2人目の所持者
「久しぶりです!」
ルビーに手を握られ、アイトは驚いたため返事をするのが遅れる。
「あ、うん。い、いつぶり?」
「夏休みの頃なので、3ヶ月くらいです!」
ルビーが嬉しそうに話すと、アイトは頭を掻きながら相打ちを打つ。
(思ったより最近だった。
色んなことがありすぎてすっごく長く感じてた)
「ねぇ、ローグくん」
「いてっ!?」
すると隣のユニカに耳を引っ張られるアイト。ルビーに声が届かないよう少しだけ距離を空けた。
(あなた、あのルビー・ベネットと知り合い?)
(色々あってな。歌姫になってるとは知らなかった)
(あなたっ‥‥‥普段の記事くらい読みなさいよ)
「あ、あのっ! そ、そちらの方は‥‥‥?」
小声で話す2人を遮るようにルビーが口を開く。
「自己紹介が遅れたわね。私はユニカ・ラペンシア」
「あ、アイトくんとはどういう関係です‥‥‥?」
そう言ったルビーのわずかな表情の変化を、ユニカは見逃さない。
「ああ、そういうこと‥‥‥なんて言えばいいかしら。
ねえ。私たちってどういう関係だと思う?」
「俺に聞くな」
そんなやりとりをしていると、ルビーの表情が曇り始める。それも自身の髪を指で巻きながら。
厄介ごとが生まれる前に、ユニカは急いで口を開く。
「見ての通り、友達の10歩手前くらいよ」
「その通りだな」
アイトは満足げに頷く。そんな様子をみたルビーは困惑に包まれる。
「そ、そうですか‥‥‥あ! あの!
今からここでライブがあるんです!
パレード開催前の記念ライブ!
これチケットなので、よかったら来てください!」
ルビーはアイトに2枚のチケットを手渡すと、丁寧にお辞儀をしてサングラスと帽子をつけて走り去っていった。
当然残ったのはアイトと、ニヤリと笑うユニカのみ。
「へぇ? ずいぶん懐かれてるのね。知り合い?
さっきの光景を見られてたら特大記事間違いなしよ」
「え、そうなん? ルビーさんすごいな。
じゃあ絶対バレないようにしないと」
「せっかくだし、見せてもらいましょうか」
「まあ、もらっておいて行かないのはちょっとな」
アイトとユニカは受付へと足を運んだ。
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(アイトくんと、まさかこんな所で会うなんて!)
ルビー・ベネットは両手で頬を押さえながら走っていく。
彼女はルーク王子の婚約者候補としてグロッサ王国に来訪した一件以来、序列第1位エリスの推薦で『エルジュ』に臨時加入。
わずかの期間で商学を叩き込まれる過程で、多くのことを経験した。
箱入り娘だったにも関わらず訓練に参加したり、各施設で働く経験をしたりと数知れない。
その中で彼女は、とある素質を見出された。
それは、喉の魔力耐性が非常に高いということ。
つまり、『声を強化』することができる。
だが戦闘分野で活かせることは少なく、彼女自身にまだ戦闘能力は無い。
この素質は、価値を見出されるものとは言えなかった。
喉に魔力を込めて、歌を歌ってみるまでは。
短期間で多くのことを学んだルビーはエリスの許可を得て『エルジュ』から離れ、見事な手腕でベネット商会を立て直す。
まだ若い令嬢が静養中の父に代わって商会の会長を務めているというと注目されていた。
その事を活かし、商会の次代会長襲名挨拶と共に好きな歌を歌唱。
それが見事に人の心を掴み、売り上げも伸びて彼女自身の人気も急上昇。
商会の経営が落ち着いてからは、会長としてよりも歌い手として活動することが多くなる。
そして瞬く間に人気を得て、気づけば『歌姫』と称されるようになったのだ。
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ライブ会場。
出場者の人気に比例しているというべきか、観客席は全て埋まっている。
「ライブって、初めてだわ‥‥‥」
「俺も。こっちでもライブがあるなんてーーー」
「こっち? どういうこと?」
「なんでもないっ。あ、始まるぞ!」
アイトが話を終わらせて前を向くと、ユニカも渋々口を閉じて前を向く。
そしてライブ開始時刻になった瞬間。
ステージの真下から演出の火花が巻き起こり、中からルビー・ベネットが姿を現す。
白と水色の生地を基調としたアイドル衣装。フリフリスカートがより一層可愛さを引き立たせる。
「みんな! 今日は来てくれてありがとう〜!!」
ルビーの透き通った声に観客席が熱狂を上げる。
「お、お〜っ」
「ライブってこんなに迫力あるのね‥‥‥」
ちなみに、アイトとユニカは既についていけてない。
「さっそく行きましょう!
一曲目は『私たちはトクベツ』、聞いてくださいっ」
熱狂の渦が解けて、ルビーの声が大きく響く。
『人に尊敬されたい? 栄光を得たい?
そして特別になりたいの〜?』
透き通った声のはずなのにヒリヒリと耳に届き、痺れるような迫力をアイトは感じ取った。
(これは、人気な理由がわかる気がする)
ユニカも歌っているルビーに夢中になっていた。それは他の観客も同様である。
夢のような時間をルビーは作り出し、届けていく。
『魔法がなくても〜!!』
「「「『ノン・ノンっ!!』」」」
ルビーが人差し指を振ってウィンクすると、観客も合いの手を入れて盛大に盛り上がる。
観客が一つになるような、そんな一体感で歌は続く。
『自信がない、力がない、取り柄がない? ノンノン!
自分には誇れるものなんて何もない? イエスノー!
あぁ〜私って!! なんて考えすぎじゃない〜?
他人より自分見つめ直してみようヨ〜!』
人差し指をバキューンと打つ仕草と共に、ルビーは顔を傾けてウィンクする。完全に観客は彼女の虜になっている。
『ツラいキツいカナシいタイヘンはいっぱい!
でもタノシイ、ウレシイ、シアワセも負けてない!
特別探して固定概念ならない!
だって、そんなの無くても私たちは既にぃ〜?』
ルビーが誘うように歌いかけると、一斉に声が響く。
「「「『トクっベツ、なんだから』!!!」
楽しそうに歌い、笑顔で両手を伸ばすルビー。彼女の水色の髪は滑らかに靡き、透明感を更に際立たせる。
『そうそう! そうそうそう、正解ッ!
つまり私もあなたも君もお前もぉ〜?』
ルビーが皆に微笑みかけると、観客はそれに応える。
『トク、ベツで〜すッ♪』
そんな楽しい時間は、あっという間に過ぎていった。
「みんな! 今日は来てくれてありがとう〜!
明日のパレードでも歌わせてもらうので、
よかったら見にきてくださ〜い!!」
観客が大声で返事をする。拍手や歓声も飛び交い、熱狂が冷めるところを知らない。
「おおおおおぉぉぉぉーー!!!!」
アイトは観客と同様、夢中で大声を出していた。
「いや〜、こっちのライブも最高だなっ」
叫び疲れたアイトは、チラリと横を見ながら感激を分かち合うべく話しかけていた。
「ーーーはっ?」
だが、アイトは一瞬で困惑してしまう。
「‥‥‥」
何も言わずに一点を見つめるユニカの目から頬にかけて、雫が流れ落ちていたからだ。
彼女の表情から、何も読み取れなかったアイトは思わず話しかけていた。
「はっ? え、ど、どうしたラペンシア」
「‥‥‥え? ってなんでもないっ!」
声をかけられて、ようやく泣いてることに気づいたユニカは首を振りながら袖で涙を拭う。
「いや、明らかに様子がーーー」
「なんでもないわよっ! 感激しただけだから!」
即座に言い返したユニカはライブ会場から離れていく。
(よく分からないけど、今はそっとしておくか)
アイトは彼女の涙の意味に気づかないまま、後を追いかけるのだった。
それからしばらく時間が経ち。
ライブの興奮が収まりきらないアイトは自然とユニカに話しかけていた。
「いいライブだったな」
「そうね。なかなか良いものだったわ」
(お前、それは無理があるだろ‥‥‥)
周囲の人もライブの熱が冷めていない様子だった。男女や年齢を問わず、色んな人が集まっていたのだ。
「ああっ! ルビーさんのライブが終わってますっ!
事前ライブに、間に合いませんでしたぁ〜」
「仕方ないわユリアちゃん。
また訪れてくれた時に聞かせてもらいましょう?」
「っ!?」
そんな声が聞こえたアイトは、思わず脊髄反射で振り向く。そこにいたのは、見覚えしかない2人の王女。
(ユリアとステラ王女!?
そういえばパレードの来賓だって言ってたな!)
そしてその後ろに、彼女たちを見守るように3人の護衛がついている。
(うおいっ!? アクア、カイル、オリバー!?)
畳み掛けてくる衝撃にアイトは頭がついていかない。
「ちょっ、どうしたの!?」
アイトはユニカの手を引き、こっちに気づいていない5人から急いで離れる。
元ゴートゥーヘルのユニカを今見られるわけにはいかなかった。
「いや〜、最高でしたな! 来てよかったですな!」
「大声出さないのリルカっ、バレたら騒ぎになるわっ」
だが、まだ終わらない。
アイトは足を止めて、声が聞こえた方向をゆっくりと向く。
2人とも変装のつもりなのか普段の修道服ではなく私服だが、はみ出る金髪と独特な片方の口調を短時間で忘れるわけがなかった。
姉の方は麦わら帽子に白のカーディガン、そして水色のスカート。
妹の方はキャップに黒のTシャツ、そしてオーバーオール。
「ん〜? あ〜!! 姉上あねうえっ! あちら!」
「どうしたの? そんな慌てて‥‥‥あっ」
そして、アイトは金髪少女2人と視線が合ってしまう。すると彼女たちは嬉しそうに走り寄って来た。
「これはこれはアイトくんとユニカちゃん!
また会うことができましたな!
すごい偶然ですぞ! いや必然かもしれませぬ!」
「また、お2人に会えて嬉しいですっ」
(うん、もう驚かんわ‥‥‥)
聖天教会の教皇アストリヤの双子の娘、ミルラ・アストラルとリルカ・ミストラルに驚く気力がないアイトだった。
「な、なんでここにあなたたちが!?
ていうか2人ともすっごい似合ってるわね!?」
その代わりなのか、ユニカが声を出して驚くのだった。
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ユリア、ステラの仲良し王女姉妹の後ろを歩いて護衛を続けるアクアたち。
「あれ、今あるじの気配を感じた気がするー」
「マジか! ってことはあの記事は本当なのかよ。
ここからベルトラ皇国ってかなり近いよなっ!?」
アクアの言葉に、過敏に反応したのはカイル。
彼が言った記事とは聖天教会の教皇、アストリヤ・ミストラルを暗殺しようとした銀髪仮面のことである。
明らかに冷静さを欠いたカイルに、忠告したのはオリバーだった。
「それはそうですが、あのレスタさんのことです。
何か考えがあるのでしょう。
それに、本当に彼が教皇を狙ったとしたら
暗殺が未遂で終わるなんて思えません」
「そんなのど〜でもいい。あるじはあるじー」
そしてアクアも全く関係ない同意をする。だがそんな2人を見たカイルは、小さく頷いた。
「‥‥‥そうだな。聞きたいことは直接聞かねえと!
会ったら、絶対に聞き出してやる!!」
「それよりも、あの2人の護衛が優先ですからね?」
「わ、わかってるよっ」
「ふぁ〜」
オリバーが注意するとカイルが苦笑いし、アクアは欠伸をする。
「確かステラ王女とユリア王女の護衛として、
この近辺で任務を遂行していた
『ルーライト』隊員の方が合流するそうです」
「あ〜そういえば言ってたな。
強えのは間違いねえが、勘が鈍い奴だといいなぁ」
「カイルは素性隠すの苦手ですもんね」
「余計なお世話だよ。それよりもこいつに言えや」
「ねむー」
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アステス王国、王都のとあるカフェ。
4人テーブルに座ったアイトたち。座ってすぐに話を始めたのはユニカ。
「記事見たわよ。パレード参加は拒否されたと。
それなのに、なんで2人がここにいるの?」
「確かに皇帝の勅令でパレードには出られません。
でも、アステス王国に行ってはいけないとは
一言も言われてません‥‥‥」
「‥‥‥それ、屁理屈じゃない?」
「うっ! だ、だって‥‥‥」
図星だったのか、ミルラは珍しく反発しそうな態度を見せ、頬を膨らませる。そんな姉を見たリルカは理由を簡潔に説明した。
「私たち、歌姫ルビーの大ファンなのですよ!」
「「はっ?」」
リルカの宣言に、顔を真っ赤にするミルラ。完全に真実の反応。
予期していない返答にアイトたちは思わず変な声が出る。だがそこから何とか体裁を保とうと、ユニカは必死に言葉を振り絞る。
「‥‥‥な、なるほどね。それほどライブが見たいと。
相当なファンね。ま、その気持ちもわかるけど」
「ユニカさんもっ!! わかりますかっ!!!?」
「ふぇっ?」
金髪をなびかせてずいっと顔を寄せてくる麦わら帽子のミルラに、ユニカはまたしても誤魔化せない変な声が出る。
ちなみに、アイトは完全に沈黙している。
「あの透き通っていて迫力のある魔性の声!!
守りたくなるほどの天使っぷり!!!
そして控えめな性格で頑張り屋!!
歌姫となるべく生まれてきた、
聖天使エルフィリアのご加護を授かったお方!!」
「へ、へぇ‥‥‥よかったわね?」
「あちゃ〜、これは始まっちゃいましたな」
早口で捲し立てるミルラにドン引きし、意味不明な返事をするユニカ。リルカは苦笑い、アイトは以下略。
それからミルラの語りを数分受け流した後。
「さすがに、教皇は来てないよな?」
アイトはやっと口を開く。どうしても聞きたいことがあったからだ。
「はい。私たちはともかく、お母様は目立つので。
皇国から出るのも一苦労ですから」
「母上は立場と容貌から目立ってしまうのは
仕方ないですぞ! 娘として鼻高々ですます!」
(まるで自分たちは目立たないみたいな発言だな‥‥‥)
(自分たちが目立ってないと思っているのかしら‥‥‥)
その母から受け継いだ金髪と顔立ち、そして双子。目立たないわけがない。
遠い目をしたアイトたちの様子に、双子は気づかない。
「まさか、2人はパレードも見ていくつもりか?」
「当然ですぞ! ここまで来て見ていかないのは
もったいないでございまする!」
「リルカの言うとおりです」
「‥‥‥3日前、暗殺されかけたのよ?」
ユニカの発言に双子はもちろん、アイトも息を呑む。
「あの時、死んでいてもおかしくないわ」
「‥‥‥その通りです」
「その通りですな」
表情が暗くなったミルラに対して、開き直ったリルカ。姉の表情を確認しながら、リルカは自虐気味に話し始める。
「私はバカですからな!
今、命があるのは聖天使エルフィリアのご加護だと
思ってございまする!
ですから、私の心の赴くままに!
もしそれで天に召されたらミルラと母上には
申し訳ないですが、悔いはありませぬ!
ま、歌姫ルビーのライブを見たいのはありますぞ!」
「‥‥‥リルカの言う通りです。私も、同じ気持ちです」
2人の発言が決して強がりではないことは、表情を見ればすぐにわかるほどだった。
「‥‥‥本当に、本物のバカね」
ユニカは思ったことを口にすると、苦笑いを浮かべる。
「それならせめて、護衛をつけなさい。危険すぎるわ」
「あからさまに護衛がいるとバレてしまいます」
「バレた時点でお咎め間違いなし!
やれやれ、怖い怖いですな〜!」
(この2人、とんでもなく厄介だな‥‥‥)
アイトは思わず愚痴を心の中で吐露してしまう。ユニカも含みがある表情をしていた。
「あ! それなら名案を思いつきましたぞ!」
「リルカ、本当?」
リルカのドヤ顔を見たアイトとユニカは何を言われるか察した。
「はい! アイトくんとユニカちゃんに
同行してもらうのはどうでしょう!?
お二人は強いですし、事情を知ってまする!
それに年が近いので護衛だと思われにくいかと!」
「‥‥‥確かにそうだけど、お二人に悪いわ!
もし私たちが狙われたら、お二人まで巻き添いに」
「むう〜! でも、でも絶対楽しいですぞ!」
ミルラの嗜めにリルカは頬を膨らませる。
(護衛なしのままパレードに参加されるくらいなら、
俺たちが一緒にいた方がマシか‥‥‥)
「わかった。俺たちが同行する」
「え! い、いいんですか? 迷惑じゃないですか?」
(そう思うなら皇国に帰ってほしいんだけど?)
とは2人の心情を知ったために言えないアイトは、違う返事をでっち上げる。
「俺たちもパレードは見るつもりだったし、
それなら同行した方が全員安心できる。
ラペンシア、いいよな」
「異論は無いわ」
ユニカもアイトに同意見。護衛なしにパレードに参加されるのはあり得ない。
「あ、ありがとうございます!!」
「ありがとうございまする〜!!」
こうして、教皇の2人娘を護衛することになったアイトとユニカ。
「せっかくなので、今から一緒に観光しましょうぞ!」
「お、おう」
「は、はあ」
椅子から立ち上がりかねない勢いで前に乗り出すリルカに、アイトたちは承諾してしまったのだった。
その後、言ってしまった発言は撤回できずにアイトとユニカは双子姉妹の観光に同行することになる。何事もなく楽しい時間は過ぎていく。
「あ! あれ見てくだされ!」
リルカが指差す方向には、多くの国民の間を割るように歩く軍服を身に纏った1人の女性。
「アステス王国軍、特殊鎮圧部隊『日蝕』隊長
ソニア・ラミレス大佐ですぞ!」
「あれが‥‥‥アステス王国の最高戦力」
リルカの指摘を聞いたユニカは小さな声で感想を漏らす。
だが、アイトが気になったのは別の部分にあった。
(お、おい。あの人仮面じゃん‥‥‥仮面じゃん!!)
「ローグくん、なにニヤニヤしてるの。怖い」
アイトがレスタに変装する時のように、ソニア・ラミレスは仮面を付けていたのだ。
そして謎に親近感が湧き始めていく。ユニカに指摘されるほど、表情に現れていた。
ソニア・ラミレス。
アステス王国軍、特殊鎮圧部隊『日蝕』の隊長。年齢不詳、髪色は黒髪、髪型はウルフで背が高め。
仮面をつけているため顔の上半分はよくわからない。仮面を付けている理由は不明。
これほど不明な点が多いにも関わらず王国内で人気な理由。それは、純粋な強さと国への貢献度。
「ラミレス殿の『破滅魔法』見てみたいですな〜!」
「そんな国家機密、簡単に発動できないでしょ」
(る、破滅魔法所持者‥‥‥?
ルーク王子と並ぶ、危険人物???)
双子姉妹の話が耳に入った途端、アイトが勝手に感じていた親近感がどんどん消え失せる。
『破滅魔法』は他国への対抗手段として魔導大国レーグガンドで制定された魔法。基本的に各国で1人ずつしか制定されていない。
アイトが今生活しているグロッサ王国では、王子で『ルーライト』隊長、ルーク・グロッサが該当する。
つまり、破滅魔法所持者のソニア・ラミレスはアステス王国の最高戦力であることを意味する。
(俺の知る限り、ルーク王子に続いて2人目の所持者。
うん、間違いなく関わらない方がいいな)
アイトはすぐに遠い目をしながら、国民と同じように見送った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
アステス王国、アステス城。
「ソニア・ラミレス。ただいま戻りました」
「ご苦労」
アステス王国国王、ウィル・アステスと対面し片膝をつくソニア・ラミレス。
そして、近くに待機している者がもう1人。カールのついた短い茶髪で、大人びた女性。白を基調とした騎士制服を着ている。
ソニアが歩いて近づくと、その女性は右手を差し出した。
「初めまして、私はエルリカ・アルリフォンです。
グロッサ王国からの来賓であるステラ王女ならびに
ユリア王女の付き人兼、護衛を担います」
「お噂はかねがね。よく来てくださいました。
アステス王国軍所属、ソニア・ラミレスです。
グロッサ王国からの来賓、誠に感謝しております」
ソニアはそう言うと、相手の右手を握る。だが彼女は付けている仮面を外さない。
エルリカはその事に一切の不満を感じていない。
「こちらこそ、あなたの名はグロッサ王国でも
轟いてます。こうしてお会いできて、光栄です」
2人は互いに敬意を込めながら握手を交わす。その後手を解いたエルリカは、国王のウィルに頭を下げた。
「第一王子のルーク宛ての招待状にも関わらず、
妹である王女殿下が代理で参加する形と
なってしまい、誠に申し訳ありません」
「謝らないでくれ。参加してくれただけで充分だ。
魔闘祭の一件以来、ルーク王子が離れられないのは
重々承知している。だから頭を上げてくれ。
ではこれから、明日のことに詳しく話したい」
「はい、ぜひお願いします」
そう言って綺麗な所作で頭を上げたエルリカ。その隣にはソニアが立ち、共にウィルからの話を待つ。
ウィルは礼儀を重んじている真面目な2人を見て微笑んだ後、やがて話し始めた。
「明日は我が国にとって恒例行事となっている
重要なパレード。だが、すでに支障が出ている。
ベルトラ皇国からの来訪予定であった
教皇アストリヤ・ミストラル殿が暗殺未遂に遭い、
明日のパレード参加が白紙となってしまった」
「たしかグロッサ王国で暗躍している、
謎の組織の代表、叛逆者レスタ‥‥‥」
そう呟いたのはソニア。エルリカも示し合わせるように小さく頷いている。
「教皇が来られないのは痛いが仕方ない。
だがこれ以上、他国との交流に影響を出すわけには
いかない。グロッサ王国からは王女姉妹、
魔導大国レーグガンドからは総代殿が来訪する。
お主の任務は、来賓の護衛と死守。
そして襲撃者の抹殺だ。ラミレス大佐。
いざとなれば、あれを使ってもかまわん」
「! わかりました。必ず任務を果たしてみせます」
ソニアが敬礼を取ると、ウィルはその隣を見つめて話しかける。
「アルリフォン殿。明日はよろしく頼む」
「はい!」
エルリカは大きく返事をすると、ウィルは嬉しそうに微笑んだ。
「話は終わりだ、アルリフォン殿。
どうか今日はこの城で休息なされ」
「ありがとうございます。
ですが今からはステラ王女とユリア王女を
迎えに行きたいと思います」
「もちろんだ。ラミレス、案内を頼んだ」
「はっ。それではエルリカ殿、こちらに」
ソニア・ラミレスはエルリカと共に謁見を終え、城の廊下を歩いて行く。
(銀髪仮面のレスタ、それに謎の覆面‥‥‥
来るなら来い。そして後悔すればいい。
『日蝕』の隊長として、成敗してくれる)
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アステス王国、王都。
「まさかあなたが志願するとはね。予想外だったわ」
赤い髪を風で靡かせながら、黒シャツに黒いズボン、腰マントも黒という単色の格好をした少女が口を開く。
「総帥が指示したのは3人。
それなら1、2、3で固めるべきだと思ったんだ」
そう答えたのは笑顔を崩さない銀髪の青年。どこかカウボーイのような衣装を彷彿とさせる。
「エレミん、完全に溶け込めそうですね。
逆にノエルんがちょっと心配ですけど〜」
青髪の少女が挑発的にニヤッと笑みを浮かべる。丈が長い黒スカート、上は白シャツだがフリフリしており、完全にメイド衣装だった。
ゴートゥーヘル最高幹部『深淵』、ノエル・アヴァンス、エレミヤ・アマド、クロエ・メルの3人がアステス王国に潜入していた。
「わかってるわ、これは仮装じゃない。
自分のお気に入りを着ただけよ。私服」
「ノエル、それは‥‥‥」
「え、え〜‥‥‥っ笑笑」
単色衣装のノエルの発言にエレミヤとクロエはたじろぐ。絶対的リーダーの思わぬ弱点にエレミヤは呆れ、クロエは必死に笑いを堪えていた。
「遊びに来たんじゃないの。わかってるわよね?」
「歌姫の暗殺、か」
「ノンノン。まだありますよ〜」
クロエが人差し指を唇に当て、嬉しそうに笑う。まるで、これから楽しいイベントが待ってると言わんばかりに。
「あの裏切り者の臆病ちゃんは、ここで殺さないと♪」
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「手筈は整っているかの?」
『ーーーーーーーーー』
「何を今さら。これはお互いに利益があるんじゃぞ?」
『‥‥‥』
「成功すればワシも貴様も大手柄じゃ。
あの生意気な小童どもを失脚させられる」
『ーーーー』
「状況は逐一伝えるのじゃ、いいな?」
相手との連絡を終えたゴートゥーヘル最高幹部『深淵』第五席、パナマはニタリと笑みを浮かべる。
(小僧‥‥‥ワシの腕を斬り落とした罪の重さを、
絶望して命乞いさせてから償わせてやるわっ!!)
各々が待ち望む、パレードが目前に迫りつつあった。