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覚醒の代償

 エリスがシャルロットへの弟子入りが決定してから翌日。


 午前、グロッサ城。


 「よく来ていただきました、シャルロットさん」


 客室に案内したのは第一王子のルーク・グロッサ。


 「き、昨日は本当にありがとうございました!」


 「‥‥‥(ペコペコペコペコぺコッ!!)」


 「ま、また『使徒』様にお会いできて光栄ですっ!!」


 彼の両隣には『ルーライト』隊員のマリア・ディスローグ、シロア・クロート、エルリカ・アルリフォンも同行している。


 「うん、話を聞きに来た」


 彼女たちの声に対して、シャルロットはいつも通り淡々と返しながら椅子に座り、深呼吸をする。


 「さっそく聞かせて、アリスのこと」


 「‥‥‥もちろんです。

  マリア、シロアは悪いけど外してもらっていいかな。

  それとできれば誰かが訪問して来ないように

  部屋の前で見張っていてほしいんだ。

  それと、ジルが来たら通してあげてほしい」


 「え、私も話をーーー」


 隊長、副隊長、先輩である隊員、『使徒』の話に興味が湧かない訳がない。すぐにマリアは食い下がろうとするが、それはすぐに断念した。


 「‥‥‥頼む」


 いつも飄々としているルークが、真剣な顔で頭を下げてきたからだ。エルも促すように、ゆっくりと首を横に振っている。


 「‥‥‥わかりました。それでは、失礼します。

  ジル副隊長だけは通すんですよね」


 「うん、ありがとう」


 「いいえ、それでは」


 「‥‥‥(ペコッ)」


 マリアとシロアは扉を出てゆっくりと閉める。


 するとその直後、体格のいい青年が小走りでやって来る。


 彼の服は、マリアたちと同じ騎士制服。


 「ジル副隊長」


 「2人ともすまない。ここを通してもらえるか」


 「はい、ルーク隊長から話は聞いてます」


 そう言ったマリアは扉の前から身体を避ける。それはシロアも同様だった。


 「そうか。2人ともすまないが、見張りを頼む」


 ジルはそう話すと速やかに扉を開けて3人がいる客室へと入っていった。


 こうして、マリアとシロアは部屋の前での見張りが始まる。


 「シャルロット様とあの3人だけでの話となると、

  やっぱり国家最高機密の話しか無いわね」


 「‥‥‥(?)」


 マリアの話が分からないのか、シロアは申し訳なさそうに首を傾げていた。


 「あ、そういえばシロアは3年生だから、

  知らないのも無理ないわよね。

  ていうか、普通は誰も知らないんだけどね」


 マリアが落ち着かせるようにシロアの肩を触っていたが、表情はどこか暗かった。


 そして、マリアは無意識に口から言葉が漏れていた。


 「‥‥‥あんな悲劇、知らない方がいいわ」


 「‥‥‥(っ?)」


 シロアが首を傾げると、マリアはハッとした様子で口を開く。


 「ううんなんでもない!

  さ、気を取り直して見張りを続けましょ!」


 「‥‥‥(‥‥‥)」


 無理に微笑んだマリアを()()に、シロアは少し悩んだ顔をしていた。


 別に、マリアに何か隠し事をされたことを気にしているわけではない。


 むしろ、そんな話は今のシロアにとって()()()()()()()()


 (‥‥‥そんなわけ、ない)


 シロアの心の中で、そんな言葉が反芻する。



           『先輩っ!?』



 彼女の記憶に擦り付いていた、意識を失う前の出来事。


 無我夢中で書き込んでいた魔法陣へ転移し、謎の組織のトップと言われる銀髪仮面男を巻き込んで滝に落ちた時。


 放心状態だった自分の名前を呼ぶ、焦りながらも自分を心配している事が読み取れる優しい声。



          『シロア先輩っ!!』



 自分よりも相手を心配していることを感じられる、優しくて温かい声。


 学園でいつも聞き慣れている、初めてできた友達の声。


 「‥‥‥(ブンブンブンッ)」


 シロアは、目を瞑って必死に首を振る。


 あれは勘違いだ、都合の良い妄想だと。


 朦朧とした意識の中、勝手にそう思い込んでいただけだと。



     自分のピンチに、友達(アイト)が助けてくれた。



   そう錯覚してしまいそうになる、そんな気持ちを。



     「‥‥‥アイくんは、森にいたもん。

      みんなと避難してたもん。

      あり得ない。は、恥ずかし‥‥‥」



 気づけばシロアは誰にも聞こえない声量で、思ったことを口に出してしまっていた。



       でも、なんで彼なんだろう?


      なんで、こんなに焦っているの?


  なんで、そんなことを考えて恥ずかしいと思うの?


 絶対に違うのに、なんで彼だったら良かったと思うの?


     なんで、彼に助けて欲しいと思ったの?


   なんで、こんなことを考えてドキドキしてるの?



 そんな思考が頭の中でグルグルと周り、シロアは湯気が出そうなくらい混乱していた。


 「し、シロア? 顔が真っ赤だけど、大丈夫なの?」


 「っ!!!」


 マリアに指摘された後、シロアは数分にも渡って首を振り続けたという。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 午後、『マーズメルティ』。


 「ごめん、城に招待されてて遅れた」


 「うわ怖っ!?」


 『使徒』、シャルロット・リーゼロッテが店内へ迎えに来る。透明状態で。


 その結果、カンナが後ずさりしながら驚く羽目になったが。


 「それじゃあ今からしばらくの間、任せるわ」


 それを見て微笑みながら、エリスが最小限の荷物を持ち、扉の前に立つ。


 「シャルロットさん、これからよろしくお願いします」


 そして、シャルロットに頭を下げた。


 「うん。あと、これからはシャルって呼んで。

  敬語もいらない。私から提案したんだし」


 「え? でも、あなたに向かってそんなこと」


 「敬語で話されると気持ちが引き締まって、

  私すごく疲れちゃう。

  それに、君を鍛えるという目的で出来て

  これからの旅がとても楽しみになった」


 「‥‥‥わかった。あなたがそう言うなら構わない。

  これからよろしく、シャル」


 「ん。よろしくね、エリス。

  君の修行がてら色んな所を回る予定だけど、

  それと並行してやりたいことがあるの。いい?」


 「もちろん手伝うわ。私が力になれるなら」


 「ありがと、それは心強い。早く行こうよ。

  目的がある旅は久々で、ワクワクが止まらない」


 そう言ったシャルロットが手を差し出すと、エリスも応じて2人は握手を交わした。


 その後、エリスがゆっくりと店内を見渡す。もう、エリスが旅立つまでに時間は無かった。


 「エリス、がんばって!! 応援してるよっ」


 「ねむー」


 「さっさと行けば」


 「がんば、がんばり」


 カンナ、アクア、ミア、リゼッタにそれぞれ声をかけられたエリスはどこか懐かしそうに微笑む。


 「ありがとう。もっと強くなって戻ってくる。

  それじゃあ、行ってきます」


 そしてエリスは決意を胸に秘め、扉に手をかける。


 「待ってくれ〜!」


 するとエリスよりも早く、誰かが扉が開ける。エリスが身構えると、扉を開けたのはアイト・ディスローグだった。


 「アイ!? 来てくれたの!?」


 予期せぬ登場に、エリスが声を上げて嬉しそうに抱き着く。


 「うん、なんとか間に合ってよかった」


 「おいっ!! お兄ちゃんから離れろっ!!」


 「まあまあっ!! 今だけは邪魔しちゃだめだよ〜!」


 カンナに羽交い締めされたミアは別の部屋へと連行されていった。


 「アク、いこ」


 「え、なんでーうぁ〜」


 リゼッタに引っ張られたアクアは、抵抗(?)虚しくその場を離れた。


 こうして残ったのはアイト、エリス、シャルロットの3人。


 「エルジュのことは気にしなくていい。

  次に会う時を楽しみにしてる」


 「うん‥‥‥待ってて。あなたに追いつく。

  いや追い越してみせる。それが私の決意よ」


 アイトはここで「いや、すでに相当な力を持ってるよ」というような慰めは言えなかった。


 『使徒』シャルロットについていくことを決心して旅立つエリスに、余計な水を差したくなかったのだ。


 ただ、アイト自身も新たな決意を持って、笑顔でこう返す。



    「ああ、追いついてみろ。先で待ってるから」



     絶対に自分はエリスよりも強くあろうと。



      「アイ〜! 行ってくる〜!」


      「あーちゃん、この子は任せて。

       私好みに仕上げてみせるから」


     (それはなんか少し心配な気が‥‥‥)


 そんな2人に、内心苦笑いしながら手を振ったアイト。


 こうしてエリスは組織から離れ、伝説の冒険者である『使徒』シャルロットの弟子となった。



         (エリス、がんばれ!)



             数日後。



        (エリス、助けてぇぇ!!)



 学園閉鎖と共に、エリスの仕事肩代わりの幕が上がる。


 激務だった。激務すぎてアイトは数日前の決意を消し飛ばす勢いで既に弱音を吐いていた。


 5時、起床と同時に朝食を取る。


 5時半、『エルジュ』本拠地、会議室で教官のラルドと1日の活動の方針、全構成員の活動状況を報告される。


 7時、本拠地の設備、品質チェック。店舗の数は数十にも及ぶ。


 「!! 天帝様、天帝様だ!!」


 「こ、こんな所に来ていただき至極光栄ですっ!!!」


 そして拠点内の人と会うたび、このような歓声に包まれる。


 まるで国民的スターを目撃したかのように。


 「いや、そんな畏まらなくてもいいよ。

  みんな日々がんばってくれてる。ありがとう」


 「ありがたきお言葉ッ!!!」


 アイトは優しく話しかけたが、相手の態度が変わることはなかった。


 仮面(無くしたので新品)の内側で、アイトは苦笑いを浮かべていた。




 10時、訓練の様子を確認。みんなに注目されて、少し訓練に付き合う。


 「レスタ殿、ここは一つ手合わせでもどうかな?」


 すると教官であるラルド・バンネールに誘われ、2人は手合わせをすることに。


 気づけば『天帝』レスタの噂を聞いた多くの見物人が集まり、訓練場は完全に人で囲まれていた。


 そして手合わせの結果は、周囲の歓声から分かりきったものだった。




 その後、凄まじい歓声を浴びながら訓練生たちに見送られたアイトは、次の場所へと移動する。


 「あああのっ!! 天帝様っ!!」


 するとパーマのついた長い紫髪の女性に話しかけられる。その隣には茶髪ポニーテールの少女。


 アイトは2人の顔に見覚えがあった。


 「あ、君たちはミルドステア公国の‥‥‥」


 「は、はいっ!! 組織を支えるために運営している

  メルティ商会、その系列である公国内の店舗、

  『ジュピタメルティ』で活動しているーーー」


 「ルイーダさんでしょ?」


 アイトは紫髪の女性の名前を呼ぶことで、長くなりそうな説明口調を終わらせようとした。


 「はうっ!!? 天帝様が私のな、名前をっ♡

  まさに天にも昇る幸せ!!!!

  ですが、『さん』だなんて不要ですっ!!

  よ、呼び捨てで!! 呼び捨てでお願いしますっ♡」


 「え」


 彼女の大人びた印象から一変。


 なぜか高揚しはじめたルイーダを見て、アイトは火に油を注いでしまったと感じていた。


 「よかったですねー。わざわざ予定を前倒しにして

  本拠地に新商品を運んだ甲斐がありましたねー。

  でもレスタ様の前ですから落ち着きましょうねー」


 ルイーダの肩を揺すってため息をついた茶髪ポニテの少女が気遣う。


 まるで保護者の様な対応に、アイトは思わず笑ってしまった。


 「ありがとうイシュメル。

  しっかり屋である君の公国内での活躍は聞いてる」


 「っ、ありがとう、ございますっ」


 するとイシュメルは瞬時に視線を下げて返事をする。


 アイトはもっと個性的な2人と話してみたいと思ったが、次の予定が入ってることを思い出した。


 「ごめん次の予定があるからもう行くよ。

  2人とも、これからもメルティ商会を頼んだ」


 「は、はいっ、もちろんでござい、ますっ」


 「〜♡」


 アイトは再度感謝を述べると、小走りで次の場所を目指して移動を始めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 アイトがいなくなってから数分後。


 「‥‥‥ハッ!! イシュメルっ、天帝様はっ!?」


 「もう行ってしまわれました。お忙しい様子です」


 「そ、そうよね。でも至福の時だった〜♡

  ‥‥‥ってイシュメル? 顔真っ赤だけど」


 「っ、ルイーダ様がレスタ様の前で気絶したので

  一緒にいた私が恥ずかしくなっただけですっ。

  さっ、早く戻りましょうっ」


 「あ、こらそんな押さなくても!」


 早口で捲し立てたイシュメルはぐいぐいとルイーダの肩を押す。


 「〜〜〜〜っ♪」


 イシュメルは、さっきの言葉を思い出して幸せを噛み締めていた。


 (名前呼ばれちゃった‥‥‥♡

  しかも、私のことを見てくれてるって!)


 かつてないほどの胸の高鳴りに、手を置きたくなるほどだった。彼女の中で、少し解釈の違いが生まれていたが。


 天帝レスタの隠れファンである彼女は、しばらく頬のニヤケが止まらなかったという。


 そして公国内の『ジュピタメルティ』に戻った際、2人は多くの同僚(同期の構成員)たちに羨ましがられたという。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 12時、昼食。ちなみに昼休みという概念はない。


 12時半、エリスは本来はここで『マーズメルティ』に移動し、店の営業を管理する。


 だがアイトは男のため、その仕事はカンナに任せた。エリスがいない間はカンナが店のオーナーを務めることになった。


 今の時点で、まだ半日。だがアイトは既にくたびれていた。




 17時、会議。その日の活動の成果を確認。そして今後の方針を立てる。


 こうして、予定が()()()日のスケジュールが終わる。



   (エリス、普段からこんなことしてたのか!?)



 アイトは、これまで行ってくれていたエリスに心の底から感服するのだった。




 それからさらに3日。少しずつだがアイトは着実に慣れ始める。


 (ふぅ〜、忙しい)


 午後2時、王都南地区。


 今日は『マーズメルティ』の営業確認のためアイトは足を進めていた。


 店の近くに差し掛かると、とある光景が目に入る。


 「君、1人〜? 俺らと遊ばない!?」


 「面白い所、知ってるぜ〜」


 「え、あ、あの」


 大男2人に言い寄られている灰色髪の少女。少女は話せないほど緊張している様子だった。


 (あの〜。店の近くでそんなことしないで欲しい)


 アイトは仕方なく右手を広げて、魔法を発動する。


 「【ノア・ウィンド】」


 空気中にボールが作られ、振動属性と音属性魔力がボール内で幾度にも反射する。そして外側に幻影魔法を発動し、作り出したボールを見えなくする。


 爆音と共に発射されたボールが1人の大男に命中して破裂。耐え難い騒音によって男はその場に倒れる。


 「うるさっ!? な、なんだ!?」


 残った男が動揺している隙に、アイトは走りながら少女の腕を掴み、逃走する。


 「走って!!」


 「え、えっ‥‥‥!?」


 男は追ってこなかった。アイトたちは人目の少ないところまで走った。


 「大丈夫?」


 ホッと息をついたアイトは少女から手を離す。少女は顔を上げない。


 「? あの、大丈夫?」


 「ふっ‥‥‥ええ。平気よ」


 さっきの様子から一変、少女はすらすらと話し出す。アイトはかなりの違和感を感じていた。


 改めて確認すると髪の色は灰色、髪型はレイヤーボブ。そして目鼻立ちが整っていて、身長は平均。


 ミステリアスという言葉が似合う少し大人びた少女。年齢は自分と同じくらいだとアイトは感じた。


 「あなた、優しいのね」


 「え? 別に普通じゃない?」


 「ぷっ、あははははっ」


 アイトの返事に少女は笑い出す。笑い終え、口を開く。



    「こんな甘い男が組織のトップだなんて」



            「はっ?」



   アイトは何を言われているか理解できなかった。


 バカにするように笑った彼女が懐から取り出したのは、アイトにとって見覚えのあるもの。



          「ね? 天帝レスタ?」



       ヒビの入った、レスタの仮面だった。



        「!? な、なんでそれを」



       「あ、自己紹介がまだだったわね」



      面白かったのか、少女はニヤリと笑う。



  「ゴートゥーヘル。最高幹部『深淵アビス』、第六席よ」



  魔闘祭の一件で、天帝は失態を刻んでしまっていた。



     大きすぎる力、その覚醒の代償として。


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