『黄昏』の実力、前編
アイトたちは『エルジュ』の拠点から元ルーンアサイドの本拠地に転移した。
今のところエルジュからの転移先はここしか設定されていない。
ルーンアサイドの本拠地はグロッサ王国の隣国、アステス王国にある。だからここから目的地までかなり距離がある。
「メリナ、これを」
アイトは異空間から特殊な結晶を取り出し、メリナに渡した。
「戦闘が始まったらそれを俺たちと魔物が映るように地面に配置してくれないか? 君が適任だ」
「もしかして教官に言ってた戦闘状況を見させるやつ?」
「エルジュの拠点に映像を移すための鉱石でできた大きな板があっただろ?それにその魔結晶を接続させておいた」
アイトは訓練生の成績発表が始まるまでのわずかな時間で、モニターのような役割を果たしそうな板を発見。それに魔結晶を接続しておいたのだ。
「さすがだね。うん、任せて」
その後にエリスとミアが賞賛するが、アイトはそれに反応する前に指示を出す。
「ここからかなり距離がある。目的地までこのまま移動するぞ」
「ミストぉ〜おんぶぅ〜」
「うぇぇ!!? アクアちょっ、やめっ」
アイトたち11人はルーンアサイドの本拠地を出て、凄まじい速度で目的地に向かうのだった。
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グロッサ王国周辺の村。
魔物の大群をを確認したグロッサ王国所属の見張り兵が村の人たちを避難誘導させた。
よって村には誰もおらず、村から数キロメートル前で魔物を迎撃する作戦である。
だが現在、グロッサ王国の騎士団の主戦力が任務で出払っているためかき集めた戦力で戦うことを強いられていた。不足の事態である。
そして中には王国の第二王女も迎撃に志願。周りは止めたのだが聞かなかった。
「ユリア様! 危険ですのでお下がりください!」
「いえ、私が先頭に」
ユリア・グロッサ。グロッサ王国の第2王女。
銀髪ロングで青目の彼女は、今年から王立学園に入学する。
ユリアは兵士たちの前に出て話しかける。
「私は王族。国を守るのが王族の務め。時間を稼げば、お兄様と騎士団の方々が戻ってきてくれるはずです!私に皆さんの力を貸してください!」
ユリアの発言に、兵士たちの士気が高くなる。ユリアが慕われ、敬愛されている証だ。
ユリアは自分が戦わない選択肢を放棄した。ユリアは責任感が強く、国民に分け隔てなく接しとても優しい。何より天真爛漫で可愛い。
その優しさと容姿から『白銀の聖女』と皆から慕われている。
「数で負けてる私たちに接近戦は不要、遠距離から魔法で迎撃します!皆さん、用意してください!!」
ユリアの指示は的確だった。とても15歳の少女とは思えない。
そして大量の魔物がユリアたちの視界に見え始めた瞬間。
数十匹の魔物が、突然吹き飛ぶ光景が目に映るのだった。
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「ありゃ!? やりすぎちまった!!」
魔物の群れに突っ込んだカイルが、数十匹を拳の一振りで吹っ飛ばした。
「本当に力加減ができない脳みそしてる」
「ああ!? お前の攻撃だって目立つじゃねえかよ!?」
「カイル、ミア、落ち着け。最悪目立ってもいい。短時間で全滅させるぞ。お互いが攻撃に巻き込まれないように注意し各自、敵を殲滅しろ」
アイトはそう言って、魔物の群れに突っ込む。
アイトは1年半前のラルド戦以降も、宝石集めで各地を回っていた際に不本意ながら多くの戦いに巻き込まれてきた。
その度に戦闘経験を得たことで、ある程度の覚悟が定まったのだ。もう戦闘中に棒立ちになるほど恐怖したりはしない。恐怖する暇があるなら動けと考えるようになったのだ。
メリナがアイトから預かった魔結晶を言われた条件が揃った場所に設置する。
そして『エルジュ』本拠地から多くの者に見られている状態で、戦闘が始まった。
これから始まる彼らの戦いぶりに、多くの者は魅了されることになる。
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メリナに多くのゴブリンが襲いかかる。
「うわ、なんでこんなに多く来るの!私、戦闘得意じゃないんだって!!」
メリナは鞭を手に持ちゴブリンたちに叩きつける。その鞭は魔力を通すことで伸ばしたり縮めたりすることができる特殊な鞭である。
ゴブリンたちと自分の距離を常に把握し、少しずつ動きながら鞭の攻撃で確実に減らしていく。
メリナは近距離、遠距離戦のどちらも得意ではなかった。近距離戦は自分の反射神経が追いつかないし、遠距離戦だと魔法や銃、弓が全く当たらない。それに身体能力もあまり高くない。
『黄昏』の平均身体能力の高さがおかしいのだ。常人ならメリナでも平均より高い方である。
メリナの評価された点は、頭脳と戦略性。
だから彼女は近距離、遠距離でもない中距離で戦う事に決めた。それを叶えられるのが、鞭。
相手と自分の間合いを常に計算し、相手の能力を瞬時に分析。それによって鞭での立ち回りを変える。
その戦法は頭脳明晰のメリナには合っていて、戦闘で役に立つ力を得たのだ。
そうして苦手な戦闘分野を補い長所である頭脳を活かして、序列10位に選ばれるほどになったのだ。
「よし、もうかかって来んな!」
しばらく経つとメリナの周辺にはゴブリンの死骸が転がっていた。
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「はぁ、はぁ、はぁ〜、アクア〜〜!!ちゃんと走ってくださいよぉぉ〜〜〜!!」
「んぁ? あ、魔物来た。それじゃね」
「うぇ!? 手伝ってくださいよぉぉ!?」
アクアがミストの背中から降りて別の場所へ移動し始める。
「ひ、ひえぇぇぇぇ!!!!こ、来ないでくださいぃぃぃ!!!!!」
ミストは‥‥‥襲いかかってくる数十匹のオークに火魔法で火属性を付与させた矢を放ちまくる。
ミストの持ち味は元暗殺者としての軽やかな身のこなしと弓矢の扱い。
ここで疑問が生じるだろう。元暗殺者であるならなぜ銃ではないのか。
答えは簡単。自分で打った銃声に死ぬほどビビるからだ。
『ルーンアサイド』時代は演技で冷静を装っていたミストだったが、銃声には素の反応をしてしまう。
だから弓矢を使うようになった。魔法で色々な属性、効果を付与した弓矢は単純に強い。
そしてミスト自身は身体能力が高いため相手の攻撃を避け続け弓矢で対応する。
一見地味だが強いそのスタイルで、序列9位に選ばれたのだった。
「や、やりましたぁぁ!!!」
喜ぶミストの前には、オークだった燃えカスが大量に散らばっていた。
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「あ、敵、きた」
リゼッタの前には多くのコボルトが。
「効くかな、えい」
リゼッタは手から大量の毒を飛ばしてコボルトにぶつけ、自分は離れる。毒を受けたコボルトはすぐに絶命した。
「効いた」
リゼッタは毒使い。常人は毒魔法を使いすぎると使用者自身が毒に耐えられず、最悪命を落とす。
だがリゼッタは信じられないほど毒に耐性があった。生まれ持った素質。その耐性は、暗殺者として毒耐性向上の訓練を受けたターナとミストの約20倍。
その耐性を活かして毒魔法を乱発するのがリゼッタの戦い方。
扱いは適当だが彼女だけの強力な武器により、最年少の13歳ながら序列8位まで上り詰めた。
「ガアアアアアァァァァ!!!!」
リゼッタは背後からの声で振り向いたが回避が間に合わず少し大きめのオーガのパンチを両手で抱きしめるように受け止めた。
「あ、今、いま」
するとリゼッタの全身が毒で覆われ魔物の腕に付着する。
オーガが毒による苦痛で絶叫を上げるがリゼッタは手を振り解かない。その状態がしばらく続き、最後にオーガは絶命した。
その光景を見た魔物たちがリゼッタに恐怖し、逃げていくのだった。
「やった、勝ち」
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「僕、近距離戦苦手なんだけど、な!!」
オリバーは大量のガーゴイルに冷静に対処し、的確に頭を銃弾を当て絶命させていた。
オリバーは銃の達人である。
スナイパーライフルでの狙撃や銃撃戦、そして今のように2丁拳銃で周囲の敵をまとめて仕留めることに長けている。
オリバーは魔法が苦手で、身体能力もそれほど高くは無い。
だがそれを補うほどの銃の腕が評価され、序列7位に選ばれた。
「ふう、少し危なかった」
数分後には、オリバーの周りに生きた魔物はいなくなっていた。
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「ミアの所に来たんだ有象無象ども。さっさと死んでよ生きてる価値ないんだから」
ミアは右手を前に出して唱えた。
「【ムラサキ】」
手から紫の瘴気を浴びた塊が飛んでいきゴブリンたちに当たると苦しみ始めた。
「【クロ】」
ミアは自分の全身から黒い瘴気を発し、両手を地面につける。
するとミアの両手から黒い影のようなものが地面に広がっていき、ゴブリンたちの足元を超えて、広範囲にまで真っ黒になる。
するとゴブリンたちの足元に黒い花が咲き始める。すぐに数え切れないほど増えていく。
「それじゃあ死ぬ時くらいは綺麗になってね?」
ゴブリンたちの足元に咲いている無数の黒い花がカタカタと不気味に動き始める。
「【百花繚乱】」
ミアが唱えた瞬間に黒い花たちが、数メートルの長さの無数の棘を一斉に伸ばした。ゴブリンたちは串刺しになって断末魔の声を上げていき、やがて生命活動を終えた。
これは、呪い。そう、ミアは呪術師。
生まれた時は魔法の素質があったが壮絶な過去により魔力ではなく呪力を体に宿すようになる。そのためミアには魔力が全く存在しない。
魔法を全く使えないのは訓練生にとって大きな足枷である。
だがあまりにも危険すぎる呪力が高く評価され、彼女は序列6位に選ばれた。
「これで害虫たちは消えた。ミアがんばったよね、お兄ちゃん♡」