最高勝負
時はほんの少し遡る。
エリス、カンナ、ミアの3人は空からマルタ森に潜入し、中央に向かっていた。
『エリス! 聞こえるか!』
すると突然アイトからの通信を受ける。エリスは応答し、優しい声で話し始めた。
「連絡待ってたわ。どうしたの?」
『詳しい説明はできないが、上から隕石が落ちてくる!
落ちるまでの時間はあと約20分!
俺は隕石を壊すからみんなは用がなければ
時間までに森から離れてくれ!!』
「うええっ!? 隕石っ!? こわ〜!」
「さすがお兄ちゃん〜♪ 好き〜♡」
カンナは驚いた声を出し、ミアは関係ないことを言う。そしてエリスは。
(さすがだわ。誰よりも早く異変に気づいて行動する。
そしてそれが解決につながる。
やっぱり彼は私、私たちの代表)
アイトを褒めまくっていた。
「わかったわ。今からあなたの援護に回る」
『いや、大丈夫だ。天使さんが一緒にいるし』
その発言にエリスたちは衝撃を受ける。ーーー特にカンナが。
「天使さんっ!? あの天使さんのこと!?
すご〜い! さすがレスタくんだね!
あの翼! あの翼触ってみたいなぁ〜」
「は? あの変な女と一緒にいるの?
今から邪魔者は消すから待っててね、お兄ちゃん」
(『使徒』シャルロット・リーゼロッテに
一目置かれるなんて。やっぱり私の思考が
追いつかないほど、彼の存在は別格)
3人の思考、発言はもはや収拾がつかなくなっていた。
「わかったわ。でも余裕があれば援護に回る」
『助かる。でも無茶はしないでくれ。それじゃあ』
そういったアイトが連絡を終える。そしてエリスたちは中央付近に到着する。
「あれは、ルーク・グロッサ‥‥‥」
「あ! レスタくんのお姉さんが走っていったよ!」
真下にいるルークとマリアを発見するが、マリアは走って移動を始める。
(‥‥‥1人なら、好都合ね)
「私がルーク・グロッサを足止めする。
カンナは空からマリアさんを追いかけて。ミアは」
「は? 命令すんな。お兄ちゃんを探す」
そう言ったミアは2人の了承を取らずに、その場から離れていく。
「エリス、いいの?」
「あの子は自由にさせた方が活躍するからいいわ。
カンナ、マリアさんをお願いね」
「それはもちろんだけど、大丈夫なのっ?」
「‥‥‥何が?」
「王子に接触するのは危険だと思う。
4月に接触した私はわかるんだ。あれは、怖い」
カンナが少し影を落とした表情で呟く。だがエリスは、止まらない。
「大丈夫。私、アイ以外に負ける気はないから」
「だったら私もっ」
「カンナ、お願い」
そう言ったエリスの目は、意思が宿っている。
「‥‥‥わかったっ。エリスなら、大丈夫だよねっ。
でも気をつけてね! あの王子、ハンパないから!」
忠告を聞いたエリスは微笑んだ後、掴んでいたカンナの腕を離してゆっくりと木に降りていく。
(私がいればエリスの足手纏いになっちゃう。
それはエリスも理解してて多くを語らなかった‥‥‥
今の私は、エリスの力になってあげられないっ)
カンナは自分に対する不甲斐なさと湧き上がる不安を必死に振り解き、走っていくマリアの後を追いかけた。
(でもせめて、自分にできることはやらないとっ!)
そして、これから始まる誰も近寄れない死闘から、エリスが無事に帰ってくることを祈った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
マルタ森、中央付近。
森の木が次々と切り刻まれる。縦横無尽に広がる2人の剣閃が、全てを包んでいく。
「ふっ」
「っ!!」
ルークの剣による薙ぎ払いをエリスは剣を縦に動かして弾く。ルークの身体が少し浮いた瞬間に、エリスが剣を斜めに振る。
(! 鞘っ!)
「強いね、君」
ルークは鞘を咄嗟に腰の剣帯から外してエリスの剣を受け止める。だがルークは身体が浮いた状態で受け止めたので後ろに吹き飛んだ。
ルークは吹き飛んだ先の木に剣を刺して勢いを止め、剣を抜いて着地する。
(優勢なのは私のはず。なのに、この焦燥感は何?)
エリスは手応えの無さに少し焦っていた。ルークは確かに強い。強いのだがそこまで脅威に感じない。そして何より、時折り見せるルークの微笑みが動揺をーーー。
「!」
エリスはその場に剣を刺して目を瞑り、頬を叩く。ルークは?の顔を浮かべていた。
(向こうのペースに自分から呑まれる必要はないわ。
ただ、私はアイのために動くことを心がければいい)
「‥‥‥へえ」
集中力が増したエリスを見たルークは嬉しそうに微笑む。
「君は聡い。ただ僕が余裕を見せるだけで動揺し、
自滅する相手は今まで数知れなかった。
だが君は落ち着いて仕切り直した。
その心構えを生んでいるのは、君自身の強さ」
ルークは嬉しそうに称賛した後、剣を構える。
「さて、君は僕が今まで戦ってきた相手の中で
何番目に強いかな?」
エリスは地面に刺していた剣を抜き、構える。そして、さっきの発言に答えるように言い放った。
「ーーーあなたより強い」
「ははっ! いいね!!」
ルークが地面を蹴って走り、エリスに迫る。互いの剣がぶつかり合い、衝撃が周囲に走る。
周囲の木が瞬く間に吹き飛んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「なんなの!? 今の衝撃は!?」
移動していたマリア・ディスローグは足を止め、周囲を見渡す。エリスとルークの余波が離れた場所にいるマリアにまで届いていた。
そしてマリアは、ふと後ろを振り向く。
「あっ」
「わっ!?」
少し離れた位置にいた銀髪ツインテ少女と目が合う。その少女は特殊な戦闘服を着ていた。その服はーーー。
「レスタの仲間ねっ!?」
「バレた〜!!」
マリアが踏み込んでカンナに迫りよる。カンナは急いで腕に付けていたヘアゴムを指で回し、形状をショートソードに変える。
「何よそれっ!?」
声を荒げたマリアは鞘から刀を抜き、カンナに振りかぶる。
剣と刀がぶつかり、拮抗する。だがその均衡はすぐに終わった。
「うにゃあ!?」
マリアの力に押され、吹き飛ばされるカンナだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「君、本当に強い!! 楽しいな!」
ルークが木を蹴って高速移動する。エリスも合わせて木を蹴って高速移動で対抗する。
「君の強さは本物だ。もしかしたら、
今までの敵で10番以内に入るかもね!」
「不愉快よ」
剣術は互角。身体能力もほぼ互角。エリスは王国最強と謳われるルークに確実に迫り寄っていた。
両者、正確無比な高速剣。エリスは『勇者の魔眼』で攻守において修正ができ、ルークは完全にこれまでの経験と鍛錬の結果である。
(この子がエルの言ってた金髪女剣士か。
なるほど、確かに強い。それも並の強さじゃない。
この子が慕うレスタはこれと同等以上か。
う〜ん、じゃあ前よりも確実に強くなってるね)
ルークは長考している間にもエリスの高速剣を真っ向から迎え撃つ。
常人から見れば剣を動きがまるで見えず、弾き合う音と火花が分かる程度。だが当事者の2人はいっさい手を抜く余裕はない。
そしてお互いの剣が強くぶつかり、せめぎ合う。
「っ!! くっ!」
だがここで、2人の差が現れる。純粋な力はルークの方が上だったのだ。
エリスは剣を押しきられ、腰が後ろに逸れる。
「さすがに力比べで負ける気がしないよ?」
ルークは今、楽しそうな顔を浮かべていた。
(こうなったらーー)
バチンッ。
火花が散ったような音と共に、エリスがルークの剣を押し返す。【血液凝固】で足りていなかっただけの力を両腕に付け足したのだ。
「! 力が増した」
ルークは無意識にそう声を漏らすと同時にエリスは突きを繰り出す。
ルークは一歩分だけ横に動いて突きを避けると、エリスの剣がルークの背後の木に突き刺さる。
「っ!」
その直後、エリスは呼吸する間も無いほどの鋭い前蹴りを繰り出す。
「おっと」
ルークの腹を狙ったその攻撃は、割り込んだ彼の腕によって阻まれた。
「っ!!」
だがエリスの狙いはここからだった。ルークの腕に乗せた足を押すようにして蹴って後ろに飛び、反転しながら木に刺さった剣を抜く。
そしてまた空中で勢いそのまま半回転し、左足でルークの頭を蹴り飛ばした。
身体がブレたルークは、笑っていた。
「ーーーはははっ!」
(絶対負けないっ!!)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「! また地面が揺れた!?」
マリアは再び足を止め、周囲を見渡す。
「やああっ!!」
カンナはそれを隙だと思い、剣を振りかぶる。だが、マリアはいとも容易く刀で剣を受け止めた。
「あんた、今近くで何が起こってるか知ってるの?」
剣と刀が拮抗した状態の中、マリアが睨むようにしてカンナを見つめる。
「うえっ!? な、何が起こってるのかにゃあ!?」
「‥‥‥そう。なら教えてもらおうかしら」
「なんで知ってるってわかったの!?」
マリアは呆れた様子で右足でカンナを蹴飛ばす。
「うにゃあ!?」
カンナは背中から木に激突し、変な声を上げて、前を向く。
するとマリアが刀を鞘に納めており、右手には雷を纏っていた。
(あれはレスタくんが競技で使ってたーーー)
「【紫電一閃】!」
バチンッ。
カンナは咄嗟に両足に【血液凝固】を施し、背後の木の側面を蹴って真横に飛んで地面に転がる。
直後、カンナが蹴った木は真っ二つに切れ、音と粉塵を立てて地面に倒れる。
「ひえぇ!? こ、こわあ!?」
「チッ、避けたか」
立ち上がったカンナを睨むマリアは、雷を纏って瞬く間に距離を詰めていく。
(レスタくんのお姉さん、怖すぎだよぉ〜!!!)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ルークの猛攻をエリスは冷静に受け流し、躱し、受け止める。そんなエリスは冷や汗を流していた。
(捌くのが精一杯‥‥‥! 速い、重い、強い!!)
戦闘が始まった時よりもルークの剣が少しずつ速くなっていることに気づいたエリスは、ある決断を迫られていた。
「まさかここまでやれるなんて、文句なしの逸材だ。
君に慕われるレスタが羨ましいよ」
エリスはルークの剣に神経を注いでいたため、彼が繰り出す突然の足払いに対応が遅れた。
「くっ!」
エリスの体が宙を浮く。それを好機とみたルークが剣を振りかぶる。
エリスは咄嗟に持っていた剣を上に掲げてルークの剣をかろうじて受け止めるも、そのまま背中を地面につけて仰向けに倒れる。
その拍子に、エリスの口元に巻かれていた黒い布が取れた。
「綺麗だね。その美貌だと、引く手数多でしょ?」
「黙れっ‥‥‥!!」
地面に寝転がった状態でルークの剣を押し返そうとするが、体勢が悪く逆に少しずつ押し切られる。
「ここまで、だね」
両手で剣を持たないと完全に押し切られてしまうため、エリスは魔法を発動できない。
バチンと音が鳴ると同時にエリスは両腕に【血液凝固】を発動するが、さっきとは違い押し返せない。体勢が明らかに悪いためだ。
もう撃つ手がない。そう読んでいたルークは、わずかに油断していたのかもしれない。
「わっ!!」
「おっと」
エリスが大声を出すと口から魔力の衝撃波が飛び、ルークの体を浮かせた。
ルークは少し離れた位置に着地し、エリスはその場で起き上がる。
「まさか、口から魔力そのものを飛ばすとはね。
そんな芸当、常人にはできるはずがない」
ルークの声は、エリスには届いていなかった。
「? 聞いているかい?」
「‥‥‥」
「もしもーし? そこの金髪さーん?」
ルークの声にエリスは反応しない。だが、エリスの目には何かを覚悟した表情を浮かべていた。
(‥‥‥ごめんなさい。許して)
エリスはここにいない相手に心の中でそう呟くと、両目の色が変化していく。澄んだ青から、真紅の赤へと。
そして、聖痕が浮かび上がる。
「!? 勇者の、聖痕‥‥‥!」
さすがのルークでも驚いた表情を浮かべる。それほど魔眼持ちは希少な存在なのだ。
「ははっ! まさか勇者の末裔だったとはね。
どおりでこんなに強いわけだ。
そして今から、君の本気が見れるというわけか。
安心していい。この事は誰にも言わないよ。
言っても国が混乱するだけだからね。
でも周りに言わない代わりに、1つ条件がある。
ーーー君が本気を出すこと。それだけだ」
「‥‥‥ありがとう」
敵ながら天晴れ。そう感じたエリスは強敵の彼に小さな声で感謝を呟くと、その場から姿を消す。
(速い!!)
背後からの攻撃を受け止めたルークは素直に感心した。
咄嗟にエリスの剣を弾いたルークは反撃する。
だが、エリスはすでに二歩後ろに下がっていた。さっきまでエリスがいた所を剣が通過する。エリスはその瞬間に剣を振りかぶっている。
(完全に僕の動きが見えている!
これが、本当の勇者の魔眼の力か!)
エリスはこれまでも魔眼の力でルークの攻撃を先読みしていたが、それは染色魔法で魔眼を覆った状態で行っていた。
だが今はその染色魔法を解き、全開の魔眼で動作の先読みを行っている。それは今までの先読みと、精度が桁違いである。
逆に言えば、本来の力を使わなければいけないほどの相手だとエリスは判断したのだ。正体がバレた後の危険よりも、ルーク1人の方が危険だと。
前にアクアと戦った時に見せた、『勇者の魔眼』制限解除。持続可能時間は4分。
その4分で決着をつけるとエリスは決意した。
エリスの剣がルークの頬を掠める。少量の血が頬から流れる。その後、2人の剣撃で辺りに衝撃が走る。
「さあ、最高勝負といこうっ!」
ルークの両目がほんの少しだけ輝き出す。聖騎士の魔眼がエリスと戦うことを喜んでいるのだ。いや、それは本人が喜んでいるだけかもしれない。
エリスとルークの死闘は、ここからが正念場だった。
隕石落下まで、残り15分。