輝く闇
私は、人を信じることができない。
物心ついた時から呪力を宿す実験をさせられ、それが運良く成功し、魔力と呪力の両方を宿すようになる。そしてその手柄として、犯罪組織の最高幹部に抜擢された。
全く嬉しくない。誰か私と代わってほしい。
でも構成員からは妬まれ、蔑まれ、冷遇され、虐められ、忌み嫌われた。
それは同じ最高幹部の中でも変わらなかった。いや、むしろ悪かった。
私は、何の関係も無い人を傷つけることなど出来なかった。
それは別に優しさとかじゃない。
ただ自分のせいで他人に影響を与えることが、どうしようもなく怖かっただけだ。
末端の構成員ならともかく、最高幹部の私がそんな体たらく。同じ最高幹部の人からは強く責められた。特に、とある1人に。
「役立たずちゃんには、教育してあげますねぇ〜?」
私は両手足を大の字に縛り付けて拘束され、彼女が適当に投げる刃物が迫る。
手、腕、足、太もも、脇腹‥‥‥もう、どこに刺さったのか考えたくないほどだった。
私が痛みで叫び、涙を流すのをみて微笑む相手の顔は、何度も夢に出てくるほど心まで侵食している。
そんなことを一種の遊びとして楽しんでるような奴が最高幹部の、イかれた集団。その女からは、何回同じようなことをされたか分からない。
犯罪組織で手を染めているからこそ、死なないように苦しめる方法を幾つも知っていて、それを私に試される。腹いせも兼ねて。
死にたいと感じるまでに、時間はかからなかった。
でも死にたいと考え始めると、気づけば数時間経っていたこともある。もう、自分でもよくわからない。
話し相手もいない。話すこともない。怒られるだけ、虐められるだけ、傷つけられるだけ。
人と関わると、自分が傷つくだけ。
そんな私が、どうやって人を信じればいいの?
友情なんて、信頼なんて、愛情なんて、私には理解できない恐怖の感情だ。
「離せッ!!!!!」
でもそんな私の前に、突然現れた。
それは魔闘祭襲撃の時。私は謹慎処分を受けていたが、もう自暴自棄になって無断で現地に赴いただけ。もう、全てがどうでも良くなっていた。
そんな時に、最高幹部2人へ考え無しに突っ込んでいく男が私の視界に入った。
その男は私の所属する犯罪組織に反抗してくる謎の集団のトップらしい。そんな地位に立つ男が、脇目も振らず相手に突っ込んでいく。
しかも、窮地の金髪少女を助けたいがために。
当然、その男は返り討ちにされて地面に這いつくばる。
「ふざ、けんな‥‥‥」
なんで他人なんかのために、身体が動くの?
私は嫌悪感を抱きながら倒れていた男を睨んでいた。
それは、私からすれば有り得ないような死に様を目に焼き付けて、再度自分の考えが正しいと噛み締める行為。そして、自分が死ぬ時に少しでも満足して死ねるように。
でも、男は死ななかった。
それどころか、最高幹部2人を圧倒した。
私は、息をすることを忘れていた。
仲間のために動くという、私からすれば考えられない行動が想像もつかなかった状況を作り出した。
私と正反対の彼が、それを証明した。
初めて他人に興味が湧いた。
なんで、他人をそこまで思いやれるの?
そんなことして、何かいいことあるの?
なんで、あなたは人を信じられるの?
知りたい。
私は、その理由を知りたい。
だから、脅すような形であなたと同行した。
だから、教皇とその娘たちを意味もなく助けた。
でも結局、私にあなたの考えは分からなかった。
何も分からない、理解できない、信じられない。
でも、そんなあなたと話すのは楽しかった。
もしかしたら、少しはしゃいでたかもしれない。
これからもずっと理解できないかもしれないけど、だからこそーーー私はあなたと、あなたの仲間のことを知りたいと思った。
あなたのような人と仲間になれたら、変われたかな。
私は、あなたを死なせたくなかったーーー。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ローグ‥‥‥くん‥‥‥」
口から血を溢しながら呟いたユニカは、隣に横たわる少年を見ながら瞼が‥‥‥見開いた。
「はっ???」
パナマは高笑いをやめ、素っ頓狂な声を出す。彼の右腕が宙を舞い、やがてボトリと地面に落ちる。
それが自分の右腕だと気づかなかったパナマは、右肩から下を確認する。当然、肩から下には何もない。
「ーーーーーーーーーーがぁぁぁぁぁっ!!?」
何を言っているかわからないほどの声で、パナマは絶叫する。
目の前には、剣を持って片膝をついた少年がいた。
「はぁっ、はあっ‥‥‥間に合った」
やがて立ち上がる黒髪の少年を見て、ユニカは血の滲んだ口で息を漏らす。
「‥‥‥なん、で」
「ーーー【エクスヒール】」
ユニカの願いを無視するように、アイトは彼女の近くにしゃがみ、上級治癒魔法を発動する。
瞬く間に傷が癒えたユニカは、アイトの顔が見れない。
「‥‥‥どう、して?」
「すぐ終わるから待っててくれ」
そう忠告したアイトは立ち上がり、尻餅をついているパナマを見下ろす。
「な、なぜっ!!? なぜ動けるんじゃあ!?」
「間抜けはどっちだ? ま、話す必要はない。
魔闘祭の時は逃がしたけど、次はもう無い」
アイトはそう言うと、パナマの腹に容赦なく剣を突き立てる。パナマは口から血を吐き出し、必死に呼吸を試みる。
それを見下ろしていたアイトの全身からは、魔力の気配が漏れ出ていた。
魔力解放による自動修復。その特性でアイトは復活したのだ。
「はあっ、ま、魔力解放!? ありえん!!
しばらくは使えんと報告を受けている!!」
「‥‥‥誰に聞いたんだ」
アイトは見当違いなことを言うパナマに挑発するように問い返す。それを言ったのは誰かは言うまでもない。
「ッ! アンノーンっ!! 貴様、裏切ったか!!?」
パナマは眼球が飛び出そうなほど見開いて叫ぶ。アイトはその様子を見て、ほんの少しだけ笑っていた。
「ふっ、大した情報網だ。もう伝わってるとは。
でも残念、それは俺が仕掛けた嘘。
何か引っかかったから、予防線を引いたんだよ」
その言葉を聞いたユニカは、ますますアイトの方を向けなくなる。
「彼女の様子がおかしいことは前から気づいてた。
突然辛そうな顔を浮かべたり、言葉に詰まったりな。
もし俺を裏切ってたとしても、何かある。
彼女はお前みたいなクズ野郎じゃないって確信した」
「‥‥‥」
ユニカは何も言わずに、ただ頭を下げている。長い黒髪が、彼女の顔を覆い隠す。
「もし彼女から俺の正体が完全に広まってるなら
今まで俺が悠長に動けたのは変だ。
だから俺の捕縛を手柄にしようとしてる少数にしか
情報が渡っておらず、彼女はそいつの策に
付き合わされてるんじゃないかってな。
そう考えると罪悪感で苦しんでいた彼女と
これまでの状況に、全ての説明がつく」
アイトの発言を聞いたパナマは図星だったのか、歯を食いしばりながら睨みつける。
「き、貴様はそんな根拠のない当てずっぽうな考えで
ワシらの罠にハマる振りをしたのかっ!!?」
「ああ、こうでもしないとお前らは尻尾を出さない。
それに俺の正体がバレてるなら、今頃グロッサ王国は
地獄絵図になってるはず。少なくとも俺と因縁のある
あの3人には知れ渡ってないと確信していたよ」
パナマは自分より上位であるノエル、エレミヤ、クロエの誰かに伝えておけばと深く後悔していた。意図的に情報を伝えなかったのは自分の欲深さが原因であることを棚に上げて。
「最悪、ゴートゥーヘルに知れ渡っていたとしたら?
その時は俺も諦めるさ。自分を隠すことを。
平穏を保つことを。だから、容赦しない。
俺の守りたい人たち以外は、どうでもいい。
王国が血の海になろうが、正直どうでもいい。
お前も、他の最高幹部も、覆面集団も総帥って奴も、
俺の全てをかけて殺す。どんな手を使っても、消す」
ユニカとパナマは完全に戦慄していた。今、目の前にいる男は正真正銘、ゴートゥーヘルが恐れる『天帝』レスタそのものだと。
「ま、今回はお前のおかげで助かったよ。
欲深いお前のおかげで肝心な情報は拡散せず
『ゴートゥーヘル』にとっての怨敵である俺、
レスタの正体は再び闇の中だ。ありがとう」
アイトは軽く息を吐いて、パナマを見下ろす。
「俺はまだ、人間でいられる」
アイトはーーー冷徹な目を向け、渇いた笑みを浮かべていた。
「あ、アンノーンっ!! この小僧を殺せっ!!
わかっただろ!? こ、こいつは危険すぎる!!
ワシらの、いや世界の敵になるぞっ!!?」
その反応が地雷を踏み抜いたのか、刺さった剣が魔力を通して震え出す。
「‥‥‥おい、最後によく聞けッッ!!」
「ガッ‥‥‥」
アイトは剣を抜き、再度突き刺す。次は心臓へと狙いを定めて。
「こいつには名前がある! 立派な名前がなッ!!」
アイトの叫びはパナマに届いていなかった。彼はすでに生き絶えていた。
因縁深いゴートゥーヘルの最高幹部『深淵』、その一角が遂に消え去った。
(なんで‥‥‥なんで‥‥‥)
剣を抜いて鞘に納めている少年を見て、ユニカが感じたことはーーー純粋な疑問だった。
「なんでよ‥‥‥」
「‥‥‥なにが?」
「ーーーなんで私なんかを助けたの!?」
ユニカは思わず、口から感情が漏れ出す。
「はあ? なんでそんなこと今更ーーー」
「私は、あなたを騙してたのに!!」
ユニカはアイトの顔を見ない。見られない。
「‥‥‥さっきこいつに言った通りだ。
お前の様子がおかしかった。ゴートゥーヘルに
戻りたいなんて、本気で思ってなかったんだろ?」
「そう、だけど!! そうじゃないでしょ!?
あなたを嵌めようとした事は変わらないっ。
私は疫病神なんでしょ!? なんで助けたの!?」
アイトは、罪悪感で叫びまくるユニカを真剣に見つめて目を逸らさない。
「さっきのお前の顔を見て、見捨てられなかった」
「‥‥‥はあっ?」
アイトは、全く答えになっていない返事をする。
「ま、俺の事はバレずに済んだし、
奴らの最高幹部を1人潰せた。
正直、上手くいきすぎた。その見返りかな。
気分がいい今は、大抵のことを水に流せる」
「はあっ!?」
頭をポリポリ掻きながらそんなことを言うアイトに、ユニカ
は捲し立て始める。
「なんでなのっ!? なんで怒ってくれないの!?
罰を与えないの!? 殺さないの!?
こんな私を、見殺してくれないのっ!!
おかしいじゃない!! なんで、なんでよ‥‥‥」
歪んだ価値観が、彼女の暴走を生む。
「助けられないかもって言ったじゃん!!
まだ信じられないって言ったじゃん!!
なんで!? 意味わかんないっっ!!!
もしかしてカッコつけたいのっ!?
どうしてっ、どうしてっ‥‥‥!!!?
変な期待、持たせないでよッ‥‥‥!!」
肩を切られた時よりも、ナイフが太ももに突き刺さった時よりも、ユニカは大粒の涙を流す。
「‥‥‥ラペンシア」
そんな子供のように泣きじゃくる彼女に、アイトは口を開く。
「全部言ったとおりだ」
「はあ!?」
「俺はヘタレだから、さっきの場面を見るまで
お前を信じることができなかった。
それに今でも助けられないかもって思ってる」
「‥‥‥今そんなこと言う!?」
「でも助けたい」
「ッッ」
ユニカの息が止まる。それに気づいていないアイトは言葉を続ける。
「俺は別に正義の味方じゃない。英雄じゃない。
お前を救えない。でもこれだけは言う。
いや違うな。今の俺には、これしか言えない」
アイトは黒い瞳をユニカに向けて、口を開く。
「お前の仲間には、なれると思う」
「っ‥‥‥!! ああ、ああっ‥‥‥!!!」
彼女にとって、欲しい言葉ではなかったかもしれない。
『絶対助ける』、『俺がなんとかする』、『俺に任せろ』、『よくがんばった』、そんな言葉をユニカは聞きたかったかもしれない。
「ゔあああああ〜〜!!」
だがユニカは涙を流す。いや嗚咽を漏らし号泣する。アイトの胸に顔を押し付ける。彼女には突き刺さったのだ。嬉しいという感情が奥底から湧き上がる。
「いいのっ‥‥‥!? 本当にいいのっ!?
『エルジュ』に、あなたについていっていいのっ?」
「ああ。これからよろしく、ラペンシア」
アイトは微笑みながら右手を差し出す。
「ありがとう‥‥‥ありがとう、ローグくんッッ」
ユニカはその手を握り返す。そして、また彼女の目から涙が頬を伝う。感極まって溢れ出したのだ。
「な、なんでもないっ!!」
このままだと泣き虫だと思われてしまうとユニカは左手の袖で涙を拭く。
「ラペンシア? ど、どうしたっ?
まさか、どっか治しきれてなかった!?」
アイトがあからさまに狼狽し始める。治癒魔法がうまくいかなかったのではと焦っていたのだ。
「‥‥‥ふっ、ばーか」
そんなアイトの慌てようが面白かったのか、ユニカは容赦なく罵倒した。
そんな彼女はこれまでの人生で、1番笑っていた。
彼女の闇は、まだ祓えない。
だが新たに、輝く闇が彼女を照らした。