いつ、この地位から
エリスが家から離れて、アイトは再び1人で自主練を行う事になる。
前まではそれが当たり前だったのに、アイトはすごく寂しく感じていた。エリスにはこれまで支えられてきたと強く実感していた。
(エリスも今がんばってるんだ。俺もがんばらないと)
エリスに負けないよう、アイトは自分を鍛える。後の平穏の生活のために。
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そして、1年半が過ぎた星暦869年。
アイトは1年半の間に色々な出来事を経験した。
宝石集めのついでに珍しい力を持った人を救出。
希少な宝石が優勝賞品の闘技大会に出場したら因縁をつけられ、戦闘。
とあるダンジョンの最下層で、捕らえられてる人を救出。この他にも多くの出来事があった。
そして恩返しがしたいと言う人がまあまあいたが、アイトはさすがに自分の家に内緒で住まわせることに限界を感じていた。
そのため、自分にとって唯一コネがある『ルーンアサイド』の本拠地に連れていくことにした。暗殺組織であるが、アイトには他にアテがなかった。
アイトは困ってる人を連れていく時だけでなく、何かの役に立つと思って武術や体術‥‥‥そして【血液凝固】を教わりに定期的に本拠地に訪れた。
だが、その際にエリスと会うことは一度もなかった。
そして、アイトはついに15歳になった。
現在は3月の終わり。あと5日後にグロッサ王国の王立学園に入学する。
入学するのは貴族としての義務であるため入学試験はない。入学前に受けたのはクラス分けの試験だった。
そして学生寮に引っ越すための荷作りも終わり、あとはもう引っ越すだけとなった。
夜になるとアイトはいつも通り自主練を始める。今では30キロランニングがマイブームになっていた。始めようと家の外に出た時。
「ーーーアイト様!!」
アイトは正面から何者かに抱きつかれる。その人物はーーー。
「エリス!! 久しぶり!」
エリスだった。彼女が出て行って以降一度も会ってない。2人が会うのは1年半ぶりだった。
久しぶりに会ったエリスはずいぶんと大人っぽくなっていた。昔はまだ幼さが残っていたが今ではもう立派なレディである。
そして前よりもかなり強くなったと見ただけでわかった。
「成長したな〜! 前よりもさらに綺麗になった!」
「あ、ありがとうございます‥‥‥アイト様も成長されましたね。すっごくカッコよくなってます」
(え、俺そこまで変わってないと思うけど)
「急で申し訳ないのですがアイト様。今から来てもらいたい場所があります。あ、それと変装してほしいです」
「え? うん、いいけど。何かあるのか?」
「それは、着いてからのお楽しみです♪」
アイトは銀髪と目元を隠す仮面。1年半経っても変装は変わらなかった。
「どこに行くんだ?」
「いえ、ここからで大丈夫です」
そう言ったエリスは見たことない黒色の鉱石を取り出す。そしてアイトの手を握る。
「コネクト」
エリスがそう言うと視界が真っ白になる。
そしていよいよ、その時はやってくる。
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「は?????????????????」
アイトは、絶句せざるを得なかった。
着いた場所はとてつもなく大きい、まるで1つの王国だった。
「組織の拠点です。別空間に拠点を作り、そこに転移できる特殊な道具があれば場所を特定されないと思ったので!」
「‥‥‥」
「空間を作る魔導具を手に入れるのに、すごく苦労したんですよ!」
「‥‥‥組織の、拠点?」
アイトにはもはや、最序盤の言葉しか聞こえていない。
ルーンアサイドの拠点をもう1つ作ったのかと、アイトは感じていた。
だが、なぜそれを構成員でもない自分に話すのか分からない。なぜ、エリスが嬉しそうに話すのか分からない。
アイトが困惑を強める間も、エリスは笑顔で話を続ける。
「今日はですね。成績発表なんですよ」
「‥‥‥成績発表??」
「私たち訓練生330人の成績がこれから発表されるんです。魔法、武術、体術、座学、特技、実戦」
「さ、330‥‥‥」
「全6種目の試験での総合成績上位10名だけが‥‥‥アイト様直属の精鋭部隊に所属できるのです」
「‥‥‥は??????」
アイトは、開いた口が塞がらない。
自分の直属の精鋭部隊が作られようとしていること自体、まったく意味がわからない。
ちなみにエリスは1年半前にアイトに組織立ち上げについての概要を話した気でいるため、アイトの反応に疑問を抱いていない。
むしろアイトの反応を見たことで規模が想定以上だったと勘違いし、勝手に嬉しく思っていたのだ。
だが、現実はその真逆。
「‥‥‥エリス、先に行っててくれ。少ししたら俺も向かうから」
そう言ってエリスに背を向けたアイトは、こめかみ辺りを激しく抑えていた。
(ごめん全くついていけない。頭冷やしたい)
全く意味が分かっていない。アイトはとりあえずエリスから距離を置いて考えることにした。
「わかりました。それでは訓練場の裏で!」
笑顔で送り出されるとも知らずに。
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(俺が組織のトップって、いったいどういうことだよ??)
訓練場から少し離れた場所で、アイトは変装した状態で歩く。
「お、おい!! あれ、レスタ様じゃないか!?」
「え、まさかそんなわけ‥‥‥えっ!!」
すると、周囲にいた人々に大声を挙げる。まるで有名人が目の前に現れたかのような歓喜の声が上がる。
(は、はあ? マジでどういう状況だよ!?)
アイトは狼狽して周囲を見渡す。
「あ! 変な人だ〜!」
そんな罵倒するような子供の声に、アイトは心覚えがあった。
1年前の誘拐事件での被害者、ターナの弟であるヨファがいた。
彼は身体が大きくなったが、大元は変わっていないためすぐに気づいた。
(そうだ、この子なら何か知ってるはず!!)
知人の出現に喜んだアイトは、左手に魔力を集める。
「【照明】!」
そして自分が作った魔法が、周囲に眩しい光を燦々と放つ。
「ヨファくん、こっち!!」
「え? な、なに?」
周囲の人々の目が眩んでいる間にヨファを掴んでその場を離れた。
「ヨファくん、説明してくれないか?」
建物の裏に隠れたアイトは、一緒に連れてきたヨファに情報を求める。
「え? なにを?」
だが、ヨファは全く現状が分かっていない。アイトは諦めずに聞き続ける。
「なんでもいいんだっ、この拠点で起こってることならなんでも!!」
「うーん、急に言われても‥‥‥あ、お姉ちゃんのじょうしになる変な人にテストされてるんだった!」
「上司、変な人‥‥‥まあなんでもいいか、とにかく教えて?」
情報ならなんでもいいと言わんばかりにアイトはぐいぐい詰め寄った。ヨファはそんな気も知らずに笑顔で話し始める。
「え〜とね、お姉ちゃんが言ってたのは『自分のため、世界のため、平穏のため、そしてレスタが代表として動く組織』!」
「は??」
「『レスタが組織の代表で気に入らない』!」
「お、おう」
「『発案者はエリスとボス』!」
「ふぁ!?」
「う〜ん、たぶんこんな感じだと思う!」
「‥‥‥あ、ありがとう」
自信満々に話を終えるヨファに、アイトは感謝を告げることしかできない。
「うん! 友達と約束あるから僕行くね〜!」
「き、気をつけて」
ヨファの一言一言が情報の嵐。
(俺のためって何っ、てか何すんの!?いったい何が理由で何のためになんで!?)
結局、アイトはますます頭を抱えることになった。
訓練場。
(とりあえず、言われた通りに来たけど‥‥‥)
渋々言われた通りに足を運んだアイトは、見覚えのある男が視界に入る。
「おお!! 久しいなレスタ殿!」
それは1年半前、誤解したまま死闘を繰り広げたラルド・バンネールだった。
アイトはやけに慕われてると困惑しながらも、なんとか挨拶を返す。
「う、うん久しぶりラルド。ところでーーー」
「訓練場の上で見つからずに待機しててくれ!私の合図で訓練場へ入ってきて欲しい!」
「あ、おいラルド!?」
だが再会の余韻はすぐに終わり、待機してほしいと指示を受けた。
全く意味の分かってないアイトは、訝しげに中の様子を覗き見る。
(うげっ!? なんだあの人数!!)
すると、軍隊かと言わんばかりの隊列を組んだ人たちが視界に入る。パッと見ただけでも3桁は超えてそうな人数だった。
「これより、成績上位10名の発表を行う。呼ばれたものは前に並ぶように!」
そしてラルドが大きな声を出して司会を務める。
アイトは自分に幻影魔法をかけて透明になっていて、意味不明な大きさをした訓練場の上に浮かんで待っていた。
どうやら成績発表が終わってから出番があるから待機して欲しいと言われたのだ。
アイトは間違いなく嫌な予感を感じていた。
そして成績発表を行うのは教官ことラルド。
アイトはこの謎の集団の教官がラルドであることを今まで全く知らなかった。
「《エルジュ戦力序列》第10位、メリナ!」
(茶髪のおさげである女の子。初めて見る子だな)
「第9位、ミスト!」
(君、この組織の訓練生だったの!?でも水色ショートの髪は見間違うはずがない)
「第8位、リゼッタ!」
(以前会った紫髪のロングの幼い女の子だ。見間違えるはずがない。元気だったんだな!)
「第7位、オリバー!」
(緑髪の小柄な男。初対面だな)
「第6位、ミア!」
(相変わらず白と黒のまばら髪の長い女の子。元気そうで良かった。なんかこっち見てくる。え、もしかして幻影魔法解けてる?)
「第5位、カイル!」
(赤髪の筋肉隆々の男。頭には2本の角。前会った時よりも強そうだし怖そう)
「第4位、アクア!」
(どこか眠たそう。知ってる子だ。あの長い青髪は印象に残ってる)
「第3位、カンナ!」
(銀髪ツインテールの女の子。名前を呼ばれてすごく嬉しそう。あれ、前会った時と髪色が違うな。でも活発なのは変わってないだろうな)
「第2位、ターナ!」
(ターナ!? あいつも訓練生だったのか。ん、待てよ、もしかして1位は‥‥‥)
「第1位、エリス!」
(やっぱり。てか強くなりすぎたのでは?)
アイトが名前を呼ばれた個性溢れる10人それぞれに感想を述べていると、彼女たちが訓練生の前に横1列で並ぶ。
「以上の10名を、エルジュの精鋭部隊、『黄昏』に任命する!!!」
(は、はあ‥‥‥? なんだそれ?
エルジュって‥‥‥あ!!あれか!)
聞き覚えがある単語を聞いて、アイトは『エルジュ』という言葉を思い出していた。
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エリスがまだアイトの家にいた時の話。
「アイト様。好きな言葉って何かあります?」
「ん? 好きな言葉? ‥‥‥そうだな。
ジュエルいや、『エルジュ』かな」
それは、宝石好きなアイトが考えた言葉。
ジュエルと言いかけたが、それでは捻りがないと思ってエルジュと言ったのである。
どちらであっても捻りがないのは言うまでもない。
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(そのまま組織名になってるじゃねえか!それに精鋭部隊『黄昏』って‥‥‥俺に直属の、精鋭部隊‥‥‥!?)
「序列10位に入った者はもちろんのこと、ここにいる全員、今までよくやった!!私の訓練に長期間耐えたのだ!!誇りに思って欲しい!!!」
ラルドは力強く言葉を紡ぐ。
「君たち1人1人は素晴らしい力を持っている!!そしてこれからも努力を重ね、『エルジュ』に貢献してもらいたい!!私も、全力で支えたいと思う!!」
そういうと訓練場にいる訓練生が歓声を上げた。するとラルドはその歓声に負けないほどの声量で話し出す。
「そして‥‥‥エルジュ戦力序列第0位、エルジュ代表のレスタ殿から皆に話がある!!!」
(ハアっっ!!!?)
アイトは今日一、いや人生で1番の衝撃を受ける。
勝手にラルドの訓練を受けた精鋭揃いである組織の代表に選ばれている。そしてなぜか多くの人たちから歓声を受けている。
「レスタ殿、さあご登場を!!!」
気づけば成績上位10名の前に表彰台のような物が置かれている。つまり、アイトはあれの上に立てと示唆されていた。
(絶対いやだ!?なんだこの空気っ、いつの間に組織なんて作ってたんだ!!しかも俺がトップの組織ってなんで!?ていうかこれ登場しないとダメ!?)
でもここで逃走すれば大勢の訓練生とやらに殺されると察したアイト。
最悪、エリスに消されるという未来を想像した。
もはや、選択肢は1つしかなかった。
自分にかけていた幻影魔法を解く。そして凄まじいスピードで表彰台の上に着地し、その瞬間に振動魔法と音魔法を発動させて衝撃音を鳴らす。
アイトは訓練生全員と対面した。高校の集会の表彰式の光景と同じ。
「エルジュ代表のレスタだ」
アイトがそう言うとものすごい歓声に包まれた。
アイトはなるべく素の態度で話そうと心に決めた。威圧して不満を買えば後が怖いのだ。
よく考えれば、レスタ=アイト・ディスローグだと大勢にバレなければアイトとしては平穏な生活を送ることはできる。
『エルジュ』代表レスタは、自分の仕事だと思うことにした。正直ポジティブに考えなければ発狂しそうだったのだ。
だが少しずつ今の地位の後継者を匂わせ、誰かに譲ろうと決めた。それしか活路は無いと強く確信した。
そして、全く知らなかった少年の演説が始まる。
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俺は大勢の人の前に立っている。
俺は大勢の人と向かい合っている。銀髪、目元を仮面で隠してる厨二病のような格好をしている俺がみんなを見下ろす形で。
「きゃあァァ!!!!!! 本物よぉぉ!!!!」
「こ、これは夢か!? 夢なのか!?」
「カッコいいぃぃぃぃぃ!!!!」
などとすごい声の塊が四方八方から飛んでくる。
バツンッ
俺は音魔法を放った。みんなが静かになったところで話し始める。
「落ち着いたか。先に言っておくことがある。まずこれは俺を崇める組織じゃない。自分たちのために戦う集団なんだ。俺を崇める必要なんてない」
本心を踏まえて話していく。
「今は俺が《エルジュ》の代表だが、すぐにでもこの座は降りることになるだろう。君たち次第で。さあ、共に行こう」
よし、これで代表になりたいと思う人が増えるだろう。そうすれば俺の出番は終わりっ!!
わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
なぜか歓声が起こる。なんで????????
俺の少し下で並んでいる10人もそれぞれ反応していた。
俺はみんなの歓声を聞きながらこう思った。
うん、この地位を一生続けるのは嫌だな。
いつ、この地位から離れよう。