幕間 アステス王国、小騒動
グロッサ王国とは同盟の関係で、隣国に位置するアステス王国。
「まったく‥‥‥なんでこんな事態に」
アステス王国の国王、ウィル・アステスは頭を抱えていた。
「国王陛下、シルク王女の立ち振る舞いが
いささか度が過ぎていると思われます!!
あの自由奔放な性格のままでは、
いずれ国の対外関係に亀裂が入るかもしれませぬ!」
「ううむ‥‥‥」
大臣に助言(という名の忠告)をされたウィル国王は、内心ため息をついて今回の事態を受け入れていた。
アステス王国軍所属の軍人を無断同行。さらにアステス王国から無断出国に、グロッサ王国への極秘入国。
そして魔闘祭の一件で魔導大国レーグガンドでの高位権力者、『魔導会』総代のバスタル・アルニールに借りを作った。
シルクと同行していた軍人が正直に報告したことで、こうして国王と大臣たちで会議に発展していた。
「二等兵の報告によりますと、どうやら
シルク王女は我がアステス王国が伝統的に行う、
建国記念パレードに招待すると口約束を交わし、
『魔導会』の総代殿も良い反応だったようです」
「ううむ‥‥‥それなら何も言うまい。
魔道大国レーグガンドに総代宛の招待状を送れ。
パレードの来賓席を大至急で1つ増やすぞ」
「はっ!」
大臣が頭を下げ、命令通りに準備を始める。
「いいえお父様っ!! もう一つですわ!」
すると扉が勢いよく開かれ、廊下側の景観が露わになる。
中へ入ってきたのは、銀髪お団子ヘアの少女。
「し、シルク王女!!」
大臣が入ってきた人物の名を叫び、落ち着かせようとする。だが、アステス王国王女シルク・アステスは止まらない。
「グロッサ王国のルーク様宛てに招待状を!
後に同盟国交流戦が控える今、
外交を疎かにしてはいけーーーんたっ!?」
シルクは高らかに忠告していたが、国王のウィルに拳骨をもらって言葉を途切れてしまう。
「その外交に亀裂を入れる原因を作ったのは誰だっ」
「お、お父様〜‥‥‥わたくしはグロッサ王国との
同盟関係を良好に保つため、行事の際に
ルーク様へお会いしに行ったのです。
この国のためでしたら、わたくしは
同盟国の王族との婚儀も喜んで引き受けます!」
「お前がルーク王子に気があるからだろうが!?
それに今回の件も、ただ会いたかったという
魂胆が丸わかり! まったく反省しておらんな!?」
ウィルが問い詰めると、シルクは目を細めて顔を逸らす。
「何のことか分かりませんわ。
わたくしはアステス王国の未来を考えてーーー」
「なら後継者として慎ましく行動せんかぁぁ!!」
気づけば、会議そっちのけで国王と王女による親子喧嘩が始まったのだった。
アステス王国軍、軍基地。
「セシル・ブレイダッド二等兵」
「はいっ!」
名前を呼ばれた青年は背中の後ろに手を組んで、対峙する軍隊長に視線を合わせる。
「無断で軍務を放棄して出国したのは重罪だが、
シルク王女の証言と同行護衛の成果を踏まえ、
情状酌量の余地ありと判断。今回は不問に処す」
「ありがとうございますっ!」
「セシル二等兵、次は無いと思え」
そう言った軍隊長は忠告の意味を込めて肩を叩いた後、速やかに去っていった。
「ふぅ〜良かったぁ‥‥‥」
セシル・ブレイダッドは息を吐きながら安堵する。
重度の軍規違反と判断されても不思議ではないほどの今回の一件。
それを免れることができたのは、王女であるシルクの口添えが大きい。
(ありがとうございます、シルク王女)
‥‥‥そもそも今回で罰せられそうになった原因は、シルクが『王女権限』と息巻いて、お気に入りのセシルを勝手に休暇扱いにしたから。
ちなみに軍規には王女権限という記載は一切無し。ただの口八丁である。
そしてシルクは、『魔闘祭に向かう自分に同行する』という特別任務があると説明して、正義感の強いセシルを同行させたのだ。
つまり、すべてシルクが悪い。
だが、真面目なセシルは全く勘付いていない。自分が巻き添えになった元凶に対して、素直に感謝していることに。
「ふっ! ふぅ、はっ、はぁ」
セシルはその後、軍基地内の訓練場へ。
軍務である訓練が終了した後も、1人で筋トレに励んでいた。
『あいつだよ。ロクな魔法も使えない落ちこぼれは』
『なんでそんな奴が王女と交流があるんだ?』
『それが、王女の遊び相手という話を聞いたぞ。
まあ、あいつ顔だけは良いからな』
『そんな手で王女の後ろ盾を得ているだと?
自分も発散できて優遇もされる。
至れり尽くせりだな。顔だけの落ちこぼれのくせに』
明らかに悪意に満ちた話は、セシルの耳に届いている。
「‥‥‥ふぅ」
だがセシルは、全く気にした様子を見せずに一息つく。
それを見た同僚2人は歯を噛み締めながら訓練場から去っていった。
セシルは、別に他人の評価を気にしていない訳ではない。むしろ軍人として人一倍、立派になりたいと思っている。
だが魔法の適性が極端に少なく、身体能力も中の下。それだけなら、ここまで周囲から浮くことは無かった。
そう、彼は容姿が良すぎたのだ。カッコいいとも言えるし、可愛いとも言えてしまう中性的な顔立ち。そしてダークブロンドの柔らかい髪。
そんな彼を一度見れば、『特別』なんだと誰もが察してしまう。
だが軍人としての素質は並以下であるため、外見から来る特別感だけが浮き立ってしまった。
そのため悪目立ちしてしまい、同僚は自分たちより劣っている彼の実力を愚痴の対象にした。
そんな境遇のセシルは、昔から言われる道理もないような愚痴を山ほど言われてきた。
そのため、もはやどうでもよくなった。
根も歯もない噂を気にして相手に言い返すよりも、訓練に励んだ方が何倍も充実感があるからだ。
それにセシル自身、魔法の素質がないと自覚しているため、その欠点を補うために今も試行錯誤を繰り返している。
いつも愚痴を言ってくる相手に言い返す時間など、今のセシルには無いのだ。
気を取り直して筋トレを再開しようとした途端、足音が近づいてくるのに察知して視線を向ける。
「まだ訓練だなんて。さすが私の弟分ですわ」
「シルク王女! なぜこんな所に!?」
「あなたを探してましたの。やっぱりここでしたわ」
「あの、この度は誤解を解いていただーーー」
「気にしないでくださいまし。畏まると怒りますわよ」
シルク・アステスは目を細めてセシルの言葉を遮る。まるで恩を着せたくないという雰囲気を醸し出す(セシルが罰せられそうになった原因を作った張本人であるにも関わらず)。
「そんなことよりもっ! 聞きましてっ!?
近々開催される我が国の建国記念パレードに
グロッサ王国から来賓を招待しますわよ!」
「え、そうなんですか。となると来るのは‥‥‥
シルク様、良かったですね」
「っ! ま、まあ同盟国同士、交流は大切ですから!
私はこの国の王女、向こうはグロッサ王国の王子!
国のために親交を深めるのは当然ですわっ!!」
シルクは顔を染めながら思ってもいないことを口にする。セシルも、シルクの想い人を知っているため密かに応援してるのだ。
魔闘祭に向かうシルクに同行したのも、そんな理由が彼の心の中にあった。
それほど、セシルはシルクを慕っている。彼女の自由奔放な態度、無邪気さに何度も救われていると感じているからだ。
そんなセシルは、シルクのことをこう思っている。
『世話のかかる、放っておけない妹分として』。
シルク・アステス15歳。セシル・ブレイダッド18歳。
‥‥‥つまり、シルクが完全に年下なのである。
彼女はセシルが『弟分』と言い張っているが‥‥‥セシルは『そんな所も微笑ましい』と、完全に悟っている。
セシルが微笑んでいると、シルクは訝しげに目を細めた。
「セシル、何を笑っていますの?
突然レディに対して微笑を浮かべるのはダメですわ!
ですから女性との交流がありませんのよ!」
「え、いや別に今は訓練に集中したいのでーーー」
「訓練一筋では心に余裕は生まれませんことよ!?
あなた、容姿はルーク様に匹敵するほど
整っていますのに、見てて歯痒いですわ!!
明らかに軍基地の付近で声かけられてますわね!?」
なぜか話が全く違う方向に逸れたため、セシルは少し困惑する。というより彼女の発言に驚く。
「え、なんで知ってるんですか?
ていうかあれはそういうのじゃなくて、
相手が道に迷って助けを求めてただけですよ」
「同じ人が数日で4回も道に迷って助けを求めることが
ありまして!? 明らかにそういうことでしょ!?」
「いや、4回じゃなくて6回なので人違いかと」
「気にしてるのは回数じゃなくてよ!?
ていうかむしろ増えてますわよ!?
しかもその返答、もしかして揶揄ってますの!?」
「え、いや人違いだと思いますよ。
でも、シルク様の情報網は素晴らしいですね!」
シルクのツッコミが冴え渡るが、セシルは全く気付いていない。それどころか笑顔でシルクを誉めている。
「ああ、もうっ! だからあなたは心配なんですわ!
悪い女性に騙されないか不安が募るばかり!
そんな弟分を、私は放っておけませんわ!」
「は、はあ」
セシルがついていけずに傍観していると、シルクは1人で話を進めだす。
「‥‥‥決めました。私、決めましたわ!!
今度私のツテであなた好みのご令嬢を紹介します!」
「え。没落貴族で天涯孤独、まだ新兵の俺に
そんな話はあり得ないですよ。見つかりません」
(‥‥‥中性的な外見、真面目で飾らない性格、
そして経歴。庇護欲が唆られまくると
息巻いていた女性もいましてよ‥‥‥罪な男)
シルクが意味ありげな視線を向けるが、セシルは?と首を傾げそうになっている。
「‥‥‥とりあえず、あなたの好みを教えてくださいな」
「わざわざシルク様にそんな手間はーーー」
「私がやりたいんですの。そしてさっきのは王女命令。
逆らえば罰します。いいえ、処します」
シルクの発言を聞いたセシルは「横暴だ‥‥‥」と肩を震わせるが、逆らえない。考え尽く限りで答えていく。
「‥‥‥優しくて、真面目で、思いやりがあって。
努力家で、誠実。そしてしっかりした人‥‥‥かな?」
「あなたそれ鏡に向かって言ってますの?
あ、最後のだけは反射してませんわね」
「‥‥‥言葉遣いが優しい人も追加で」
「なんで今付け足しましたの!?」
気づけば2人の会話は本来の主旨から外れて、全く関係ない話を展開し続けていた。
「‥‥‥わかりました。つまりまとめると
『自分と波長が合う人』ということですわね」
「え、凄く変わってませんか」
「これで検討します」
「やっぱり、この件はもうーーー」
「これで検討しますっ!!」
「は、はい‥‥‥あの、全然後回しで大丈夫なので」
「最優先、事項ですっ!!!」
「は、はい‥‥‥よ、よろしくお願いします‥‥‥」
「任せてくださいまし。すぐに見つけてみせますわ」
もはやセシルは断る気力が無くなってしまった。だがこういう強引な所も、シルク王女の特徴でもある。
セシルには無い、そんな魅力(?)。
見習いたいと、彼は一度も思ったことはないが。
「あ、あの。俺を探していたと聞きましたが」
「ーーーあっ!! まだ本題を伝えてませんわ!!」
セシルが恐る恐る尋ねると、シルクは目を見開いて距離を詰める。
「近々開催する建国記念パレードの警備。
私があなたを推薦しておきましてよ!」
「えーーー」
彼女の話を聞いたセシルは、驚きのあまり固まってしまう。
「我が国の伝統である建国記念パレードは、
絶対に成功させないといけませんわ。
ですので多くの軍人が配置されます。
その中に、あなたをぶち込みましたわっ!」
「‥‥‥そんな。俺が、そんな大規模な行事の警備を」
セシルは信じられないと言った様子で唖然としている。人から見れば現実逃避している様に見えただろう。だが実際はその逆。
「いいんですか!? 俺が警備についても!!」
それは抑えきれない喜び。
セシルは拳を握り締めながらシルクに詰め寄ってしまう。
「ええ、魔闘祭同行に快く付き合ってくれた
あなたへの、せめてものお礼ですわ。
私、恩はしっかり返すのが信条ですの」
「シルク様‥‥‥!! ありがとうございますっ!!」
セシルが勢いよく頭を下げると、シルクは「ふふん」と腰に手を当てながら嬉しそうにドヤる。
「パレードの警備なんてっ、夢みたいですっ!!」
そう喜ぶセシルを見て、シルクは少し表情を暗くした。
「‥‥‥ですがあなたはまだ新兵。
警備の配置は端の方になってしまいました。
それだけは分かっておいてくださいまし」
「警備できるだけで充分すぎます!
本当にありがとうございます、シルク様!!」
セシルは心の底から感謝を伝えると、シルクの表情に明るさが戻る。
「先に言っておきますわ!
別にこれは私のコネでもなんでもありません!
これまでの訓練を真摯に取り組んでいた姿勢、
そして魔闘祭の一件で私を守ってくれた事実に対する
あなたへの正当な評価ですわ!
軍隊長がその事も加味した、正当な決定です」
「シルク様‥‥‥」
「周りには『コネ』だの『卑怯』だの言われるかも
しれません。ですがそれは根拠のないデタラメ!
胸を張りなさい!! あなたは軍人です!」
「‥‥‥はいっ!!」
シルクの鼓舞により、セシルは自信を持って頷いた。
こうして、新兵である彼はアステス王国建国記念パレードの警備に召集されることになる。
それから数日後、セシルは軍より手渡された警備の配置図で自分の場所を確認する。
そして中でも最重要とも言える国王、王女、他国からの来賓席の周囲の警備には、1人の名前が書かれていた。
「‥‥‥やっぱり、すごいな」
アステス王国軍の中でも歴代最年少で大佐の位に就いた、現在のアステス王国の最高戦力の一角。
そして『破滅魔法所持者』でもある、天才軍人の名前が。