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勝負は決まったな

 マルタ森、端部分。


 『ルーライト』最年少、シロア・クロートの棒攻撃をアイトはサイドステップで回避する。


 「っぐ!?」


 だがその直後、転移で回り込んできたシロアの蹴りを脇腹に受ける。蹴りの勢いが強く、顔に付けている仮面が外れそうになる。


 (危なっ! やっぱ速いっ!)


 シロアの神出鬼没の戦闘スタイルに慣れず、アイトは防戦一方を強いられる。


 そしてシロアの猛攻を受け続けている間に、生徒たちとの距離が空き、アイトとシロア以外は周囲に誰もいなくなっていた。


 シロアの攻撃が一呼吸ついた瞬間にバックステップで距離を取り、剣を鞘に収める。


 そしてアイトは物を収納できる便利魔法、【異空間】を発動し、自身が持っていた短剣を引っ張り出す。そして鞘を付けたまま構えた。


 (先輩相手にリーチが長い武器は隙を生むだけ。

  だからこっちも短い武器の方がいい)


 アイトは彼女の時空魔法と戦闘スタイル自体は以前に共闘したため知っている。それを踏まえて、自分にできる最善策に打って出たのだ。


 (そして、先輩に対抗するにはーーー)


 シロアが転移でアイトの背後に回り込み、棒を振る。


 アイトはすぐに振り返って鞘付き短剣で棒を受け止める。


 (こっちからは攻撃せず、隙の小さい反撃だ!)


 弾き返した瞬間にアイトは短剣を振るがシロアがその場から消える。


 突然頭上に現れたシロアの急降下蹴りを前転するように回避する。その後に短剣を構え直す。


 (さっきのは別に反撃しなくてもいい。

  隙が大きくなりそうな時は、手を出さない)


 シロアが目前に現れたと思った途端に姿を消した。その直後、アイトは背後から蹴られた。


 (2段転移!? 対応が追いつかない!)


 地面に手をついて転倒を避け、着地した直後に追撃が来る。短剣で受け止めた直後に横蹴りを繰り出すがシロアは転移で距離を取る。


 (耐えろ! 耐え続ければ俺が勝つ!)


 こうしてしばらくの間、シロアの猛攻を耐え凌いだ。




 「‥‥‥(はあ、はあ)」


 声を発さないシロアだが、肩が上下に動き、頬から汗が流れ落ちる。


 対してアイトは息一つ乱れていない。これまで30Kmランニングという馬鹿げた訓練を定期的にしていたため、体力の面に関しては右に出るものはいない。


 (前に一緒に戦った時よりも格段に体力が増えてる。

  まさかこんな形で日々の特訓の成果を見ることに

  なるなんて。先輩、夏休み中も頑張ってたんだな。

  間違いなく以前より強くなってる)


 そして戦闘中であるにも関わらず、アイトはシロアの成長を実感していた。


 「‥‥‥(はあ、はあ、はあ)」


 対して、シロアは対峙する銀髪仮面の男を不思議に感じていた。


 「‥‥‥?」


 自分の魔法について知られている。それに、自分がひたすら攻撃してばかりだと。まるで、自分に体力が無いことを知っているかのようにーーー。


 「‥‥‥(ぶんぶん)」


 シロアは首を横に振る。そんなこと考えても意味はない。目の前にいる怪しい人を倒すだけだと判断した。


 「‥‥‥(フンス!)」


 そんな意気込みと共にシロアは転移する。転移先は、木の上。


 直後、木を蹴ってアイトに飛びかかる。アイトはそれを迎え撃つが目の前でシロアが転移して消える。


 シロアはアイトの背後に回り込んでいた。


 「‥‥‥(フンス!)」


 シロアは渾身の力で棒を振りかぶる。


 「‥‥‥(!?)」


 ーーー振りかぶっている最中。自分に背中を向けている銀髪仮面男の手が、自分の額付近に届いていることに気づく。


           「【デコピン】」


 そんな声と共に相手の親指から弾かれた中指が額に直撃。シロアが後方にふわりと吹き飛ぶ。



 (先輩は転移した後に、背後に回ることが1番多い。

  死角に入ると有利だから。でも、逆にいえば

  転移後に視界にいなければ背後にいるとわかる)


 そう、アイトは以前の共闘と今回の戦闘でシロアの癖を正確に見抜き、そこを突いたのだ。



 アイトは背中を向けた状態で右腕を後ろに伸ばし、シロアの額に【デコピン】をお見舞いしたのだった。


 「っ‥‥‥」


 振動魔法が乗ったデコピンを受け、シロアはその場に倒れる。体力の低下もあり、その場から動かなくなった。


 (ごめん先輩、時間ないから先に行く)


 アイトは申し訳ない気持ちで満たされるも、上空の隕石破壊という使命のため再び走り出す。



       レスタ(アイト)VSシロア


 その勝敗は既に決まった。それは誰の目から見ても明らかだ。



      だからこそ、次の展開は予想外だった。



           「っ!?」



 アイトの突然、背中に抱き着かれた感覚がやってくる。


      「‥‥‥!(はあ、ゼェ、はあ)」


 息も絶え絶えのシロアが転移し、後ろからアイトの背中に抱き着いたのだ。シロアの両腕がアイトの腹を交差するように絡みつき、がっしりと掴んで離さない。


         (まだ動けたのかっ!)


 抱き着かれた直後に訪れる刹那。次にどう行動すべきかアイトは必死に考えていた。


 (振り解く、それかデコピン、それともーーー)


 集中しすぎて時間の経過がゆっくりに感じられるほどだった。だが次に行動したのは、またもシロア。



         「‥‥‥ボソ(【メタ】)」 



 シロアの声は、至近距離にいるアイトにすら聞こえないほど小さな声だった。




            「‥‥‥は?」


          突然、景色が切り替わる。


 アイトの視界に入るのは快晴の空。時刻が夕方ということもあり儚く、とても綺麗だった。



           そして下には、滝。



           (ここって!?)



 アイトが結論に辿り着く前にーーーシロアがまたも転移を発動した。


 「っ!?」


 さっきまでは足が地面についていたのに今は足が宙に浮いている。絶壁から少し前に転移したのだ。そう、空中へと。


   そして2人は今、空を飛んでいるわけではない。



          つまり、落下する。



          「っちょっ!?」

          「‥‥‥(プルプル)」



     当然2人は落下する。真っ逆さまに落ちる。


 足から落ちていたはずなのに、気づけば2人とも頭が下になって落ちている。


           (やばいっ!!)


 アイトは即座に風魔法の応用【飛行】を試そうとするが、シロアに抱きつかれているため体重がかかり、浮くことができない。


 とは言っても、アイトは過去に誰かを抱えて空を飛ぶことは経験してきた。しかし今はそれが出来ない別の要因があった。



        (魔法が、阻害されるっ!?)



      グロッサ王国観光名所、『三途の滝』。


 滝の大きさはさながら景色も絶景。そして滝を流れ出る水はどういうわけか、魔力を乱し魔法発動を阻害する効果がある。


 【飛行】は自身の身体を空中に浮かせ、大量の魔力を消費して空を飛ぶという高度な魔法。そんな魔法を滝の近くで発動するのは、アイトでも不可能だった。


    (やばっ! いったいどうすればーーーん?)


 アイトは自分の腹に感じていた感触が消える。シロアが腕を離したのだ。気になったアイトは後ろを振り向くと。



          「‥‥‥(チーン)」


           「先輩っ!?」



 シロアは放心状態だった。咄嗟にここに転移して相討ちを狙ったが、滝からの落下でパニックに陥った。


 その結果、意識が曖昧になってしまったのだ。


 (ここに連れてきておいて!?)


 2人の体重差の影響か。アイトよりも軽いシロアの落下が遅くなり、徐々に2人の距離が開き始める。


 (このままだと放心状態の先輩が滝壺にっ!!)


 動けない状態で勢いよく滝壺に突っ込めば、身体にどれほどの衝撃が来るのか分からない。もはや一刻の猶予もない。


          「シロア先輩っ!!」


 アイトは咄嗟に声を出してシロアの腕を掴み、自身の方に引き寄せる。すぐにシロアに衝撃がいかないよう、包みこむように抱き締める。


 そしてシロアへの衝撃が少しでも和らぐように自分の背中から落ちるように無意識に身体が動いていた。



          ついに滝壺が迫る。



    (やばいっ! 死ぬ、死ぬ、こんなの死ぬ!!)



    ちなみに、現在2人とも走馬灯は全く見てない。



        「うわあああッッ!!!?」

        「‥‥‥(‥‥‥)」



        2人は、滝壺へと姿を消した。



   直後、凄まじい破裂音と共に水飛沫が高く上がる。



    そして、水面に天帝の仮面が浮き上がった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 時は戻り、マルタ森中央付近。


 (アイの魔力反応が消えた!?)


 エリスは勇者の魔眼の特性、【探知】で把握していたアイトの魔力を見失う。


 その後もアイトの魔力が感じられない。突然として反応が消え、今も魔力の反応が無い。エリスは即座に特定に思考を回す。


 (最後に反応があったのは、たしかここからーーー)


 「お〜い、聞いてるかい? 引き分けでどうかな?」


 ルークのそんな声が聞こえてエリスはハッとする。今は戦闘状態であることを忘れていたのだ。だが、彼女の中で優先順位は元から決まっていた。


 「‥‥‥それでいいわ。次は絶対に倒す」


 アイトの無事を把握することが、今の自分にとって何事に比べても大切な最優先事項だと。


 さっきとは一転し、いきなり戦うことを中断したエリスを見て、ルークは笑った。


 「へえ? そんな素直に引くとは思わなかった。

  やっぱり面白いね。次の決戦のために今回のことは

  誰にも言わないから安心していいよ。

  ま、言っても信じてもらえないだろうし。

  『使徒』さんもそれでいいですよね?」


 「いいけど、しとじゃなくて私の名はシャルロット」


 あまりに予想外の返答に、ルークは思わず目を見開いてシャルロットをガン見してしまう。


 「‥‥‥借りとは思わないから」


 そしてエリスはそう呟きながら落ちていた自分の剣を鞘に入れ、走り出す。目指すは最後にアイトの魔力反応があった場所。


 「貸しだなんて思ってないよ」


 そんなルークの呟きは、すでにいないエリスには聞こえていなかった。


 シャルロットは首を傾げながらルークを見つめる。


 「逃がしていいの? あの子」


 「彼女は敵という判別をつけるのが難しいんですよ。

  前にユリアを助けてくれたり、覆面を殺していたり、

  こちらの利害と合うこともある。

  もしかしたら、手を取り合えると思いまして」


 「でも、君を殺す気で戦ってたよ?」


 珍しく的を得たシャルロットのツッコミに、ルークは苦笑いを浮かべて誤魔化した。


 「君とあの子、似てる」


 「は? どこがです?」


 するとシャルロットは唐突に関係のない話を切り出したため、ルークは少し面食らう。


 「金髪」


 「それはあなたもじゃないですか」


 「眼」


 「まあ、魔眼持ちは驚きましたよね」


 「あと性格」


 「会ったばかりのあなたに、そんなのわかるんですか」


 ぽんぽん受け答えする2人。ルークが逆に聞き返すと、シャルロットは「むふ〜」とドヤ顔混じりの顔で笑った。


 「わかる。私と同じ、負けず嫌いの匂いがするもん」


 「ぷっ、ははっ! 確かにそうかもしれないですね」


 ルークは思わず笑ってしまった。シャルロットは少し残念そうに視線を変える。



 「もう少しあの子も見たかったのに。

  でも隕石が降ってくるし、離れた方がいいかも」


 「‥‥‥隕石?」


 そう呟いたシャルロットの発言に聞き捨てならないルーク。この後、ルークも少し後に知ることになる。



    そしてついに、その元凶が上空に見え始める。



         隕石落下まで、残り6分。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 同時刻、競技場観客席。


 「ッラァ!!」


 「はあっ!!」


 片方は覆面を逆サイドまで殴り飛ばし、もう片方は茶髪を揺らしながら覆面に回し蹴りをお見舞いする。


 エルジュ精鋭部隊『黄昏トワイライト』No.5カイル。


 グロッサ王国最強部隊『ルーライト』隊員、エルリカ・アルリフォン。


 『周囲の覆面集団を倒す』という利害一致から手を組んだ2人。


 「へっ! なかなかやるじゃねえか!!

  ま、俺の方が3体多く倒してるけどな!」


 「別に嬉しくないわよ。

  まだ私、全然本気出してないし。出してないし?

  君はそろそろ息が上がってきそうだけど」


 「はっ、膝に手をつきそうな奴に言われてもなあ?」


 「息を乱して必死に呼吸するために唾を吐くことも

  厭わない君に言われたくないけどね」


 「吐いてねえだろうが!? 意外と口悪いな!?」


 2人は子供じみた口論を繰り広げる間も敵を倒していき、気づけば覆面の数も既に半分を下回ろうとしていた。


 そしてエルリカが対峙する覆面を倒し、彼女の前方の視界が開けた瞬間。



       「いったい何が起きてますのっ!?」



     「シルク様っ! 離れないでくださいっ!」



 エルリカは語尾に高貴さを感じる(?)少女の声と青年の声が聞こえたため、無意識に見渡す。


 すると銀髪お団子の少女とダークブロンド髪の青年が、周囲の覆面に襲われている瞬間を目撃した。


 青年がミリタリーナイフで応戦しているが、少女の方は明らかに武器になりそうな物を持っておらず、魔法を発動する気配すらない。


 (観客っ!? さっき確認した時はいなかったのにっ)


 エルリカは思わず気が動転してしまう。それも仕方ない。実際に彼女は避難する人を確認し、見落としてはいなかった。


 今襲われている2人は騒動が起きた後に競技場内に入ったため、エルリカの意識の外にいたのだ。


 「今すぐ助けますっ!!」


 少し離れた場所にいる2人に届くことを願って大声を出したエルリカは走り出す。だが、まだ彼女の周囲にいる覆面が明らかに足止めを意識した陣形で距離を取っているようだった。


 「邪魔っ!! どけっ、どきなさいっ!!」


 エルヒカは鬼気迫る顔で目の前の覆面を殴り飛ばすが、確実に足は遅くなっている。


 「ぐぁっ!?」


 「セシルっ!」


 青年が蹴り飛ばされ、少女が悲鳴を上げる。


 悠長にしてる時間はもう無い。エルリカは両腕に強度な硬化魔法を発動してーーー。



 「へ、勝負は決まったな」


 するとエルリカの隣にやって来たカイルが腕を掴む。


 「えっ? ちょっとなにを」


 「覆面討伐数は、俺の勝ちってことでいいよなぁ!!」


 そう言ったカイルは、エルリカを前方に投げ飛ばした。


 「きゃっ!!?」


 短い悲鳴を挙げたエルリカはまるで滑空しているかのように観客席を、真下の覆面たちを飛び越える。


 「ーーー勝負はお預けだからっ!!」


 投げられた意図を察したエルリカは、徐々に離れていく赤髪の脳筋大男に聞こえるように大声を出したのだった。



 そしてエルリカが着地すると、即座に青年に襲いかかる覆面を蹴り飛ばす。


 「大丈夫ですかっ!!」


 エルリカが話しかけると、真っ先に反応したのは少女の方だった。


 「あなた誰ですのっ!?

  ていうかこの騒ぎはいったい何ですの!?」


 銀髪お団子ヘアの少女は訳がわからない様子で問いかける。


 「話は後です! 競技場を襲撃されました!

  近い出入り口から避難を始めてくださいっ!」


 エルリカの発言に少女は「いやもっと詳しく説明をーーー」と言い返しそうだったが、それを護衛の青年が手で阻止した。


 「わかりました、ありがとうございます。

  その服、あなたは『ルーライト』の方ですか?」


 「隊員のエルリカです。私も護衛に付きますので、

  急いでここから脱出しましょう!」


 「いえ、エルリカさんはやることがあるんですよね?

  でしたら俺とシルク様2人で向かいます!」


 青年がそう言うとエルリカは少し戸惑った顔を浮かべた。


 「いや、ですがーーー」


 「俺はアステス王国軍所属、

  セシル・ブレイダッド二等兵です。

  軍人として、シルク様を必ずお守りします!」


 青年ことセシルの決意は固かった。それに、エルリカもルークたち学生の状況も把握したい。


 「よく言いましたわセシル!

  それでこそ私の見込んだあなた!

  エルリカさんとやら、私たちは大丈夫ですわ。

  アステス王国王女として、私からもお願いしますわ」


 「‥‥‥わかりました。シルク様、セシルさん

  どうか気をつけてください」


 こうしてエルリカは2人と同行することを断念した。だが、その判断がすぐに間違いかもしれないと感じる事態が起こる。


 「っ!?」


 「離しなさいこの無礼者!!」


 床に倒れていた覆面が、エルリカとシルクの足を掴む。


 「2人を離せっ!!」


 セシルは2人を解放すべくナイフで足元の覆面を狙うがーーー。


 「少年、まだまだ若いなぁ」


 そんな声が聞こえた直後、覆面が呻き声を出して動かなくなった。


 「事が起きてから動いたのでは間に合わん。

  軍人なら、事態が起こる前に備えておくものだ」


 3人の前に現れた灰色髪の壮年の男が不敵に笑う。彼を見て、エルリカは目を見開いた。


 「あ、あなたはバスタル様!?」


 「様はやめてくれ、むず痒いのでな。

  そう呼ばれるのはイグニだけで充分だ」


 男がそう言うと隣に控えていたイグニという側近が頭を下げる。異様な空気を纏う2人に、エルリカとセシルは生唾を飲んでいた。


 バスタル・アルニール。


 魔導大国レーグガンドの高順位権威者で、『魔導会』と呼ばれる世界でも屈指の魔法研究機関の総代でもある。


 魔法に関する分野を専攻者は、その名を聞くだけで畏れ慄くほどの人物である。


 彼の側近をしているイグニという男も魔導会の研究者なのだ。


 そのため、彼と対峙したエルリカとセシルは完全に縮こまっている。


 「誰だか知りませんが、助かりましたわ!

  アステス王国王女として、お礼申し上げますわ!」


 「ちょっ、シルク様!?」


 (え、知らないの!?)


 だがシルクは明らかに失礼とも言える態度、発言をぶちかます。思わずセシルが不躾にも王女である彼女の肩を揺らしてしまうほどだった。


 そしてエルリカは絶句し、完全にドン引きしている。


 「ふっ、はっはっは!」


 だが、バスタルは嬉しそうに笑った。


 「いや、お噂通りの豪胆な方ですな、シルク王女」


 「ちょ、レディに対して失礼ですわね」


 (失礼はどっちですか‥‥‥)


 エルリカは頭を抱え、セシルは涙目。


 「でも、助かりましたわバスタルさん。

  そのお礼に、今度開催される我が国のパレードに

  招待してあげますわ。お待ちくださいまし」


 「ほう、あの有名なアステス王国のパレードに。

  それは楽しみですな」


 意外にもシルクとバスタルの会話が成立していた。だが、そんな悠長に話をしている場合ではない。バスタルはエルリカに視線を合わせた。


 「お嬢さん、私とイグニはこの2人と共に避難する。

  心配は無用だ。もう私も歳だが、まだまだ

  若いものには負けんよ。心配しなくていい」


 「よ、よろしいのですか」


 「そんな畏まらなくてもいい。

  これから時代を作るのは君たちだ。

  私は長く生きた者として、支えるのみ」


 バスタルがそう言って笑うと、エルリカは頭を下げた。


 「あ、ありがとうございますっ!

  我が国の王子、ルークにも伝えますので!」


 「彼と話する機会を、楽しみにしているよ」


 バスタルはそう言うと出入り口の方へ歩いて行く。


 「さ、お二人も早く向かいましょう。

  バスタル様を見失ってしまいますので」


 イグニが誘導して、シルクとセシルを案内する。


 「ありがとうございましたエルリカさん!」


 「愛しのルーク様にこのシルクが会いに来てたことを、

  どうか伝えてくださいましっ!」


 そう言ってセシルとシルクも出入り口へ出ていく。エルリカはバスタルとイグニに感謝しながら、ほっと息をつく。


 (ん? 愛しの、ルーク様‥‥‥?)


 だが、シルクの言葉が異様に頭から離れないのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 競技場ステージ上。


 「本当に厄介ね」


 ゴートゥーヘル最高幹部『深淵アビス』第一席、ノエル・アヴァンスは濡れた髪をかき上げる。


 「同感ー。めんどくさいー」


 アイトが代表を務める組織、『エルジュ』の精鋭部隊『黄昏トワイライト』No. 4、アクアは不満そうに手に浮かべた水をクルクル回す。


 (付かず離れずの状態を保ってくる。

  水魔法は本当に厄介ね)


 ナイフを握り締めたノエルが歩き始める。眠たそうに欠伸をする青髪の女の首を掻っ切るために。


 『ノエルん、聞こえてますかあ〜? クロエで〜す♪』


 するとノエルの持っていた魔結晶から、第三席のクロエ・メルから連絡が届く。


 「なに? こっちは今忙しいの」


 アクアが両手で飛ばす水を回避しながら、ノエルは訝しげに返事をする。


 『ノエルんの言ってた件の報告で〜すよ?』


 「! ‥‥‥」


 そこからノエルは自身の魔法を周囲に発生させると、アクアの水が届かないようになる。そして一言も発さずにクロエの話を聞く。


 「‥‥‥わかったわ。私も行く。ご苦労様」


 『は〜い♪ ノエルんも、お疲れ様で〜す♪』


 クロエからの連絡を終えると同時に魔法を解く。そして迫る水を回避した後。


 「【インフォージュン】」


 ノエルは即座に両手を前に突き出し、唱える。


 「! わー」


 するとアクアは謎の重さに苛まれ仰向けに倒れる。そして競技場の床が割れ始める。


 「わわわー」


 体が震えてるアクアは口から声を漏らすもブレまくる。声に危機感は一切無かったが。


 「終わりよ」


 ノエルが両手を握り締めると床が陥没し、アクアが亀裂と亀裂の隙間に吸い込まれ、姿を消す。強引に地中にまで押し込まれたのだ。


 「ここまでよ」


 ノエルがそう言い捨てると身体が宙にふわりと浮き、空を飛んで離れていく。


 競技場の床は、大部分が陥没した。割れた床から煙が舞い上がる。紛うことなき大惨事。




 「お〜い! 大丈夫か〜!?」


 すると自身に迫る覆面集団を全て返り討ちにしたエルジュの精鋭部隊『黄昏トワイライト』No.5、カイルが駆け寄る。


 「‥‥‥返事が返って来ねえ!! 死んだか!?

  こいつがやられるなんて、さっきの女相当やるな!

  くぅ〜!! はやく戦ってみてえ!!」


 カイルが全くもって自分本位な話をしていると、床の切れ目から水が噴き出す。


 「‥‥‥ぷはっ」


 アクアはその中を泳いで出てきた。


 「お、なんだ生きてたか」


 カイルはずぶ濡れ&泥まみれのアクアの肩をバシバシ叩く。


 「痛い、勝手に殺すなー」


 アクアがカイルの手を水で払いのけ両手を真上に突き出し、バンザイ状態。その両手から水が溢れ出し、アクアに付いた泥が洗い流されていく。


 「便利なもんだ」


 「早くお風呂入って寝たい。疲れたー」


 「今回は珍しく動いたじゃねえか。

  お前と戦ったあの女は? 追いかけるか?」


 「‥‥‥無視。めんどくさい。よくわからなかった」


 得体が知れない強敵。めんどくさいと感じていたアクアは追いかけるのをやめた。


 「そうか? まあこっちの雑魚はほっとけねえか。

  おい、ミストは一緒じゃねえのか?」


 「おんぶ〜」


 背後に回り込んでカイルの背中に飛びつこうとする。その瞬間、アクアは時の流れが遅くなったように錯覚する。


 アクアは集中力を研ぎ澄まして目の前の背中を凝視。その結果、カイルの背中に接触する前に踏みとどまる。


 「ぶへっ!?」


 カイルの背中に、自分の手から出した水をぶち当てることによって。


 「‥‥‥てめえ、何してんだぁ?????」


 もちろんカイルはずぶ濡れ。それはアクアも同様。


 「固そうだから嫌」


 「話聞けや!!!」


 「眠い〜。やっぱりあの背中がいいなー」


 カイルの怒りを当然のように無視し、アクアはトボトボ歩き出した。自分が休めるよう、飛び乗る背中を求めて。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「くしゅんっ!」


 「ミスト? 身体が冷えて風邪でも引きました?」


 オリバーに抱えられた状態のミストが突然くしゃみをする。


 「い、いえ! な、なんか寒気というより悪寒が!!」



     誰のせいかは色んな意味で明らかである。

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