大変な15分
ベルトラ皇国、皇都。
「ローグくん、どうするの?
あの3人は数日後にアステス王国へ出発するわ。
それまでに何か手を打っておかないと」
「わかってる」
教皇アストリヤ・ミストラル、娘のミルラとリルカに丁寧に見送られた後、教会を出たアイトとユニカ・ラペンシア。
2人は皇都を歩きながら、小声で話し合っていた。
「信仰者が多いこの国だと後が怖いわね」
「‥‥‥いや、腹を括るしかない。やるぞ」
そんな発言を聞いたユニカは目をぱちぱちさせて驚く。
「やるの? 正直、憶測の段階でやらないと思ってた」
ユニカの発言は至極当然のもの。
今のところ、教皇暗殺の影は微塵も感じられない。つまり、今派手に動けば迷惑をかける加害者側の立場となる。
もちろんアイトはその事を理解している。だからこそ、表情を暗くする。
「‥‥‥俺は、別に正義の味方でもなんでもない。
お前の情報が真実なら俺の望む日常がさらに遠のく。
それが嫌だから勝手に守ろうとしてるだけ。
だから教皇暗殺の可能性を0にできるなら
事前に自分から騒ぎを起こすくらい、やってやる」
「‥‥‥ははっ。ただの甘ちゃんじゃないわけね」
以前のアイトなら絶対にこんなことを言わなかった。ゴートゥーヘルとのいざこざで少しずつ考えが変わった。それが良いか悪いかなんて誰にも判断できない。
だが、アイトは前よりも確実に大人びていた。
「一応聞くが、お前に覚悟はあるのか?」
「あら、優しいのね? でも気遣いは無用。
私は元犯罪組織の最高幹部よ?
たかがちょっとした騒ぎを起こすだけで
過度に動揺なんてしないわ。
もっと胸糞悪い光景を、嫌でも知ってるから」
そう言って目を細めるユニカを見て、アイトは淡々と言い返す。
「最後の言葉を聞いても、お前に同情しない」
「それなら別に言う必要なかったわね、お互いに」
「‥‥‥覚悟があるなら、早くやるぞ」
そう言って歩き出すアイトの後ろ姿を見て、ユニカは少しだけ笑っていた。
こうして2人は皇都内で、作戦を決行することになる。
『私は皇国の外で待っているわ。
皇国内ではローグくんが、外で私が暴れる。
身体能力は私よりあなたの方が上。
私だと衛兵の追跡を振り切れないかもしれない』
『‥‥‥ああ。皇国の兵士に捕まったら終わりだ。
だから俺が合図をしてから15分後、
外で合流してそのまま皇国を離脱する』
『それだけ暴れれば充分ね』
『いいか? 絶対に人を傷つけるな。
ただ目立ってくれればそれでいい』
『わかってるわ』
『‥‥‥逃げるなよ』
アイトはそう言って、ユニカにはめていた指輪を抜き取る。これでユニカは魔法を使うことが可能となる。
『逃げるわけないでしょ。信用されるためだもの。
しつこい男は嫌われるわよ?』
『お前に好かれたいとは思ってない』
『あら辛辣。それじゃあ、お互い腹を括りましょ?』
そんな数分前の会話を思い出しながら、アイトは変色魔法で銀髪に染めて仮面を付ける。
そして特殊魔結晶をベルトの窪みにはめることで組織特注の特殊戦闘服を身に纏い、『天帝』レスタに変装する。
一方、ユニカは伊達メガネと口元に布を巻いて変装。エルジュの特殊戦闘服(を纏うための魔結晶)は渡してない。そして外へ移動してアイトの合図を待つ。
響く破裂音と共に、空へ花火が打ち上がった。
「さあ、大変な15分ね」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『打ち上げ花火』を上空に打ち上げたアイトは幻影魔法を解除し皇都で姿を現す。
「な、なんだあれっ!?」
皇都内の国民たちが驚く声を聞きながら、アイトは両手に魔力を込めて上空に撃つ。そしてギュッと握りしめた直後、上空で魔力が爆発する。
「キャーーーーッ!!?」
国民の声が悲鳴へと変わる。
アイトは民家の屋根を伝って飛び回りながら、自身へ注目を集める。そしてアイトの目は、とある建物に向いていた。
「何事ですかっ!!」
(出てきた!!)
出てきたのは今回の作戦の最大目的、『聖天教会』第9代教皇アストリヤ・ミストラル。
アイトは建物同士の間を蹴って高速移動し、反転して宙を舞う。そして、空中で銃を構える。
(今だ!!)
決心してアイトが引き金を引くと、発砲音と共に銃弾がアストリヤへと迫る。
「きゃぁっ!?」
アストリヤの横を銃弾がすり抜ける。突然の恐怖にアストリヤは悲鳴を上げた直後、まるで力が抜けたようにその場に座り込む。
(ただ暴れるだけじゃ意味がない。
自分が狙われてるってことを印象付けないと!!)
もちろんアストリヤに当てる気は一切ない。さっきの銃弾もアイト自身の魔力で形成した殺傷力が低い弾を打っただけ。当たったとしても初級の治癒魔法で完治可能な程度の威力。
アイトが目立つように銃を使ったのは、アストリヤの暗殺を狙っている者がいると意識させるため。
「きゃぁぁぁ!!! 教皇様ッ!!!!」
狙い通りアストリヤを暗殺されかけたと見せかけることに成功し、国民の悲鳴が大きくなる。
その声に応えるように警備兵が即座に集結し、アストリヤを守りに入る。
(よし、目的はほぼ果たしたと言っていい!)
アイトは皇都の市街地に着地して、縦横無尽に走る。
警備兵がアイトの後ろに続く。だがこれまで『エルジュ』の代表として修羅場を潜り抜けてきたアイトの身体能力に敵わない。
大勢の警備兵を置き去りにしながら、アイトは屋根を飛び移って走り回る。
(ラペンシアのやつ、逃げてないだろうな!!)
ユニカと合流まで、あと10分。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(警備兵がローグくんに釣られて皇都へまっしぐら。
でも御愁傷様、襲撃者は彼1人じゃないわよ)
これから自分のやることを想像し、不適な笑みを浮かべたユニカは両手に魔力を集める。
彼女の両手から出たのは、炎。
「【ハイファイア】!」
ユニカは空に特大の火の玉を飛ばし、それにナイフを投げつける。
火の玉とナイフが衝突した瞬間、大爆発が起こり周囲に爆音が響く。
「何者だ!!」
(ま、そうなるわよね)
そんな声と共に近くにいた警備兵が押し寄せる。ユニカはアイトとは違い、すぐにその場から離れる。
(警備兵を程よく散らせれば充分よね)
ユニカは路地裏に身を隠す。その場で留まって状況を把握し、警備兵が皇都に向かえば行動を起こそうと考えていた。
「っ!! あれはっ‥‥‥」
彼女にとって、因縁深い覆面を見るまでは。
アイトと合流まであと6分。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(警備兵の一部が皇都の外に出ていく!
ラペンシア、ちゃんとやってるな)
アイトは皇都を走り回り、定期的に上空へ花火を打ち込む。
「いったいっ!! 何が目的だっっ!!!」
屋根から飛び降りて市街地に着地したアイトの前に、回り込んだ警備兵が剣を振る。
(さすがに範囲を絞ってきたか!)
剣を抜いていないアイトは身体を捻って横跳びで回避。
「なっ!?」
すれ違いざまに左足を伸ばして警備兵の剣を蹴飛ばす。剣を蹴飛ばされた兵士は驚きながら銀髪仮面の男を見送ることになる。
着地したアイトは再び走り出す。周囲の警備兵を振り切り、人がいないことを確認して魔結晶を取り出す。
「ラペンシア! 今どこだ!!」
連絡を取り始めるが静寂。彼女から返事は返ってこない。
(ラペンシア、なんで出ない!)
その後も何度か話しかけるが、接続された魔結晶から声は返ってこない。
そして、ユニカとの合流まであと1分に迫る。
「ラペンシア! おいっ、どうしたんだあいつ!」
痺れを切らしたアイトは本来の合流先に向かい始める。
そして、時間ぴったりにアイトは合流地点に到着する。だがユニカはおらず、警備兵が近くにいるだけ。
「あいつ、どこにいるんだよ!?」
ユニカを探すことに夢中になっていたアイトは、意識外である背後に迫る剣をかろうじて避ける。
アイトに不意打ちをかけたのは、重圧な鉄の鎧に覆われた威厳ある大男だった。
「教皇を手にかけようとした愚か者め!!」
(なんかオーラあるなこの人!)
迫り来る剣の横薙ぎを、アイトは後ろに飛んで回避する。
「バストバ隊長!! 周囲を囲みます!!」
すると警備兵がアイトを円状に囲む。
対峙したのは威厳ある大男こと、ベルトラ皇国警備隊隊長。
彼の名はバストバ・マヘラ。
「教皇様を狙った大罪人め!!
おとなしく両手を上げて降伏しろ!」
(クソッ! 早くこいラペンシア!!)
包囲されたにも関わらず、アイトは連絡に出ない相手のことを懸念していた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
一方、同時刻、皇都内。
合流予定時刻から、既に5分は過ぎている。
ユニカは、狭い路地裏から動けないでいた。口元の布は外している。強制的に外さざるを得なかった。
「ハァ、ハァ、ハァッ、ハァっ‥‥‥!!」
決して体力不足ではない。ユニカはその場からしばらくの間、全く動いていなかったのだから。
今、彼女は微塵も動けないほどの過呼吸に陥っていた。
あまりの苦しさに思考が働かず、考えがまとまらない。
アイトの連絡にも気づかないほどだった。
原因はユニカにもわかりきっている。だが本人は認めたくなかったのだ。
(苦しい‥‥‥違う、どうしようどうしようッ‥‥‥!!
奴らが、いたことを、ローグくんに、連絡を‥‥‥)
呼吸困難の体で無理やり考えようとしたことにより、つい「意識が朦朧とし始める。
(彼に、つたえ、ないと‥‥‥奴らが、奴らが‥‥‥)
「何してたんだ!!!」
突然手を引っ張られたユニカは思考が止まる。そのまま走り出そうとするがユニカの膝が曲がり倒れかける。
「おいっ!? どうしたんだ!」
ユニカを支えたアイトはお姫様抱っこで外へ走り抜けようとする。
「ハア、ハア‥‥‥ローグ、くん。ど、どうして‥‥‥」
「お前が来ないから手当たり次第に探したんだよ!!
まさかこんな所に隠れてるとは思わなかったけど!」
アイトは兵士に囲まれた後。
警備隊隊長、バストバ・マヘラの剣を即座に弾き飛ばして【照明】で周囲の目を眩まし包囲網を突破。
再び皇都の市街地入るもユニカは見つからず、ついに民家にまでたどり着いたのだ。
ユニカは合流時間から既に10分以上過ぎていることにも気づいていなかった。
「裏切って逃げてたら殺してやろうと思ってたし、
見つけたら何で来なかったか怒るつもりでいた!
お前のそんな様子を見るまではな!!」
アイトは本音を包み隠さずに言う。もともと敵だったユニカが裏切れば、殺意が湧くのは当然である。
「はあ、はあ、はあっ、わ、私、私は‥‥‥」
「今は聞かない、後で聞く。とにかく休め」
「ろ、ローグくん‥‥‥」
ユニカは安心したのか、少しずつ瞼がーーー落ちなかった。
「ダメっ!! や、奴らが来てたのっ!!」
「グエッ」
伝えるべきことがあったのか、ユニカは大声を出してアイトの頬を引っ張る。
「何すんだっ! ていうか奴らって誰だよ!?」
「ゴートゥーヘル!! 私、覆面を見てッ‥‥‥!?」
「ラペンシア!? しっかりしろ!」
ユニカの顔色が悪くなり、激しく咳き込み始める。
(この感じは‥‥‥ラペンシアは、まさか)
アイトは1つの考えに辿り着く。だが今はそれどころではない。
(ゴートゥーヘル‥‥‥まだ人員に余裕があるのか!?)
アイトはユニカを路地裏に下ろす。
「休んでてくれ。俺が行ってくる」
「ま、待って‥‥‥!! 場所を‥‥‥!!」
ユニカは懸命に手を伸ばすが、アイトはすでに視界の中にいなかった。
(奴らの思い通りには、絶対させない‥‥‥
もうあんな気持ちになるのは、嫌っ!!!)
ユニカは咳き込みながらも、無我夢中で走り始めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ゴートゥーヘルの末端連中の3人は、偶然にもベルトラ皇国に訪れていた。
本来の目的は教皇、アストリヤ・ミストラルの動向を観察すること。だがここで予想外の出来事が起こる。
怨敵であるエルジュの代表、レスタが教皇暗殺に現れたのだ。
当初の目的とは違うが、最終目的は教皇を暗殺すること。
しかも本来のアステス王国のパレード時に暗殺する計画は組織の裏切り者、アンノーン(ユニカ・ラペンシア)から漏れている。
そのことを加味した結果、今回の騒ぎに乗じて暗殺を成し遂げようと末端連中は考えたのだ。
連中はアンノーンが組織にとっての怨敵であるレスタと手を組んだと考えたが、それならゴートゥーヘルの当初の計画であるパレードでの暗殺計画を利用すればいい。
そのため手を組んだという考えはすぐに最高幹部たちに却下される。
レスタは一度教皇へ攻撃を仕掛けたが未遂に終わり、その後は警備兵に追いかけ回されている。
末端連中は人目を忍んで皇都を回り、教皇のいる大教会に迫る。
「お母様っ! 大丈夫ですか!!」
「母上、下がりましょうぞ! 危険すぎですぞ!」
教皇アストリヤの2人娘、双子の姉ミルラ・ミストラルと妹リルカ・ミストラルが腕を引っ張る。
「神聖な地を穢す者たちに裁きを与えず、
たた逃げるなんてできません!
たとえ襲撃者の刃がこの首に届いても、
天に召されてもエルフィリア様のの導きを信じます」
「お、お母様‥‥‥!!」
「母上っ!!」
アストリヤは気づいていなかった。自身が予言したかのように、上空から迫る襲撃の刃に。
「はぁ、はっ、【ハイファイア】ッ!!」
すると必死な声と共に、4人の覆面に向かって飛んでいく大きな火の玉。襲撃者はかろうじて回避してアストリヤたちの前に着地する。
「はっ、はっ、はぁっ!!」
過呼吸と思われるほど息を荒くした黒髪の少女が襲撃者の腹を蹴飛ばす。その少女は、割れた仮面を付けている。
「そ、その仮面っ!! まさかっ!!!」
覆面の1人が声を上げるが膝に手をついた少女ことユニカにはその声が届いていない。呼吸を落ち着かせるのに必死だったのだ。
(だ、ダメ‥‥‥!! もう身体が動かない‥‥‥!)
今にも倒れそうな彼女に、刃が振り下ろされる。
「ヴッ!? ッッ‥‥‥!!」
覆面のナイフが動けないユニカの左腕を浅く切り裂いた。ユニカはあまりの痛みに叫びそうになるが必死に抑える。
「っ!? まさか、貴様は裏切り者のーーーっ!?」
「ゔぁっ!?」
そして驚いた覆面がナイフを持ち直し、足払いをかけてユニカを転倒させる。
そして地面に倒れて動けないユニカに、ナイフが振り下ろされる。
「魔力解放!!」
そんな声が聞こえた直後。ユニカの意識を蝕んでいた左腕の痛みが突然消え去る。
次にナイフが落ちる。覆面の腕ごと。
腕を切断されたことに気づいた覆面が痛みと事実に声を上げそうになるが、その前に腹を切られていたのか声が出ない。
少女がその事実を確認した時には、別の覆面が血を噴き出して倒れる。
「や、やっぱりだ!! お前は、我らへ叛逆ーーー」
覆面の言い放つ途中、相手の回転斬りで残り2人の覆面の腹が斬り裂かれた。
こうして覆面4人はそのまま息を引き取った。この場に残ったのはユニカとアストリヤ親子3人、そして銀髪仮面の少年。
「あの仮面は、さっきの‥‥‥」
「た、助けてくれたのでございまするか‥‥‥?」
「あ、あのっ!! あなたの名前はっ‥‥‥!」
アストリヤ、リルカ、ミルラの声を無視し、少年は【飛行】で地面スレスレの低空飛行を行う。
「掴まれっ!!」
手を伸ばした先に、膝に手を置いていたユニカがいる。既に過呼吸は収まっていた。
「だい活躍、ねっ!」
「お前がな!」
ユニカが伸ばしてきた手を掴み、少年は高度を上げる。
「おのれぇぇぇぇ!!!!!!」
警備隊隊長、バストバ・マヘラは遠吠えのように叫ぶしかなかったのだった。