あ、見つけた
競技場、ステージ上。
アクアVSノエル・アヴァンス。2人の戦いの火蓋が切られて数分経過。
「ふぁ〜」
アクアは相手の前で、呑気に欠伸をかましていた。
(何を考えてる、この女)
触発されたノエルが接近すると同時に、アクアは右手を前に出す。
「めんど」
アクアが水魔法を発動。3発の水の槍をノエルに放つ。
「?」
だがノエルに当たる前に水の槍が弾け飛ぶ。それを見たアクアは首を傾げる。
「き、来ますよぉぉぉ!!!?」
「うるさい」
そして隣で声を上げるミストを放置し、アクアは前に出した両手を握りしめる。
「っ!」
ノエルの周辺に弾け飛んでいた水が1箇所に集まり出す。その収束地点は、ノエルの身体。
「っ!」
こうして、ノエルの身体を水で拘束することに成功する。
「やー」
アクアが両手を握る力を強めると、ノエルを拘束していた水が圧迫を始める。
これは約5ヶ月前に行われた『ギルド連携魔物討伐体験』の際に、下級魔族を倒した時と同じ原理。
「?」
するとアクアは水を操作する両手に謎の違和感を感じる。
押さえ込んでいるのは自分なのに、まるで自分の両手が押さえられているようなーーー。
バシャンッ。
「え!? どうしてやめるんですかぁぁ!?」
ミストが言った通り、アクアは両手の水操作を解除してしまった。ノエルを拘束していた水はその場に落ちて床を濡らす。
「うるさい」
「それしか言わないぃぃ!?」
2人が言い合う間にもノエルは濡れた髪をかき上げる。
ミストは敵ながら見惚れてしまうほどだった(さっきナイフを刺してきた張本人にも関わらず)。ちなみにアクアは今もぼんやりしている。
そして抑揚の無い声でミストに話しかけた。
「ミスト、考えたくないから教えろー」
「な、なにがですかっ?」
「あの突然重くなる感覚。めんどくさい」
「わ、私も感じましたぁぁ!!
何かに押さえられているような感覚ですぅ!!」
「チッ」
ミストから有益な情報を聞けず、珍しく不機嫌そうに舌打ちするアクア。そしてすぐに思考を放棄する。
「ま、どうでもいいか」
「聞いておいてぇぇ!?」
ミストの声と同時にノエルが両手を突き出して、握り締める。
「っ、でた」
「っ!? またですかぁぁぁ!!?」
アクアは突然自分の身体が重くなり、動きが鈍くなる。それは隣にいたミストも同様だった。周囲の地面に亀裂が走る。
ノエルはその隙に2人へ突撃していた。
「ふー」
左手を一瞬振るような素振りを見せた後、アクアの全身を覆うように水が出現する。
「きえた、じゃま」
「なんで蹴るのぉぉぉ!!?」
重い感覚が消えたアクアはミストを蹴飛ばし、ミストと反対方向に回避する。蹴られたミストは大声を上げたが。
直後、ノエルのナイフが空を切る。アクアが動けないミストを蹴ることで助けたのだ。
だが2人が離れた隙をノエルは逃さない。今も自分の魔法で動きが鈍くなっているミストに接近し、ナイフを振りかぶる。
バシャーン。
「チッ」
「ゔばばわばばぶぶぁっ!!!?」
しかし突然地面から噴き出した水がミストを包み込む。アクアが水魔法でミストの真下から水を出現させたのだ。
ノエルの右腕が水に浸かり、ミストにまで届かない。ノエルは思わず舌打ちをしていた。
すぐに右腕を水から抜き、バックステップで2人から距離を取る。するとミストを包んでいた水が弾ける。
「ゴホッ!! きゅ、急なんですよぉぉ!!」
「うるさい、だまれ」
「ひどぉぉぉ!!!?」
2人がそんなやりとりをしている間、ノエルは舌打ちしていた。
「厄介ね。私にとって天敵だわ」
濡れた赤い髪をかき上げたノエルは予想外の展開に声を漏らす。
すると、ここで緑髪の少年が3人の前に姿を現す。
「2人とも、無事ですか!!」
助けるべく駆けつけてきたオリバーが、今アクアたちと合流したのだ。
「ぶ、無事ですぅぅ!!」
「おーいいところ。これ邪魔だから持ってけ」
「私は荷物ですかぁぁ!!?」
指を差されたミストはいつもの大声を上げる。
「ちがう、足手まといー」
「もっとひどいぃぃぃ!?」
2人がそんなやり取りをする中、オリバーは半泣きのミストには目もくれず、アクアを見て驚いていた。
(アクアが自分で戦おうとするなんて‥‥‥
それほどまで、あの女は強敵ってことですか)
珍しくやる気を感じられるアクアを止める理由はないと、オリバーはすぐに頷いた。
「わかりました。気をつけてください、アクア!」
「りょー。ミストと違って、ものわかりいいー」
「ひどぃぃぃ!!?」
泣きじゃくるミストを、オリバーは咄嗟にお姫様抱っこで抱える。
「オリバー!? は、恥ずかしいぃぃっ!!」
「安静にしててください!」
ミストは顔を真っ赤にして叫ぶが、オリバーはそれを無視して走り出す。
ノエルはその隙を突いて逃げようとする2人を追撃しようと試みるが、それは諦めた。
「ふあ〜」
ただ欠伸をしているだけ。それだけなのに、得体の知れないアクアの前で無闇に深追いするのは危険だと判断した。
「変な奴。でも間違いなく、今殺しておくべきね」
ノエルが再び戦闘体勢に入る。同時に周囲の地面が音を立てて割れ始める。
「眠い‥‥‥」
なかなかの極限状態が続く中、アクアは終始眠そうだった。
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競技場外。
エリス、カンナ、ミアの3人はマルタ森へと向かう。
だが、突然ミアは大声を上げた。
「なんであんたは飛ばないのっ!!」
「あなたやカンナと違って、
私の【飛行】は大量の魔力を消費するから。
今は魔力を温存しておく必要があるわ」
カンナは風魔法の応用【飛行】をコピーすることで空を飛び、ミアは【シロ】の呪力で作った翼で空を飛んでいた。
エリスはーーーカンナの両手をを掴んでぶら下がっていた。ミアへ説明した通り、魔力消費を抑えるためだった。
ちなみにカンナは『無色眼』のコピーによるもので、魔力は一切消費していない。
そしてぶら下がっているエリスはどう見ても不恰好で目立っているが、彼女は特に気にした様子はない。
それは魔力が無い状態で任務に支障をきたす方が何倍も気にするからだ。エリスは意外と羞恥心が欠けている所がある。
「見えたよ! マルタ森‥‥‥って何あれ!?」
カンナが視線を向けた先に、マルタ森が見えてくる。円状の結界が張られたマルタ森が。
「お兄ちゃんをあの中に閉じ込めてるってこと?
ほんと死んでほしい。ふざけんなよゴミども」
「とりあえず、近づいてから考えるしかないわね」
口から毒を吐くミアとは対照的に、エリスは落ち着いていた。
カンナが右目に【血液凝固】を発動。彼女自身の透明な瞳が赤く染まる。
結界を見渡していると、何かを発見する。
「エリス! あれって‥‥‥天使さんじゃない!?」
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マルタ森、結界前。
「着いた」
白い翼で空を飛んできた『使徒』シャルロット・リーゼロッテは結界に手を置く。
「壊してもいいけど、森ごと消し飛んだら嫌だし」
シャルロットは息を吸い込んだ後、小さく呟いた。
「【消えて】」
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マルタ森。
周りに誰もいない地点で、とある男が木を背にして座っていた。それは現在の状況を作り出した張本人。
「自然溢れた静かな森で読書する。
これほど充実した時間は中々ないなあ」
ゴートゥーヘル最高幹部『深淵』第四席、リッタ・カストル。
こげ茶のサラサラ髪で、童顔でメガネをかけていて背が低い。どう見ても幼くて可愛い少年にしか見えない。実際は第三席のクロエ・メルよりも年上だが。
趣味は読書。理由は知らない知識をくれるから。リッタは博識で、探究心の塊だった。そのため高練度の結界や大規模魔法の扱いに長けている。
今回張った結界は、練習場襲撃の際に集めた1年生の魔力の3割を消費して作ったもの。3割とはいっても、並の衝撃では壊れない代物。
そう、計画は予定通りに進んでいたのだ。
「え、消された?」
『使徒』の介入が入るまでは。
(あれを消しちゃうなんて。すごい人がいた)
リッタ・カストルは笑い始める。予想外の事態にも関わらず、むしろそれを嬉しそうにしている。
(これで僕の出番はもう無いかな。疲れたぁ〜)
魔道具を使った転移によって、リッタはその場から姿を消した。
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マルタ森付近。
「あ! 天使さんが結界消しちゃったよ!?」
空を飛びながら右目を凝らすカンナは驚く。
「好都合ね。これで私たちもすぐに入れる。
それに『使徒』と無理に戦う必要はないわ」
「お兄ちゃん〜♡ 待っててね〜♡」
こうしてエリスたちは、『使徒』に続いてマルタ森へと迫る。
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マルタ森。
アイトは襲いかかってきた周囲の覆面集団を返り討ちにした。
一息ついたアイトはふと周囲を見渡すと、とある変化に気づく。
「あれ!? 結界消えてるじゃん!!」
森全体を円状に囲っていた結界が消え、青い空が自分の目にはっきりと見える。
『アイ、聞こえる?』
すると魔結晶からエリスの声が聞こえたため応答する。
「ああ。結界を消したのか?」
『いえ、第三者が結界を消したわ』
「第三者?」
『でもそのおかげで出入り可能になった。
それと今、空からマルタ森に入ったわ』
「それなら今からーーー」
アイトは、すぐにでもエリスたちと合流しようと考えていた。
「あ、見つけた」
背後から、声が聞こえるまでは。
「ッ!!!」
聞こえた声に寒気を感じ、アイトは振り向きながら高速で剣を振る。しかしそこには誰もいない。愛剣である聖銀の剣が空を切る。
「勘がいい。やっぱり面白い子」
アイトは再び聞こえた声の方を向く。声の主は視界の真上からゆっくりと降りてくる。
相手の挙動を警戒しつつ、アイトは後ろに下がって距離を取った。
『アイ、どうしたの?』
「悪い後でかけ直す!」
そう言ったアイトはスーツ状の戦闘服のポケットに魔結晶を突っ込む。そして向かい合った相手を見つめる。
相手は、無表情で何を考えているか分からない。だがアイトが気になったのはそこじゃない。
「君の力、見せて」
(ん? 翼生えてるっ!?)
アイトの世間に対する疎さはかなりのものだった。
『使徒』シャルロット・リーゼロッテを知らなかった。