嫌そうにそっぽを向く。
そんな気まずい空気が流れる中、それを壊すように魔結晶が輝き始める。
『今大丈夫ですか、レスタさん』
連絡してきたのはオリバーだった。アイトはすかさず返事をする。
「ああ、とりあえず奴らは退けた。そっちはどう?」
『ゴートゥーヘルの最高幹部らしき姿は見えません。
煙も晴れましたし、もう騒動は起きないかと』
「そうか、ありがとう」
『また何かあれば、お伝えします』
そう言ったオリバーは連絡を終える。アイトはそれを確認した後、「はぁ〜」と息をついて脱力した。
「奴らの狙いは封じる事ができたし、用は済んだ。
もし奴らが生きててもさっきの爆発で
人目を集めているから襲撃は不可能だろ」
目を瞑ったアイトはそう呟くと、ユニカは目をパチクリさせる。
「それを計算して、さっきの黒い魔力を?」
「ただ全部吹き飛ばしたいヤバい奴に見えてたのか?」
(案外、私にはそう見えてたけど‥‥‥?)
ユニカはジト目を向けそうになるが、これからお世話になる相手に言うのは不利になると判断し口を閉じた。
すると気まずくなったのかアイトは咳払いをした後、懐からある物を取り出してユニカに渡す。
「‥‥‥魔結晶が付いたヘアピン?」
「魔石だよ、魔結晶よりも魔力の通りがいいからな。
染色魔法で灰色になる設定にしてるから、
それを身に付けてたら灰色髪になる。
魔力を包んでおいたから長期間持つ」
そう言ってアイトは灰色に変色した小さい魔石が装飾されたヘアピンを彼女の手のひらに置く。ユニカはそれを見たまま硬直し、目をパチクリしていた。
「‥‥‥口説いてる?」
「は? 嫌なら魔石を身体に埋め込んでやろうか??」
アイトにしては珍しい物騒な発言。ユニカは苦笑いを浮かべていた。
「冗談よ、それくらい察しなさいよ。察し悪いわね」
「なんで俺が怒られてんの??」
納得いかないアイトに対して、ユニカは再度笑いながらヘアピンを左耳の近くにつける。
その途端、レイヤーボブの黒髪が灰色髪へと変化した。魔石に込められた染色魔法が触れた髪全体に発動したのだ。
それを見届けたアイトはホッと息をついて立ち上がる。
「よし、変装も済んだし帰るか」
「今度は目隠し手錠は無しと考えていいわよね?」
「だいぶ根に持ってるな!?」
アイトがツッコむと、ユニカはフフッと笑って立ち上がる。
「お仲間さんに私の説明よろしくね?」
「ん〜、そういえばまだ考えてないんだよな」
「そこはあなたの腕次第よ、代表さん?」
挑発するように言われ、アイトはめんどくさそうに頭を掻くのだった。
こうして、血で血を洗うパレードが終幕を迎えるーーーにはまだ早かった。
「ん? 誰だ?」
アイトは鈍く光る魔結晶を手に取って、接続する。
『小僧! 今どこにおるのだ!?』
自分を小僧と呼ぶ年季を感じる声に、アイトは心覚えがあった。
「‥‥‥この声、セバス? なんで俺と連絡できーーー」
『そんなこと話す時間はない!!
おぬし、治癒魔法を使えると聞いたぞ!!』
「え? いや、今はもう魔力がーーー」
アイトは焦る相手を落ち着かせるように話しかける。だが、それは間違いだったとすぐに気づくことになる。
『お嬢様が‥‥‥!! お嬢様が、刺されたのだっ!!』
「ーーーはっ?」
何事も、自分が望んだ結末を迎えるとは限らない。
すでに新たな血が、パレードに刻まれていた。