すべての元凶
三途の滝、滝壺付近。
「ゴートゥーヘルはほとんど返り討ちにした!
隕石も破壊したし、もう留まる必要はない。
みんな、離脱してくれ!!」
『りょ〜かい! ターナとメリナも聞いてるよ〜!』
『わ、わかりましたぁぁ!! アクア、カイル、
オリバー、リゼッタもここにいますぅぅ!!
敵がいるので、それを処理したら離脱しますぅ!!』
『ええ〜? お兄ちゃん今どこにいるの〜?
ミアも離脱しないとダメ〜?』
アイトは魔結晶で『黄昏』のメンバーと連絡を取る。だが1人だけ返事がない。
「エリス? どうした?」
アイトが声をかけるが返事はない。
(さっきまで1人で行動していたエリスの返事がない)
『金髪女、お兄ちゃんが声を出してくれてるのに
さっさと返事しなさいよ。調子乗ってるの?』
『こわいぃぃぃ!!』
ミアの無自覚煽りにもエリスは返事をしない。ミストは大声を出して返事をしたが。
「‥‥‥エリスの1番近くにいるのは俺だから、
探しに行く。それじゃあ、みんな気をつけてくれ」
『ラジャ〜!!』
『ら、ラジャァァ!!!』
『え、お兄ちゃんそんなことしなくても』
アイトは魔結晶の接続を切り、シロアを抱えて走り出す。
(エリスは近くにいるはず。どこにいるんだ)
すると突然、遠くで土煙が舞い上がった。
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三途の滝付近の渓流。
エリス・アルデナVSノエル・アヴァンス。
周囲の木が音を立てて粉々に崩れ落ちる。エリスは魔眼の動作予知と、持ち前の身体能力で回避していた。
(この魔法はまさか、重力魔法‥‥‥?
もしそうだとしたらかなり厄介ね)
『重力魔法』。時空魔法に並ぶ希少属性魔法。文字通り重力を操る。物や周囲の重力を重くしたり、軽くしたりできる。
そしてノエル・アヴァンスは重力魔法の適性者。自身の魔力操作が届く範囲の重力を操ることができる。また自身にかかる重力を極端に減らすことで空に浮くこともできる。
自身も重力魔法の効果を受けるのだ。
まずノエルに無闇に接近できない。身体に圧をかけられて動けなくなれば負けは確実。
さらにエリスはルークとの死闘で魔力が僅かしか残っていない。よって選ばれる攻撃手段はーーー。
「無駄なことを」
銃弾がノエルに迫るがすぐに重力魔法の餌食となり、地面に落下する。
エリスは腰に付けていた銃を使ったのだ。
エルジュの訓練生は臨機応変に戦うために、数多くの武器の訓練を行なった。その1つが、銃。
完璧超人のエリスは、銃の扱いも完璧だった。達人のオリバーに匹敵するほどの実力者。
(やっぱり当たらないわね)
魔力がほとんど残っていないエリスにとって、遠距離での攻撃手段は銃や針に限られてくる。
「周りの木、邪魔ね」
そう言ったノエルが握りしめた両手の平を開くと周囲の木が浮かび上がる。木の周囲の重力を極端に軽くしたのだ。それをエリスめがけて飛ばす。
(本当に厄介ね!)
魔眼の力で軌道を予知したエリスは順当に対処していく。しゃがんだり、跳躍したり、蹴飛ばしたりした。
そして飛んでくる木に対処した頃には周囲は更地になっていた。近くには川が流れていて、渓流である。
(このままだとずっと近づけない。
‥‥‥もう、あれをやるしかないわね)
エリスは剣を鞘に納めて両足に『血液凝固』を発動させ、勢いよく走り出した。
(突っ込んできた。何か策がありそうね)
ノエルは何もしない。エリスが自分の魔力操作の間合いに入ってくるまで。
するとエリスは腰に差していた銃を手に持って連射し始める。
(! 意図的にタイミングをずらす気か)
ノエルは重力魔法を発動し、自身の周囲を重くする。銃弾が負荷に耐えられずその場に落ちる。
(やっぱり。範囲を絞れば絞るほど出力を上げられる。
そして一度発動すれば、追加で他の範囲に
発動することは不可能。融通が効かない。
だから今、あの女の至近距離が危険領域!)
重力を発生させているのはノエルの魔力によるもの。
つまりエリスの言う危険領域(ノエルの重力魔法範囲)は魔眼で把握可能。
エリスは魔眼の力を駆使しながら、重力がかかっている危険領域を見分けて行動する。
「それで裏をかいたつもり?」
ノエルが両手を押し出す。すると、範囲が動き始める。
(追加で重力発動するのは不可能でも、
重力範囲を変更することは可能ってわけね!)
エリスは咄嗟に地面を蹴って反転横跳び。身体を無理やり左に移す。
(ずらしたっ!!)
そこでエリスは反転途中で銃を発射。耳に響く音と共に、銃弾がノエルに迫る。
「っ!」
それをノエルは跳躍で銃を回避した。
(避けた! 今がチャンス!)
エリスはまた地面を蹴って跳躍し、ノエルに迫る。
彼女の至近距離にまで迫ったエリスは剣を鞘から抜き、片手突きで貫こうとする。
「厄介な女」
ノエルはナイフで受け止めて真下へ押し返すと、2人の間に距離ができる。
「終わりよ」
「っ!」
ノエルがそう呟くとエリスの身体が重くなる。まるでありえない高さから落ち続けているかのような速度で地面に急降下する。
だがエリスの眼にはまだ確かな意志が宿っている。そして2人は、何かでつながっている。
「っ! これは」
ノエルは自分の片足にワイヤーのようなものが巻かれていることに気づく。
(! さっきの突き攻撃かっ!)
エリスは片手で持った剣での突き攻撃。その際に逆の手で握りしめていたワイヤーをノエルに巻きつけていた。
それは少し前に怪盗ハートゥから教わっていた、ワイヤーの扱い。
ワイヤーはエリスが反転横跳びした際に腰のベルトから取り出していたものである。銃を持っていた手とは反対に、すでにワイヤーを握りしめていたのだ。
ワイヤーによって繋がれているノエルも急降下する。2人は真っ逆さまに地面に落ちる。両者の落下速度が凄まじかったため、地面に落ちた際に粉塵が舞う。
「っ!!」
「このっ」
そして2人とも動けない。ノエルもまさか自身が重力魔法の操作範囲内に入るとは思っていなかったのだ。
(解除するしかない‥‥‥!)
重力魔法を解除したのと同時に、ノエルは足に巻き付いていたワイヤーをナイフで引きちぎる。
その間に周囲の粉塵を突破し、そのまま突進したエリスがノエルの腹に体当たりしながら抱きつき、背中に手を回して掴み掛かる。
「っ!! 邪魔っ!」
「ここからよっ!!」
エリスは突進の勢いのまま、ノエルごと足首ほどの浅い川にダイブした。
2人が勢いよく入水するとバシャンと水飛沫が舞い上がる。
そんな水飛沫と共に2人が立ち上がる。当然どちらもずぶ濡れ。ノエルが自身の両手を確認し、声を漏らす。
「っ! 魔法が‥‥‥!」
その川は『三途の滝』から流れ出てきているものだった。滝から流れる水の効果は、『魔法の発動を遮る』。
これで両者、魔法の発動が不可能になる。
そしてエリスは重力魔法を受けた際に剣と銃を、ノエルはエリスの突進を受けた際にナイフを落としてしまった。
残ったのはお互いの身体のみ。2人とも濡れた髪をかきあげ、臨戦体勢を取る。
(この女の魔法は厄介、そして強い。
でも、純粋な殴り合いなら話は別)
エリスがそんなことを考えていると、ノエルは口角を上げて話し出す。
「‥‥‥まったく、今日はよく濡れる日だわ」
「へえ? でもこれからまだ濡れるわよ?」
「確かに‥‥‥お前の血で!!」
その言葉が合図になったのか。お互いの頬に拳がぶつかり、どちらも仰け反る。
ノエルが蹴りを繰り出すがエリスは身体を横にずらして回避し、その足を掴んで投げ飛ばす。
着地した瞬間のノエルの脇腹にエリスの拳が直撃。だがノエルはすかさずエリスの頬に裏拳を叩き込む。
どちらもただ、相手を制圧することだけを考えていた。
激しい攻防の中、足払いをかけてノエルを転倒させたエリスは上に乗りかかり、拳を振り下ろす。
「っ!」
寝転んだ状態のノエルが上に乗ろうとしたエリスの腹を蹴飛ばす。
地面を転がり、起きあがろうとしたエリスにノエルの縦蹴りが直撃。
その後も互いに一歩も譲らない。お互いの実力はかなり拮抗していた。
だが、少しずつこの近距離戦に差が生まれ始める。
「はあ、はあ」
(やっぱり、私の方が有利)
その差の要因は勇者の魔眼。純粋な物理戦闘において、動きを予知できるのは大きなアドバンテージだった。それがわかっていたからエリスは自分から川に飛び込み、相手の魔法を封じたのである。
「はあ、はあ、はあ。ふ、楽しませてくれるじゃない」
ノエルは右手で口元についた血を拭いながらニヤリと笑う。
「はあ、はあ‥‥‥」
エリスは何も言わずに構える。聞こえるのは彼女の息遣いのみ。
集中力が自然と引き出され、自身の感覚が研ぎ澄まされていく。エリスの両眼は、深く澄んでいた。
そしてほぼ同時に動き出す。
(左っ!!)
ノエルの左拳を右肘で払いのけ、左フックがノエルの脇腹に届く。
「っ、このっ!!」
(足払いっ!!!)
ノエルの足払いが来る前にエリスは自身の足を前に滑り込ませて牽制し、右アッパーをノエルの顎に直撃させる。
この後も時々ノエルの攻撃を受けるが、エリスは相手よりも着実に攻撃を当てていく。
2人の攻撃命中率は7:3。となれば当然、ノエルが徐々に追い詰められていく。
(‥‥‥この女、厄介っ!!)
ノエルの裏拳を左手で掴んだエリスはそのまま引っ張り、自身へと引き寄せる。
「っ!!」
エリスはそのままノエルに頭突きし、足を引っかけて地面に投げ飛ばす。
そして、転倒したノエルに馬乗りになったエリスが両手で首を絞める。
「〜〜ッ!!」
「終わりよッ!!」
声にならない声をあげ、ノエルは首を掴まれた手をどかそうとするが振り解けない。
「ガッ‥‥‥ァ‥‥‥」
うめき声を上げるノエルの視界は徐々に靄がかかり始め、意識が朦朧とし始める。何を考えていたかわからなくなる。
勝敗は、決まった。
「っ‥‥‥?」
突然、ノエルの首から圧迫感が消える。彼女の首を掴んでいたエリスの手がダランと脱力したからだ。
「ゴホッ!! ゲホっ、ハァッ」
ノエルは激しく咳き込み、呼吸を安定させる。エリスは何故か動かない。
するとエリスは、まるで力が抜けたかのように身体が横に揺れる。
「ウチも混ぜてくださいよ〜♪」
「く、クロエ‥‥‥?」
ノエルは微かに吸い込んだ息を吐くように名前を呼ぶ。呼ばれた少女はニヒヒと笑いながら目で「下を見て♪」と促していた。
ノエルが誘導されたように下を見ると、エリスの腰にナイフが刺さっていた。
溢れた赤い血が下にいるノエルの腹に染み始める。
「さっすが勇者の末裔さん♪
とんでもない強さでしたよ〜?
でもウチが見えないほど必死でしたね〜?」
「っ‥‥‥卑怯、者が!」
ナイフを抜かれたエリスが声を振り絞った直後、彼女の身体が傾き、やがて地面に横たわる。
「はい♪ ウチ、外道なんで♪」
ゴートゥーヘル最高幹部『深淵』第三席、クロエ・メルがニヤリと笑みを浮かべた。
エリスは、敗北を喫した。
「どうですか〜? ウチ、役に立ちましたよね?」
「そうね。助かったわ」
出血多量により意識を失ったエリスを見下ろすのは、ノエルとクロエ。
「隕石は恐らくレスタさんに壊されちゃいましたし
手柄無しかと思えば、勇者の末裔なんて
本来よりもお釣りが来ちゃいますね〜♡」
クロエは惚けた顔で舌なめずりをした。明らかに人前に出していい表情ではない。
「気持ちは分かるけど、その顔やめなさい」
「え〜? さすがにノエルんも嬉しいでしょ〜?」
「嬉しいわよ。総帥の目的に一歩近づくのだから。
これでリッタが発動した隕石が落ちれば
言うことなしだったのに」
「リッタん、自分の興味ある事以外には
ツメが甘いですよね〜。
ま、あの役立たずよりはマシですけど」
「あの子への敵意はわかったから、
愚痴をこぼしてないで早く手伝いなさい」
ノエルがそう言うと、クロエがニコッと笑いながら倒れているエリスの頭の方へ回り込む。
「まさかノエルんがあれだけ苦戦するなんて。
そんなにこの人、強かったんですか〜?」
「ええ。勇者の末裔なだけあるわ。
さぁ、早く回収するわよ。
とりあえず目、あと身体も隅々調べ上げる」
ノエルは指をパキパキと鳴らし、エリスの顎を掴む。
「うぇ〜。本当にやるんですかあ?
眼をくり抜くなんて、さすがにウチもキツいです」
「なら私がやるわ。この女を持ち上げてなさい」
「は、は〜い」
ノエルはクロエに命じてエリスの両脇に手を通し、立ち上がらせる。
エリスの脇腹からは生々しく血が滴り落ちるが、2人が気にする様子は無い。
ノエルはエリスの顎を掴んで前を向かせ、親指、人差し指、中指を左眼に近づけていく。
「の、ノエルん? へ、平気なんです?」
「逆に何か躊躇うことがあるの?」
指を止めたノエルはクロエに視線を合わせ、呆気からんと答える。
(ほ、ホントに怖いですね〜。
これが最高幹部の第一席、ですか)
仲間であるはずなのに、クロエは少し寒気がした。その間に、ノエルは眼を抉り出すために再び手を寄せる。
そんな彼女の手が、エリスの眼のわずか数センチにまで迫る。止める者は、誰もーーー。
「ゔああああああっっっ!!!」
銀髪仮面の男が叫びながら猛突進してくるのを視界に捉える。
「あはっ♪ ノエルん、あの人がそうですよ♪」
「あれが‥‥‥私たちを邪魔するすべての元凶」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
アイトはエリスを探している最中、激しい騒音が聞こえる所へ移動した。
そして目撃したのだ。腰から血を流して意識のないエリスが、眼を抉られそうになっている場面を。
「ーーーーーーーーーーーー」
脳内が破裂したかのような衝撃を受けた直後に意識を持っていかれ、衝動が溢れ出る。
無意識に抱えていたシロアをその場に下ろし、魔力を剣に通して黒く染めると同時に【血液凝固】を両足に発動。最短でエリスの元へと突進する。
【終焉】を放った後のため、魔力はもう殆ど残ってない。
シャルロット、シロアとの戦闘、そして『三途の滝』から落ちた事による身体の疲労困憊。
それを加味すると、今のアイトは万全状態の半分以下の力しか残っていない。
だが、今のアイトにそんな冷静な思考は宿らない。
「離せッ!!!!!」
気づけば口から声が漏れていた。アイトはノエルたちへと急速に距離を縮めて行く。
ノエルとクロエが眼を合わせるとーーークロエがエリスを蹴飛ばす。
「っ!?」
自分の方にエリスを蹴られ、アイトは思考が止まる。思考が止まったことにより、剣に付与していた魔力が解除される。そんなことよりも、アイトは剣を手放していた。
崩れ落ちるエリスを正面から抱き留める。
エリスを助けることで激昂していた彼は、目の前に彼女を差し出されたことで思考が停止してしまったのだ。
「バカね」
そんな蔑みの声は、全くアイトに届いていない。一瞬の刹那、いや実際は数秒の猶予があったかもしれない。
なぜか足が止まり、膝が曲がり地面に付く。身体に力が入らない。脇腹が燃えるように熱くなっていく。
だがエリスの背中に回した手は、絶対に離さなかった。力が抜けようとも、意識が朦朧としようとも。
「え、エリスっ‥‥‥」
脇腹から血が溢れているに気づいた頃には、エリスを抱きしめたまま地面に横たわっていた。
そんなアイトたちを見下ろすのは手に持ったナイフと自前の黒シャツを返り血で真っ赤に染めたノエル。
「あらら〜。やっぱり甘ちゃんですね♪」
ノエルの隣には手で口を押さえて笑うのを我慢しているクロエ。アイトからすれば、何が面白いのか微塵も理解できない。いや、理解したくもない。
ノエルはエリスの腕を引っ張り、アイトから引き離す。
「ふざ、けんな‥‥‥」
だがアイトは地面にうつ伏せの状態で朦朧としながらもノエルの足を掴む。逆の手を這わせながら落とした剣を手探りで必死に探す。
「そろそろ鬱陶しいわよ」
アイトの手をどかすように足を振り、ノエルはそのまま彼の傷口に容赦なく蹴りを入れる。ドガッと鈍い音が響くと鮮血が飛び散り、地面を赤く染める。
「ゔぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
想像もつかない激痛によるアイトの絶叫をノエルは無視して、次も全力で蹴り上げた。アイトの身体が浮く。
「あははっ♪ クロエキ〜ック!」
するとクロエが楽しそうにアイトを蹴飛ばす。
少し離れた地面に倒れたアイトは、うつ伏せの状態からピクリとも動かない。
「‥‥‥‥‥‥」
「用が済んだらこの女も隣で死なせてやるわ」
「‥‥‥‥‥‥」
「あはっ♪ 全く動きませんね〜♪
ノエルん、やり過ぎですよ〜」
「叛逆者には当然の報いよ。
この男はただ死ぬなんて生ぬるい。
後でこの女とお揃いにしてあげる。
もう、何も見たくないでしょ?」
「‥‥‥‥‥‥」
アイトの耳に、声は届いていなかった。