届かぬ祈り
時は遡り、アーシャとの修行時期。
「良いじゃないか。地面から魔力を飛ばせば
効率よく敵にだけ狙いを定められる。
まさしく全てを吹き飛ばす【終焉】とは異なる、
敵を殲滅するために特化した切り札だな」
アイトの師匠であるアーシャは腕を組んでうんうんと頷いていた。
「できた‥‥‥!」
アイトも満足そうだった。次の発言を聞くまでは。
「名付けて【ラスト・リゾート】!
発動する時に『無に還れ』って言うとカッコいい!」
「ーーー絶対に嫌だ!!?」
アイトは剣をぶんぶんと振り回して必死に抗議する。嫌という気持ちがこれほどまでに感じられる動きはそうそう無い。
「嫌だとはなんだ!! カッコいい技なのに!!
もー頭に来た! もし使った時に言ってなかったら
私がお前を一瞬で無に還してやるぞ?」
アーシャの左手に魔力とは別の何かを纏わせる。その正体を前に教えられているアイトはその場に跪く。
「‥‥‥はい。わかりました言います師匠」
「師匠って呼ぶなっ!!!」
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬっ!!?」
アイトは絶叫しながらアーシャの左手から解き放たれるを何か必死に回避したのだった。
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地面から全方位へと放たれた黒い魔力。
「グォっ!?」
黒い魔力がヴァドラに当たる。するとそこで爆発が起きる。だが、それが嬉しいのか笑っていた。
ソニアは自身の光魔法で作り出した光の円、【ライト・サークル】により黒い魔力を受け止めていく。
「っ!! なんなのこの魔力はっ!?」
だが数秒で【ライト・サークル】に亀裂が入り、音を立てて割れ始める。
(もう無理っ!!)
ソニアは【ライト・サークル】の形状を円から壁に変化させたと同時に、セシルを抱えて【シャイニーズ】を発動。地面を蹴って全速力で距離を取る。
「【インフォージュン】!!」
ノエルは咄嗟に最も扱い慣れた重力魔法を発動。自身に迫る黒い魔力を押さえ込もうとする。
「っ!」
重力魔法を貫通し、黒い魔力が襲いかかる。ノエルは歯を噛み締め、必死に手を伸ばしていた。
「この、叛逆者がぁぁぁぁぁ!!!」
その後のノエルがどうなったのかは、片膝をつくアイトには見えていない。
空中にまで飛んだ無数の黒い魔力がピタリと止まり、輝きが最高潮に達する。
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その直後、空中がドーム状の黒い魔力の渦に覆われた。
その渦によって、パレード道中を充満していた煙が徐々に晴れていく。
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同時刻、パレード高台。
「うわあ!! なんですかあれ!?」
「ユリアちゃん、危ないから落ち着いてね〜♪」
グロッサ王国第二王女、ユリア・グロッサは身を乗り出して腕をジタバタし始めるが、第一王女で姉のステラ・グロッサに抱擁の形で押さえ込まれていた。
(ま、あいつならアレくらいやるだろうな。
わざわざ魔力を調整して建物に被害が
及ばないようにしてやがる。
じゃあなんで、暗殺を企んだんだよ‥‥‥)
数日前の教皇暗殺未遂に疑念を抱いていたカイルは、黒い魔力の渦を見ながら不満を募らせていた。
(すばらしい‥‥‥すばらしいっ!!!)
心の中で歓喜の声を上げたのは魔導大国レーグガンド『魔導会』総代、バスタル・アルニール。
人目がなければ大声を出して両手を天に掲げていたかもしれなかった。今の彼は手に顎を当てて考え込んでいたが。
(この才を野放しにしておくのは惜しい‥‥‥
今すぐ策を練って、あの力を‥‥‥)
バスタルはもはや騒動なんて眼中になく、完全に意識外だった。
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パレード道中。
「ーーーえ、ーーうえ、姉上!!」
「‥‥‥り、リルカ?」
双子の妹の声が聞こえ意識が覚醒するミルラ。彼女はすぐに自分の目、鼻、耳などが機能しているか確認する。
「姉上、大丈夫ですます。もう消えてます」
消えていると言ったのは、【聖天の祈り】の発動による代償のことである。五感が徐々に機能しなくなるといった恐ろしいもの。
その代償はすでに消えていたことに安堵したミルラだが、別の疑問が浮かび上がる。
「‥‥‥? この澱みはなに‥‥‥?」
建物や地面が破損した形跡は一切見られない。だが、空気が明らかに澱んでいることが感じられた。
そして、ミルラはまだ聞きたいことがあった。
「リルカ、あの警備兵さんは?」
それは自分とリルカを助けてくれたダークブロンド髪の警備兵が近くにいないこと。
【聖天の祈り】を発動してまで彼を救いたかったのだ。いなくなれば気になるのは当然といえる。
「‥‥‥実は、そのことでお話が」
「えっ?」
だが、いつも明るいリルカの声が暗い。そのことがミルラに違和感を感じさせた。胸騒ぎを覚えた。
「‥‥‥もう、彼は」
リルカは自分の見た光景を話し始めた。
「私が目覚めた瞬間、黒い魔力の渦が周囲に覆って
近くにいた人たちは‥‥‥今見ての通り誰もいませぬ。
その中には‥‥‥軍服を着た人がいた気がしまする」
「っ!! そんな‥‥‥!!!
私たちの祈りが、届かなかったのっ‥‥‥」
ミルラは目を震わせ、両手で口を押さえる。
リルカは唇を噛んで視線を逸らしていた。悲壮感漂う姉の姿を直視することができなかった。
リルカは確かに軍服を着た2人を見た。片方は倒れていて、もう片方はそれを膝で支えていた状況。
そんな中、視界の大部分を黒い魔力の渦が占めたことで、2人が見えなくなってしまったのだ。
(この世界は不条理‥‥‥彼のような善人が死んで、
悪人は生き延びることなんて、多々ある。
こんな世界、私は嫌い。だから、だから‥‥‥)
リルカは泣きじゃくるミルラを抱きしめ、背中をさする。
「‥‥‥また祈りましょうぞ、姉上。
届かなかったなら、届くまで祈りましょう。
せめて、あの方が安らかに眠れるように」
「うんっ‥‥‥うんっ!!」
淀んだ青空を見上げながら、2人は自分たちを助けてくれた警備兵に祈りを捧げた。
「ふぁ〜、あるじどこー?」
双子姉妹がアステス王国軍に保護されるところを確認したアクアは、欠伸をしながらペタペタ歩き始めた。
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黒い魔力の渦が、煙を吹き飛ばす最中。
「はぁ、はぁ、さっきの、地響きは‥‥‥?」
「お嬢様、大丈夫でございますか!?」
まだ煙が晴れ切ってない中、膝に手をついて肩を上下するルビー・ベネットと彼女の執事、セバス・チャン。
「きゃああああっ!!!」
2人の後ろから甲高い悲鳴が聞こえた後、ドチャっと少し湿ったような音が続く。
「!」
ルビーが音の方向を向くと、小柄な少女がうつ伏せに倒れていた。湿った音の原因は、少女の付近に滲んだ血だった。
「だ、大丈夫ですか!?」
凄惨な場面を見たルビーは必死に駆け寄り、動かない少女へ近づく。
「お嬢様!! 1人での行動は控えてくだされ!!」
すぐに後を駆けつけたセバスが注意するが、ルビーは返事をせずに眼前の事態の詳細を把握し始める。
「た、す‥‥‥」
「まだ息があります! 早く手当しないとっ!」
ルビーは後ろを向いて、セバスへ訴えるように話す。
「‥‥‥わかりました。私が運びますぞ」
「私も手伝います!」
セバスが左腕を、ルビーが右腕を掴んで少女を持ち上げる。
少女の服は血まみれ。その血が粘着代わりになったのか、落ちていたナイフが彼女の胸に張り付いていた。
「‥‥‥ひどい、なんてこと」
「お嬢さま、見てはいけませんぞ!」
声を震わせたルビーへ、セバスが視線を合わせる。
そのため、セバスは気付くことができなかった。
「ーーー助けてくれて、感謝感激〜♪」
場違いな声への反応が遅れたセバスが振り向くと‥‥‥少女の胸に貼り付いていたナイフが消えている。
反応が遅れたセバスは、見届けることになる。
「外道からのお礼です♪」
黒髪サイドテールの少女が、嬉々として凶刃を振り下ろす姿を。