幼い子供のように
ベルトラ皇国から離れた、小さな森。
「ここまで来れば、大丈夫だろ!」
ユニカの手を掴んだまま【飛行】で空を飛んでいたアイトが着地しようとするがーーー。
「ローグくん!? 大丈夫!?」
アイトは勢いそのまま地面を転がった。
事前に手を離されて安全を確保されていたユニカは駆け寄ると、アイトの異変の正体に気づく。
「まさか本当に魔力解放できるとはね。
正直、半信半疑だったわ」
そう、魔力解放の反動だと。ちなみにアイトは地面に大の字で寝転んだまま動けない。
「本当は使う気はなかった。
でも俺のせいでお前が危険になった。
‥‥‥痛い目に合わせた。ごめん」
アイトは心底後悔した表情でユニカを見つめる。身体が自由に動けたら頭を深々と下げたであろうことは容易に想像がついた。
「謝らなくていい。あなたのせいじゃなくて
私の対応不足。それに、治してくれたから」
ユニカの言葉を聞いたアイトは少し落ち着いたのか、何も反応せずに見つめたままで動かない。少しバツが悪くなったのか、ユニカは咳払いをして話し始める。
「まさか治癒魔法も使えるなんて、末恐ろしいわね」
「どーも」
「それにもともとの魔力保有量がケタ違いで、
さらにそこからの魔力解放。でもだからこそ、
身体への負担が大きすぎるわ」
するとユニカはアイトの肩を掴んで、伸ばした自分の足の脛にアイトの頭を乗せる。
「な、なに? 普通に痛い」
「膝枕する間柄じゃないでしょ?
でも、さすがに放っておけないわ。
だから、今はこれくらいがちょうどいい」
つまり、ユニカの膝枕ならぬ脛枕。アイトの感想はーーー。
(痛い。それならそもそもしなくていいのでは??)
疑問でいっぱいだった。アイトはツッコミを入れたくなったが、心の中に留める。
「どう? 今回で少しは私を信用してくれたかしら」
「‥‥‥」
「? 聞いてる?」
アイトは少し考えた後、やがて口を開く。騒動の際に違和感として感じたことを。
「ああ。少なくとも、組織が嫌いってことは信じる」
「ッ‥‥‥そう、気づいたのね」
ユニカが少し悲しそうな、それでいて嬉しそうな顔をする。
まるで、誰かに気づいて欲しかったかのように。
「過呼吸の原因は、覆面を見たからだろ」
「ええ、これ以上は隠せないし正直に言うわ。
ゴートゥーヘルの中で、私は浮いていた。
奴らから見れば、私は役に立たない
無能だからでしょうね。
そのくせに能力の特異性で最高幹部に選ばれてた」
「能力の特異性?」
「これよ」
ユニカは両手をアイトの頭上に持ってくる。そして右手と左手から放出する。右手には火属性魔力。左手にはーーー。
「呪力!?」
「そう。私は魔力と呪力を両方持っている。
魔力と呪力、それぞれの保有量は
魔法使い、呪力使いには遠く及ばない。
でも、こうやって混ぜると」
ユニカは両手を握るようにして魔力と呪力を混ぜる。すると、混ざったエネルギーが灰色に変化する。
「魔力で付けられた傷は治癒魔法で治す。
呪力で付けられた傷は治癒術式で治す。
それなら両方を混ぜたもの、魔呪はどうなるか」
魔力と呪力が混ざったエネルギー、魔呪を解き放つ。狙いは近くの木。
ユニカが混ぜた魔力は火属性魔力であるため木は燃える。
だが、燃えたと同時に急速に朽ち始める。
「! これは‥‥‥」
「両方の効果が現れる。つまり、これを受けたら
魔呪を扱える人以外には治癒できない。
あなたなら、この力の有用さが分かるでしょ?」
魔力と呪力、両方を扱える者にしか治癒できない攻撃。
つまり、治癒不可能の一撃。
その能力は犯罪組織『ゴートゥーヘル』からすれば想像もつかないほどの価値があり、危険なもの。
「魔力はともかく、呪力を生まれながらに
持っている人はいないから余計にね。
まして両方を宿してるのは、たぶん私くらい。
少なくとも両方を宿して長期間
安定した人は、私以外にはいなかった」
「‥‥‥! まさか、お前っ」
アイトは嫌でも察知した。この話の続きを。
アイトに答えを教えるようにユニカは続きを話す。
「私は幼い頃に人体実験を受け、いや受けさせられた。
以前に初期適応実験として、魔力を全て取り除いて
呪力を埋め込まれた子が数人いたらしいけど、
完璧に制御できなかったらしいわ。
そんな幾度の失敗を繰り返しながら実験が進み、
魔力を残したまま呪力を埋め込む実験で
成功しちゃったのが私なの」
アイトには『失敗』と言われた人物に心当たりがあった。助けた時には地下深くで鎖に繋がれていた、呪力を持つ少女のことを。
「ミアを、そんな目に合わせてたのか‥‥‥!
それに他の子たちも‥‥‥!!
ゴートゥーヘル、本当にふざけた奴らだ‥‥‥!!」
「まさか、実験の被害者と知り合いなの?」
「‥‥‥まあな」
アイトは曖昧な返事をする。本人の許可なしに人に話していい話ではないと判断したからだ。
するとユニカは真剣な眼差しをアイトに向ける。
「その子って、今はどうなの?」
そう聞かれたアイトは自分を『お兄ちゃん』と慕ってくれる少女を思い浮かべると、自然に言葉が続いていた。
「‥‥‥幸せそうだよ。まだ人に対して辛辣だけど。
あいつ、初めて会った時は1人で歩けなかったんだ。
誰も信じてなかったし、生きるのが辛そうだった。
でも今は、同世代の仲間と言い合えるくらいに
自我を強く持つようになって、笑うことも増えた。
よくわからない視線を向けてくる時はあるけど。
でも、今のあいつは生き生きしてると思う」
「‥‥‥ッ」
アイトは無意識に微笑んでいた。その様子を見たユニカは、グッと両手を握り締めて口を開く。
「‥‥‥ローグくん、お願いがあるの」
「お願い?」
「その子に、伝えて欲しいことがあるの」
「‥‥‥なにを」
「『ごめんなさい』って」
ユニカの言葉に少しも迷いはない。アイトは少し気圧されながらも迷いをみせる。
「別にお前が非人道的な実験をしたわけじゃない。
むしろ同じ被害者だろ。それで何を謝るんだ」
「‥‥‥そうだけど、そこじゃないのッ!
私と同じ、いやもっと酷い苦痛を受けた子に
『私と同じ、可哀想な子』って同情して、
勝手に自分と同類扱いしてた!!
あなたから聞いたその子は、楽しく生きてるのに!
勝手に不幸扱いして、私と同じって決めつけてたッ」
両手で顔を押さえたユニカは感情に揺さぶられ、震えていた。アイトは少し戸惑いながらも、冷静に言葉を返す。
「‥‥‥そうかもしれないけど、そんな経験したら
不幸と感じるのも無理ないだろ」
「違うっ。私と同じ目に遭った人がいるって、
私と同じように今も苦しんでる人がいる‥‥‥
そう思うことで、楽しようとしてたのッ!!」
手から覗いて見えるユニカの目は、涙で潤んでいる。彼女からは明らかに『後悔と苦悶』の感情が見てとれる。
それを知ったアイトは、無碍に断ることなどできなかった。
「‥‥‥わかった、伝えとく。まあたぶん、あいつは
『は? どうでもいい』って一蹴しそうだけどな」
「‥‥‥ありがとう。ローグくん、ごめんなさい」
「はぁ? なに謝ってるんだよ」
アイトが冗談混じりに強めに言うと、ユニカはハッとした様子で首を振る。
「‥‥‥なんでもないわ。
ごめんなさい、まだ続きを話してなかったわね」
そう言うと、ユニカの表情は一層暗くなった。
「呪力を宿す実験で多くの子が犠牲になった。
そして私は、成功例ってだけで最高幹部にされた。
何の活躍もせずに高い地位に就いた私と、
人為的に造られたこの力を、多くの構成員が妬んだ。
渡せるものなら喜んで渡すわよッ!!
こんな破壊するためだけに人為的に作られた
魔力と呪力、両方とも好きなだけ!!!
もう、あんな奴らといるのは嫌っ‥‥‥」
ユニカは唇を噛む。まるで感情を必死に押さえ込んでいるかのように。
「ラペンシア‥‥‥」
「‥‥‥ラペンシアって、いい名前ね。嬉しい」
「? 嬉しい‥‥‥?」
アイトの発言に、ユニカは乾いた笑みを浮かべる。
「あなた、察しが良いのか悪いのかどっちなの」
「‥‥‥まさかっ」
ユニカは「意外と察し良いのかもね」と呟きながら感情の籠ってない笑みを浮かべ、続きを話し始める。
「『アンノーン』。こう呼ばれるのは死ぬほど嫌。
名前のない私をバカにした、最大限の侮辱」
「お前‥‥‥」
「私は両親を知らない。名前も知らない。
でも私に名前が無いと都合が悪い。
だからアンノーンなんて人の気持ちを
微塵も考えてない呼び方をされるようになったの」
アイトは絶句した。そんな壮絶な経験、考えるだけで心がどうにかなってしまいそうだった。
「だからユニカ・ラペンシアは気に入ってる。
それだけで、勝手に救われた気持ちになった」
本当に嬉しそうにユニカは笑う。そんな顔を見たアイトは悲壮感で胸が締め付けられる。
「話が逸れたわね。覆面の奴らを見ただけで、
奴らとの日々を思い出して気分が悪くなるの。
できれば、信じてくれるとありがたいわ」
「‥‥‥バカ、もうそんな次元の話じゃない」
アイトは長い話を聞いてるうちに回復したのか、ユニカの脛から起き上がる。
「俺から言えることは特にない。
まだ全然わからないからな。お前のことを。
でも、これだけは言える。ラペンシア」
アイトはユニカを見つめる。そして、口を開く。
「それでもお前の名前くらい、いくらでも呼べる」
ユニカは息を呑む。それを悟られないようにか、彼女は必死に言葉を紡ぐ。
「‥‥‥もしかして私、口説かれてる?
それとも私に膝枕して、ほしいとか?
そんなキザなセリフ、急に言うなんて
本当に、どうかっ、してるっ‥‥‥ッ!」
だが彼女は抑えられず、気持ちが溢れる。涙が止まらない。
アイトは背中を向ける。彼女の顔を見ないように。まだそんなに、2人は親しくないから。
「ゔぇぇぇ〜〜!! ゔぁぁ〜〜ッ!!」
ユニカは幼い子供のように泣きじゃくった。
アイトは大人びた少女の、隠されていた一面を見た気がした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ベルトラ皇国、皇都。
騒動が終わった後、残ったのは覆面を被った人間の死体だけ。
教皇アストリヤと娘2人を狙った暗殺未遂。その光景を見ていたのはごく一部に限られたため、国内での暴動は避けられた。
だが実際に襲撃者の刃が届いた暗殺騒動により、ミルドステア公国主催のパレードへ参加することが絶望的になりつつあった。
3日後。
本来なら教皇たちがアステス王国へ出発する日。
ベルトラ皇国の皇帝からの勅令により、3人のパレード参加は拒否されたのだった。
銀髪仮面の男による聖天教会の教皇暗殺未遂事件。それに伴い、教皇のアステス王国のパレードへの参加断念という記事。
そんな大事件の報道が、瞬く間に駆け巡っていく。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
グロッサ王国とアステス王国の境目にある大きな関所。
そこで、買い込んだ食糧を馬車に乗せている5人がいた。
「これだけあれば充分だな」
「カイルがいると、荷物運びの速さが段違いですね」
「お、重い〜。こんなの持てない〜」
その中の3人はカイル、オリバー、アクア。
「私持ちます! 意外と力持ちなんですよ!」
「さすが王女〜、ありがと〜」
するとアクアは、隣にいた銀髪ロングの少女に容赦なく袋を渡す。それを目撃したカイルはすぐに駆け寄って頭を下げた。
「おいアクア!? わ、悪いなユリア王女。
こいつ、礼儀ってもんがわかってねえんだよ」
「いえいえ! むしろ気軽に接してくれて嬉しいです!
もっと皆さんと仲良くしていきたいのでっ!」
「そうねユリアちゃん。私からもお願いします♪」
そしてユリアの隣に立っていた、水色で長い髪の綺麗な女性が微笑んでいた。
「ステラ王女まで!? 本当にいいのかよ!?」
そう、カイルたちはグロッサ王国の王女姉妹を護衛する任務に着いていた。
アステス王国領が目前に迫る中、人の交流が栄える関所付近の街で必要な物を補給していた最中である。
やがて4人(手伝わない1人が誰か言うまでも無い)は馬車に積み終わった後。
「まだ馬を休ませた方がいいので、
僕たちもここで暫く休憩しましょうか」
オリバーの判断により、暫く休憩することになる。
カイルは早速買っていたリンゴを丸齧りしていると、視界に珍しい光景が映る。
ユリアとステラはこれまでの旅について微笑ましく話し合っている。
カイルが気になったのは、その2人のさらに奥。
それは、新聞記事に目を通していたアクア。
『有り得ない』と感じたカイルは赤い林檎を齧りながら近づいていき、話しかける。
「おいアクア、おまえがいったい何見てるんだ?」
「えー? だって、これー」
アクアがぼんやり見つめながら、記事の箇所を指差す。
カイルは訝しげに、彼女の指に導かれた箇所をゆっくりと読んでいく。
「‥‥‥はぁぁぁぁぁぁ!!!!?」
そして、彼は突然大声を出した。アクアは両手で耳を塞いだため、持っていた新聞を地面に落とす。
「ど、どうしました?」
当然、気になったユリアとステラが駆け寄り、落ちていた新聞の記事を見つめる。
『謎の組織のリーダー、レスタによる教皇暗殺未遂』
記事には銀髪仮面男の写真付きで、書かれていた。
「えぇぇぇぇぇぇー!!!?」
そんな大声を出したのはユリア。ちなみにステラは一切声を出していない。
「‥‥‥ッッ♡」
ただ拾い上げた新聞を顔いっぱいに近づけ、恍惚とした表情で写真を凝視していたが。
そんな彼女の奇行に気づけないほど、カイルたちは動揺していた。アクアはただ眠たいのでぼんやりしてただけだが。
「皆さん、いったいどうし‥‥‥ステラ王女!?」
そして馬の世話を終えてから現れたオリバーは、完全に状況が読めないのだった。
それから少し時が経ち、静寂のまま走り出した馬車の中。
オリバーも動揺しているのか、これまでよりも車体が揺れている。
「‥‥‥あの、ベルトラ皇国って今から何日でーーー」
「お姉さまっ!? 何を言ってるんですか!?」
今のステラは完全に、どうかしていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
グロッサ王国、王都南地区。『マーズメルティ』。
「みんな! これ見てッ!!」
朝早くに扉を開けて更衣室に入ったのは、現在オーナー代理をしているカンナ。
「は? 今着替え中なんだけど?」
「どしたし」
メイド服を手に取ろうとしていたミアは黒の下着だけしか身につけておらず、リゼッタは薄い白シャツ一枚のみ。
「レスタくんがこれに載ってるの!!」
「それをさっきに言え!!」
「レーくん」
カンナの一言で血相を変えたミアはにじり寄るように新聞記事をひったくり、机に置いてじっくりと眺める。彼女の後ろにはリゼッタがひょっこりと顔を出して確認していた。
「聖天教会の、教皇暗殺未遂‥‥‥」
ミアが内容を呟いて顔を伏せていると、カンナは眉を下げて困惑した顔を浮かべる。
「いきなり、だよね。いったい何をしてーーー」
「さっすがお兄ちゃん♡
そこらの有象無象とは、やることが違う〜♪」
「ええっ!? なんで嬉しそうなの!?」
自分とは真逆の感想を述べるミアに対し、カンナは後退りして驚いた。
「はぁ? お兄ちゃんのやることは全て正しいの。
失敗なんてしないし、何か考えがあるに決まってる。
こんな記事の内容を信じて動揺するなんて、
お兄ちゃんのこと全然信頼してないんだぁ?」
「ミア、こわ、いいすぎ」
「はぁ? なんか文句あんの紫女」
「こわ、こわこわ」
勇気を出して援護に入ったが、気圧されてすぐに縮こまってしまうリゼッタ。
「‥‥‥そうだね! ミアの言う通りだよね。
レスタくんにはいつも考えがあるもんね!
教えてくれて、ありがとミア!」
だがカンナは責められて悲しむどころか、むしろ感謝を伝えるべく微笑んでいた。
「ふんっ。そこで感謝するとか意味不明なんだけど」
そう呟いたミアはすこし不満そうな様子で着替えを再開する。
「リーも、ミアに負けない、レーくん信じてる」
リゼッタは気合の入った様子で記事を読み始める。
(エリスも、どこかでこの記事を読んでるはず。
でも、私みたいに惑わされないよね!)
カンナは両手で頬を叩くと、着替えを始める前に笑顔で拳を突き上げる。
「さ、今日も1日がんばろ〜!!」
「お〜ん」
「あんたが仕切んなッ!!!」
こうしてカンナたちは、気を取り直して開店の準備を始めるのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そしてベルトラ皇国で起こった騒動は、狙い通り標的たちの元へと届く。
まだ見つかっていない、ゴートゥーヘルの本拠地。そこで、緊急幹部会が開かれていた。
「あらら〜、まさかこんなことになるなんて。
わからないものですねぇ。しかも銀髪仮面。
こんなの、見覚えしかないですよね〜?」
最高幹部『深淵』第三席、クロエ・メルは頬杖をつきながら、ニヤニヤ笑っていた。
「間違いなくあの男よ。また私たちの邪魔をッ‥‥‥」
腕を組んだ第一席、ノエル・アヴァンスは苦虫を噛み締めたような表情を作る。
「ちょうどいいんじゃないかな。
この前の襲撃で人員が不足しているし
逃げたあの子から情報が漏れた可能性がある。
中止した方がいいだろうね」
第ニ席、エレミヤ・アマドがそう発言すると、クロエの表情が険しくなる。
「あの名無しが、レスタさんに情報を流したのでは?」
「‥‥‥うん、可能性はあるだろうね。
教皇暗殺のタイミングが被るのは明らかに変だし。
でも、それなら僕らの動きに合わせた方が
暗殺が成功する可能性はグッと上がるはず」
「たしかにそうだなーっと僕は思います」
エレミヤの発言に便乗したのは第四席、リッタ・カストル。少し幼く見える彼は、会話に参加しながらも本を読んでいた。
「どうでもいいわい。早く集めた理由を聞かせんかい。
ワシはこれからやることがあるんじゃ」
そして第五席、パナマは会議が進まないことに腹を立てながら捲し立てる。左袖から腕は出ていない。アイトに切り落とされたからだ。
「ええ、方針を決めるのが先よ」
ノエルが話を切り出すと、他の幹部が静まる。だが、彼女が続きを話すことはなかった。
『私の話を聞いてもらおうか』
ノエルの持つ魔結晶から響く女性の声。その声を聞いただけで幹部たちの反応が変わる。
「総帥っ!? お身体は大丈夫ですか!?」
ノエルが真っ先に魔結晶に話しかける。いつもの冷酷な様子が一瞬で消え去り、心の底から心配している様子だった。
『まだ本調子とはいかないが、良くなっている。
お前たちに任務を押し付けて、悪いと思っている』
「そ、総帥っ‥‥‥もったいなきお言葉」
「あらら〜ノエルんは本当に大好きですねぇ〜。
総帥〜! お久しぶりですね〜!」
『クロエか。相変わらずだな』
「もったいなきお言葉〜♪」
馬鹿にされたように感じたノエルが睨む。だがクロエは目を逸らし口笛を吹く。
『話が逸れる前に話す。暗殺計画だが、
対象を変えてそのまま続行しろ。人員は3人』
「続行、ですか。それで対象とは?」
『1人目は魔導会の総代、バスタル・アルニール。
魔導大国レーグガンドの心臓ともよべる老人だ。
アルスガルト帝国との兵力差を魔導兵器で
対抗できるようにした魔法における元老。
彼が死ねば、アルスガルト帝国との衝突は
避けられない。紛争が引き起こるだろう』
「あの老人ですか‥‥‥それに、まだいるのですか?」
ノエルが恐る恐る尋ねると、魔結晶越しに話しかけてきていた人物が一呼吸置いて話し出す。
『ああ。もう1人はあの老人ほどではないが、
全く異なる才と資質を持つ少女。
彼女はパレードに来賓としてではなく、
演出として呼ばれるほどの絶大の人気を誇り
ベネット商会の会長でもある。
民衆の前で殺されれば、各国で影響が出る。
経済的にも、国民の心情的にもな』
「! その、もう1人の標的は」
ノエルと他の最高幹部が息を呑む。その少女は以前、自分たちがグロッサ王国崩壊のために、利用していた少女でもあったからだ。
『歌姫、ルビー・ベネットだ』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
3日後、アステス王国。
「不覚よ‥‥‥あんなところを見られるなんて」
ユニカは歯を噛み締めながら王都を歩く。それは3日前、泣きじゃくった出来事のことだ。
「いやそんなこと言われても‥‥‥
3日経ったんだし、もう良いだろ」
アイトはめんどくさいと言った顔で隣を歩く。ユニカは灰色髪を靡かせながら声を出す。
「よくないわよ‥‥‥クールでミステリアスな
私の印象に傷がついてしまうじゃない!」
「そんなふうに思ってたんだ‥‥‥」
「なに? なんか言いたそうね?」
「いえなんでもないです」
間違いなく言えば面倒になりそうだったためアイトは遠い目を見てスルーする。
「これからどうするの?
予定通り教皇のパレード参加を防げたけど」
「とりあえずパレード当日までは滞在する。
他にも来る来賓が狙われるかもしれない」
「ま、用心するに越したことはないわね」
ユニカの発言にアイトは表情を曇らせる。
「‥‥‥お前はこのままパレード見てもいいのか?
当たり前だが、奴らが来る可能性はかなり高い」
「っ‥‥‥」
ユニカは3日前の過呼吸が頭をよぎり、口が動かない。心に靄がかかる。だが、それでも必死に、必死に口を動かす。
「‥‥‥あら、心配してくれてるの?
私は別に引き返してもいいけど、
私を1人にして大丈夫かしら」
「それはっ」
「でしょ? だからいい。
私のことまだ信用できないんでしょ?
それにそんなのは克服しないと役に立てない。
だからもし奴らが来て私が発作を起こせば、
放ってくれてかまわないわ」
「‥‥‥そうだな。その時は勝手に行動する」
「はやく信用してもらえるようにがんばらないとね」
重い話を切り上げたアイトたちは王都の中を歩く。すると、国民が色めき立っているように見えた。
「たぶんあれだわ」
ユニカが指を指す方を向くと、そこにはーーー。
「ん? ライブ会場??」
かなりの規模で設置された、ライブ会場があった。その近くでは受付をしており、多くの国民が並んで行列になっている。
アイトたちはその列に近づき、貼られているポスターを見る。
「『アステス王国建国記念パレード開催祝い、
歌姫ルビー・ベネット事前特別ライブ』‥‥‥?
ルビー・ベネットって、聞いたことある気がする」
「え? まさか知らないの?」
ユニカはあり得ないといった表情になり、?を浮かべるアイトに向けて話し始める。
「ベネット商会の現会長にして、絶世の歌姫。
以前はエマという偽名だったらしいわ。
その経緯を包み隠さずに公表した後、
商会を支えるべく短期間で商学を叩き込み、
父親の後継として見事な手腕で商会を立て直した。
そんな彼女には多くの支持が集まり、
商会が落ち着いた後は歌姫としての活動を始めて、
瞬く間に注目集めた、期待の超新星」
「そ、そうか。‥‥‥ん?」
アイトは自身の世間の疎さを反省する。だがそれよりも、やけに歌姫の名前に引っかかっていた。
「すいません、ちょっとこっちに!」
「うえっ!?」
「ちょ、ローグくん!」
するとアイトは突然、誰かに腕を引っ張られる。ユニカも急いで引っ張られていくアイトの後を追いかけた。
アイトの腕を引っ張って前を走るのは、サングラスをかけて帽子を被った、少し怪しい感じの女性。
彼女は王都の店舗同士の間を走り抜け、人目がない路地裏に到着する。
引っ張っていた彼女が息を乱し、引っ張られたアイトは息ひとつ乱さない。後ろをついてきたユニカの方が少し息が切れていた。
「はあ、はあ、あ、アイトくん‥‥‥」
「ふぇ?」
アイトの名前を呼んだ直後に、彼女は帽子とサングラスを取る。帽子から現れたのは入念に手入れされ、艶やかな水色の長い髪。
「あっ! 君は!!」
その髪と顔に、アイトは見覚えがあった。それは数ヶ月前。
グロッサ王国の王子、ルーク・グロッサの婚約者候補として王国に呼ばれ、ゴートゥーヘルの陰謀に巻き込まれそうになった少女。
「お久しぶりです、アイトくんっ!」
ルビー・ベネットが、再会を喜ぶように微笑んだ。