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[ーーーーーーーーーーーーーー]


 血が抜けていく。力が抜けていく。意識が遠のいていく。そして、視界が淀み始める。


 俺にとって家族同然の、大切な少女が掴まれ、眼を抉られそうになっている。


     ‥‥‥見たくない見たくない見たくない。


 これからの結末を見て眠りについてしまったら、俺は俺でいられなくなる。


 それは俺って存在に意味が無いのと同じ。何が天帝だ。


 後悔する。もし生き残ったとしても、事切れた彼女を思い出して絶望し、心を抉り取られるのだろう。


   彼女が抉り取られたものに対する、償いとして。



       『死ぬほど後悔することになる』



         これは俺が思ってたこと?


          誰かに言われたこと?


      そんなこと分からないし、どうでもいい。


      ただ、言葉の通りだ。それだけが真実。



 『はあ!? 何言ってんだ!?

  命掛けてまでカッコつけたいヤツがどこにいる!?

  そんなのただのバカヤロウだ!!

  あいつとの生活を知ってしまったら、

  もうあいつがいない生活なんて考えられない!!

  もしエリスを犠牲にして俺が生き残っても、

  これからの人生ちっとも楽しくねえんだよ!!

  もうとっくに家族で大切なんだよっ!!!

  お前を殺すのを躊躇わないくらいになぁぁ!!!!』



   ああ、前にも後悔しそうになった時があったんだ。


         これは、いつ言ったんだ。


    いや俺が言ったのか、誰かに言われたのか?



  『俺は、死ぬほど後悔してるッッ‥‥‥!!!!!!』



         そうだ。今しかない。


   助けるには、後悔しないためには今動くしかない。


     でも動けば出血多量で間違いなく死ぬ。


      動かなければ、出血を抑えられる。


 助かる可能性の僅かに残せる。大切な物を失う代償に。



 自分の命より大切なものなんて、この世界に、前世に、いやこの世に存在するのか?


 もともと相手の一方的な勘違いで暗殺組織といざこざを起こし、組織の代表にさせられ、最終的には死の間際。



  痛い。溢れる血ってこんなに暖かいものだったのか。


      今、こんなにも心は冷たいのに。



    見捨てろ。見捨てれば助かる可能性はある。



  見捨てたくない。大切な人が死ぬ場面を見たくない。



  自分が死ぬ姿を、その大切な人に見せていいのか?


    身勝手だな。結局、自分が可愛いだけだろ。



           それがどうした。


         俺は、自分が大切なんだ。


     でも、仲間のことだって大切に思ってる。


       両方とも助けたいに決まってる。



             甘いな。


   死ぬほど後悔したとして、実際に死ぬ奴がいるか?


         死に勝る後悔なんてない。


          死ぬほど後悔してる?


            口だけだろ。


            動けば死ぬ?


  なんで、ただの人間の俺にそんなことが分かるんだ?


         今、動かないと後悔する?



           ああ、後悔する。



          じゃあ、動いて死ねよ。



      ああ、アイト()レスタ()であるために。



       [ーーーーーーーーーーーーーー]



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



           「ノエルんっ!!」


       「!? なんで、動けるの‥‥‥?」


 地面に手をつく。上体を起こし、膝を曲げてしゃがみ、立ち上がる。


 俺のやることは決まっている。やり切らなければ、無駄死だ。


   でも何故か、満ちている。魔力が満ち足りている。



         まるで生きているようだ。



           「まさかっ!?」



    傷が塞がっている。満ち溢れた魔力のおかげ?


      それに周囲がやけに暗い。夜か??


          そう思ってるだけ?


        死ぬ寸前って、こんな感覚?


      いや、もう既に俺は死んでるのか?



      「ノエルんっ! 魔力解放ですっ!!」



          うるさいな。黙れよ。



        「いや魔燎創造も同時にーーー」



             踏み込む。



            「ぐっ!?」



      エリスを掴んでいる女を蹴り飛ばす。



       崩れ落ちるエリスを抱き留める。



     あれ? 今なら、なんでもできる気がする。



         「!? 治癒魔法っ!」



        よし、エリスの傷が塞がった。



          エリスを下ろし、走る。



         ん? エリスって、誰だ?



      「まさか、死の間際に掴んでーーー」



        さっきからうるさい女だな。



    鳩尾に拳を潜り込ませる。貫通はできなかった。



            「〜〜〜!!?」



     足を払う。女がその場に倒れる。思い通り。



            かかと落とし。



            地面が割れる。



      女が何か言っているが、どうでもいい。



          全てがどうでもいい。



  終わった。なんとか自分のしたいことを遂行できた。



         したいことってなんだ?



       これで死ぬほど後悔しなくて済む。



          何に後悔するんだ?



       何のために、今動いてるんだっけ?



        とりあえず、全部壊すかーーー



    「まさか、もう掴み取るなんて。しかも両方」



    後ろから聞こえた声に身体が反応し、腕を振る。



            当たらない。



        首を掴まれる。振り解けない。



    「落ち着いて。落ち着いて。君の名前は?」



           俺? 俺の名前? 



   近くにゴートゥーヘルの最高幹部がいるんだぞ。



        本名がバレるわけにはいかない。



        「‥‥‥俺は、俺は‥‥‥レスタ」



           「そうなんだ」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 『使徒』シャルロット・リーゼロッテが微笑む。


 「‥‥‥天使さん? ってなんか暗いっ!?」


 アイトは夜だと勘違いするほど周囲だけ真っ黒なことに驚いていた。


 「よかった。初めての魔力解放は意識が混濁するから。

  それに魔燎まりょう創造も負担が大きい。

  とにかく無事に帰って来れて、本当に良かった」


 「あ! エリスは!? どこだ!?」


 アイトは話を聞かずに周囲を見渡し、倒れているエリスに近づく。


 「え‥‥‥傷が治ってる」


 「君が治したんだよ」


 「!? 俺が?」


 「魔力解放は本人の奥底に眠っている

  隠れた魔力の素質を呼び起こすの。

  君の場合、それが治癒魔法の使用を可能にした」


 「魔力解放って‥‥‥」


 ルーク王子が使っていたもの。自分もそれを習得しないといけないと考えていた。


 「魔燎創造は魔核に備わる魔力を

  大量に燃やすことで、自分にとっての

  不変の極致を形にするの。とにかくすごいの。

  その詳しい説明は、後日話すから」


 「えっ、魔燎創造ってあの‥‥‥」


 師匠のアーシャが一度だけ見せた、自分の定めた空間の時を制御するという離れ技。アイトは彼女の不明瞭な説明を思い出して、自分の口で反芻していた。


 「これが、今の俺の極致ーーー」


 気づいたころには前のめりに倒れそうになっていた。


 「ぐっ‥‥‥!?」


 アイトは咄嗟に左足で踏ん張って中腰になる。そして周囲を見渡すと、景色に亀裂が入り、やがて砕け散る。


 その直後、周囲の景色は元に戻っていた。


 「はぁ、はぁ、づぅ‥‥‥!!」


 凄まじい頭痛がアイトを襲う。まるで頭の中をバカスカ殴られているように感じるほど辛い。当然、立ち上がることもできない。


 「安静にして。やっぱり両方の同時使用は危険。

  命に関わる。私もほとんどやったことがない」


 「なんで、そんな急に‥‥‥」


 「! 話は後で。今は前を見て」


 頭痛が鳴り響く中、アイトはかろうじて前を見ると、ノエルとクロエが立ち上がっていた。


 「!! ゴートゥーヘルの、最高幹部っ」


 「! あれが、ゴートゥーヘル‥‥‥」


 アイトが頭を抑えて叫ぶと、シャルロットが僅かながら反応する。


 腹に手を添えたノエルとクロエが立ち上がる。


 「やっぱり魔力解放‥‥‥それに魔燎創造の

  おまけ付きなんて、計算外よ。

  今消しておかないと、あの男は上り詰める」


 「はあ、はあ、まさしく天敵になるってことですかぁ。

  それは同感ですけど、ウチはもう魔力無いです」


 クロエは微量に回復していた魔力を使い、アイトの攻撃に対して【反射リフレクト】を発動していた。


 だがアイトの一撃が重すぎて跳ね返すことができず、軽減するに留まったのだ。そして今、クロエは魔力が完全に尽きていた。


 「ノエルんも、あの滝の水で魔法使えないですよね?」


 「もう乾いてる。でも、あの2人相手は厳しいわ。

  『使徒』までいるとなると、全く不明瞭よ」


 「安心してください。ウチ、呼んでますから♪」


 『呼んでる』。その意味がわかったのはノエルだけだった。



         「ーーー呼んだかい?」



 空間を裂きながら1人の男が現れる。それは激しい頭痛で思考能力が落ちたアイトでもすぐに気付く、彼にとって因縁のあるーーー。



        「エレミヤ・アマドっ‥‥‥!!」


        「や、久しぶりだねレスタくん」



 ターナの腕を切り落とした一件から時間は経ったが、相手の名前を忘れることはできなかった。アイトは無意識に叫んでいたのだ。


 ゴートゥーヘル最高幹部『深淵アビス』第二席、エレミヤ・アマドが姿を現す。アイトにとっての宿敵ともいえる男。


 「エレミヤ、手を貸しなさい」


 「‥‥‥ノエル、正気かい?

  片方は魔力解放と魔燎創造を同時に習得し、

  間違いなく底の知れない一騎当千の器。

  もう片方は魔王討伐に関わった伝説の冒険者。

  正直、僕と今のノエルだと勝機はない」


 「え〜? エレミん、それは謙遜が過ぎますよぉ。

  それにウチのこと忘れてません〜?」


 クロエは満身創痍だがケラケラ笑うのをやめなかった。ノエルは納得がいかず、自分の意見をエレミヤに言い放つ。


 「勇者の末裔があんな目の前に転がってるの。

  そんな千載一遇のチャンスを見過ごせというの?

  ただでさえ計画は奴らのせいで台無しなのに」


 「そりゃあ僕だってこの機会、逃したくないに

  決まってる。かなり無茶をしてもいいくらいに」


 「だったら! あいつは今、動けそうにないわ。

  すぐに殺して、女から勇者の魔眼を抉りーーー」


 「でも追っ手が来てる。ルーク・グロッサだ」


 「‥‥‥あの男が」


 ノエルが小さな声を出した。歯を食いしばる素振りを見せた後に、ノエルはため息を吐いてナイフの血を払い、鞘に納める。


 「‥‥‥そうね。本来の目的は達成しているし、

  あの男が来る前にこのまま退くわ。

  あれを持って帰れないのが残念で仕方ないけど」


 「そうだね、さあ帰ろうか」


 「エレミん、抱っこしてください〜♪」


 「そんな元気なら大丈夫でしょ」


 エレミヤとクロエは、楽観的に話す。当然、それに嫌悪感を抱く者がいる。


 「ぐっ‥‥‥逃がすわけないだろうが!!」


 「! 無茶しちゃだめっ」


 アイトは必死に身体を動かして落ちていた自分の剣を拾い、3人めがけて走り出す。少し叫ぶような声を出すシャルロットの忠告も聞かずに。


 「ーーーあ?」


 アイト自身にもわからない声が漏れた瞬間。


 突然足が意思とは関係なく停止し、その場に昏倒する。アイト自身、何が起こったのかよくわかっていなかった。


 そうしている間にノエルたちがアイトも知らない手段で転移しようとしている。


 「ーーーて、天使さんっ‥‥‥!!」


 「うん」


 そんな彼の掠れた声には『頼む』と言った意味が込められていた。それを理解したシャルロットは杖剣を握る。


 「させないわ」


 「、重力魔法」


 シャルロットが魔法を発動しようとするが、ノエルの重力魔法により手を抑えられて発動できない。



   「今回は痛み分けってことで。それじゃあね」


    「楽しかったですよぉ♪ レスタさぁん♪」



 エレミヤは目を閉じて手を振り、クロエはウインクしながら舌を出して、挑発じみた顔をしていた。



          「ま、待てッ‥‥‥!!」



  「叛逆者レスタ。私たちに歯向かう愚かな男。

   楽に死ねるとは思わないことね。お前の仲間も」



 ノエルの声を最後に、森にいたゴートゥーヘルの最高幹部たちが姿を消した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 競技場。


 「おいっ! こいつら厄介だぞっ!!」


 アクア、カイル、オリバー、リゼッタ、ミストは覆面集団のせいで離脱できないでいた。


 カイルが覆面を殴り飛ばす。すると足元に転がっていた2人の覆面が足を掴む。


 「こいつらっ!!」


 オリバーは銃弾が尽き、体術のみで戦っている。


 「まずいですね。このままだと数で押し切られます!」


 「リーも、まほう、きつ」


 リゼッタは魔力が無くなり始める。毒魔法が使えなくなると彼女は戦力としてかなり落ちる。


 「ど、どうしましょうぅぅ!!?

  これは、私も戦うべきでひやぁぁぁ!?」


 アクアをおんぶしているため手が塞がっているミストに覆面が遅いかかる。カイルたちは足止めされていて援護に入ることができない。


 「ひぇぇぇぇぇ!!!!」


 ミストが絶叫すると同時に、背中から水が飛び散る。


 水を浴びた覆面集団は圧縮されて、絶命した。


 「うるさい〜。勝手に反応しちゃったじゃん〜」


 「あ、アクアぁ! え! 何してるんですかぁ!?」


 アクアがミストの背中から降りて、その場にペタンと座り込む。


      「水面で寝る。え〜と、たしか‥‥‥」


 珍しく考え込む素振りを見せるアクアの身体から、魔力が溢れだす。



          「まりょくかいほー」



 アクアが抑揚の無い声でそう呟いた直後、彼女の身体から魔力が溢れ、無意識に魔力を水に変換していく。


 そして両手から水魔法を無意識に、無制限に発動し続ける。まるで水力ダムが決壊した時のような放流が起きる。


 「おいっ!? 何だそりゃあ!!」


 「アク、すごすご」


 「アクア!? なんですかそれは!?」


 「な、何ですかこれぇぇぇ!!?」


 一同は両手から海流と錯覚しそうなほどの大量の水を出し続けるアクアに驚く。そして驚いてる間にもみるみる水位が上がっていく。


 「ん〜? なんかおじさんに説明されたー」


 アクアの言う『おじさん』は教官のラルド・バンネールのことである。


 「説明になってねえ!! 大丈夫なんだろうな!?」


 「んー? 水中で気持ちよく寝られるー」


 「死ぬじゃねえかぁぁぁぁ!? おいオリバー!」


 「わかってますよ! リゼッタ!」


 「わい」


 「うえぇ!? 恥ずかしいですぅぅ!!」


 「わりいっ!! 我慢してくれ!!」


 カイルがミストを、オリバーがリゼッタを抱えて跳躍する。


 【血液凝固】を両足に施したカイルは空気を蹴るようにして空を飛ぶ。


 オリバーも【血液凝固】を両足に施して遠くへ跳躍した後、全力で離れるべく走り始めた。


 4人が避難した後、競技場が水に浸かった。残っていた覆面集団は水に呑まれて殲滅。水圧で部分的に破損し、水が外に漏れ出す。



            「zzz〜」



 水面に浮かび上がったアクアは気持ちよさそうに寝ていた。


 「なんなんだ、マジで。こいつの力がわからん」


 「わ、私もわかりませんっ!! この人怖いのでっ!」


 カイルが慌てているミストの隣にアクアを担ぐと、そのまま離れていく。


 その数十分後、離れた地点に避難していたオリバーたちと合流して離脱した。


  水が抜けるころには競技場の大部分が破損していた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 マルタ森。


 「あ! ミアだっ! ミア〜〜〜!!」


 カンナが大声で叫ぶと上空を飛んでいたミアが振り向く。


 「うにゃあ!? どうして攻撃してくるのっ!?」


 無言で呪力を飛ばされ、カンナは走って回避する。


 「触らぬミアに祟りなしだね」


 「なんかホントにありそうっ!?」


 「機嫌悪そうだな。ボクたちもさっさと離脱するぞ」 


    残るは、アイトとエリスの2人のみとなる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 渓流。


 「クソッ!!!! 逃げられた!!!」


 時間が経過し頭痛が収まったアイトはうつ伏せの状態のまま地面に拳を叩き付け、怒りを露わにする。ここまで冷静さを欠いているのは珍しいかもしれない。


 そんなアイトの肩に、しゃがみ込んだシャルロットがポンと手を置いて撫でる。


 「落ち着いて。君たち、追われてるんでしょ?」


 相変わらずシャルロットは抑揚のない声で話しかける。だが、普段よりも少しだけ優しさが感じられた。


 「‥‥‥そうだった。早くエリスを連れて逃げないと」


 頭痛が収まっても、今度は足に力が入らないアイトはうつ伏せの状態で手を交互につきながら、倒れているエリスの元へ動き始める。


 「安静にして。今の君の身体は悲鳴を上げてるから。

  絶対に無理に動かないこと」


 「で、でも‥‥‥動かないと、逃げられな‥‥‥」


 アイトがそう言った直後、わずかに上がっていた頭が地面につき、動かなくなる。その拍子に仮面が外れ、銀髪が元の黒髪へと戻る。


 「気絶しちゃった‥‥‥」


 シャルロットはうつ伏せに倒れた黒髪少年の頭を撫で始める。



   「同時に発動するなんて、アリスみたいだね」



 かつての仲間の名を呼ぶと、微笑んだシャルロットの両眼から一滴の雫が落ちた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 (レスタの魔法が放たれたのは、位置的にここのはず)


 「隊長、すいません‥‥‥いつも負けてすいません」


 マリアは少し前に意識を取り戻し、陰のオーラを纏っていた。目線が地面を向いており、明らかに空気が重い。


 「だから気にしなくていいって」


 「でも‥‥‥」


 「‥‥‥めんどくさいな」


 「何か言いました!?」


 「あ、戻った」


 そんなやりとりをしている間にルークとマリアは三途の滝付近、渓流に到着する。


 「あ、また会った」


 「使徒さん? どうしてここに?」


 「『使徒』!? あの伝説の!?」


 シャルロット・リーゼロッテが川の近くに立っていた。


 「あの魔法が気になって追いかけてきた。

  でも、すでに誰もいなかった」


 「そうですか。レスタたちは逃げ仰せたと」


 「あ、それとあそこの木の陰に女の子が寝てる」


 「え? ‥‥‥シロア!」


 「! シロアっ!!!」


 その少女はシロア・クロートだった。ルークよりも先に身体が動いたマリアが一目散に駆け寄り、シロアの肩を揺する。


 「シロア!! 大丈夫!?」


 「‥‥‥?」


 「どこか怪我はない!?」


 「‥‥‥(ふるふる)」


 「よかった‥‥‥!!」


 マリアはシロアを全力で抱き締める。


 「‥‥‥(トントントントン)」


 シロアが顔を真っ青にして必死にマリアの背中を叩くが、彼女は全く気づかないのだった。


 その後、ルークたち3人がシャルロットと別れて競技場へと移動を始めるーーー前に。


 「金髪の君に聞きたいことがある」


 「? なんでしょうか」


 ルークはシャルロットに話しかけられ、笑顔で応える。だが彼女の次の発言は、空気を凍り付かせるものだった。



      「アリスのこと、何か知ってる?」



        「! アリスって‥‥‥」


 シャルロットの言葉に反応したのはマリアだった。シロアは少し不安そうにしている。


 そしてマリアは心配した様子で、すぐに隣の金髪青年を見つめる。



    「‥‥‥一瞬も、忘れた事はありませんよ」



  視線を上げながら言ったルークは、控えめに微笑む。


 だが、その表情を見たマリアは明らかに心がざわめいていた。そんなことを知らず、ルークは言葉を続ける。


 「『使徒』さ‥‥‥いやシャルロットさん。

  また後日、城に来てもらえませんか?

  今回のお詫びと、()をしたいので」

  

 「話だけでいい」


 彼女らしさを感じられる返事を聞いたルークは微笑みながら頭を下げると、マリアとシロアも後についていった。




 シャルロットは彼らの背中を見送ると、小さく息を吐いた。


 「ふう。これでよし」


 すると少し離れた地点で気絶しているアイトとエリスが姿を現す。


 シャルロットは自身の超高練度の幻影魔法により、2人を隠していたのだ。



 さらにそれより手前に気絶しているシロアを置いておくことで、これ以上は誰もいないと無意識に錯覚させる意図もあった。


 ルークでさえも、シャルロットの仕掛けた幻影魔法に気づいていなかった。


 シャルロットは安心した様子で歩き始める。そして倒れている2人の前でしゃがむ。


 そして、どこか穏やかな表情で2人の頭を撫で始めた。


 「どっちも無事でよかった‥‥‥ってあれ?

  この子の仮面がなくなってる? ‥‥‥ま、いっか」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その後、アイトは目を覚ます。シャルロットが座り込んで彼の様子を観察していた。


 彼女はアイトたちを守っていたのだ。それに気づいたアイトはお礼を言う。


 「本当に、ありがとうございました。お元気で」


 「ううん。またすぐに会えるよ」


 簡潔に返事をしたシャルロットは、すぐに空を飛んでいった。



 「あれ? 仮面がない」


 気づけば仮面を紛失しており、アイトは周囲を探すが見つからない。別にいいかと思いすぐに諦める。


 (エリスもまだ目を覚まさないし、背負って帰るか)


 アイトは意識のないエリスをおんぶし、ゆっくり歩き出す。


 アイトはもう魔力がほとんど無いため、そのまま離脱を開始して他のメンバーと連絡を取る。



 生徒たちは無事に避難。居合わせた覆面集団はほとんど処理。大規模隕石の破壊に成功。そして最高幹部は逃してしまったが、撃退には成功。


 さしずめ、一件落着といってもいい結果だった。



 エリスを背負った状態での徒歩のため、離脱には時間がかかったが、波乱の1日が終わりを告げる。


     ただアイトには一つだけ、心残りがあった。



       (あの時の俺、だれなんだっ!?)

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