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底知れない闇

 ユニカは目の前の相手を見て、震え上がる。


 「お久しぶりですねぇ〜♪

  任務で人間1人すら殺せない、役立たずちゃん?」


 そう言ったゴートゥーヘル最高幹部『深淵アビス』第三席、クロエ・メルは嬉しそうにナイフを回す。


 「はぁ、はぁっ、はあっっ」


 ユニカは鮮明に思い出していた。クロエから罵られ、受けた苦痛を。散々に自分を痛めつけた後に見せつけてくる彼女の微笑みを。


 「どうしたの〜? 苦しい? 助けてあげよっか〜?

  あ、今からやる? 大好きな『我慢勝負』〜♪」


 クロエがユニカに迫る。ユニカは顔を真っ青にし、その場で足が、身体が震える。


    「ーーーうん、やっぱ楽にしてあげる〜♪」


            「ひッッ」


 足の震えが限界を超えたのか、ユニカはその場で膝が曲がり座り込む。


 それが功を奏したのか、クロエのナイフは空を切った。


 「チッ、本当にウザい」


 予想外の出来事にクロエは舌打ちし、ぺたんと地面に座ったままのユニカを見つめる。ユニカは気が動転しているのか、まだ動くことができなかった。


      (にげ、逃げっ、逃げなきゃッ!!!)



   そう思う間にも、クロエはナイフを振りかぶる。



      「どこ行ったのでございまする〜!」


         「手を離さないでよ!」



 突然、2人の見物客がユニカとクロエの間を通り抜ける。


         「チッ、何ですかぁ?」


 さすがのクロエもこの状況で見物客を殺して目立つのは避けたかった。


         (逃げなきゃッ!!!!)


 千載一遇のチャンスに、ユニカは必死に足を叩いて立ち上がり、必死に走り出す。


  「逃げんなッ!! 役立たずのアンノーンっ!!」


 クロエがポケットから取り出し、咄嗟に投げた針がユニカの右肩に刺さる。


           「‥‥‥!!!」



  だが、ユニカは右肩に刺さった針に気づいていない。



   (痛い、痛い、痛いっ‥‥‥! 誰か助けてッッ)



   ただ右手で胸の中央を押さえ、必死に走った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「アイトく〜ん、ユニカちゃ〜ん!

  どこ行っちゃったのでありますか〜!」


 「しっ、あんまり大きい声出さないの」


 パレード道中。


 教皇アストリヤ・ミストラルの娘で双子のミルラとリルカは煙の中、アイトとユニカを探し回っていた。


 「うぴゃあ! 危ないですなぁ!」


 すると、背後から走ってきた黒髪少女がリルカの真横を通り抜ける。


 「リルカ、大丈夫?」


 「大丈夫ですぞミルラ!

  これは早くお二人を探さないといけませんな!」


 ミルラとリルカはお互いを見失わないように手を繋いで歩き始めた。


 先ほどぶつかりそうになった少女のことを、2人は気にも止めていなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 (やばい、動け、動けッ!!)


 ノエルの重力魔法により、地面にうつ伏せになったまま全く動けないアイト。


 煙で姿は見えていないが、ノエルの足音が徐々に迫ってくることがわかっていた。


 このままではレスタの格好をしたままを見られてしまう。その焦りで思考が埋め尽くされていく。


         (こうなったらーーー)



           「よいしょー」



 力の抜けた声と共に飛んできたのは、水の塊。アイトの背中部分に滑り込み、水が薄く広がって()()を押し返す。


 (動ける!! さっきの水はーーー)


 アイトはすぐさまうつ伏せの状態でその場を離れて、やがて立ち上がる。


       「ふわぁ〜、あるじ元気ー?」



            「アクアっ」



 予想通りの助っ人に、アイトは小さな声を上げる。


 「向こうにいる人を倒せばいいのー?」


 「来い!」


 「わー」


 アイトはアクアの手を掴んで、煙から迫っているのであろうノエルから全力で離れる。


 「アクア、たしか『魔闘祭』で

  ノエル・アヴァンスと交戦してたよな!?」


 「だれ」


 「重力魔法使いの赤い髪の女!」


 「あーあの重い女のことー?」


 「そ、そうだ! アクア、あいつとは戦うな!」


 アクアは『魔闘祭』でのゴートゥーヘル襲撃の際にノエル・アヴァンスを交戦している。


 そのため眠たそうにしている彼女をノエルに見られれば『エルジュ』がアステス王国のパレードに潜伏している、つまりユニカ(アンノーン)は『エルジュ』と手を組んだという結論に至ってしまう。


 『エルジュ』の主な活動範囲はグロッサ王国。


 アイトにとってユニカの潜伏場所を特定されるのは、自分に不利益を被ることと同じ。それは絶対に避けたいのだ。


 「おけー。戦うのめんどくさいし、むしろいいー」


 アクアは即答した。その理由はあまりにも不誠実だが。


 (俺やアクア、カイル、オリバーが

  あの女と戦えば間違いなく

  『エルジュ』の仕業だと思われる。

  でもあの女を自由にさせるのは1番ダメだ。

  いったい、どうすればーーーー)


 アクアを連れて走りながらアイトは懸命に考え、視線にとある人物が映る。


 「ーーーあれだ!!」


 アイトは咄嗟に右手に魔力を込め、放つ。



         (【簡易版、終焉】!!)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 パレード高台、アステス国王の席。


 国王の後ろに控えていたアステス王国軍特別軍隊長ソニア・ラミレスは事態の対処へ動こうとしていた。


 「ソニア! 今は原因の追求に努めよ!」


 「はっ!!」


 国王の命令の下、ソニアはその場から走り出し、高台から飛び降りようとする。


 目的は謎の音を響かせている原因の対処。そのはずだった。



  煙から突き抜けた黒い魔力が上空へ飛び出るまでは。



         「! 何あの魔力!?」



 音も気になるが、尋常ではない魔力を解き放った人物を放っておくわけにはいかない。そう判断したソニアが魔法を発動する。


         「【シャイニーズ】!」



 眩い光と共にソニアが高速で空を舞い、一瞬でパレードに降り立つ。降り立った先は黒い魔力が放たれた地点。


 避難者2人の走る音が背後に聞こえた後、ソニアの視界の先から赤い髪の少女が現れる。その少女はナイフを持っていた。


       (この気配、只者ではない!!)


   「ナイフを持ったあなた! 止まりなさい!!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ノエルは、前方に突然浮かび上がった謎の黒い魔力が視界に映る。


 (何者? まさか忌々しい『エルジュ』の誰かーーー)



   「ナイフを持ったあなた! 止まりなさい!!」



 ノエルは、やがて煙の先に立っていた1人の存在に気づく。


 「!? ソニア・ラミレス!」


 ノエルは目の前の軍服黒髪仮面女性に足が止まる。


 それに対し、ソニアの足は動き始めた。


 「【シャイニーズ】」


 瞬時に移動し、空中で反転した彼女は右手に持つミリタリーナイフを、ノエルの首元へ振りかぶった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「よしっ! うまくいった!!」


 後ろから聞こえる戦闘音を背中に感じながら、アイトはアクアを引っ張りながらパレードの中を走る。


 ソニア・ラミレスをノエル・アヴァンスと衝突させることに成功したのだ。


 【簡易版、終焉】。


 属性魔力を複数融合する過程を大幅に省略し、威力が落ちる代わりに発動速度に特化した固有魔法。アイトが戦闘で使った事は一度も無い、無用の長物だったもの。



 「よくわかんないけど、さすがー」


 そう言ったアクアは、本当に何もわかっていない表情を浮かべていた。


 (そういえばあの3人はどこだ?

  はやくラペンシアに奴らのことを伝えないと!!)


 アイトは腰のベルトに付けていた変装用魔結晶を外して服装を元に戻す。そして仮面も外して魔結晶と共に【異空間】に放り込んだ。


 変装が解けたアイトは連絡用の魔結晶を取り出し、話しかける。


 「ラペンシア! 今どこだ!?」


 「ねーラペンシアってだれー」


 アクアの声を聞かずにアイトは魔結晶に話しかけるが、ユニカからの返事は無い。



       ビーーーーーーーーーーーーー



 「さっきから! いったい何の音なんだ!?」


 遠くから聞こえる音を不快に感じ愚痴を漏らすアイト。


 遠くとはいえど騒音に近い音がずっと響いているため、不快以外に感情を表現することができなかった。この後の発言を聞くまでは。



   「この音、あるじといた女の子から流れてるー」



           「‥‥‥は?」


 アイトは思わずアクアを掴んでいた手を離す。そして彼女の両肩を掴む。



     「アクア! それは、どんな子だ!?」


           「えーと」


         「はやく!!!!」


    アクアは珍しく考える様子を見せ、口を開く。



    「灰色、あー黒髪の子? ってどしたのー」



       直後、アイトは走り出していた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 パレード高台。


 「あれ!? あいつどこ行きやがった!?」


 「いない‥‥‥!?」


 カイルとオリバーが慌て始める。


 グロッサ王国第1王女ステラ・グロッサ、第2王女ユリア・グロッサの護衛として後ろに立っていた2人は、さっきまで立っていたはずのアクアがいないことに気づいた。


 「いや、おそらく大丈夫です。

  あのアクアが動いたということは、向かった先は」


 「‥‥‥あいつのもとか。ま、寝られるよりはマシか」


 アクアはレスタ(アイト)の元へ向かったと決めつけ、一安心する2人。


 「どうしましたか!! 何か動きますかっ!!」


 ユリアが目をキラキラ輝かせて椅子の後ろにいるオリバーをガン見する。


 「ユリアちゃん‥‥‥楽しそうに言わないの」


 ステラは苦笑いしながらユリアを嗜める。


 「カイル、わかってますね?」


 「あ? 何がーーー」


 カイルの返事を聞く前に、オリバーは跳躍して近くの建物の上を走って移動を始める。


 「おいっ!? どういうことだぁぁ!?」


 カイルは何もわかっていなかった。オリバーが狙撃ポイントに移り、カイル自身は王女2人の護衛を続けろという意図を。


 護衛という意味では近接戦闘において類を見ない強さを誇るカイルが適任だと、狙撃手オリバーは判断したのだ。


 「あら〜、カイルさんだけになってしまいましたね」


 「あ〜!! 私も連れてってくださ〜い!!!」


 呆然としたカイルは2人の言葉を全く聞いていなかった。


 「はっはっは、若者は活動的でよろしい。

  そこの青年だけでなく、私も助力しよう」


 すると近くの来賓席に座っていた老人が立ち上がる。老人の側近も静かに立ち尽くしていた。


 「! バスタル様」


 「ありがとうございます〜!」


 バスタルは王女2人に笑みを浮かべる。カイルはバスタルを見て訝しげな顔をしていた。


 (このおっさん、そんな強いのか???)


 そんな中、煙は今もパレード道中を覆い尽くしていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「はあ、はあ、はあっ‥‥‥」


 胸を押さえたユニカは煙の外へたどり着いた。


 (クロエ‥‥‥やっぱり私を殺しに)



  ビーーーーーーーーーーーーー



 (‥‥‥この音、組織の魔結晶から出てるっ!!)


 不快な騒音は、彼女が持つゴートゥーヘルの構成員に支給される魔結晶から鳴っていたのだ。


 ようやく気づいたユニカはすぐに地面に叩きつけ、さらに踏みつける。粉々になった魔結晶は音を出さなくなった。


 その怖さまでに使った数秒を、すぐに後悔することに気づかずに。


 「っ!! う〜〜〜〜っ!!!」


 ユニカは突然の激痛に声を漏らしてその場に座り込む。垂れた血が地面に滲み出す。



    右足の太ももに、ナイフが突き刺さっていた。



 「ゔぁぁっ!!」


 ナイフを太ももから抜き、絶叫を上げる。血の付着したナイフを床に投げ捨てた。


 「楽しかった日々を思い出しますよね〜♪」


 「クロエっっ」


 煙から現れたクロエに対し、恐怖ですくみ上がるユニカ。


 「刺さった場所は‥‥‥そこそこ当たりですねぇ♪

  命には関わらないけど、痛い所〜♪ かわいそう〜」


 「っ、この悪魔っ!!」


 「ウチにそんな口、聞いていいんですか〜?」


 クロエは動けないユニカにジリジリと歩いて近づいていく。


 「っ、っぅあっ、ぅっ!」


 ユニカはあまりの痛みに声を漏らしながらも、手を後ろについて必死に離れようとする。


 (助けて誰かっ!! 誰か、誰かッッ!

  ! ローグくんっ!! 助けてっ!!)


 頭に浮かび上がったアイトに助けを求める。


 『先に言っておく。もしお前がバレて

  奴らに攻め込まれたら、俺1人だと

  助けられないかもしれない』


 (あっ‥‥‥)


 そして、今朝に言われたアイトの発言を思い出す。


 (そうだ‥‥‥彼は私の味方じゃない。

  ただ手を組んでるだけ‥‥‥他人。それに私は‥‥‥)



 ユニカは歯を食いしばりながら右手で魔力を、左手で呪力を作り出す。そして両手を重ね、2つを混ぜる。


 「へぇ? 動けないのにウチとやる気ですかぁ〜?」


 「うるさいッ!!!」


 魔力と呪力を混ぜた、【魔呪】をクロエに飛ばす。振動魔法の応用による【反射リフレクト】により魔呪はクロエの身体に当たった直後に跳ね返り、あらぬ方向へ飛んでいった。


 「それを、他の人に当てるだけでよかったのにぃ〜」


 「っ! ゔああぁぁ〜〜〜!!!!」


 ユニカは必死に魔呪を撃ち続ける。だが当然、クロエには当たらない。


 「すごく必死ですねぇ〜♪

  任務もそれくらいがんばってくれれば、ねぇ〜?」


 クロエは地べたを這いつくばるユニカを見て、嬉しそうに微笑む。


 「さあ、そろそろ楽になりましょうか〜♪」


 (死にたくない死にたくない死にたくないっ!!)


 地面に落ちている血が付着したナイフを拾い上げたクロエはユニカと同じ目線にまでしゃがみ込み、ナイフを振り上げる。


 「名無しの臆病ちゃん、さよなら〜♪」


 (死にたく、ない‥‥‥でも、これでーーー)


 ユニカは両手をぶらんと下げて目を細める。心と身体が反発しあっているのか、身体が動くことを諦めていた。



            ダァンっ。



 低い音が響いた直後に、金属が地面に落ちる音がする。


           「いっ‥‥‥」


 クロエの右腕に小さな穴が空く。穴からは血が流れて滴り落ちる。突然の不意打ちだったため、クロエは【反射リフレクト】を発動していなかったのだ。


 (え‥‥‥?)


 瞼を開けるとクロエの後ろに黒髪の少年が銃を構えて立っていた。


 「ーーー誰ですかねぇッッ!?」


 次の瞬間にはクロエが【反射リフレクト】を発動。そして彼女は鬼気迫る表情で後ろへ振り返り、自分の右腕に怪我を負わせた相手を探す。


 だが彼女の視界は、煙に覆われていて誰もいない。



            バチンッ。



 すると火花が散ったような音が響く。クロエは再度振り返ろうとするが、すでに自身の背中に衝撃が入っていた。


 だがクロエの【反射リフレクト】がダメージを受けることを許さない。背中に入った衝撃を真逆の方へと押し返す。


 だがその性質を逆に利用されたのだと、クロエはすぐに気付く。



 「ッ!! やられたっ!!」


 苛立ちながら振り向くが、相手とユニカはその場から消えていた。クロエは思わず、目を細めて舌打ちをしていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「おい! 大丈夫かラペンシア!?」


 アイトはユニカを抱き抱えた状態で走っている。ユニカは自分に向けられた声に全く反応しない。


 「‥‥‥ごめん、なさい」


 代わりに脈絡もなく謝罪の言葉を漏らす。その言葉が気になってアイトは足を止める。


 「何が!?」


 「‥‥‥っ、逃げてッ!!!」




            ズンッッ。



 アイト自身の腹から聞こえる低く湿った音。気づけば抱えていたユニカを手放して、地面に昏倒していた。


 「‥‥‥ぁっ」


 うつ伏せのままユニカに手を伸ばす。対して彼女の視線は、アイトの上を向いていた。


 

 「でかしたぞアンノーン!! 成功じゃ!!

  すれ違う相手を気にしてられないほど

  焦っていたようじゃな? 叛逆者レスタっ!!」



 アイトは後ろから聞こえる声に、聞き覚えがあった。



           「パナマっ‥‥‥」



 ユニカは震えた声で、アイトを刺した人物を呟く。


 「バカな男よ!! そこの女が裏切り者!?

  そんな戯言をよく信じたものじゃな!!

  ま、その小娘は裏切り者扱いされてるがな!」


 パナマは倒れたアイトを見て気分がいいのか、ベラベラと真相を話しだす。


 「この娘が無断で『魔闘祭』へ向かった件で

  罰せられる時に何か話したそうじゃったからな。

  逃げ延びた時にワシが話を聞いてやったんじゃ。

  まさかレスタの正体を掴んだとは思わんかった!!」




 『魔闘祭』に無断で行動したため重い罰が与えられそうになった際にアンノーン(ユニカ)は必死に逃亡。裏切り者の烙印を押される。


 そんな彼女に連絡を取ったパナマは『魔闘祭』でレスタの正体を掴んだと聞き、手を組むことにした。


 パナマはレスタの正体、アイト・ディスローグを捕らえるという大手柄を立てて上位3位の3人(ノエル、エレミヤ、クロエ)に恥をかかせること。


 アンノーンはアイト・ディスローグを組織に手渡すことでこれまでの評価、そして裏切り者の汚名を挽回し、組織に復帰すること。


 『魔闘祭』終了後、ユニカがアイトに接触したのも教皇暗殺計画を知らせたのも、全てはアイトの信用を得て油断させるため。


   それがユニカも受け入れた結末、のはずだった。



 「マヌケじゃなレスタ、いやアイト・ディスローグ!

  生意気な小童たちが知った反応を想像するだけで、

  ガッハッハッハッ!!! 笑いが止まらん!!」


 パナマは口に手を当てて高らかに笑い出す。


 「笑いが、とまら、ない‥‥‥?」


 刺された後にアイトが発した初めての言葉。パナマは笑いながらそれに反応する。


 「そうじゃ!! 手柄を独占するために

  ワシとそこの女以外はまだ知らん情報よ!!

  知れば、総帥も大層驚くじゃろうな!!」


 パナマは右手にナイフを構え直し、振りかぶる。


 「ダメッッ!!!!」


 ユニカは動く片足を必死に動かして、アイトとパナマの間に割り込み、両手を広げる。



 彼女の目には涙が浮かび、何かを訴えているようだった。


 「こ、殺さないでッ!!!」


 「? 殺しはせんよ。その小僧の口から自白して

  もらわんといかんからな。後は総帥の思うがまま。

  まあ、死ぬより辛い報いは受けさせるがの」


 「報い‥‥‥?」


 「忌々しい小僧の両腕を斬り落としてやるんじゃよ!

  ワシに刃向かった愚か者には当然の報いじゃ!!」


 パナマが怒り狂った顔でナイフを振り下ろす。


 「やめてッッ!!!」


 そのナイフは、叫んだユニカの手によって阻まれる。当然、彼女の手の平からは血が溢れ出す。


 「なんじゃ!? 離さんかい!!!」


 「離さないッ!! ぜったい離さないッ!!!」


 ユニカの脳裏には、ここ数日間の記憶が過ぎっていた。大変だったけど、濃密な数日間が。


 「何を言ってるんじゃ? 気でも狂ったか?」


 「そんなの知らないッ!!

  この人は、死なせちゃダメなのッ!!!」


 子供が駄々を捏ねるかのような口ぶりで、ユニカは必死にナイフを手の平で押さえ込む。深々と食い込もうが、お構いなしに。


 「‥‥‥ふっ。やっぱりお主は大馬鹿者よのぉ」


 「っ!?」


 パナマはユニカに足払いをする。片足に重傷を負っているユニカは簡単に昏倒してしまう。



 「っっ‥‥‥」



 そして、彼女の腹にナイフが突き刺さる。当然地面に溢れ出る鮮血。もはや、どちらの血か分からないほど噴き出ていた。




 「レスタを捕縛。それに裏切り者アンノーンを処刑。

  これでワシは大出世じゃ!! 次期総帥じゃあ!!」



 パナマは空を仰いで、叫ぶように笑う。うつ伏せで倒れるアイトに、そんな声は一切届いていなかった。



         「ごめん、なさいっ‥‥‥」



     彼には、1人の少女の声しか聞こえない。



  「私のせいで‥‥‥選択が中途、半端だったせいで」



 ユニカから涙が溢れ出す。これは痛みによる涙ではない。後悔、絶望、苦悶、謝罪。そんな気持ちが溢れ出した結果である。


 「組織、で育った私には、、他の生き方が、怖かった。

  でも、組織にいる私自身が、一番っ、嫌いっ‥‥‥!」


 ユニカはとめどなく涙が溢れ、泣き続ける。


 「だましてた、けど‥‥‥全てが嘘、じゃない‥‥‥

  この数日間は、キラキラしてた。か、輝いてたっ、

  楽しかったっ。これは嘘じゃ、ない‥‥‥」


 ユニカは、必死の思いで横たわるアイトに手を伸ばす。


 「ほんとうに、あなたの、仲間になりた、かった‥‥‥」


 ユニカの手がパタンと地面に触れる。次第に瞼が落ちていく。自分たちを見下ろして笑い続けるパナマは視界に入れない。悔しさでどうにかなってしまいそうだった。



    「死んでからも、謝り、続けるから‥‥‥」



    底知れない闇が、彼女の心を侵蝕していく。

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