混沌の入り口
グロッサ王国学園伝統行事、『魔闘祭』。
学生同士が様々な競技の中で切磋琢磨して成長する。
他国からも評価が高く、グロッサ王国が誇る最大の国内行事。
また競技を観戦するのも面白く、多くの観客が集まる。中には他国からの来訪者がいるほどだ。
それほど魔闘祭は規模が大きく、グロッサ王国の評判を保つためには欠かせない行事である。
競技場内の広いステージ、また競技場付近の大規模な森であるマルタ森。
その2つが、謎の覆面集団の襲撃を受ける。
魔闘祭が、『混沌』へと堕ちていく。
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競技場付近。
既に魔闘祭の全競技が終了し、今ごろ訪れる者は普通いない。
だが招かれざる客が2人、何も知らずに訪れる。
「もうお父様ったら!!
なぜ同盟国であるのに王女である私の席を
用意していないんですの!? まったく!!」
グロッサ王国と同盟関係にある隣国のアステス王国。
その国の第一王女、シルク・アステスが頬を含ませながらズカズカ歩いていた。服装は王族とは思われないような私服(白Tシャツに黒のスカート)。
普段の銀髪お団子ヘアではなく、まっすぐ下ろすことで印象がガラリと変わっている。
「あの、無断でシルク様が飛び出すのは
国の大事件になるのではーーー」
「あなたは真面目過ぎますわ、セシル!
あまり寝言言ってると打ち首ですわよ!
私の荷物持ちを務めたってだけで軍の戦績に
なりますわ! あなたのためでもあるのよ!!
それに私の権限であなたを数日間休みを取って
あげましたのに! もっと感謝しなさいな!」
説明になってない返しをされた私服姿(灰色のパーカーに黒のパンツ)の青年は苦笑いを浮かべる。
彼の名はセシル・ブレイダッド。年齢は18歳。
ダークブロンドの髪で、髪型はミディアム。そして中性的な顔。外見は男らしいとは言えない、どちらかというと綺麗(本人は言われると嫌がる)。
外見からして何か特別な雰囲気を纏っているが、それは外見だけ。
アステス王国軍所属の軍人で、階級は二等兵。
一つの固有魔法以外、魔法を全然扱えない。魔力も軍人の平均以下。身体能力や武術など全ての分野で、特に秀でたところはない。
国や国民を守る軍人が、魔法を扱えないのは致命的だった。
そんな彼は軍の同期からは『落ちこぼれ』と言われ周囲からも浮いている、劣等兵なのだ。
「‥‥‥シルク様、お聞きしたいことがあります」
「なんですの? ていうかそんな畏まった態度、
やめてくださいまし。不愉快ですわ」
「す、すいません」
セシルはすぐに頭を下げる。それを見たシルクは少し頭を掻いた。
「なんであなたはこう‥‥‥まあ、いいですわ。
ところで、聞きたいことって何かしら」
「‥‥‥今回の無断同行、なんで俺を選んだんですか。
他にもっと強い人や頼りになる軍人はいます」
セシルは躊躇いながらも質問する。するとシルクはふっと息を吐いて歩くのをやめ、向き直る。
「あ、あのっ??」
そして、突然セシルの両頬に手を添えて視線を合わせた。
「答えは単純ですわ。あなたの眼が綺麗だから」
シルクは彼の眼に映る自分を覗き込むように眺め、微笑む。
「え、眼ですか?」
「あなたを見つけてもう数ヶ月にもなりますわね。
軍基地であなたを見つけたのは偶然でしたけど、
今では必然だったような気がしますわ」
「あ、あの?」
「誰よりも眼が透き通っていて、心も綺麗。
それに顔が良いのに調子に乗ってない所も
評価高いですわ。男らしさも感じませんし。
私の急な呼び出し、暇つぶしにも付き合ってくれる。
優しくて真面目で、どこか抜けているあなたに
親近感が湧くの。あっ、弟みたいな感じですわ!」
「ええっ‥‥‥」
まさかの強さ以外の観点。セシルは完全に困惑していた。
「だから今回の無断外出で、いつも視界に入るのは
綺麗なあなたが良いと思いましたの」
「‥‥‥ありがとう、ございます?」
正直言って、理由としては完全に的外れ。当然セシルは首を傾げていたが、顔は少し微笑んでいた。
「なんで疑問系なんですの!!
あ、それとルーク様の外見と系統が似てる点も
評価高いですわ! さ、早く行きますわよ!!」
「は、はい!」
セシルは思い出したかのように小走りで競技場へと向かうシルクを見失わないように走り出す。
シルクはルーク・グロッサのことが大好きで、彼の婚約者になりたいと思っている。同盟国の王族同士なら不可能ではないと策を練っているのだ。
今回はお忍びで彼に会いに行き、あわよくば仲を進展させよう(猛アタックしよう)と計画していたのだ。
「‥‥‥セシル、聞こえまして?」
するとシルクがそんな声を漏らす。何か違和感を感じとったような口調。
「何か、叫び声のような‥‥‥」
セシルも同じように声を漏らす。
目的地の競技場から、明らかに普通ではない叫び声が聞こえてくるのだ。
「何かあったのかもしれませんわ!
セシル、行きますわよ!!」
「シルク様! 無闇に中に入るのは危険です!!」
セシルは大声を出して止めようとするが、駆け出したシルクは競技場の中へ入っていく。
(絶対何かおかしい! シルク様を守らないと!!)
セシルもすぐに彼女の後を追いかけ、中へと入っていく。
そこが混沌の入り口とは知らずに。
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競技場、観客席。
全生徒が姿を消した後、大規模な騒ぎが起こっていた。
観客や警備兵として紛れていた覆面が次々に現れ、手当たり次第に周囲の人に襲いかかる。
大きな競技場が、一瞬で戦場と化してしまった。
だが、観客全員が恐怖と焦りで動けないわけではない。
(あえて学生を森に転移させて動揺を生み、
その隙をついて暴れ出したってことね‥‥‥)
その証拠に、敵の思惑を瞬時に見抜いた少女が声を出す。
「カンナ! あれをやって!!」
指示を受けたカンナは、深呼吸して自分の眼を使う。
「任せてエリスっ! ‥‥‥【打ち上げ花火】!!」
持ち前の『無色眼』でアイトの技をコピーしたカンナの右手から花火が打ち上がり、上空で炸裂する。
競技場内の観客、覆面の襲撃者すべての視線を上に逸らすことに成功する。
「やるわよ」
エリスの声が小さく響いた次の瞬間には、ターナとメリナを除く『黄昏』全員がこの場で専用魔結晶を使い、組織の特殊戦闘服に変装していた。
エリスたちはそれぞれ口元に布を巻いたり、フードを被ったりして顔を隠す。
「うん、これでよしっ!」
だがその中で、髪型をいつもの銀髪ツインテールに戻したことで変装だと思っている少女も1人だけいた。
やがて花火の余韻も終わり、人間の視線が下に下がり始める。
黒と白を基調とした特殊戦闘服に身を包んだ8人。当然、多くの者の視線を集まる。
そして8人の中で先頭に立つ金髪の少女が、高らかに宣言した。
「我らはエルジュ、その中で最高戦力である『黄昏』!
『天帝』レスタ直属の部下であり、闇を祓う者である!
粛清対象は、ゴートゥーヘルの下衆ども!!
貴様たちの狙いは分かっている!!
我々がいる限りそれは叶わないと思え!!!」
ゴートゥーヘル。
聖者の血を狙い、世界の崩壊を望む彼らは目的のためなら関係のない人たちをも巻き込む連中。
ユリア王女誘拐、ルークの婚約者殺害未遂、怪盗ハートゥ脅迫、公国の舞踏会暗躍、魔闘祭練習場襲撃事件。
挙げるとキリがないほどの悪質な事件を起こしてきた。そしてそれを阻止するためにエリスたちは動く。
エルジュは、世界の平穏を壊す彼らを許さない。
ゴートゥーヘルは、自分たちの邪魔をする奴らを許さない。
つまり完全にお互い恨みのある宿敵。そのため幾度となく裏で互いに衝突を繰り返し、敵対していた。
だがエルジュの中でも最高クラスの地位にいる、エリスが表立って宣戦布告した。
これは、完全なる敵対意志。
そんなことをすれば挑発と思われるだろう。すると当然、すぐにエリスたちに覆面が襲いかかった。
だが、それがエリスの狙いだった。自分たちに注意を引きつけ、関係のない国民たちが避難しやすく誘導する。
「総力戦よ」
エリスが仲間にそう告げた直後。
数十人はいた覆面集団を瞬く間に返り討ちにする、エリスたち『黄昏』。
「くぅ〜! やっと暴れられるなあ!!」
『黄昏』No.5、『脳筋』カイルは嬉しそうに指を鳴らしていた。
「うわ、汚ない‥‥‥死に際も汚いとか終わってる」
その後ろでNo.6、『黒薔薇』ミアは覆面の死体を呪力で自分から吹き飛ばし、愛用の黒いフードを深く被り直す。
エリスは剣に付いた血を振り落とすと、仲間たちに話しかける。
「おそらくマルタ森でも同じように襲撃されてるはず。
森と競技場、二手に別れましょう。私は森に」
「はいっ! 私もエリスについてく!」
「お兄ちゃんがミアを待ってる〜♡」
こうして、すぐにメンバーが決まる。
アイト、ターナ、メリナのいるマルタ森に直行するのはエリス、カンナ、ミア。
「めんどくさい〜」
「あそこに面白そうなやつがいるなぁ!」
「ここの騒ぎを止めないとですね」
「うん、よし」
「は、はいぃっ!!」
競技場で襲撃者を返り討ちにするのはアクア、カイル、オリバー、リゼッタ、ミスト。
「必ず彼から連絡が来るから魔結晶を気にかけて」
「ん、ラジャー。ふぁ〜」
「おうよ!! 楽しくなってきたぜ〜!!!」
「エリスさん、カンナ、ミア、気をつけてください」
オリバーが微笑むと、3人はそれぞれ返事をする。1人は「は? 余計なお世話」と悪態をついていたが。
「ーーー行くわよ」
「ラジャ〜!」
「命令すんなっ!!」
エリスたちがマルタ森を目指して走り出す。エリスを先頭に、カンナとミアが後に続く。
マルタ森と違い、競技場には結界が張られていない。そのため外に出ることは可能だった。
エリスは移動しながら魔結晶でアイトに連絡を取る。
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マルタ森。
ルークを筆頭に生徒たちは大量の覆面集団を真っ向から跳ね返し続けていた。
アイトも自分を狙ってくる覆面には冷静に対処する。すると魔結晶から連絡が来る。
(これ、絶対エリスからの連絡だ)
だが人目につくこの場で連絡を取るわけにはいかない。アイトはとりあえずこの場から離れようと考えた。
「アイトくん、大丈夫!?」
「あー大丈夫ー? 私心配だなー」
だが1年Bクラス、アヤメ・クジョウによる過保護なまでの熱視線、Aクラスのシスティア・ソードディアスの棒読み殺意視線により身動きが取れない。アイトは内心ため息をついていた。
すると、アヤメが無表情で口を開く。
「‥‥‥ソードディアス妹さん? 来なくていいわよ?
彼はアヤメ・クジョウの名にかけて守るから」
(なんかルーク王子みたいなこと言い出した!)
彼女から発せられる謎の威圧感の理由が分からず困惑するアイト。そして、システィアも少し困ったような顔をした。
「え、それだと私が困るんだけど」
「なっ!? あなた、どういうつもり!?
ーーーま、まさか密かに狙ってるとか」
動揺するアヤメに対して、システィアは訳がわからないまま思ったことを口にする。
「は? 堂々と挑むわ(この男は実力で倒す)。
絶対、最後は私が仕留めてやるわ(勝つ)」
「堂々と(好意を隠さずに)‥‥‥!?
最後には仕留める(彼のハートを掴む)!?」
大げさに驚くアヤメ。その意味が分からずシスティアは訝しげに首を傾げる。
(なんでこんなに驚いてるの? なにこの女?)
(彼の前で宣言するなんて‥‥‥なに、この女!!)
お互い相手に意見は伝えているが、ある意味全く伝わっていない。
痺れを切らしたアヤメはシスティアに向かって声を荒げる。
「あなたはその宣言、本気なの!?」
「? そうよ? もう気持ちは折れないわ」
システィアは昨夜の挫折と今朝の決意を噛み締め、左手を握り締めていた。
そんなシスティアの意思を確かに見たアヤメはーーー彼女を真っ向から睨む。
「そう‥‥‥あなたは私の敵よッ!!!」
「はあ!?」
アヤメが飛びかかると同時にシスティアが剣を構える。その瞬間に周囲が爆発する。
(なんか仲間割れし始めた!? 何この人たち!?)
アイトは終始2人のやり取りが理解できず、冷や汗をかいていた。
「宣言したからっていい気にならないで!!」
「はあっ!? お前もこいつ知ってるの!?」
2人は言い合いながら相手の話を一切聞かず、互いにぶつかり合う。
「みなさん、前来ますよ!」
その空気を破るかのように、近くにいた2年Aクラスのユキハ・キサラメが助言する。
するとアヤメとシスティアの殺意に満ちた視線がお互いから覆面たちに向く。
「「邪魔すんなっ!!!」」
瞬時に覆面を倒す息の合わない2人。怒り狂った彼女たちに、アイトは見えていない。
(ーーーよくわからないけど、今だ!!)
アイトは両足に【血液凝固】を発動し、地面を蹴って斜め後ろに跳躍する。そして近くにあった木の枝に飛び乗り、周囲に気づかれずにその場から離れることに成功する。
「悪いエリス、遅くなった」
『アイ、無事? 私たちはマルタ森に向かってるわ』
「助かる。競技場の状況はどうなってる?」
『襲撃されてるわ。今カイルたちが対処してる。
今、ターナとメリナは近くにいる?』
「いない。今は俺1人だ」
『そう‥‥‥それじゃあ、指示を聞かせて』
「え? 最近はエリスが指揮を取ってたんだ。
もう俺の指示なんて必要ないだろ?」
『私はあくまで代表代理。あなたがいない間は
私が指示を出してきた。だけど今はあなたがいる。
だから代表の、あなたの意見が最重要。
だけど安心して。以前の私とは違う。
選択した責任をあなた1人に背負わせたりしない』
夏休みの間にエリスは確かに成長した。人の上に立つ自覚を持った。だからこそ代表であるアイトを敬意を示したい。
指示は聞くが、以前のようななんでも指示待ち人間ではなく、隣を歩きたい。そのような意志が感じられた。
「ーーーわかった。まず、生徒は絶対死守。
『ルーライト』とは理由がなければ極力戦うな。
『ゴートゥーヘル』は、殺してもいい。
あとはみんなの判断に任せる。気をつけろ」
『了解。ターナとメリナに連絡が繋がらないの。
申し訳ないんだけど、アイから伝えてほしい。
せめて戦闘服の着用を許可する意図を』
(‥‥‥は? 戦闘服着用の意図って‥‥‥!?
つまり、俺も変装して2人に見せろってこと!?)
要するに自分から変装してレスタになることで、ターナとメリナもそれに続くと言っているようなものである。
(あの場にレスタで行ったら狙われるわ!?)
だがエリスたちがすでに変装してるため、代表である自分も合わせなければ示しがつかない。
結局、レスタになる以外の選択肢は無いのだった。
「‥‥‥わかった。こっちも忙しいから
今回の方針はエリスに任せる」
「了解。でもあなたを縛るつもりはない。
あなたにしかできないこと、
私たちが全力で後押しするわ」
(そんなん俺が聞きたいわ‥‥‥)
全くわかっていないが時間が無いためアイトは「ああ」と返事し、連絡を終える。
(さあ‥‥‥2人に知らせるには、これしか無いか)
アイトは変装を開始する。
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(くそっ! 大量の覆面共に時間を取られた!!)
ターナがマルタ森を疾走しながら愚痴る。
エリスに異変を知らせた直後に覆面集団に襲撃され、対処している間にエリスとの連絡をし損ねた。
(とりあえずエリスに連絡をーーー)
バァンッッ。
破裂音と共に突然上空に打ち上がる花火。そしてそれを見上げると、男が宙に浮いていた。
「レスタ!?」
ターナは声を出して一瞬驚くも、意図をすぐに察知する。
専用魔結晶を使って黒と白を基調とした特殊戦闘服を見に纏う。
(エリスやミアがお前に期待してるだろうが、
‥‥‥あんまり無理はするなよ)
ターナはマルタ森の中央に移動を開始した。
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同時刻。同じくマルタ森。
(花火だ!! 代表の花火!)
メリナは生徒の集団に紛れて状況を分析していた。そして花火が打ち上がった瞬間、メリナは猛ダッシュで人混みを抜ける。
(代表、意図は伝わった!)
専用魔結晶を使って特殊戦闘服に変装。三つ編みおさげを解きメガネを外す。任務遂行時の、『軍師』メリナとなる。
そして、愛用の鞭で注意が上に向いてる覆面集団に奇襲をかける。
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競技場、VIP席。
「また別の面白い魔法を使った。気になる。
それに、上空からすごいものが森に落ちてくる」
『使徒』シャルロット・リーゼロッテは目を開ける。そしてまばゆい金髪を靡かせながら立ち上がり、VIP席から離れていく。
「待て! 『使徒』シャルロット・リーゼロッテ!!」
覆面がシャルロットに襲いかかる。シャルロットは、口を開く。
「‥‥‥【邪魔】」
シャルロットは、そう呟いただけ。
それだけで、覆面の両足が吹き飛ぶ。覆面は絶叫したのち、失血で絶命。周囲にいた覆面集団が息を呑む。
(あの子も森にいるし、楽しみ)
シャルロットは周囲の覆面集団を気にも止めず白い翼を広げて空へ飛び立った。
飛び立った彼女は僅かに微笑んでいた。
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競技場、観客席。
「こ、来ないでぇぇぇ!!!」
ミストが必死に弓を引き絞り、空に向けて放つ。そして矢の雨が降る。
覆面集団に近づかれる前に一方的に撃ちまくっていた。
「zzz」
「起きてくださいよぉぉぉ!!!!」
ミストは叫びながら矢を撃ち続ける。アクアは全く起きる気配がない。
カイルは片っ端から覆面集団に突撃していき、オリバーは人目につかないところで狙撃すると離れ、リゼッタはなんとなくこの場からいなくなった。
そのためミストの近くには眠ったまま手伝う気がないアクアだけが残ったのだ。
「厄介なのがいますね♪」
覆面集団の死体に紛れて、1人の影が動き出す。ミストはその影に矢を撃つ。
だが、その影は死体を持って盾代わりにすることで矢の雨を回避。至近距離にまで迫る。
「怖いっーーーあなたはっ!?」
「あ、舞踏会にいた可愛い子〜!
ーーーなるほど、こっち側ですか♡」
その影はミストの弓を右手で掴みーーーなぜかすぐにその手を離す。引っ張られると思っていたミストは逆方向に力を入れていたためそのまま後方に倒れ込んでしまう。
「ひええぇ!!」
「ほら、外道ですよ」
影こと、ゴートゥーヘル最高幹部『深淵』第三席、クロエ・メルが腰からナイフを抜き取り、ミストへ振り下ろす。
「覆面してないお前、振りがおせえな!!」
ちょうど手が空いたカイルがクロエに猛突進し、鋭いパンチがクロエの脇腹に直撃する。
「遅い方がいいこともありますよ〜?」
「んっ!?」
カイルは疑問に感じた。当たった感触はあるのに、ダメージが入っていないことに。
「うおっ!?」
それどころか殴った方のカイルが後方に吹き飛ばされ、観客席の椅子に背中から激突する。ミストはその隙にクロエから離れた。
カイルが立ち上がり嬉しそうな顔をする。
「なんだ今の!? 面白え!!
久々に骨のある奴に出会えたぜ!」
「すごいパワーですが、ウチには勝てませんよ〜」
クロエは後ろに手を組んで舌を出し、あからさまな挑発を行う。それを見たカイルは指をポキポキ鳴らし始めた。
「ハッ、勝ちなんて誰にもわからねえよ!
それに推測で勝っていても無駄だ!
実際に勝った方が強いんだからな!
ミスト!! こいつは俺がやる! 悪いな!!」
「どうぞお好きなだけぇぇぇ!!!」
ミストは寝ているアクアを担いで触発直前の2人から一目散に離れる。
「逃がさないわ」
「ひっ!?」
背後から感じた殺気により、ミストは前のめりに跳躍する。
だが相手はすでにミストの跳んだ先に回り込んでおり、繰り出した蹴りが彼女の頬を捉える。
「いっ、ああ!!」
ミストはアクアを空中で手放し、ステージ上の舞台に落下。
アクアは眠りながらも地面に衝突する直前で水魔法を無意識に発動。水がアクアを包み、落下の衝撃を0にした。
ミストは舞台の上で立ち上がり観客席から飛び降りてくる相手の顔を確認する。
色が濃くて長い赤髪が印象的で、エリスやメリナと同等に大人びた少女だった。
「ま、まさか『ゴートゥーヘル』ですかぁぁ!!?」
「敵と馴れ合う気はないわ」
ゴートゥーヘル最高幹部『深淵』第一席、ノエル・アヴァンスは冷たい目を向けた。
「どう見ても最高幹部ぅ! しかも上位っぽいぃ!
アクアぁぁ!! 起きてくださいよぉぉ!!」
短剣を持ったミストは叫びながら、果敢に突進するのだった。
この騒動の渦は、まだ始まったばかり。