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パレード開始、避けられない衝突

 アステス王国、パレード当日の朝。


 ‥‥‥にも関わらず、主催側のアステス城では口問答が行われていた。


 「はあっ!? 来るのはルーク様ではなくて妹さん!?

  なんで前に教えてくれなかったのですかお父様!!」


 「事前に知ればお前が猛反発するのは目に見えておる。

  いいかシルク、くれぐれも粗相をーーー」


 「これにて失礼しますわっ!!!」


 「話を聞かんかぁ!!!?」


 口喧嘩の当事者は国王のウィル・アステスと彼の娘で王女のシルク・アステス。つまり親子の口喧嘩だった。



 「お父さまったら、なんで言ってくれないんですの!」


 痺れを切らしたシルクは頬を膨らませながら廊下を歩き、とある客室の扉を開ける。


 すると中では、用意された椅子に3人が座っている。



 そのうちの2人は来賓として招かれているグロッサ王国の王女姉妹、ステラ・グロッサとユリア・グロッサ。


 そして2人に挟まれるように、カールのついた茶髪の女性が椅子に座って待っていた。



 「シルク王女、これで納得してくださいますか?」


 それはグロッサ王国の使者、『ルーライト』隊員のエルリカ・アルリフォン。少し目を細めながら威圧的に話しかけている。


 「むぅ〜っ!! セシル!! お茶をお願いします!

  こちらの3人にも同じものを大至急ですわ!!」


 「は、はい」


 シルクは不満げに椅子に座り、近くで待機していた青年に指示を出す。


 青年は言われた物を用意するため、急いで部屋から出ていった。


 「お姉さまっ。あの方、軍人さんですよ!」


 「ええ、シルクさんと仲が良いのね〜♪」


 そう言って微笑みながら見送ったのはステラとユリア。


 2人からほのぼのした空気が広がる前に、エルリカは真正面に座るシルクに向き直る。


 「シルク王女、魔闘祭の件は申し訳なく思ってます。

  ですがあの一件以来、王子であるルークは

  国を離れるわけにはいかないんです。

  彼の妹であるステラ様、ユリア様の参加も

  反対の声が上がっていました。

  ですので、この一件は何卒ご容赦ください」


 そう言って頭を下げたエルリカを見て、シルクは「ゔっ」と呻き声を上げて戸惑いを見せる。


 (お姉さま、エルリカさんって凄いですねっ)


 (ええ、尊敬できる方よ。兄さんも一目置いてるわ)


 そして王女姉妹は顔を寄せ合いながら、ヒソヒソと話し合っている。


 「アステス王国とは、これまで通りの良好な関係を

  続けていきたいと思っています」


 「‥‥‥わかりましたわ。私、シルク・アステスは

  これからもグロッサ王国との良好な関係を望みます。

  この名にかけて、背信行為は致しませんわ」


 シルクが姿勢を正して宣言すると、エルリカは深々と頭を下げる。今の時点では、全く波風立っていない。


 「この関係をもっと良いものにしていくために、

  私からご提案があります。聞いてくださる?」


 「‥‥‥なんでしょうか」


 畏まった様子で会話を続けるシルクとエルリカ。そして首を傾げるユリアに微笑むステラ。


 シルクは、椅子から立ち上がって高らかと宣言する。


 「グロッサ王国の王子であるルーク様と

  アステス王国の王女である私、シルク・アステスが

  婚約すれば強固な絆が結べますわ!!!」


 「‥‥‥私に決定の権利はありません。

  それはルークに直接言っていただけると」


 そう返事をするエルリカの声が冷たい物になっていることに、ステラとユリアは気づいていた。


 「ルーク様も急に言われても困るでしょう?

  ですので今回の遣いである、あなたからーーー」


 「引き受けできません」


 エルリカは微笑んでいるが反比例したような冷たい声で話す。だがシルクは止まらない。


 「こういうのは早い方がーーー」


 「引き受けできませんっ、引き受けません!!」


 「あなた私情が混じってません!?」


 「そっくりそのままお返ししますッ!!」


 気づけばエルリカも立ち上がっていた。2人は立った状態でお互いを睨み合う。


 (あわわわ、修羅場ですよお姉さまっ)


 (ふふっ♪ ユリアちゃんにも分かる時が来るわ♪)


 (楽しそうですねお姉さま!?)


 そして蚊帳の外であるユリアは慌て、ステラは楽しそうに微笑む状況。


 「お待たせしました、お茶の用意がっ!?

  シルク様!? エルリカさんもいったい何が!?」



 そんな状況に、改めて部屋に入った青年が驚くのも無理はない。


 「‥‥‥セシル、ご苦労様」


 第三者の介入で冷静になったのか、シルクは静かに椅子に座り直す。それに釣られるようにエルリカも座った。


 「し、失礼します‥‥‥」


 静寂が訪れる中、セシルは冷や汗をかきながら4人の元へお茶を置いていく。


 そして命令を完遂したセシルは扉の前に立ち、口を開く。


 「あの、先ほどステラ王女とユリア王女を護衛する

  任務についているというギルドの方が来てます」


 「お二人の護衛? エルリカさん以外にですか?」


 訝しげに眉を顰めるシルクに対して、ニコニコ微笑んでいたステラが口を開く。


 「エルリカさんはこの国に着いてから合流でしたので

  それまでの護衛はギルド所属のお三方が」


 「そうでしたのね。わかりました、通しなさい」



 シルクが息をついて命じると、セシルはゆっくりと扉を開ける。


 するとステラの言ったように、3人が部屋の中へ入る。


 その中の1人、緑髪の美少年が頭を下げる。


 「お邪魔して申し訳ありません。

  護衛の任についております、オリバーと申します。

  そしてこちらの2人はーーー」


 「あああっ!!!?」


 すると突然、オリバーの発言を遮るような大声が響き渡る。声の主は、意外にもエルリカ。


 彼女は立ち上がり、赤髪の大男をガン見している。


 「ん? 俺になんか用か?」


 男はよくわからない様子で淡々と呟く。2人の反応は対照的だった。


 「君はっ‥‥‥魔闘祭で変な奴らが襲撃して来た際に

  暴れ回っていたギルド所属の竜人族の筋肉大男!!」


 「ん? ‥‥‥あっ! あの時の格闘女か!?」


 男は少し驚いた様子で口を開くと、エルリカは申し訳なさそうに頭を下げる。



 「‥‥‥あの件の後、確認したら君は本当に

  ギルドに所属してた。しかも高ランク冒険者。

  君のこと、あのレスタや金髪女の仲間だと

  勘違いしてたわ。本当にごめんなさい」


 「はっ!?」


 声に出して驚いたのはもちろん赤髪の大男。だが、なぜかステラも熱心に様子を窺っていた。


 「あ、ああそれはすげえ勘違いだな。

  まあ過ぎたことだ、別に気にしてねえよ。

  俺はギルド所属のカイル、よろしくなぁ!」


 カイルと名乗った男に、エルリカは大きく息を吐いて「‥‥‥ええ」と少し気持ちが晴れたように微笑む。そんな彼女に、カイルを横目に睨むオリバーは見えてない。


 そして、なぜが落ち込んだ様子を見せるステラのことも見えてない。



 「ふぁ〜‥‥‥ねぇ、どっちもうるさーーー」


 「という冗談を言ったこの子はアクアです!

  皆さん、どうかよろしくお願いします!」


 「むごごぉっ、うぉごご」


 オリバーは青髪少女の口を押さえて、強引にみんなへ紹介した。アクアは不機嫌そうに口を動かし続けている。



            コンコンッ。



 すると今の気まずい状況に救いの光が差すように、扉が軽くノックされる。


 「入りなさい」


 シルクが返事をすると、「失礼します」と外から声が聞こえ、扉が開く。


 入ってきたのは黒髪ウルフの女性。軍服に身を包む彼女は仮面をつけていた。



 「あ! あなたはッ!!」


 ユリアが目を輝かせると、入って来た女性は素早い所作で真っ直ぐと立ち、頭を下げる。


 シルクは短く咳払いをしてから、入ってきた女性の紹介を始めた。


 「彼女の名はソニア・ラミレス。

  アステス王国軍所属で、階級は大佐。

  それに特殊鎮圧部隊『日蝕』の隊長でもあります。

  彼女が来賓の方たちの周囲を護衛しますわ」


 「よろしくお願いいたします」


 ソニア・ラミレスは敬礼のポーズを取る。そんな彼女の所作を見たユリアは目を輝かせて「女性の軍人さんですっ!」と嬉しそうに呟いていた。



 「あの、俺はこれで失礼します」


 「え? まだ開始まで時間がありますわ。

  せっかくですし、もう少しいても大丈夫ですわよ。

  それに、大佐であるソニアの話はあなたにーーー」


 「いえ、警備の配置を再確認しますので」


 すると、青年ことセシルは頭を下げて足早と去っていく。


 入って来たばかりのソニアとすれ違う瞬間、セシルは階級が上である彼女に対して小さく頭を下げ、通りすぎていく。


 「セシル、いったいどうしたのかしら」


 シルクは少し気になった様子で首を傾げている。


 「面白い軍人だな。それに仮面って、

  まるであいつみたーーーグフッ!?」


 「‥‥‥どうしましたカイル??」


 「な、なんでもねえです‥‥‥」


 何か言いかけたカイルだったが、脇腹を押さえて首を横に振る。その隣にはニコニコと笑うオリバーがいた。明らかに余計な事は言うなという乾いた笑み。


 「うわ、いたそー」


 「「「‥‥‥?」」」


 そしてその空気をぶち壊すアクアの発言によって、他の人は何も言えなくなってしまう。



 「‥‥‥」


 そんな中、ソニア・ラミレスは何も言わず扉に視線を向け続けていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「いい天気ですなぁ〜!」


 ハツラツとした声が宿屋の外に響き渡る。


 昨夜はミルラとリルカの2人が宿泊していた宿に泊まったアイトとユニカ。


 アイトたち4人は宿から出発し、王都へと歩く。


 「いや〜! すごく楽しみですな〜!」


 「リルカ、あんまり大きな声を出すと目立つわ!」


 「りょ、了解でございまする〜」


 双子の後ろを歩いていたアイトとユニカも同様に話をしていた。しかし楽しそうな雰囲気は一切無い。


 「ラペンシア、大丈夫か?」


 「‥‥‥何が?」


 何を言っているかわからないと言った様子でユニカはアイトを見つめる。


 「奴らが来るのはほぼ間違いない。

  もしお前がバレたら‥‥‥」


 「ご心配なく。自分の身は自分で守るわ」


 「お前な‥‥‥」


 ユニカは余計なお世話と受け取れる返事をする。アイトは数日前の辛そうなユニカが頭から離れていなかった。


 「先に言っておく。もしお前がバレて

  奴らに攻め込まれたら、俺1人だと

  助けられないかもしれない。

  まだ、魔力解放が使えないんだ」


 「‥‥‥どうして?」

  

 「俺の場合は魔力量の問題で、負担が大きすぎる。

  だから時間を空けないと使えないんだ、悪い」


 「‥‥‥何言ってるの。まだ信用できてない私を

  助ける必要なんてない。そうでしょ?」


 「‥‥‥」


 「アイトさん? どうかしましたか?」


 表情が暗くなったのが気になったのか、ミルラに話しかけられる。


 「なんでもない。さ、パレードを楽しもう」


 アイトは平静を装い、そう返事するしかできない。




 アステス王国、王都。


 パレードが行われる王都の道には行進用と観覧用に仕切りが立てられており、この日のために用意された高台には来賓席も用意されている。


 来賓席に座っていたのは3人。


 グロッサ王国第1王女ステラ・グロッサ、妹で第2王女のユリア・グロッサ。


 そして魔導大国レーグガンド『魔導会』総代、バスタル・アルニール。


 アイトたちはそれを下から眺めていた。


 (ユリアとステラ王女が来賓で来てる。

  そして魔闘祭の時にも来てたお爺さんも)


 冷静に眺めていたアイトだったが、ステラとユリアの後ろに立っている3人を見て驚愕する。


 (アクア、カイル、オリバー!?

  あの位置は、ユリアとステラ王女の護衛か!

  しかも今アクアと目が合ったっ!!)


 一瞬で目を逸らしたアイトだが、高台から感じる1つの視線が刺さり続ける。


 ユニカと双子姉妹は全くその様子に気づいていない。


 「豪勢な来賓ね。本来はここに教皇もいたわけね」


 「お母様はこのような行事はあまり得意では

  ありませんから‥‥‥よかったかもしれません」


 「母上は綺麗ですからな〜!」


 (それは関係なくない?)


 アイトがそう思っている間にも、アステス国王がパレード開催の挨拶を行っている。全然聞いていなかった。


 だが、リルカは国王の方をガン見していた。


 「そ、そんな集中して聞いてるけど、面白い?」


 アイトは思わず失礼なことを承知で質問する。


 「え、全然面白くないですぞ?

  国王の斜め後ろに立っている大佐殿。

  やっぱり迫力がありますなあ〜!」


 『あ、そっちか』と思いながら、アイトも仮面をつけた軍服女性に視線が移る。


 アステス王国軍、大佐。特殊鎮圧部隊『日蝕』隊長、ソニア・ラミレス。


 (何歳くらいなんだろう?

  隊長やってるくらいだしけっこう年上?)


 アイトは至極どうでもいいことを考えていた。





 国王の挨拶が終わり、ついにパレードが開催される。


 多くの見物客が周囲を囲み、それに挟まれるように王都の道を仮装した者たちが通る。


 「わぁ〜! すごいですなっ!!」


 「迷惑になってるわよリルカ〜!!」


 リルカが目をキラキラさせて仕切りを突き破りそうなほど前のめりになる。


 そんな彼女のお腹に手を回した姉のミルラは必死に後ろへと引っ張る。


 「‥‥‥」


 「ラペンシア? 何かあったか?」


 そんな中、アイトは心ここに在らずのユニカを気にして話しかける。


 「‥‥‥いえ、なんでもないわ。

  雰囲気に慣れないと思っただけよ」


 「そうか、油断するなよ」


 「ええ」


 こうして2人が話している間にもパレードは盛り上がっていく。


 中には魔法を使ってパフォーマンスをする者や、楽器(なぜか異世界にも現実と似たような物がある)を持って演奏する者。


 「か、カッコいいでございまする!!!」


 「リルカ落ち着いてぇぇ!!!」


 模造剣での立ち合いを演じる者や音に合わせて決闘を披露する者など、様々な行列が進んでいく中で見物客は大いに盛り上がった。


 そんな楽しい時間はあっという間に過ぎていく。だがアイトは不安な気持ちが離れない。


 (まだ特に怪しい点は無いな。

  教皇がいない上に仮面大佐がいるから諦めたのか?

  ‥‥‥いや、決して油断しちゃダメだ)


 アイトは純粋にパレードを楽しめないでいた。それへユニカも同様だった。


 「さあ!! これからは予定通り、あの方がご登場!

  世界規模で流通を拡大させている『ベネット商会』

  現会長であり、世界でも話題の歌姫!

  ルビー・ベネットさんです〜!!!」


 司会の女性が大きな声を出すと同時に、観客が熱狂に包まれる。


 (ルビーさん、そんなに人気なのか)



 するとライブの演出なのか、パレード進行の道が煙に包まれる。道に転がっていた小さな筒から煙が溢れ始めたからだ。



 「‥‥‥おかしい」

 「‥‥‥おかしいわ」


 アイト、ユニカは同時に声を漏らす。だが足が動いたのは片方だけ。



 「アイトさん!?」

 「アイトくん!?」


 双子姉妹に呼ばれたが、アイトには届いていなかった。


 アイトは見物客の中を懸命に掻き分けて移動を始める。方向は煙が焚かれ始めた場所。


 (昨日見たルビーさんの登場演出は火花!

  見物客にまで届く煙は明らかにおかしい!!)


 煙が撒かれているため周囲に見られてないと判断したアイトは、風魔法を応用した【飛行】を発動。


 見物客の少し上を飛んで煙が消える前に低空で駆けていく。


 (そろそろ煙が撒かれた地点に着く!)


 煙発生地点まで残り数メートルに迫った瞬間。



     ビーーーーーーーーーーーーーーーー



         「!? なんだ!?」



   遠くから不快なブザーのような音が聞こえてくる。



 アイトはその場に降りると同時に【血液凝固】を両眼に施し、前方を睨む。



 オドオドと周囲を見るルビー・ベネットと思わしき少女の背後に誰かがいた。


 アイトはルビーの元へ急ぐが、敵の方が僅かに速い。



         (間に合わないっ!!)



          「ふぅんッッ!!!」



 そんな声と共にルビーの背後に迫っていた少女が投げ飛ばされる。


 着地すると同時に赤い髪を揺らし、少女が立ち上がる。



 「お嬢様を狙った不届き者めっ!!!

  このセバス・チャンが成敗してやるわいッ!!」


 「セバス!」


 (セバスチャン!?)


 ルビーが声を上げ、アイトは心の中で叫んでいた。


 「邪魔よ」


 ルビーの声とアイトの心の声を無視した赤い髪の少女が両手を広げる。


 「ぬっ!?」


 セバスが苦しそうな声を上げて膝をつく。セバスの足元が音を立て、それと同時にヒビが入っていく。


 (重力魔法! ってことはーーー)


 最短距離で襲撃者の背後に回り込んだアイトは雷魔法を付与した右手で剣の柄を握り、左手で鞘を握る。そして抜剣した。


          (【紫電一閃】!!)


 姉であるマリア・ディスローグの得意技。魔闘祭の時とは違い、力を込めて剣を抜いた。



 剣に伝わる確かな手応え。だがぶつかったのは、相手のナイフだった。


   アイトは赤髪の少女と、煙越しの対峙を果たす。



       「次から次へと邪魔が入るわね」


       (ノエル・アヴァンス‥‥‥!!)



 ゴートゥーヘル最高幹部『深淵アビス』第一席、ノエル・アヴァンスは煙でアイトの顔が見えていない。


 「ふぅぅんッッ!!!」


 「ぐっ」


 ノエルはアイトの剣を止めたことで手が塞がり、重力魔法が解ける。その隙をついたセバス・チャンが正拳突きを繰り出し、それがノエルの腹に直撃。ノエルを後方に吹き飛ばす。


 ノエルは着地したが痛みで膝をつき、立ち上がるのに時間がかかっていた。


 「煙で誰かわからんが、助太刀感謝するぞ!」


 (ヤベっ、素顔晒したままだ!

  念のため『レスタ』の格好でいこ!)


 煙の中で見えないのをいいことに空間魔法【異空間】で取り出した仮面を付け、魔結晶でエルジュの特殊戦闘服に変装する。


 「セバス、俺だ!」


 エルジュ代表『天帝』レスタへと変装したアイトは煙でも見えるくらいにセバスの正面に立つ。


 「お前はあの時のッ!!」


 「え、だれかいるんですかセバス?」


 セバスの少し後ろにいるルビーには見えていなかった。


 セバスはグロッサ王国へ来訪した際に、ルビーを助けるだけでなく、力まで貸してくれた謎の組織『エルジュ』に感謝している。


 だが、レスタ(アイト)のことは気に入っていなかった。


 「話は後だ。ルビーさんを連れて離れろ!」


 「! 癪だがその指示は聞いてやるわい!!

  お嬢様、失礼いたしますぞ!!」


 「きゃっ! セバス!?」


 セバスはルビーを抱き抱えて、一目散に走り出す。


 「逃すわけないでしょ」


 そう呟いたノエルが重力魔法を発動する。発動範囲がセバスとルビーを捉える。


 「ぬおっ!」

 「きゃっ!」


 (【ブラックソード】!)


 アイトは黒く染めた剣を振る。セバスとルビーの周辺に剣を振った直後。


 「! 魔法がっ」


 ノエルが驚いた声を上げる。セバスとルビーの周辺に発動した重力魔法が、突然かき消されたからだ。


 「行けっ!!」


 「少し見直したぞい!!!」


 セバスがルビーを抱えて立ち上がり、再度走り出す。


 ノエルの重力魔法の影響範囲から、2人は逃れた。


 アイトはゆっくりと振り向く。これまでの因縁を思い出し、剣を握る手に力が入る。


 「誰かわからないわね」


 煙によりノエルはまだ対峙している相手がアイトだと気づいていない。


 「でも、わざわざここに来たってことは‥‥‥

  ()()()から情報でも聞いた?」


 (あの子! まさか!!)



 アイトは、今の自分の失敗に気づいた。このままでは致命的な過ちになると。



 「お前の顔、じっくり見たいわね」


 (まずいッ!! 今の格好の俺を見られたらーーー)


 今のアイトは銀髪仮面に黒と白を基調とした特殊戦闘服、エルジュ代表『天帝』レスタに変装している。


 今の姿をノエルに見られたら、裏切り者のユニカ・ラペンシア(ゴートゥーヘル内では「アンノーン」と呼ばれている)がレスタと手を組んでいることが知られ、主にグロッサ王国内で活動している謎の組織『エルジュ』に接触しているとバレてしまう。


 それはつまり、彼女はグロッサ王国内に潜伏している可能性が高いと認知されてしまうのだ。


 (やばいっ!)


 アイトは急いでその場から離れようとする。


 「散々邪魔しておいて、逃げる気?」


 「しまッ」


 重力魔法がアイトを押さえつける。アイトがうつ伏せに倒れた後に真下の地面が割れ始める。


 (剣を、振ることができないっ!!)


 過度な重力に押さえられているため、アイトは【ブラックソード】を付与中である聖銀の剣を振ることができない。



 ノエルが魔法を発動したまま歩き出し、アイトとの距離が物理的に縮まり始める。


 (このままじゃラペンシアにーーー

  そういえばラペンシアは今どこだ!?)


 アイトは気づいたように辺りを見渡す。そしてユニカの姿がないことにようやく気がついた。



  だが彼女が窮地に陥っていることを、まだ知らない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 時は少し遡り、アイトが煙の発生地点へと走り出した直後。


 ユニカ、ミルラ、リルカの3人は煙の中で立ち尽くしていた。


       (ローグくん、まさか奴らが)



     ビーーーーーーーーーーーーーーーー



            「っ!?」



 ユニカ自身から謎の音が響き始める。突然の出来事に頭の中で空白が生まれる。



 (なにこの音!? いったい、どこからーーー)


 そして彼女は気づく。


 煙の中ではあるが、周囲の多くの人間の視線が自分に集まっていることに。


 「な、何この音!」

 「お姉様、落ち着きなされ!」


 ミルラとリルカの声も聞こえるが、煙で顔が確認できない。


 焦るユニカは前方から僅かではあるが、誰かが走る音を聞き取る。


 足音を消す技術を持った者が、全力で走っているような足音。そして、ユニカにとって聞き覚えがーーーー。


 「ッッ!!」


 ユニカが思い立ったのは、ゴートゥーヘルの最高幹部の誰か。


 「き、来たのっ!?」


 一縷の希望に賭け、声を振り絞って話しかけるが返事は来ない。その沈黙が、何よりも恐怖を感じさせる。


 ユニカは呼吸が荒くなり、心に荒波が立つ。


 その影響で染色魔法が解け、髪の色が灰色から元の黒色に戻る。だが、ユニカは全く気づいていなかった。いや気づく余裕がなかった。


 「はあ、はあ、はあッッ」


 震える足を懸命に動かし、後ろへ後ろへ足を後退させる。今もユニカ自身から発生している音は一向に鳴り止まない。


       そして、恐怖が彼女を支配する。



   「あ、やっと見つけたぁ! 探しましたよぉ〜♪」



 声が聞こえた瞬間にユニカは身体が竦み、左肩を何かが掠める。確認すると、肩から鮮血が飛び出していた。


 だが声が出ない。ユニカは喉まで震えていて声どころか呼吸さえままならない。



           「ッッ!!!」



  「あなたの親友、愛しのクロエちゃんですよぉ〜♪」



 それを見た『深淵アビス』第三席、クロエ・メルは血がついたナイフに舌を這わせた。


  気持ちの昂りが抑えられず、妖艶な笑みを浮かべて。

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