馬鹿げた計画
王都の人目がない路地裏で、小さな声が響く。
「ゴートゥーヘル最高幹部『深淵』、第六席よ」
アイトは目の前にいる灰色髪のレイヤーボブ少女から目が離せない。それは見惚れたから、というわけではない。
「ゴートゥーヘルの、第六席‥‥‥?」
アイトは少女の発言を無意識に反芻していた。その様子を見た少女はフッと笑う。
「ええ。正確には元、だけど」
「もと‥‥‥?」
「私、逃げたの」
「逃げた‥‥‥?」
「ええ。あなたを探してたの。交渉するためにね」
「交渉‥‥‥?」
アイトは衝撃で話の内容が入ってこない。そして次の少女の発言に、さらなる衝撃を受けることになる。
「私を、あなたの組織に入れて」
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学生寮。アイトの部屋。
とりあえず人目のつかない所へ移動したアイトは、少女を引っ張り椅子に座らせる。
(落ち着け落ち着け落ち着け)
敵の1人に正体がバレたことが頭から離れない。だが少女の発言で気になることがあったため、話を聞こうと思ったのだ。
「あら。乱暴ね」
「とりあえず知ってること全部話せ。それからだ」
「はいはい」
「まず、お前の名前は」
「‥‥‥アンノーン」
「そうか。なんでその仮面を持ってる?」
アイトは少女が右手に持っている仮面を指差す。その仮面は、アイトがレスタに変装する際に目元を隠すための仮面。
「この前の魔闘祭襲撃事件で取ったの。
三途の滝近くの渓流であなた、
金髪の子と気絶してたじゃない。
幻影魔法をかけられていたけど関係ない。
私、その前から見てたから」
仮面は川に流れてしまったのだとアイトは勝手に解釈していた。だが実際は、この少女に奪われていたのだ。
「‥‥‥その時に、仮面を取ったと」
「ええ。あなたがレスタである証拠としてね」
「っ!!」
少女の発言に動揺し、心臓がズキズキと痛む。だが、アイトはその発言に引っ掛かった。信用できない相手のため、意識的に強がって言い返す。
「その言い方だと報告してないみたいに聞こえるな」
アイトは冷静な口調で話した。だが彼の動揺を見破ったのか、ニヤリと笑みを浮かべる少女。
「ええ。だって話してないもの」
「!? どういうことだ!? 説明しろ!」
「本来、私は謹慎処分中で任務に出てはいけなかった。
そして今回の一件が終わった後、
報告する前に魔闘祭に潜伏していたことがバレたの。
今まで何度も反抗してきたことが重なり、
そしてついにその場で殺されそうになったから
弁明の時間も無く必死に逃げたってわけ」
少女の目が、少し曇ったようにアイトは感じた。だが、演技の可能性もあると疑う。
「信用できないな。仮面を取る時間があるなら
なぜ俺たちをその場で殺さなかった?」
「近くには『使徒』シャルロット・リーゼロッテが
いたのよ? そんなことしたらすぐにバレる。
あんなのと戦うなんてごめんよ。
自分の命が1番大切に決まってる」
「‥‥‥まったく信用できない」
「‥‥‥バカなの? もし嘘だったとしたら、
さっきまでの間に油断していたあなたを殺してるわ。
そもそも、報告してたら既に王国は血の海よ。
脅威となるあなたを抹殺するためにね」
「‥‥‥」
「こっちだって生きるために必死なの。
まだ信用できないなら魔力封じの手錠をするなり
呪力封じの手錠をするなり好きにしなさいよ」
「‥‥‥必死??」
アイトは少女の胸ぐらを掴み、壁に押しつける。
「‥‥‥何が生きるためだ。
私利私欲のために罪もない人たちを襲って!!
そして、エリスの眼を抉ろうとまでした!!
そんなお前らが生きるために必死!?
ふざけんなっ!! 生きる資格があるのかよ!?」
ユリア誘拐、ルビー・ベネット爆破計画、ターナの腕切断、そして魔闘祭の一件。アイトは完全に頭に来ていた。
「それは奴らでしょ? 私には関係ない。
あれ以上一緒にいたら私の心が死んでしまう。
あんな人たちと一緒にしないでくれない?
それに理由はどうあれ、あなたも人殺しでしょ?」
「‥‥‥じゃあなんでそんな組織にいたんだよ!?」
アイトは語気を強めて言い返した。少女は目を細めながら淡々と述べていく。
「生きるためよ。孤児だったところを拾われたの。
自分で生きる術もない子供が逃げられると思う?」
「‥‥‥そんなこと信用できると思うか!?」
「できないと思うわ。でも、私は言い続けるしかない」
少女はアイトの肩を押しのける。
「別に断ってもいいわ。でもその後、組織の奴らに
見つかったら命乞いがてら喋っちゃうかもね。
だってあなたの情報、今回の件で1番の大手柄だもの」
「‥‥‥クソッ!!」
目に見えて分かる脅迫。少女は目を細めてニヤリと笑う。自分の方が有利だと確信した笑み。
アイトの取れる選択肢は、もはや1つしか残っていなかった。
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エルジュの本拠地。
アイトは魔力封じの手錠を掛けて目隠ししている少女と共に最短距離で目的地へ向かう。
本拠地にいる構成員たちの時間スケジュールを知っているアイトは、誰もいない時間を縫って移動していた。
今の少女の髪色は、真っ黒になっていた。
「染色魔法か」
「この髪色は組織に見られてるもの。
逃げるなら色を変えるのは当然でしょ?」
魔力封じの手錠を掛けられているため、少女の染色魔法が解けている。さっきまでの灰色の面影が全くない真っ黒の髪。
別に似合ってるというような感情は一切起きない。『考えが読めない敵』。アイトは少女をそう認識しているからだ。
「ねえ」
「なんだ」
「これ、なんのプレイ?」
「黙ってろ」
アイトは茶化す少女を睨む。
「何よその口の聞き方。ま、いいわ。早く案内して」
「‥‥‥はあ」
ため息をつきながら、アイトたちは目的地への移動を再開した。
着いた場所は会議室。教官のラルド・バンネールが椅子に座っていた。
「レスタ殿、話とは何用か?」
「ああ。最重要案件だ」
アイトが幻影魔法を解く。すると目隠した少女がラルドにも見えるようになる。
「!? なんだそれは!? そういう趣味か‥‥‥?」
「違うわっ!! こいつ、元ゴートゥーヘルの
最高幹部なんだよ。とりあえず」
「なにっ!? どういうことだ!?」
「今から説明する‥‥‥」
アイトはできる限りの説明をした。少女がゴートゥーヘルの元最高幹部であること。自分の正体を知られたこと。仲間にして欲しいと交渉してきたこと。
その全てを伝えると、ラルドの顔が徐々に曇っていく。
「‥‥‥ううむ。レスタ殿も、人間なのだな」
(どういう感想っ!?)
そして遂に、今まで積み上げていたありえないほどの高評価(勘違い)に傷が入る。
正直アイトはそこまで気にしてない。偽物の評価なのだから。
「女の発言も一理ある。わざわざここまで
自分を危険に晒してまで演技を行うのはおかしいし
実際ここ数日、ゴートゥーヘルの姿は見ていない。
レスタ殿の正体はバレてないと見ていいだろう。
だが、この女は信用すべきではない」
「あら。ここまでされてるのにまだ不満なの?」
手錠を強調しながら首を傾げる少女に、ラルドはため息をつく。
「『元』ゴートゥーヘルの最高幹部‥‥‥疫病神だ」
「失礼ね。今の私は無力なんだし。別にいいでしょ」
手錠をされてなければ、「やれやれ」というポーズをしそうな口調だった。
「‥‥‥いや、利用価値はあるかもしれない」
「レスタ殿?」
「知ってるゴートゥーヘルの情報全部話せ。
情報次第で、お前のことを少しは信用してもいい」
「いいわ。私に答えられることなら。質問して」
アイトは、少しでも気になったことを質問し始める。
「‥‥‥そんな体たらくで、どうやって信じろと?」
アイトの質問と、それに対する返事は以下の通り。
『本拠地』‥‥‥転移結晶で移動していたため、場所がどこに位置するかわからない。その結晶は組織を裏切ったことでおそらく効力を遮断されている。
「魔結晶なら、これよ」
手錠で繋がれた手を上手に使い、ズボンのポケットから魔結晶を取り出す。
アイトはそれを奪うように取ってその魔結晶を確かめる。
「だめだ、効力がなくなってる。もうこれは使えない」
アイトは悔しそうに少女に魔結晶を返す。
そしてその後も、少女の話は続いていく。
『組織のトップ』‥‥‥会ったことがない。そのため顔や名前などその他の情報も何もない。第三席以上じゃないと総帥と謁見できない。
『ゴートゥーヘルの主な活動目的』‥‥‥聖者の力を集めること。総帥からの命令のため、何に使うかは不明。
『最高幹部の詳細』‥‥‥知る限り、自身を除いて5人。
第一席、ノエル・アヴァンス。赤毛の長髪の女。重力魔法の使い手、残忍冷酷のリーダー。
第二席、エレミヤ・アマド。銀髪で笑顔を絶やさない男。闇属性魔法の使い手、何を考えているかわからない。
第三席、クロエ・メル。黒髪サイドテールの女。振動魔法の使い手、ウザくて粘着質。
第四席、リッタ・カストル。見た目は完全に幼い男の子。大規模魔法を扱う。博識で探究心豊か。
第五席、パナマ。ハゲの老人。よくわからない。思い通りにいかないと怒り出す残念な老人。
少女が話した情報はこれで全てだった。
「仕方ないじゃない。最高幹部はイカれ集団よ。
あんな人たちと馴れ合いたくないわ」
「‥‥‥まあ、それだけは納得できる理由だが。
お前もイカれ集団の1人だからな?」
「はいはい、今はその認識でいいわよ。
それじゃあ、この情報はどう?
そんなイかれた奴らの、次の計画」
少女は話し出す。その内容に、アイトとラルドは衝撃を受ける。
聖天教会の教皇 アストリヤ・ミストラルの暗殺計画。
「そ、そんな命知らずなことを‥‥‥正気か?」
ラルドは目を見開いて無意識に思ったことを呟いていた。アイトは顎に手を当て、考え込んでいる。
『聖天教会』。かつて天界から舞い降りたと言われる聖天使エルフィリアの伝説を信仰する信者で形成された宗教団体。
布教されている聖典の中で最も布教率が高く、その影響力は計り知れない。世界規模で布教されてるが、特に布教されているのは聖天使エルフィリアの伝説の発祥地、その名もベルトラ皇国。
その教会の第9代教皇、アストリヤ・ミストラルはベルトラ皇国で絶大な支持を受けており、聖天使エルフィリアの遣いだと讃えられている。
聖天教会の存在がベルトラ皇国の基盤を支えていると言っても過言でない。
少女は『驚いたでしょ?』と言わんばかりに笑っていると、アイトは反抗するように声を荒げた。
「でもっ! その計画を知ってたお前から
他へ情報が漏れることは確定してるんだ!
そんな馬鹿げた計画、わざわざ実行しないだろ!」
「計画は既に進行中だと私は聞いた。
1人から情報が漏れたくらいで、
奴らが止まるとは到底思えない」
「‥‥‥ふざけんなよ。そんな馬鹿げたこと、
見て見ぬふりはできないだろうが」
「へぇ? 英雄気分でも味わいたいの?」
皮肉めいた少女の声に、アイトは意味がわからないといった表情をする。
「は? 俺は英雄になんてなりたくない。興味ない。
それは俺の役目じゃない。適任じゃない。
ただ、平穏を乱そうとする奴らに腹が立つだけだ。
ゴートゥーヘルの奴らは周囲の影響を考えずに
好き勝手動くだろ?
だから俺も奴らのことを考えずに動く。
邪魔? 知ったことか。勝手に怒ってろ。
俺からしたら、邪魔なのは奴らの方だ」
それはアイトの本心だった。正直、自分と全く関係ない人を命を賭けて助けたいとは微塵も思わない。普段の生活が脅かされたくないから動くのだ。
「‥‥‥ふっ、あなた面白いわね。
そんなだから、みんながついて行くわけね」
「はあ?」
「ねえ、そうでしょ? おじさん」
「‥‥‥貴様がわかったような口を聞くな」
ラルドの発言に少女はニヤリと笑う。アイトはそれを知っていながら無視をした。
「その計画について、知ってること全部話せ」
「はいはい」
少女は教皇暗殺計画について、話していく。
10日後にグロッサ王国の隣国であるアステス王国主催のパレードに来賓として呼ばれ、挨拶をする教皇を襲撃。多くの国民が見ている中で教皇を殺害し、絶望させ、平穏を壊す。
「‥‥‥そんなの、絶対にさせない」
「私も見たくない」
アイト、少女の意見は奇しくも同じだった。
「お前の意見なんて、どうでもいい。
でも‥‥‥やるしかないな」
「レスタ殿、今回の件はあまりにも眉唾ものだぞ!」
声を荒げたラルドがアイトに詰め寄る。当然、少女のことを信じきれないのはアイトも同じ。
「もしこの女の嘘でそんな計画は無いとすれば
別にそれでいい。この女を信用できない以上、
無駄な労力でも不安要素は消すべきだ」
「貴殿を誘い込むための罠かもしれないんだぞ!?」
ラルドはアイトの両肩に手を置く。アイトが冷静でないと思ったのだろう。心の底から心配し、忠告したのだ。だが、アイトの目は完全に冷めていた。
「その時は殺す。この女ごと」
「れ、レスタ殿‥‥‥」
「へぇ‥‥‥」
ラルドは戦慄した。アイトの顔を見て本気だとすぐにわかったからだ。普段の優しさは今のアイトに微塵も感じられない。
アイトは頭に来ていたのだ。好き勝手に暴れて、蹂躙するゴートゥーヘルを本気で壊滅させると決意するまでに。
今までは敵が攻めてきたから仕方なく守る、と言ったスタンスだった。だがこの前の魔闘祭襲撃事件で気付いた。そんなことでは自分の望む平穏は永遠に訪れないと。
「おい、何人集まるとかは聞いてないのか」
「私が聞いてたのは大まかな概要だけ。
恐らく、詳細は日付が近づいたら話される」
「そうか。わからないならいい」
「でも、魔闘祭襲撃でかなりの人員を失った。
あの襲撃に駆り出された数は相当なものだった。
だから続けて人員は出せないはず。
そして今回の計画はかなり重要性が高い」
「つまり、最高幹部が優先して動く可能性が高い」
そう言ったアイトの顔が険しくなる。激戦は避けられないことを確信したのだ。
「そういうこと。ま、あいつらは化け物だから
阻止するのはかなり大変になるわ。
それに私、絶対に見つかりたくない」
「しかもこっちはお前のことを
他の仲間に話すわけにはいかない。
つまり動けるのは俺、ラルド、そしてお前」
「ま、さすがに協力しないと信じてもらえないわよね」
「当たり前だ。さあ、どうやって阻止するか‥‥‥」
アイトが顎に手を当てる。ラルドも同様に考え始める。
「レスタ殿、いっそパレードで先に暴れるのはどうだ?
そうすれば教皇は最優先の護衛対象になる」
「いや、俺たちに警備が集まるから逆に危険だ。
それに奴らも便乗してくる可能性もある」
「ううむ‥‥‥」
「まずパレードに手は出せないんでしょ?」
ポツリと言った少女に2人の視線が向く。その発言には何か含んでいると感じたアイトは、閃く。
「‥‥‥それならベルトラ皇国かアステス王国、
もしくは両国で事前に騒ぎが起これば
パレード自体を中止にできる」
「その通り。やっぱり組織のトップだけあって
頭が回るわね。合格」
『何様だ』、そう感じたアイトは少女の発言を無視する。少女はフッと笑い、「冗談よ」と小声で付け足した。
「それじゃあ、教皇が参加するのを阻止するぞ」
「なら人手をーーー」
「いや情報を信用できない以上、人員は最小限でいい。
ていうか俺だけでいい」
「なっ、そんな危険なっ」
「あと、情報源のお前」
アイトは少女を指差す。ラルドは驚きで思考が停止している。
「さっきからお前お前って失礼じゃない?
名前教えたでしょ。なんで、それで呼ばないの」
「奴らと同じ呼び方したくないんだよ。
それにその名前で呼んでたら
もしあいつらが近くいればバレるだろ。
お前が言ってることが、全部本当ならな」
すると少女は少し顔を伏せ、口を開いた。
「‥‥‥それなら、名前を決めて」
アイトは少女に突然腕を掴まれて少し驚く。これまでの会話の中で強い意志が感じられた。
「はあ?」
「いいから」
少女は真っ直ぐアイトを見つめる。詰め寄る彼女に、悪ふざけの様子は一切ない。
「なんで俺が決めなきゃいけないんだ。
‥‥‥じゃあ、ユニカ・ラペンシア」
アイトは、なんとなく閃いた名前を呟く。
「ユニカ・ラペンシア‥‥‥」
「うむ。レスタ殿は相変わらずセンスが良い」
(いや正直センスとかわからんぞ)
ラルドの称賛に冷静にツッコむ。アイトはこれまでの勘違いで称賛を素直に受け取れなくなっていた。
「‥‥‥悪くないわね。それでいいわ」
「なんで上から目線なんだよ。
とにかく、俺とラペンシアでまず皇国に向かう」
「了解した。無論、このことは内密だな?」
「ああ。しばらく、管理は任せる」
「もちろんだ。レスタ殿、気を付けてな。
ラペンシア、レスタ殿に何かすれば
どうなるかわかってるな?」
「わかってるわ。そのかわり、阻止できれば
私のこと信用しなさいよ」
「約束する。とりあえず今日は、
ラペンシアを牢獄に宿泊させる」
「それ宿泊って言えるの? 全く信用されてないわね」
こうして厄介事を持ち込んだ訳あり少女と共に、アイトは動き出すことになる。
アステス王国建国記念パレードまで、あと10日。