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『天帝』VS『使徒』

 マルタ森、中央。


 アイトは『使徒』シャルロット・リーゼロッテと対峙。


 「君を探してた。さ、早くやろう」


 「えっ‥‥‥? 天使さん、いったい誰ですか?」


 「なんでそんな格好してるか分からないけど、

  とりあえず君の力を、私に見せて」


 シャルロットはゆっくりと空から降り、地面に着地すると同時に【異空間】を作り出すと、そこから何かを引っ張り出す。


 「これ使うの久しぶり。よろしくね」


 「いや、いきなり剣出されてよろしくってーーー」


 「剣じゃない。これは杖剣じょうけん


 「それはどうでもいいわっ!!?」


 会話が全く噛み合わない。シャルロットの豪速球をひたすら受け止めている感じである。


 シャルロットは首を傾げながら手に持った杖剣を構える。


 「楽しみ」


 「おいっ!? 話を聞けぇぇぇ!!?」


 そして大声を上げるアイトへ突撃をしていくのだった。



 『天帝』VS『使徒』、意味のない大戦が幕を開ける。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 マルタ森、上空。


 「アイとの連絡が切れた‥‥‥」


 エリスは小さな声で呟く。それに反応したのはカンナだった。


 「どうするのっ? かけ直す?」


 「いえ、何かすることができたから切られたっぽい。

  だから行動し始めた彼の邪魔をしてはいけない。

  少し時間を空けてからにした方がいいわね」


 「ラジャ〜!」


 「ま、お兄ちゃんの邪魔はしたくないし」


 カンナとミアの同意を取ったエリスは、下にあるマルタ森を見渡す。


 「アイの魔力反応は中央あたりにある。

  できるだけ近づいておきましょう」


 「ラジャ〜!」


 「指図すんな」


 エリスたちはアイトと合流すべく中央付近に向かう。



 向かう途中に、ルークたち学生がいることを知らずに。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 マルタ森、中央付近。


 「森の結界が消えた!? だれが消したの!?」


 「‥‥‥(ハッ! ジ〜)」


 マリアとシロアは遠くの空を見つめ続ける。突然の結界消滅に驚いて思考が止まっているのだ。


 だがルークがすぐに指示を出すことで意識を戻させる。


 「今から生徒たち全員が固まって一方向へ移動し

  森から脱出を試みる! マリアとシロアはーーー」


 「隊長!! 今着きました!」


 ルークが言葉を続けていた時、『ルーライト』副隊長、ジル・ノーラスが合流する。


 ルークは驚いたがそれも一瞬、すぐに修正した指示を出す。


 「よし、学生の避難の誘導はジルとシロア。

  マリアは僕についてきて。今から敵の殲滅をするよ」


 「はっ!」 「はいっ!」 「‥‥‥(コク)」


 3人が返事をすると、それぞれ行動を始める。ジルとシロアは互いに目配せして学生たちの前へ。マリアはルークの隣で立ち止まる。


 だがマリアの他に2人、ルークの元へ駆け寄ってくる人がいた。


 「お兄様、待ってください〜!」


 「兄さん、待って!」


 それは第二王女ユリア・グロッサと第一王女ステラ・グロッサ。これから別行動を取ろうとしている兄を見送りにきたのだ。


 「お兄様、気をつけてくださいねっ!」


 「兄さん‥‥‥」


 ユリアは満面の笑みで、ステラは不安そうに呟いていた。


 別にステラがルークの強さを信じていないわけではない。むしろ誰よりも兄のことを信じている。だが謎の襲撃者が周囲に潜伏している今、どれだけ強くても死なない保証は無い。


 家族が危険な目に遭うかもしれない。不安になるのは当然だった。


 それを言うとユリアが心配してないように見えるが、彼女は今の状況では()()()()()元気に送り出すべきだと察したのだ。



 2人の気持ちを察知したのか、ルークは安心させるように柔らかく微笑む。


 「大丈夫、ありがとう。ステラとユリアも気をつけて」


 そして妹2人をそれぞれ片方の手で優しく頭を撫でた。ステラは名残惜しそうに目を瞑り、ユリアは特に変化なし。


 「ステラ様、ユリア様!

  お辛いでしょうが急ぎましょう!

  隊長、どうかお気をつけて!!

  ディスローグ、決して無理はするな!」


 「了解です! 副隊長もお気をつけて!

  シロアとみんなを頼みます!」


 「ジル、任せたよ」


 2人の声を聞いたジルが「はい」と頷き、ステラとユリアを連れて生徒たちと合流する。



 障壁魔法による鉄壁の守備力を誇る副隊長のジル、時空魔法による転移で相手を翻弄し敵を倒すのが得意なシロアが生徒たちを誘導。


 雷属性の魔法を使い、攻撃力に特化したマリアと聖騎士の魔眼持ちで現在の王国最強であるルークが残った敵を殲滅することにしたのだ。



 ジルは学生の前に立つ。『ルーライト』副隊長ということもあり、彼の発言を全員が聞き逃さないように静かに耳を澄ましていた。


 「皆の諸君! 今から避難を開始する!

  クロートが先頭、我が最後尾を務める。

  皆は固まって移動してくれ!! あとはーーー」


 そしてジルが手短にだが着実に避難する際の陣形を整えていた時。



 「あのっ!! 待ってくださいっ!!!

  1年Dクラス、アイト・ディスローグくんの

  姿が見えません!!!」


 彼の説明を切り裂くような、ハッキリとした声が響き渡る。


 大声を出して忠告したのは1年Bクラス、アヤメ・クジョウ。



 「なんですってっ!?」

 「‥‥‥!」



 彼女の声に真っ先に反応したのはマリアとシロアだった。


 「チッ、近くにいないと思ったら、

  やっぱり騒ぎに乗じて‥‥‥」


 そして1年Aクラス、システィア・ソードディアスは空気の読まない舌打ちと独り言をかましていた。


 「アイトが!? どこに行ったんだ!?」


 「嘘でしょ!?」


 「ええ!?」


 「アイトくんが‥‥‥」


 続いて友人のギルバート、クラリッサ、ポーラも驚き、ユリアは誰にも聞こえないような小さい声を漏らす。


 「マリア先輩の弟くんが‥‥‥」


 ステラも顔を真っ青にして震え始める。学生1人が姿を消した。そして既にもう彼は‥‥‥という可能性が浮かび上がる。


 その不安と恐怖は伝染し、学生たちの中で不安と恐怖が徐々に広がっていく。



 「‥‥‥へえ? 後輩くん、いなくなったのか?」


 だがその中で1人、スカーレットは目を細めて笑っていた。



 「マリアの弟くんが、いない‥‥‥?」


 そしてルークは独り言を漏らす。その声は誰にも聞こえていない。


 「ねえ!! いつ!? いつからいなくなったの!?」


 少し離れていた場所にいたマリアがすぐにアヤメの元に駆け寄る。弟がいないと聞いて当然の反応だった。


 アヤメはマリアに詳しく説明を始める。


 「さっきですっ! 変な人たちと戦いが始まった時は

  隣にいたのですが、いつの間にかいなくて‥‥‥」


 「そんなっ‥‥‥! アイト‥‥‥!!!」


 聞いたマリアは顔を真っ青にし、呼吸が乱れ始める。顔が自然に下は俯く。次第に胸が苦しくなり、動悸が激しくなる。思考がグルグルと歪み、何も考えられなくなる。


 (何かあったかもしれない‥‥‥私、はやくーーー)


 「‥‥‥(ポンッ)」


 マリアが顔を上げると、シロアが自分の肩をポンポン叩いていた。


 「‥‥‥? シロア‥‥‥?」


 「‥‥‥(グッ)」


 マリアの肩に手を置いた(身長にかなり差があるため背伸びしながらの)シロアは、もう一方の手でガッツポーズ。


 「‥‥‥(ギュッ! ギュ〜! フンスッ!)」


 そしてマリアの手を両手で包み、全力で力を込める。シロアはあまりの本気具合に、目を瞑る勢いだった。



 話すのが苦手なシロアは、自分にできる限りの行動で懸命に励ましている。



 「‥‥‥ありがとうシロア。少し落ち着いたわ」


 自分も心配であるはずなのに懸命に励ましてくれるシロアを見て、マリアは落ち着きを取り戻す。


 「そうよ、探すしかないわよね。‥‥‥ルーク隊長」


 マリアは少し視線を下げていた。それを見たルークはため息をついて腕を組む。


 「はあ、そんな顔をしないでくれないかな?

  君には僕が『弟くんを探しに行くな』みたいな

  発言するような鬼畜に見えてるの?」


 (‥‥‥時と場合によっては、鬼畜だと思います)


 そんな返事を、マリアは心の中に押し留めた。


 「家族が最優先に決まってるでしょ。

  僕も探そう。それならもっと安心できるでしょ?」


 「‥‥‥いいんですか?」


 マリアが小さな声で聞き返すと、ルークは目を瞑ってため息をついた。


 「舐めてるのかい? 国民を守る。

  それは王族の務めであり、僕の誇りだよ」


 「ありがとうございますっ。

  アイトの捜索、協力してくださいっ!!」


 マリアが涙目で頭を下げる。ルークは彼女の肩を叩いて「さ、早く行くよ」と語りかけているとーーー。



          「俺がどうかした?」



             「!?」



 聞き覚えのある声を聞いたマリアは振り向く。



 すると、学生の集団の中からアイト・ディスローグが姿を現した。


 「アイト!? 怪我はないっ!?」


 「‥‥‥(タッタッタ!!)」


 「危なっ!?」


 マリアが全力疾走で近づきアイトに抱き着き、シロアも後に続く(抱き付いてはいない)。


 「よかった‥‥‥本当によかったっ!」


 そう言ったアヤメは涙を流し、ギルバートたちもホッと一息つく。他の生徒も無事を知って安堵の息を漏らす。


 「へえ?」

 「‥‥‥?」


 だがスカーレット、システィアのソードディアス姉妹コンビを除いて。姉はニヤリと笑い、妹は訝しげに見つめていた。


 「生徒の中にもみくちゃにされて、

  最初の場所から離れちゃったんだ。

  だからずっと後ろの方にいたんだけど、

  いない扱いされてたから急いで前の方に来たんだ」


 「そうだったのねっ! よかった‥‥‥!!

  心配させんじゃないわよっ!! このバカっ」


 マリアは力強く弟を抱き締める。思わず抱き締められた方が「く、苦しい‥‥‥」と呻き声を上げるほどに。


 「マリア、もう大丈夫かな?」


 ルークがマリアの肩に手を置くと、マリアの表情には何も迷いがなかった。


 「はい。さっき以上に!」


 「そうか。弟くんが無事でよかったよ」


 ルークが微笑むと、アイトは頭を下げる。


 「ありがとうございます。姉さんをお願いします」


 「ははっ。マリアは強いよ。けど、任された」


 そんな言葉を聞いて安心したのか、アイトは次にマリアを見つめた。


 「姉さん、がんばって」


 「ありがとう! あんたも気をつけるのよっ!」


 するとマリアに1人の女性が話しかける。かのじょのホワイトブロンドの長いポニーテールが風で靡く。


 「後輩くんは私が守ってやるさ。

  だから安心して暴れてこい、マリア」


 「スカーレット‥‥‥普段はめんどくさいけど、

  こういう時は頼もしいわね。ありがとう」


 マリアが素直に感謝を伝えるとスカーレットはフッと微笑むのだった。




 その後、ジルが提案した陣形で避難を始める学生たち。先頭のシロアの後ろには腕に自信のある立候補者たちが固まった。


 その者たちの名は1年Aクラス、ジェイク・ヴァルダン。2年Aクラス、ユキハ・キサラメ。


 アヤメとギルバートたちはアイトを気遣い、立候補をやめる。そしてアイトの近くには約束通りスカーレットが立っている。その後ろには訝しげな表情を浮かべたシスティアが控えていた。



     (ふぅ〜、なんとか間に合ったのだ)



  安堵したのはアイトの顔をしたーーー怪盗ハートゥ。




 予めエリスに渡されたチケットで魔闘祭の競技場に入ったハートゥは、アイトが『天帝』レスタとして自由に動けるようにアイトに化けろと命令されていた。


 始めは競技場の観客として潜み、その後は隙を見計らってエリスから受け取っていたグロッサ王立学園の男子制服(生産方法は不明)に着替える。


 そして転移魔法で生徒たちと共に転送された後、一般生徒としてアイトのそばに控えていた。


 この時、既にハートゥは存在しない男生徒に変装(顔は適当)。


 そして彼がいないと広まり始めた際にーーーアイトに変装した。


 (あの女と王子、おっかないのだ。

  それに今近くにいる女、これ姉妹か?

  目つきが怖いし間違いなく厄介そうなのだっ)


 ルークを始めとする癖のある人たちに恐怖していた。しかしハートゥはそれを決して表に出さない。


 (変装技術をこんなことに使うなんて。

  『エルジュ』のやつら、許さないのだっ!!)


 アイトの顔の中で、ハートゥは不満たらたらだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 一方、そんなことを知るわけがない『天帝』レスタこと本人(アイト)は。


 (なにこの人!? いや人っていうか天使さんか!)


 天使さんこと、『使徒』シャルロット・リーゼロッテと戦闘をする羽目になっていた。


 (天使さんいったい何者!? 強すぎだろ!!)


 アイトは『使徒』シャルロット・リーゼロッテをそう評価した。


 アイトは少し尻込みしつつも、シャルロットに得意の剣術をお見舞いする。


 「いい剣」


 その呟きは剣を評価したのか、それとも剣術、もしくは両方か。その答えは呟いた本人にしかわからない。


 シャルロットは少し嬉しそうに自身の杖剣でアイトの剣を受け止める。


 彼女の杖剣捌き、体術、身体能力など。どれをとっても超一流。


 「【インフェルノ】」


 そして何より、魔法の練度が桁違い。シャルロットが発動した魔法は、火属性の最上級魔法。


 本来なら、1属性の最上級魔法が扱えるだけで魔法の素質があると言われる。



 だがアイトは、すでにシャルロットが5属性の最上級魔法を扱ったのを自身の目で見ている。



 そして今は、地獄の業火がアイトに迫っている。


 「【ブラックソード】!」


 アイトの聖銀の剣が付与された魔力で黒く染まる。そして迫る炎に対して、連撃を放つ。


 5、6、7回。7回の連撃でシャルロットの炎をかき消した。


 「出た。また面白い魔法」


 シャルロットがアイトの剣をジ〜っと見つめる。アイトは戦闘中にシャルロットから謎の視線を向けられる意味がわからず、訝しげに【ブラックソード】を解除する。


 「あ、もっと見たかったのに」


 少し残念そうにシャルロットは言う。


 「‥‥‥何を言ってる」


 彼女の発言の意図が読めないアイトは考えるのをやめて剣を構え直す。そして次は自分から攻撃を仕掛けた。


 「わっ」


 シャルロットは杖剣で受け止め、捌く。そしてその直後に続くアイトの連撃に対処しながら、こう感じていた。


 (この子、すっごく強い。楽しい、楽しい‥‥‥♪)


 決まった型に全くはまっていない、実戦的な剣。見たこともない魔法。頭の回転の速さ。身体能力。


 シャルロットは今まで見たことがない要素が多い銀髪仮面の少年に、ますます興味を惹かれていた。



      (この戦いが、ずっと続けばいい♪)



      (この戦い、さっさと終わらせる!)



         2人の考えは対極にあった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 競技場、観客席。


 (なんなんですかこの人。タフすぎません?)


 ゴートゥーヘル最高幹部『深淵アビス』第三席、クロエ・メルはめんどくさそうな様子を見せる。


 なぜなら、カイルが何度も吹き飛んでいるのに倒れないからだ。飽きてきたと言う方が正しい。


 「そろそろウザいですよ〜?」


 クロエは右手で魔法を発動させる。


 「【土旋回どせんかい】」


 床が揺れ、前方に抉れ続ける。床が抉れるほどの衝撃波がカイルに迫る。


 「へっ!」


 カイルは、その場に仁王立ちを始めた。


 「バカなんですか?」


 クロエの呆れた声と同時にカイルに衝撃波が命中し、ステージ上にまで吹き飛ぶ。


 その際に床の破片がクロエに飛散する。クロエはそれを手で払い落とす。


          「やっぱりなっ!」


 カイルは一瞬でステージから観客席まで飛び移り、クロエの背後に回り込む。


           (速い。でも)


 クロエは振り向いたがその場に立ち止まる。これまでのカイルの攻撃が通用していないのだから当然の判断だった。


 カイルは、クロエの体に当たる直前で拳を止める。


            「!!」


 クロエは思わず右手でカイルの腕を払い、半回転して後ろ蹴りをかます。


 カイルはクロエの後ろ蹴りを左手で止め、掴む。


 「今のは避けたな? これで完全にわかったぜ!」


 「へえ? だったら答え合わせといきましょ?」


 クロエが目を細めて挑発すると、カイルは自信満々に答えた。



 「お前は、強い衝撃を与えれば与えるほど跳ね返す!

  つまり俺が強すぎるのがダメだったわけだ!!」


 「なるほど〜♪」



 クロエは振動魔法の使い手。振動魔法を上達させていく過程で、とある能力を身につけた。



 【反射リフレクト】。自身の全身に振動魔法を発動させ、相手の攻撃が強ければ強いほど振動で衝撃をずらして跳ね返す。



 つまり、カイルが言っていた事はほとんど正解だった。


 (‥‥‥こんな何も考えてなさそうな、

  脳も筋肉でできてそうな人に見破られるなんて。

  さすがのウチでも、かなりショック〜)


 心の中でカイルを罵倒する程度には動揺した。


 「まあ面白い考えとは思いますよ〜♪

  でも仮にそうだとして、ウチに攻撃が通るとでも?」


 均衡状態のまま、クロエは少し睨みながらカイルに話しかける。


 「はっ、ついに化けの皮が剥がれてきたか!

  でもな、そんな姑息な手は使わねえ!!

  俺のやることはさっきから変わらねえ!!」


 カイルはクロエの左足を掴み、真上に投げ飛ばす。当然、はるか上空に浮き上がるクロエ。


 「何考えてるんですか〜?」


 クロエが空中で体勢を立て直し、真下から跳躍して迫るカイルに向かって呆れた様子で言う。


 「俺の本気の力で、お前の小細工に勝つッ!!!」


 「小細工? はぁ〜‥‥‥ウザ」


 クロエは怒気を孕んだ声で呟くと、短パンのポケットから小石を取り出し右手で握りしめて、投げる。


 「【ソニック・ストーン】」


 振動魔法を小石がギリギリ壊れない限界値まで付与し、カイルめがけて投げる。まるで銃弾と変わらない。


 小石が音を立てて超速でカイルに迫る。目の前に迫った瞬間、カイルは苦笑いを浮かべていた。



       「さすがにこれは、当たれねえか」



             バチンッ



 そのような音を立てると同時にカイルが、空中で真横に移動する。もちろんクロエの小石は当たらない。


            「はい?」


 クロエは理解できなかった。魔法の兆候は見られない。



    にも関わらず、カイルはーーー空中を駆けた。



 【血液凝固】を両足にかけたカイルは、どういう原理か(カイル自身もわかっていない)空中で跳ねた。


 カイルは竜人族とはいえ、足で空中を跳ねて飛び回るなんて普通はできるわけがない。だが、彼の身体能力の高さと【血液凝固】の練度がそれを可能にした。


 1歩目で真横に飛んでクロエの小石を避け、2歩目でクロエより上空に飛び上がる。



           「くらえっ!!!」



    そして3歩目で、下にいるクロエへ急降下した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「な、なんですかあれぇぇ!!」


 オリバーにお姫様抱っこされているミストが上空を指差す。


 そこには上空にいるクロエと、空中を飛び回ったカイル。


 「あれは‥‥‥! 急いで離れますよ!!」


 オリバーはミストを抱え直して走る。


 「な、なんでですかあ!? 援護しないとぉぉ!」


 「たぶんカイルには必要ないです!!」


 オリバーがそう言った直後に上空にいた2人が消え、観客席が爆散した。あたりに粉塵が舞い起こる。


 「ひええぇぇぇぇ!!!!!!」


 「口開けてると舌噛みますよ!!」


 オリバーは何かを悟り、爆散した場所から全速力で距離を取った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「っぷはっ。危なかったです。ギリギリでした」


 立ち上がったクロエは服がボロボロになっていた。さっきの上空でのカイルの空中突進に巻き込まれて観客席に突っ込んだが、クロエ自身にダメージはない。


 「マジか! あれでも耐えやがったのか!」


 粉塵の中から現れたカイルは嬉しそうに笑う。さっきの攻撃でクロエの【反射リフレクト】の臨界点を超えたと思っていたのだ。


 「はあ、ふざけないでくれます〜?

  さっきのせいでウチの魔力、

  ほとんどスッカラカンなんですけど?」


 カイルの攻撃で【反射リフレクト】に大量の魔力を消費されたのだ。そしてついに【反射リフレクト】を発動できないまでに魔力が枯渇した。


 訝しげに言ったクロエは服についた粉塵を払う。


 「ってことは! 今なら攻撃が通るっ!!」


 するとカイルは嬉しそうに突進し、クロエに攻撃を仕掛けた。だが、戦いはここで幕引きとなる。



 「ウザ、ほんとウザい。はあ、あとは任せました〜」



 クロエはため息をついて右手を挙げると、周囲にいた大量の覆面集団がカイルに襲いかかったのだ。


 「なんだ!? テメェら、邪魔すんな!!

  そこの女強えんだよ!! 面白えんだ!」


 さすがのカイルでも大量の覆面集団に囲まれては突進できない。目の前の覆面たちの対処に追われ、クロエとの距離を縮められない。


 「あなたは要注意って総帥に伝えないと♪」


 「何を言ってる!? おい、待てっ!!」


 カイルの怒声に対し、クロエは舌を出す。



 「楽しかったですよ♪ それではウチはこれで〜♪」



 そして微笑んだクロエは、背を向けて歩き出した。


 「待ちやがれっ!! まだ終わってねえ!!」


 そんなカイルの言葉に、クロエは返事しなかった。2人の距離はどんどん離れていく。



 それを助長するように、大量の覆面集団がカイルに襲いかかる。


 「チッ、数が多くてめんどくせえな!!」




 「ーーーはあっ!!」



 すると鋭い声と共に、近くの覆面に飛び蹴りをかます1人の女性。



 茶髪のショートで、カールのついた髪型。背は高く、大人びた印象、そして‥‥‥『ルーライト』の騎士制服を着ていた。


 「あ!? 上等だ、かかってこい!!」


 その光景を間近で見たカイルは敵と察して構えをとる。だが、飛び込んできた女性は首を振った。


 「待って。本来は敵かもしれないけど、今は緊急事態」


 女性がそう言い返すと、カイルの背後に迫る覆面を殴り飛ばした。


 「は!? おい、どういうことだ!?」


 「今は一刻も争う事態なの!

  だから今だけ手を組むのはどうっ!?」


 迫る覆面に回し蹴りを決めながらエルリカは話す。


 「あ!? 何言ってんだ!?」


 カイルも同様に覆面を殴り飛ばしながら返事をした。すると、エルリカはどこか睨むような視線を向ける。



 「その服装。君、あの金髪女の仲間なんでしょ?」


 「は、はあっ!? 何言ってんだてめえは!?

  知らねえよ! あの女が俺と似た服着てるだけだ!

  俺はこの国のギルド所属の冒険者だぜ!?」


 必死に弁明するカイルを見て、訝しげに睨むエルリカ。その圧を受けたカイルは余計に声を荒げる。


 「さっきもお前が俺を攻撃すると思って

  反射的に身構えただけだっ!!

  同僚に聞けば、俺がギルド所属ってわからぁ!!」


 カイルは動揺を抑えるためか、必死に大声で言い返す。普通なら、誤魔化せるはずもない。



 「‥‥‥そこまで言うなら、私の言うこと聞きなさい」


 「はあ!?」


 だが、今のエルリカには疑っている余裕は無かった。


 「君が言うには、この国のギルド所属なんでしょ?

  なら王国所属の騎士である私に手を貸してもらうわ」


 「ッ、も、もちろんだぜ」


 今は了承せざるを得ないカイルはぎこちなく応える。その返事を聞き、エルリカは内心ほくそ笑む。


 敵か味方か分からないが、とにかく強そうな男を有効利用できる状況になったからだ。



 「君は一般の観客たちを狙う気は無い。

  そしてなぜか覆面たちと敵対してる、そうでしょ?」


 「あ? ま、まあ観客の護衛がギルドからの

  任務だからな!! それがどうした!?」


 カイルが覆面を殴り飛ばしながら語気を強めて肯定すると、エルリカは覆面を蹴り飛ばしながら淡々と話し始めた。


 「私は観客の避難を完了させて

  すぐにでもマルタ森に行きたいんだけど、

  こいつらが邪魔してきて厄介なの」


 「知るか!? そんなの勝手にしろよ!!」


 「君もこいつらの相手は面倒でしょ?

  なら今だけ協力してさっさと倒すのがお互い最善。

  本来、まだギルド所属かどうかの確証がない君は

  私が倒して拘束してから、後で尋問すればいい。

  でも私と手を組んでくれるなら、少しは考慮する。

  まず今だけは、君を倒さないであげる」



 『手を貸せば、今だけは見逃してあげる』ーーーそんな挑発じみた言葉を聞いた女性に対し、カイルは爆笑した。



 「‥‥‥ははっ! 面白いやつだ!

  だが、悪くねえ! 良いぜ乗ったぁ!!

  俺はただのギルド所属の冒険者だけどな!?

  それでおい、お前の名前は!?」


 「‥‥‥エルリカ・アルリフォンよ」


 『ルーライト』隊員、通称『金剛』のエルリカは硬化魔法を両腕に付与し、息を吐きながら構える。


 対して、カイルは指をポキポキ鳴らして笑った。



 「よっしゃ! どっちが多く倒すか競争だぁぁ!!」


 「いやそんな話はしてなーーー」


 エルリカは当然すぐに否定しようとしたが、ここで迷いが生じる。


 (この男、気分を乗せておいた方が良いタイプね。

  正直、金髪女やレスタの仲間かもしれない男なんて

  今すぐ捕らえたいけど、間違いなく時間がかかるし

  観客の避難が最優先の今は、この男は手に余る)


 考え込んでいたエルリカは、自身に迫る覆面の蹴りをかろうじて躱して反撃する。


 (でも騒動が終わったら、すぐにこの男の素性を

  ギルドへ確認すればいいだけ。それならーーー)


 やがて、エルリカの決意は固まった。



 「ーーーいいわ、その提案に乗ってあげる」


 カイルの単純な性格を把握し、乗った方が覆面を早く倒せると判断したのだ。そして、彼への疑いは後に処理すると決意する。



 決して『ちょっと面白そう!』だからなんて、そんな理由ではない‥‥‥と、エルリカ本人は心の中で誰かに言い訳している。


 ちなみに後日、エルリカは彼がギルドに所属していることを知る。そしてレスタの仲間ではないという結論を出して勘違いしてしまうわけだが、今の彼女はまだ知らない話。




 「勝つのは俺だぁぁぁ!!」


 「いいえ私よっ!!」


 奇妙な形で出会ったばかりの2人は、叫びながら覆面集団に殴りかかるのだった。

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