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深淵VS日蝕

 パレード道中。


 焚かれた煙が少しずつ消えていく中、激闘が繰り広げられていた。


 (これがアステス王国の切り札‥‥‥厄介ね)



 犯罪組織『ゴートゥーヘル』最高幹部《深淵アビス》第一席、ノエル・アヴァンスは冷や汗をかいていた。



 「っ!」


 迷彩柄軍服を着た黒髪ウルフの仮面女性の突進蹴りを、ノエルはかろうじて避ける。ノエルの重力魔法の範囲に引っかからないほど、相手の速さが飛び越えている。


 「っ!!」


 ノエルは次に飛んでくる白金の魔力の光弾を、得意の重力魔法で沈み落とす。



 ノエルが対峙しているのは、アステス王国内で最高峰の力を誇る実力者。


 それはアステス王国軍大佐、特殊鎮圧部隊『日蝕』隊長、ソニア・ラミレス。


 若くして軍の要の存在となり、歴代最年少で大佐の地位に就いた天才。


 そんな彼女の強さの本質は、光魔法にある。



 光魔法は時空魔法や重力魔法などに並ぶ希少属性魔法。


 破壊力は他の属性と比べると少し見劣りするが、発動速度と連発性能は群を抜いている。まさに実戦向けといえる魔法である。


 「っ! 厄介な魔法ね!」


 現に、ノエルの重力魔法を掻い潜って攻めに乗じているほどだった。


 光を纏って動くソニアの足蹴りをノエルは腕で防御するも、勢いを抑えきれず後方へ蹴り飛ばされる。


 「【インフォージュン】!!」


 着地して目を細めたノエルが両手を前に突き出して握り締めると、重圧により周囲の地面が一気に割れ始める。そして、ソニアの足元も。


 「【シャイニーズ】」


 ソニアは光魔力を身体に纏い、これまで通りの高速移動を図る。


 「! さっきよりも重い」


 すると思わずソニアは声を漏らした。今までは重力魔法を受けていても動けたが、今回は僅かしか動けない。



 ノエルが重力魔法の出力を大幅に上げたからである。



 「‥‥‥!!」


 だがソニアを物理的に抑えているノエルの表情に余裕はない。赤い髪が少し濡れる。汗が滴り落ちているのだ。


 本来はソニアを押し潰すべく発動した魔法だったのだが、実際は動きを抑制する程度に留まっている。ソニアの光魔法が重力魔法に対抗しているのだ。


 (押し潰せない! このまま別の魔法をーーー。

  いや今の出力を下げたら脱出されるかもしれない。

  それなら、今の機会を見過ごすわけにはいかない!)


 (もし女の出力がこれ以上上がれば、

  身動きが取れなくなるかもしれない。

  それならあの魔法を使うべき‥‥‥ではないか。

  危険が大きすぎる。今は焦る時じゃない)


 両手を伸ばして魔法を持続させるノエル。


 自身の身体と周囲に光魔力を散布し、重圧に耐えるソニア。


 それぞれの思考は違えど、2人の結論は似ていた。



        「「っーーーーーー!!」」



    それは、今の状況を正面から打破すること。



         つまり、ゴリ押しだった。



 両者とも、自身の魔力出力を更に引き上げる。


 それに伴い、地面のひび割れが際限なく広がっていく。


 ノエルの放つ重圧の中、ソニアは重い一歩を前に出す。



 ノエルは重力魔法発動の出力限界による両手の圧迫感、ソニアは重力魔法による衝撃が足に蓄積される。



          「「っっ!!!」」



 そして、2人の手足へのダメージが限界を迎えつつあった。



 お互い、手足が吹き飛んでもおかしくない佳境に迫る。



       だが、どちらも一歩も引かない。


 ソニアとノエル、どっちの体の一部が先に吹き飛ぶか。その結果が分かるまでに、それほど時間はかかりそうにない。


  だがそんな意地の張り合いは、突如終わりを迎える。



         「ーーー消えたっ!」



 ソニアにのしかかっていた重力が突然消える。ソニアは好機と感じとり、ノエルに追い打ちを仕掛けようとする。


 「!? どういうこと!?」


 だが、ソニアはそんな声を漏らす。視界に入ったノエルは呪力使い、つまり呪術師の男たちに囲まれていた。


 「くっ、何よこいつら!!」


 重力魔法の出力持続に集中していたノエルは、背後の襲撃者に気づくのが遅れて後手に回る。そのため意識が散漫になり、ソニアにかけていた重力魔法が解除されたのだ。


 ノエルは自分へ飛ばされた呪力を重力魔法で押さえ込む。それを見た呪術師たちは舌打ちをするも、攻撃の手をやめない。


 「あれは呪力‥‥‥まさかあの男たちはーーー」


 ソニアは即座に光魔力を纏って突撃し、呪術師の男1人を蹴り飛ばす。


 「ーーージ・ヴァドラ!! 何が狙いだっ!」


 ソニアは蹴り飛ばした男を踏みつけ、睨みつける。



 ジ・ヴァドラ。


 呪力使いだけで構成されており、魔法が国の価値と決められた概念を覆すために世界で活動をしている過激派集団。


 この世界では別に魔法が優遇されているわけではない。その逆。呪術が冷遇されているのである。


 呪いというものは人々に恐れられ、忌み嫌われている。まして呪いの力、呪力を使う呪術が人々に認められるわけがない。


 そして呪力は生まれながらに持っている者はいない。ミアやユニカのような人体実験で埋め込まれることで呪力を宿すことがほとんどである。


 すなわち、呪力を持つ人間が一定数いるという事実自体が、人の闇そのものである。



 「黙れ! 罪深い愚かな王国のーーーガハッ!?」


 「関係ない人を巻き込むな」


 集団の1人である男は言葉が続かない。その男の鳩尾を殴ったソニアが睨みつける。



 「【ヴォル・ヴァリ・バースト】」


 謎の詠唱と共に、視界に収まらないほどの呪力のレーザーがソニアを襲う。


 「【ライト・サークル】!」


 ソニアが右手を構えると半径5メートルにも及ぶ光魔力の円が浮かび上がる。


 そして、呪力が光の円に衝突する。


 「!」


 驚いたのはソニアの方だった。光の円にヒビが入り始め、徐々に押されているからだ。やがて光の円に穴が開き、そこから呪力が漏れ出る。


 「【ライト・ブリッツ】」


 ソニアは指から光魔力の弾を連続で放出し、穴から漏れ出る呪力をかき消す。


 そして、周りに被害を出さずに呪力のレーザーを中和した。



 「よく対処したなぁ!

  さすがアステス王国の最高戦力だ!!」


 そう言ってソニアと対峙するのは、灰色髪で筋肉質の大男。左眉毛から左目の下にまで切り傷が伸びており、左目は瞼を閉じたままである。


 「その目でよく狙いが定まったな」


 「定まってねぇよ。

  だからさっきの大きさで打ったんじゃねえか」


 男のニカッとした笑いにソニアは面食らう。


 (なんだこの男。得体が知れない)


 「ああ、悪りぃな。血の気の多いやつばかりでよ!

  お詫びに説明させてもらうが、

  お前を狙ったわけじゃねえ。後ろの赤い髪の女だ」


 男がそう言って指を差す。それは、さっきまでソニアと交戦していた重力魔法使いの女。


 「あの女が誰か知っているのか?」


 「ああ。私用でな。だが教えるわけにはいかねぇ」


 「‥‥‥私用ということは、復讐か?」


 「い〜や、そんなつまらんことは考えてねぇ。

  俺は、ただ強いやつと戦いたいだけだ」


 (‥‥‥教えてるじゃないの)


 敵を前にしてソニアは思わず意識が削がれる。その隙を、男は突かなかった。


 「見たところ、あいつは重力魔法の使い手。

  そんなの、面白いに決まってるじゃねえか」


 「‥‥‥おかしなやつだ」


 「それに、あれを見てみろ」


 ソニアは男の指差す方を見ると、ノエルが周囲の呪術師から一方的に呪力を飛ばされていた。


 「あいつらは復讐したいらしい。

  俺が楽しめて、ついでに仲間は気持ちが満たされる。

  それならいいんじゃねえか?」


 「‥‥‥復讐なんて、そんなことしても意味がない」


 「それは同感だ。そんなことしたって何も変わらない。

  するなら復讐じゃなくて、改革だ」


 「‥‥‥改革?」


 ソニアは男の発言に聞き返す。男はニカッと笑い、口を開いた。



 「呪力の存在を世界に認めさせてやるんだ。

  魔力と同等の力、いやそれ以上だとな。

  まず手始めに、どっかの国でも落とそうかーーッ」



 淡々と話す男に、ソニアの蹴りが炸裂する。蹴りを手で受け止めた男は嬉しそうに笑う。そして、周囲の空気が一転する。


 「‥‥‥そんなこと、させると思うのか??」


 「面白え! お前も強いのは見ればわかるからな」


 「お前、も?」


 ソニアは光魔力を足に込めて、掴まれている状態の足を振り抜く。男はソニアの足から手を離して距離を取る。


 「後ろで苦戦してる女よりも、私は強い」


 「それじゃあ見せてもらおうじゃねえか!!」

  俺はヴァドラ・ウォン! よろしくぅぅぅ!!」


          「別に聞いてない」



      パレード道中で、大爆発が起こった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 アステス王国外。


 「『レスタ』の格好で私といるとまずいんでしょ?」


 銀髪にいつもの仮面、特殊戦闘服を身につけ『天帝』レスタの衣装に着替えたアイト。


 「ああ。確かにさっきまでそう思ってた。

  だが、逆にこれはチャンスかもしれない」


 「何か考えがあるの?」


 ユニカは染色魔法でアイトと同様に自分の髪の色に手を伸ばす元の黒から変色しようとしたのだ。


 「待った」


 「な、なに?」


 するとアイトに手を掴まれる。突然の出来事にユニカは少し動揺した声を漏らす。


 「変装は一切するな。それと、名前を出すな」


 「え、えっ!? それだと、奴らにーーー」


 「‥‥‥信じてくれ。お前を助けるためだ」


 頭を下げかねないアイトの声色に、ユニカは息を呑む。何か強い決意を感じ取ったのだ。


 「‥‥‥わかった。そこまで言うなら信じてあげる」


 「ありがとう。さあ、行くぞ」


 とある場所を目指して走り出すアイト、そしてその後ろを追いかけるユニカ。


 「えっ!? そっちに向かうの!?」


 向かう先がわかったユニカはそんな声を上げる。そしてアイトは魔結晶を取り出した。


 「レスタだ。頼みたいことがあるーーー」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 パレード道中。


 「ひとまずこの煙から離れないと!」


 「あ、姉上〜! 待ってくだされ〜!!」


 教皇アストリヤ・ミストラルの双子娘、ミルラとリルカは煙の中を一直線に走り続けていた。


 肩で息をしているリルカの手を握って先導するミルラ。2人は鮮やかな金髪を靡かせながら再度走り出す。


 「ちょ! 休憩! どうか休憩を〜!!」


 「後でいっぱいできるから! 早く避難しないと!」


 走る速度を落とすどころか逆に上げるミルラに「イーっ」と舌を出してしかめ面をするリルカ。もちろん前にいるミルラに見えないようにこっそりと。


 「あっ!!」


 「ななんでございまするか!?」


 突然声を出すミルラ。さっきの顔を見られたのではないかと震えた声を出すリルカ。


 「あそこ! 王国の警備兵の方がいるわ!!」


 「なぁんだ、そんなことですますぅ!?」


 リルカの手をグンッと引っ張って走るミルラ。リルカの叫ぶような驚き声も気にしない。


 するとミルラの言っていた警備兵が2人に気づき駆け寄ってくる。


 彼の外見はダークブロンドの髪、中性的な顔立ち。そしてアステス王国軍指定の迷彩柄の軍服を着ており、胴には鉄製の薄いブレストプレートを装備している。


 「ここは危険です! あちらからパレードを抜けて

  急いで避難してくださーーー危ない!!」


 「ん? どうしたでございまする?」


 首を傾げたリルカの背後に迫る影。彼女に振り下ろされるナイフを、回り込んだ警備兵がミリタリーナイフで受け止める。


 「ぐっ、何者だ! バカな真似はやめろ!!」


 襲撃者は30歳ほどの男。目が殺意で支配されていた。そんな男のナイフをかろうじて押し退けると、男は警備兵に呪力を打ちながら逃げ始めた。


 「下がってくださいっ!!」

 「きゃっ!」

 「のわー!」


 双子姉妹の背中を押して軌道を逸らした警備兵はしゃがんで呪力を回避する。


 (今は深追いせずにこの2人を安全なところへ!)


 今追いかけて2人が別の襲撃者に襲われない保証は無い。警備兵にとって最優先は目の前の2人を守ることだった。


 「僕はアステス王国軍所属の二等兵です。

  今から先導します! さあ、行きましょう!」


 「あ、ありがとうございます!」

 「え、もう走れないでございまする〜!?」


 警備兵は名を名乗らずに2人を先導し始める。


 警備兵の名はセシル・ブレイダッド。アステス王国軍所属の二等兵。


 軍に所属してまだ日が浅い、駆け出しの新人軍人。この騒動を鎮圧できる実力は無い。彼にはまだ早すぎるのだ。


 (‥‥‥この方カッコいいですな、

  正直言って、かなりタイプですぞ!

  ミルラもそう思いませぬか!?)


 (ちょ‥‥‥それはそうだけど!

  今はそれどころじゃないでしょ!)


 (姉上ったら恥ずかしがっちゃって〜!

  ここはこの妹に任せてくだされ!)


 セシルには、2人の内緒話は聞こえていない。


 「あの〜軍人さん! 私はリルカと言いまする!

  軍人さんのお名前教えて頂いても〜」


 「リルカっ!! 名乗っちゃダメでしょ!」


 「そ、そうでした申し訳ありませぬ姉上〜!」


 2人が大声を出したのを見たセシルは、思わず苦笑いを浮かべる。すると頭の中で何かがざわめいた。


 (‥‥‥あれ、リルカってどこかで聞いたような。

  それにこの子たち、双子‥‥‥んん?)



 だが結局、セシルが2人の正体に気づくことはなかった。



 そしてこの双子に出会ったことが、彼の人生を大きく歪めることになる。


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