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【30万PV突破!】いつ、この地位から離れよう。〜勇者の末裔を筆頭に、凄い人たちで構成された組織の代表です〜  作者: とい
6章前編 魔闘祭

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‥‥‥人目があって動きづらい!!

 魔闘祭4日目、いよいよ最終日。


 『エリア・ペネトレイト』4年の部。


 マリア率いる4年Aクラスが快勝し、決勝まで分単位で辿り着く。


 決勝戦。Aクラス対Dクラス。


 「なんであんたがやる気あんのよ!!」


 「つい最近、興奮治まらない場面を見てね。

  久しぶりに心が躍っているんだ」


 「なら、あたしがぶっ飛ばしてやる!!」



 マリア・ディスローグVSスカーレット・ソードディアス。



 尖った強さを持つ2人の一騎討ちがはじまった。


 お互いのチームメイトが隙を窺っているが、2人との実力差がありすぎて迂闊に近寄れない。よって2人のどちらかが戦闘不能になるまで、まともに身動きすら取れない。


 つまり、この一騎討ちに勝った方のクラスが勝利するのは誰もがわかっていた。


 それは当事者の2人も同様。よってマリアは、最初から勝負を決めるつもりでスカーレットに襲いかかる。


 「【雷装】!!」


 マリアが雷を足に纏わせて周囲の木を伝って飛び回り、背後からスカーレットに飛び込む。


 (かなり早いな)


 スカーレットは身体を半歩分だけ横に逸らしてマリアの刀を躱す。そして裏拳で刀の側面を叩き、弾き飛ばした。


 「なによっその動き!?」


 手から刀が離れたマリアは目を見開く。


 「受け売りだよ」


 体勢を立て直したマリアを無視し、スカーレットは両手を胸の前で交差した後、外側へ伸ばす。



        「【魔法反対マジックアンチ】」



 唱えたスカーレットの両手から空間を識別できるほどの濃い濃度を纏う彼女の魔力空間が大規模に広がり始め、やがてマリアを空間内に包む。


 「なっ!?」


 すると突然、マリアの【雷装】が強制解除された。足に纏っていた雷が飛散し、一瞬で消え失せる。


 「私の魔力はこんなことにしか使えなくてね。

  あ〜、私も雷とか出してみたいものだ」


 「あんただけの固有魔法ってわけね!!」


 「ご名答。さあ、私今からはの得意分野で戦おうか?

  正々堂々と、お互いの身体を使って、激しく」


 「私にその気はないのよっ!!」


 そんなマリアの声が合図となったのか。



            「はあっ!!」

            「ふッッ!!」



 直後にお互いの拳が衝突し、2人の拳圧による突風が巻き起こる。


 「ぐっ‥‥‥!」


 吹き飛ばされたのは、マリアだった。長い黒髪ポニテを揺らし、4歩後退する。だが彼女はすぐに体勢を立て直し、構え直す。


 「踏み込みが甘いな」


 だがそれでも遅いと感じたのか、綺麗なホワイトブロンドの髪を掻き上げたスカーレット。


 そしてあえて時間を起き、体勢が整ったマリアへと突進する。


 「貸し一つだ」


 「借りた覚えはないわよっ!!」


 学園でトップクラスの美貌を持つ女性2人による、完全な接近戦インファイトが始まった。


 「ッラァ!!」


 マリアがスカーレット脇腹に右フックを叩き込む。


 「ふっ、やるな」


 スカーレットは嬉しそうに、マリアの脇腹へ左フックを叩き込んだ。


 マリアが殴るとすかさずスカーレットも殴り返し、スカーレットが蹴ると即座にマリアも蹴り返す。


 そんな意地の張り合いから展開が変わる。


 マリアはスカーレットの拳を掴むと、そのまま投げ飛ばした。


 「ッラァ!!」


 そしてスカーレットの着地地点を狙って、マリアは近くに転がっていた自分の刀をぶん投げる。投げた刀はブーメランのようにグルグル回って着地寸前のスカーレットに迫る。


 「怖い女だ」


 笑ったスカーレットは着地した瞬間に宙返りすることで刀を躱す。刀は音を立てて地面を跳ねた後に落ちる。


 そして彼女の2度目の着地間際に、回り込んだマリアが右手の掌底を放つ。


 「はぁ!!」


 「速いな」


 スカーレットは左手でマリアの右手を掴む。だが即座にマリアは左手でスカーレットの左手を弾いた。


 その瞬間、スカーレットは僅かに体勢を崩す。


 (崩れたっ!!)


 それを好機と捉えたマリアが右足のハイキックで彼女の側頭部を狙う。


 「フッ」


 彼女の狙いを察知したスカーレットはあえて一歩下がることで体勢を立て直し、マリアと同じようにハイキックを繰り出す。


       お互いの足が高い位置で衝突した。


           「このっっ!」


          「ここからだぞ?」



 その均衡状態から、競り勝ったのはスカーレット。伸ばしきった右足をそのまま振り抜くと、彼女の足を押さえていたマリアの右足が弾かれる。当然、マリアは勢いそのまま体勢を崩す。


 「しまっ!?」


 「楽しかったよ、親友」


 ニヤリと笑ったスカーレットは、マリアの鳩尾に肘を叩き込んだ。


             ズガッッ。



 めり込んだような鈍い音が両者の耳に届く。


 「ほんっとに、腹立つ‥‥‥」


 目を細めたマリアは膝から崩れ落ち、対峙する彼女にもたれかかってしまう。


 「案外、重いものだな」


 一騎討ちを制したスカーレットは、もたれかかってくる彼女にそんな感想を呟いた。


 勝敗は、すでに決まったようなものだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 4年の部、優勝したのはDクラス。


 スカーレットの単独活躍によるものだった。


 「ルーライト隊員のアイトくんのお姉さんが

  負けるなんて‥‥‥あれがシスティアさんのお姉さん」


 そう呟いたポーラは、無意識に隣で観戦してるアイトを見つめてしまう。その視線に気づいたアイトは苦笑いを浮かべた。


 「そんな顔しなくても、俺と姉さんは別人だし、

  姉さんは負けず嫌いだから悔しさを糧にして、

  最終的には相手に何百倍にして返すから大丈夫」


 「それシスティアさんのお姉さん大丈夫ですかっ!?」


 「大丈夫でしょ、あの人見るからに強そうだし。

  まあ2人は年も同じで友人らしいから」


 わなわなと慌てたポーラを落ち着かせるように説明したアイト。そしてポーラが落ち着いたのを確認すると、すぐに話を切り替えた。


 「見るからにギルバートが好きそうな一騎討ちだった。

  後で内容と結果を教えないとな」


 「そうですね‥‥‥クラリッサにも」


 そう呟いたポーラが少し顔を下げる。表情も暗い。


 今も意識が戻らないクラリッサを心配してるのだ。もちろんそれはアイトも同じである。


 「でもやっぱりギルバートくんってクラリッサのこと

  大切に思ってるんですね。良い信頼関係ですよね」


 「幼馴染で付き合いも長いらしいよ」


 会話を交わすうちに、2人はギルバートの言葉を思い出していた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 朝、医務室。


 アイト、ギルバート、ポーラの3人は今も眠っているクラリッサの見舞いに来ていた。


 「ぅっ‥‥‥」


 小さな呻き声を上げた彼女の長い藍色髪が、少しだけベッド広がる。少し跳ねていることから、苦しくなるたびに身を捩っていることが予想できた。


 「‥‥‥アイト、ポーラ。わりいけど試合は2人で

  見に行って来てくれねえか? オレはここに残る」


 「え? だったら私たちも残りますよ!

  ね、アイトくん!」


 「もちろん」


 はっきりと言ったアイトとポーラの肩を掴み、ギルバートは頭を下げた。


 「いや、3人もいたら目覚めた時に

  クラリスが自分のせいで試合を観戦できなかったって

  後悔するかもしれねえ。こいつは優しいからな」


 ギルバートの説明を聞いた2人はハッとする。さすがクラリッサの幼馴染で、誰よりも彼女のことを分かってると感じたのだ。


 2人が驚いて声が出ない間にも、ギルバートは話を続ける。


 「2人の気持ちは本当にありがてえ。

  でもここはオレに任せてくれねえか。

  クラリスに負担をかけちまったのは、

  たぶんオレが原因だ。オレが頼ったからだ。

  オレがあいつの力に頼って負担の大きい技を

  使わせちまったんだ。それもあの土壇場の状況でよ。

  だから回復するまでそばで見続ける。

  今のオレにできるのは、それくらいしかねえ」


 「ギルバート‥‥‥」

 「ギルバートくん‥‥‥」


 彼の確かな決意を前に、アイトとポーラはこれ以上何も言わなかった。


 「それに、どんな試合があったか話聞きてえしな!

  だからよ2人とも、試合見てきてくれ!」


 ギルバートがニカッと笑い、アイトとポーラを送り出す。暗くなってしまった雰囲気をなんとかするために、笑った。


 そして2人が医務室から出ていった後、ギルバートはベッドで眠るクラリッサの近くに椅子を用意して座ったのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 朝の出来事を思い出した2人は、どちらからとなく笑う。先に口を開いたのはポーラだった。


 「普段の2人は言い合いばかりしてて、幼馴染なのに

  仲悪いのかなって思ってましたけど、やっぱり

  お互いを信じてるんだって伝わりました。

  私、クラリッサとギルバートくんと友達になれて

  幸せです。かけがえのない友達です」


 「全く同意見。俺はポーラも含めてだけど、な?」


 アイトがそう言って意味ありげな視線を送る。するとポーラは発言の意図に気付いた。みるみる顔が赤くなっていく。


 「あっ! その言い方だと私はアイトくんのことを

  友達じゃないって発言したみたいじゃないですか!?

  アイトくんって、実はかなり意地悪ですよねっ!」


 ポーラは頬を膨らませながらアイトを睨む。


 「まあまあ、そろそろ5年の部が始まるから」


 「すごい雑な誤魔化し方!?」


 ポーラがぷんぷんと怒りながら、「むうっ」と渋々だが視線を前に戻す。というよりも少し不貞腐れていた。


 そしてそれを見たアイトは揶揄いすぎたと苦笑いを浮かべた後、遠い目をしてさっきの2人の一騎討ちを振り返り始める。


 (あんな固有魔法があるなんて‥‥‥

  下手な属性魔法よりもよっぽど強いな)




 『固有魔法』。その名の通り、使用者本人しか使えない突然変異魔法。


 生まれつき本人に宿っているか、もしくは自力で編み出すことで発現する。


 例を挙げるとスカーレットの【魔法反対マジックアンチ】は前者。


 アイトの【終焉】や【ラストリゾート】、マリアの【雷装】は後者に該当する(というよりアイトに限ってはほとんど固有魔法ばかり扱う)。



 属性魔法、例えば火属性の初級魔法【ファイア】や風属性の初級魔法【ウィンド}などは歴代の魔法使い(魔導士とも言う)によって効率化されて基礎が定義付けされている。


 だから一般属性魔法は魔導書に書かれていて、その属性魔法に適性がある者であれば、確実に習得できるものである。


 つまり属性魔法には『見本がある』ということだ。


 対して固有魔法には『見本がない』。


 つまり見本のある属性魔法とは異なり、固有魔法は対策されづらいといった利点がある。


 しかし固有魔法は、本人独自のものであり見本がないため練度を上げるのが難しく、扱いも大変なのがほとんどである。


 だが、実力者ほど固有魔法を有しているのは間違いない。


 その方が相手に見破られることが少なく、自分の都合のいいような魔法を発生できるのだから。


 ちなみにアイトはアーシャとの修行で、結局のところ属性魔法は殆ど練習しなかった。


 10個の属性魔力を制御、融合可能な時点で単属性の魔法など使う場面が少ないし、そんな時間はないとアーシャに説明されたのは。


 アイト本人は駄々をこねたため、腹パンされながら。



 それを思い出したアイトは思わず身震いしていた。


 「‥‥‥どうかしましたか。謝るなら今ですよ」


 不貞腐れていたポーラに問いかけられるも、今のアイトの耳には届いていなかった。もう一つ気になる点があったのだ。


 「聞いてますかアイトくんっ!?」


 (そういえば先輩が姉さんの刀を弾いたあの動き。

  あれって‥‥‥いや、ま、まさかねぇーーー)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「あの動き!! いったいどういうこと!?」


 「システィア? 待ち伏せか?」


 競技場出入り口。


 競技を終えて森から戻ってきたスカーレットを待ち伏せしていた妹のシスティアは、開口一番に怒鳴った。スカーレットは首を傾げて妹へと近寄る。


 「どういうことなの姉貴!? あの動きは!?」


 「あの動き? ああ、マリアの刀を弾いた時の?

  ふっ、いいだろう? 昨日、良いものを学んだよ」


 「なんでなのよ‥‥‥」


 不敵に笑った姉を見たシスティアは、わなわなと震え出す。


 「ーーーなんで変わらずにいられるの!?」


 システィアは大声で叫んでいた。


 「?」


 その理由がわからずスカーレットが首を傾げていると、システィアは言い放つ。


 「昨日のあれを見て、なんで能天気でいられるの!?

  あんな意味不明な出来事を飲み込めるの!?

  悩んでる私がバカみたいじゃない!!」


 涙を溢れさせながら大声で叫ぶ妹を見たスカーレットは、ため息をついた。


 「ん? だって、お前はバカだろ?」


 「は、はぁ!?」


 目を見開いて詰め寄る妹に対し、スカーレットは冷静に自身の発言の理由を話し出す。ズケズケと。


 「負けず嫌いですぐに言い訳する。

  『年上相手に負けるのは仕方ない』なんて

  戯言をほざく大バカ者で自己中心的。

  そして昨日ついに同級生に負けて

  言い訳を考えることに頭を使うアホ」


 「黙れっ!!!」


 涙目のシスティアが殴りかかると、スカーレットは軽く受け流して妹の頬を掴み、近くの壁に押しつける。


 「クソ生意気な私の妹。それがお前だよ」


 「っ! うるひゃいっ!!」


 頬を掴まれて再度涙を溢したシスティアは姉を殴ろうと必死に腕を振る。


 「おい」


 「っ!」


 だがスカーレットは睨むことで、半狂乱だった涙目のシスティアの腕を停止させた。


 「お前の武器は昂奮状態の()()じゃない。

  お前の武器は今も左腰に差さっているだろうが」


 そう言われたシスティアは思わず視線を落とすと、そこには長い時間を共に生きてきた、自分の剣があった。


 「で、でも昨日、あいつに完敗してーーー」


 「完敗? 良かったじゃないか。1番の収穫だ。

  敗北なんてこの先いくらでも味わうものだ。

  『敗北を乗り越えた者だけが何かを掴む』。

  お母様の教えを忘れたか? 未熟者め」


 「ーーーっ!」


 「さんざん格上に挑んで敗北を刻んだ私の自論だが、

  敗北はいくつ積んでもいい。軽いものだ。

  だが勝利は積めば積むだけ重みが増す。

  そしてどちらも受け入れられる心構えが必要だ」


 「‥‥‥私には、それが足りないって?」


 「これっぽっちも。お前は先に勝利を積みすぎて

  挫折を知らない。不運なことにな。

  それどころかお前は勝利に対する重みがない。

  だから弱い。深い部分に踏み込めない。

  別にお前の剣の腕自体は悪くない。

  でもそれを扱うお前の精神は底が浅いんだよ」


 スカーレットは冷たい目で諭す。システィアはそんな姉に身震いし、絶句していた。


 (なんなの‥‥‥なんでこんなに強いのっ?)


 目の前で淡々と事実を突きつけてくる姉に、恐怖を抱いていた。そもそも思考の次元が違ったのだ。


 『勝利を重ねることが不運』。


 そんなこと、常人なら決して思わない。少なくともシスティアは考えたことがなかった。


 (ああ‥‥‥そうだった)


 システィアは強さを追い始めた理由を思い出した。



        『姉のように強くなりたい』。


        『姉に、認めてもらいたい』。



         そんな気持ちからだった。


 どんどん自分勝手に、だがはっきりと前に突き進む姉についていけない。そんな自分に嫌気が差し、強くなりたいと思った原動力を忘れていた。


 (‥‥‥決めた)


 システィアは袖で涙を拭い、深呼吸する。そして決心した。


 「おい、聞いてるか? おーい」


 その決意を、自分の頬を掴んで呑気に話しかけてくる姉の手をどかして宣言する。


 「決めた。私、世界最強を目指す」


 いっさいの迷いがない眼差しで。はっきりと。


 「‥‥‥ぷっ、ハハハッ!! 過去最大の戯言だな!

  ‥‥‥だがいい顔だ。これまでで1番な。

  言わなくてもわかると思うが、その道は険しいぞ?

  グロッサ王国だけでもルーク先輩を始めとした

  最強部隊『ルーライト』の隊員たちに

  王国内ギルド『ジャバウォック』。

  学園の生徒。年上も年下も関係ない。

  それに‥‥‥アイト・ディスローグくん。

  そして何よりーーーこの私がいるからな」


 ドヤ顔を決める姉に、システィアはため息をついた。


 「最後は心底どうでもいいとしてーーー」


 「おい妹よ?」


 「あの男が私の目指す道に立ってるのは間違いないわ」


 そう呟いたシスティアはやる気に満ちていた。そのやる気に応えるべく、スカーレットはこう助言した。


 「誰でもそうだが、いきなり世界は無理だ。

  もちろん王国最強も。当然甘いわけがない。

  だから学園最強。まずは1年最強を目指せ」


 「言われなくてもそう考えてたわよ」


 そう言って顔を逸らした妹を見てスカーレットは笑い、こう付け足した。


 「もしかすればその称号を取ることが1番大変だ。

  言わなくてもわかるよな? 相手は()()だぞ」


 「そんなのわかってる。でも、もう迷わない。

  どんな手を使ってでも、あいつに勝つ」


 もう、システィアの瞳には微塵も迷いがなかった。


 「ふっ、がんばって自分を刻め」


 それを見て微笑んだスカーレットは妹に背を向けて歩き、手をひらひらと振る。


 「‥‥‥ど、どんな手も使うから!!」


 システィアが大声で叫ぶと、スカーレットは足を止めて振り向く。そして、システィアは両手で服の裾をギュッと押さえながら、こう言った。


 「まずは、姉貴の体術を盗むからっ」


 意味を察知できないほど、スカーレットは妹のことを見ていないわけではない。


 むしろ長く時間を過ごした姉妹であるからこそ、捻くれ者である妹の真意は理解できる(まるで自分は捻くれてないとでもいいたげな口ぶり)。


 「‥‥‥ふっ、いいだろう。ついてこい」


 スカーレットがそれだけ言って歩き出す。


 「うん!」


 システィアは大きく頷き、後をついていった。いっさい曇りのない、晴れやかな笑顔で。



  (‥‥‥完全解決したよ。ありがとう、アイトくん)


 1年最強という名目で、アイトを物理的に標的として狙うことを本人に無許可で提示した元凶、スカーレットは心から感謝を伝えていた。




 「さ、寒っ!?」


 「ど、どうしましたアイトくん?」


 そして同時刻、アイトは謎の悪寒に襲われていたらしい。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 昼休憩を挟んだ後、『エリア・ペネトレイト』、5年の部。


 ついに魔闘祭の最後を飾る5年の部が始まる。


 だが最後にして、どの学年よりも短い時間で競技の終わりを迎える。


 誰もが予想していた通り、5年Aクラスが優勝したのだ。


 展開を考えれば、1番盛り上がりに欠けたかもしれない。


 だが、観客の歓声は最高潮だった。それは優勝した5年Aクラスを率いている1人の青年が、別次元だからだ。


 「やっぱルーク王子はやべえな。強すぎだろ」


 「同感。ギルが20人いても王子に負けそう」


 「なんだとこら!?」


 そして昼休憩の間に無事にクラリッサの意識が戻った。タフな彼女は目覚めた後すぐにギルバートを連れて、アイトたちと合流したのだ。


 最後は無事にいつもの4人で、5年の部を観戦していた。


 そしてギルバート、クラリッサが恒例の言い合いを始める。


 それをもはや懐かしむ気持ちが湧くポーラが生暖かい目で見届ける中、アイトは画面に映る金髪の王子を見つめていた。


 5年Aクラス、ルーク・グロッサ。


 グロッサ王国第一王子で聖騎士の魔眼持ち。そして王国最強部隊『ルーライト』の隊長を務める。


 王国内の誰もが認める、現グロッサ王国最強。


 (やっぱりルーク王子の強さはケタ違いだ。

  アーシャの修行を受けた俺でも、勝てるのか‥‥‥?

  いや、違うな。推測や希望的観測じゃない。

  もし敵対したら、絶対勝たなくちゃダメなんだ)


 アイトが目を瞑って弱気だった自分の考えを改めていると、審判の声が耳に響く。


 「そこまで! 優勝、5年Aクラス!!」


 ルークが手を振ると、魔結晶越しの競技場で歓声が響き渡る。


 こうして『エリア・ペネトレイト』の各学年の部が終了すると共に、魔闘祭の全競技が終了する。観客たちの拍手を浴びながら、全生徒が競技場のステージに並び始めた。


 (あれ、そういえばエリスたちから何も連絡ないな。

  見た感じエリスたち『黄昏トワイライト』のほぼ全員いるから

  絶対何かあると思ってたけど、考えすぎだった?)


 そして終始エリスたちは観戦していただけだったため、アイトは少し疑問に感じていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 観客席。


 「は〜面白かった! 良い技もいっぱい見れたし!」


 笑顔のカンナが「う〜ん」と伸びをして身体をほぐす。


 そして彼女の隣に座っていたエリスは黙り込んでいた。今エリスは別の考えに囚われていた。


 (全競技が終わったのに、仕掛けてくる気配がない)


 エリスは犯罪組織『ゴートゥーヘル』の構成員を1人も見かけないことに不信感を募らせていた。


 (でも、今は全生徒が集まって疲労も溜まってる。

  奴らが今ここで競技場を狙う可能性は充分にーーー)


 『エリス! 聞こえるか!』


 考え込んでいたエリスの耳に、ターナの声が響く。


 「ターナ、何かあったの?」


 ターナは単独で競技場付近に目を光らせ、監視する役割を担っていた。そんな彼女が大声で連絡をかけてきた。


 「今場所を変えるから少し待ってーーー」


 『そんな時間ない!! 聞いてくれっ!』


 普段は誰よりも冷静なターナが声を荒げていた。その事態を察してエリスはすぐに耳を澄まして話を待つ。



 『さっきの競技で使われたマルタ森付近の警備兵が

  全員殺られてる!! それも競技場に映像共有される

  多数の魔結晶に映らない、死角でだ!!』



 「ーーーなんですってっ」


 エリスは一瞬だけ頭が真っ白になる。そして、気づく。


       (まさか、奴らの狙いはーーー)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「‥‥‥何あれ」


 そう呟いたのは、『使徒』シャルロット・リーゼロッテ。


 彼女はゆっくりとVIP席から立ち上がる。少しだけ翼をはためかせながら。


 「ど、どうされました?」


 近くにいた運営委員の1人が戸惑いながらも話しかける。シャルロットは独り言なのか、運営委員に話しかけたのか、判断しづらい声量でこう言った。


        「何か、すごい気配を感じる」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 同時刻、競技場、ステージ上。


 「皆さん長い日程の中、最後まで最前を尽くし

  互いに切磋琢磨し、真剣に挑んだからこそ。

  今年も最高の魔闘祭を開催することができました。

  生徒の皆さん、応援してくださった観客の皆さん。

  そしてご協力いただいた運営委員会、連携商会、

  各国来賓のみなさん。ありがとうございました。

  生徒代表、生徒会会長、ルーク・グロッサ」


 ルークが言い終えた直後、拍手と歓声が競技場を包み込む。


 ルークが生徒会長としての挨拶をしている中、アイトはぼんやりと眺めていた。


 (はあ〜楽しかった。けどやっぱ疲れた〜。

  一刻も早くベッドにダイブしたい‥‥‥)


 周囲を見渡すと、すでに学園制服に着替えた生徒たちが真剣に話を聞いている。競技を終えると、正装である学園制服を着て閉会式に参加するのが魔闘祭伝統の習慣である。


 『隊長! ジルです! 応答を!!』


 だがここで、これまでの魔闘祭にない展開が始まる。『ルーライト』副隊長、ジル・ノーラスがルークへと連絡をかけていた。


 「どうした? 悪いけど今は閉会式の合図でーーー」


 『マルタ森の警備兵が何者かに殺されていますっ!』


 「‥‥‥なに?」


 そんな2人の会話は、生徒たちには届いていない。各々が疑問に思い首を傾げる程度。アイトもその中の1人だった。


 (ーーーん??)


 だが突然、アイトは膨大な魔力の気配を感じ取って床に視線を落とす。


 次に周囲に視線を移すが、誰も気づいていない。隣のEクラスの列に並ぶメリナも気づいていない。


  (メリナも気づいてないし、俺の気のせいか‥‥‥?)



   次の瞬間、足元に大規模な魔法陣が浮かび上がる。



     そして全生徒は、競技場から姿を消した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ステージにいた全生徒の消失。突然の事態に観客が騒ぎ出す。


 「えっ!? みんないなくなっちゃった!

  どういうこと〜!? 何かの演出かな!?」


 「は? 意味わかんない」


 「これ、へんだ」


 「き、消えちゃいましたぁぁ!?」


 展開についていけないカンナ、ミア、リゼッタ、ミストがそれぞれ声を漏らす。


 「お、おい! 何が起こってるんだよ!?」


 前の席に座っていたカイルは、1番この状況を理解してそうなエリスに話しかけた。


 「‥‥‥やられたっ」


 エリスはギリッと歯を食いしばり、小さな声を漏らす。


 「おい、説明してくれ! お前ならわかるんだろ!?」


 カイルがそう言うと、メンバー全員の視線が一斉にエリスへ注がれる。


 「‥‥‥奴らは、競技場で騒ぎを起こす気はなかった。

  恐らくここには警備が山のようにいるから」


 「はあ!? じゃあどこで起こすってんだ!」


 答えを知りたいカイルは声を荒げる。エリスは、呟く。


 「アイたちが転移させられた場所が答えよ」


 そう呟くと、エリスが立ち上がる。その目には、一切の迷いがなく、覚悟をしみじみと感じられた。



         「マルタ森へ行くわよ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 マルタ森。


 アイトたち生徒は、森の中央付近に転移させられていた。


 (ここはーーーさっきの競技で使ってた森!

  俺の感じた魔力は、転移魔法のものだったのか!)


 ひとまずアイトは冷静に周囲を見渡す。すると円状の結界で森ごと覆われているのが分かり、襲撃者の正体に勘づいた。


 (全生徒を対象に発動した大規模転移魔法。

  そんなことを行うには相当な魔力がいる。

  そして最近魔力を集めていたのは‥‥‥奴らだ)


 アイトは、無意識に拳を強く握りしめていた。この事態を引き起こした黒幕をすぐに理解した。


 知ったきっかけは成り行きだが、現在に至っては自分たちにとって因縁しかない犯罪組織。


 「なるほど、用意周到だね」


 一方、ルークも瞬時に事態を把握する。全生徒を包囲する形で周囲に数十という覆面集団がいることを。


 ルークは即座に鞘から剣を抜き取る。念のため腰に差していた愛剣を。


 「動くな!!!」


 するとルークをずっと背後から見ていた覆面が大声を出す。


 「この森は我々がすでに支配している!!

  抵抗すればお前たち全員の命はーーー」


 「知らないよ」


 ルークが一瞬で覆面の頭を掴むと、聖属性魔力を纏った腕でそのまま地面へ叩きつける。覆面は既に絶命した。


 その光景を見た覆面集団は怯えるように身構える。


 ルークが呟くと、近くにいたマリアに小声で話す。


 「見せつける。僕の後に続いて」


 「‥‥‥はいっ?」


 言葉の意味が分からず、マリアは素っ頓狂な声を漏らす。


 その直後、ルークは左手を地面につけ、囁く。


 「【聖域サンクチュアリ】」


 ルークが唱えた瞬間、金色に輝く魔力の粒が飛散し、爆発する。魔力の爆発は生徒には全く当たらない。攻撃対象を選択しているのだ。当然、金色の爆発を受けたのは覆面集団。


 その直後に響く断末魔の声。一瞬で8人の覆面の命が弾け飛んだ。


 「! ーーー【紫電一閃】!!」


 野生の勘か、それとも付き合いの長さか。ルークの意図を瞬時に理解したマリアは近くで怯える覆面を居合いで仕留めた。


 「‥‥‥(フンスッ!)」


 刀を振り抜いた直後のマリアに襲いかかる覆面を、背後に転移したシロアが蹴り飛ばした。


 『ルーライト』の隊長と隊員2人による先制攻撃に覆面が慄くと同時に、生徒たちの視線が3人に集まる。


 それを察したルークが剣を掲げると、大きく口を開いた。


 「私はグロッサ王国第一王子、ルーク・グロッサ!!

  王国最強部隊、『ルーライト』の隊長である!!

  この首が欲しければ、人生全てを懸けて来い!!」


 ルークが高らかに宣言すると生徒たちが歓声を上げ、気迫が籠る。


 「マリア、シロア! 皆を守るぞ!!

  今ここに『ルーライト』の名を証明する!」


 「ーーーはいっ!!」


 「ーーー(フンスッ!!)」


 マリアが刀を構え直し、シロアが自前の警棒を構える。


 「ジル! マルタ森中央付近に直行しろ!」


 『はっ!!』


 ずっと接続していた魔結晶で副隊長のジルに指示を出したルークは、剣を地面に突き刺す。


 「ルーク・グロッサーーー今ここに宣言する!!

  この名にかけて、皆を必ず守り抜くと!!」


 いつもは飄々としているルークの、真剣な表情。王国最強と言われる聖騎士の末裔、その気迫と覚悟。


 気づけば、生徒たちから恐怖心は消えていた。全員が勇気と、自信に満ち溢れている。


 アイトもその熱にーーーあてられたわけではなかった。むしろ冷めていた。ルークの凄さに気取られたのだ。


 (統率力、カリスマ性‥‥‥そんな素質が俺にあれば、

  エリスたちの信頼に応えることができて

  後ろめたい思いをせずに済んだのかな。

  この地位から離れたいと思わなくなるのかな‥‥‥)


 アイトは表情が暗くなっていくのを自分自身で感じていた。そして今はこんなことを考えてる場合じゃないとも。


 「ルーク様たちに守ってもらうだけじゃない!

  自分たちの身は自分で守ろう!」


 生徒たちが一丸となってこの状況を乗り切る。それがこの場にいる全員の共通認識となる。


 「ははっ、やべえ面白くなってきたっ!!

  これはやるしかねえよな、やろうぜ!」


 ギルバートが嬉しそうに生徒たちの前に立ち、背中に背負っていた大剣を構えると、クラリッサが隣に立つ。


 「あんま無茶しないでよ!? 突っ走るのダメ!!」


 「お前こそ絶対無茶すんなよ。まだ万全じゃねえだろ。

  オレのそばから離れるんじゃねえぞ」


 「っ‥‥‥う、うんっっ」


 どこかクラリッサが惚け始めたのは気のせいではない。ポーラは「はわわ‥‥‥」と2人のやりとりを聞いて興奮している。


 「絶対に誰も死なせない」


 そして、そんなこと微塵も知らないジェイクも当然のように前に出る。


 「それでは私もっ!!」


 「はっ! 王女が最前線はまずいですっ!?」


 猪突猛進のユリアを見て、我に帰り必死に抑えるポーラ。


 「あらあら〜やっぱり姉妹ね〜♪

  つい私も来ちゃいました〜♪」


 「お姉様! やっぱり血が騒ぎますよね!」


 「王族の血!?」


 ポーラがツッコむ間にもステラが微笑んでユリアの隣に立つと、同時に笑い出す。


 「それじゃあ私が王女2人を守ろうか。

  たまにはこういうのも悪くない」


 「あ、スカーレット先輩! 頼りになりますっ!」


 「舞踏会ではお世話になりました〜」


 そして、王女姉妹の前に立ったのは嬉々とした表情のスカーレット。


 彼女はいつものハーフツインテールを解き、まっすぐに降りたホワイトブロンドの長い髪を纏めてヘアゴムで結び、ポニーテールにする。


 普段はそんなことしない彼女が母親の忠告を無視して髪を後ろで纏める。間違いなく、それは今の状況に滾っているからである。


 そして、そんな仕草を見た男子たちは無意識に視線を奪われていた。


 「くぅ〜! あの先輩もやる気満々だな!!

  おいアイト〜! せっかくだしお前もどうだ〜!?」


 これまで競い合っていた学生たちが協力し合う今の状況に興奮が抑えられず、最前列で楽しそうに笑ったギルバートが中央にいるアイトに話しかける。


 「俺は端でいいっ!」


 大勢の前で話しかけられて気まずくなったアイトは早口で返事し、早歩きで生徒たちの端で足を止める。


 (エリスたちもこの異変に気づいてるはず。

  だから間違いなく俺がレスタになる必要がある。

  騒ぎに紛れ、さっさと離れてはやく変装をーーー)


 「アイトくん、私がそばにいるから」


 「うわびっくりした!!?」


 気づけば自分の右隣に立っていたアヤメに驚き、素っ頓狂な声を出すアイト。


 「そうねー私も気が向けば守ってあげるー。

  ディスローグくんは運良いわねー本当にー」


 次に凄まじいほどの棒読みが背後から聞こえ、振り向くとシスティアが剣を構えてグイグイにじり寄っていた。いかにも背中からブスリと刺さそうな距離だ。


 そして彼女の目は血走っていて、空腹状態の魔物のように鋭い視線を向けていた。


 (な、なんか目が血走ってる怖っ!?

  これ絶対恨まれてるやつだ!?)


 珍しく、当たらずも遠からずの考えに至ったアイトはどう返事すべきか困っていると、左隣の気配に気づく。


 「微力ながら、私もご助力致します」


 (え、ホントに誰!?)


 アイトは自分にとって先輩である2年Aクラス、ユキハ・キサラメに驚く。アイトからすれば名前すら知らない人である。


 (代表‥‥‥姿や実力を隠してるのにモテモテとか、

  さすがというかなんというか、本当に罪な人だ‥‥‥)


 彼の斜め後ろに潜んでいた茶髪の三つ編みおさげメガネ少女ことメリナは苦笑いを浮かべつつ、これからの行動を考えていた。


      (‥‥‥人目があって動きづらい!!)



 アイトはとりあえず学園の支給剣を鞘から抜いて、構える。



        そして、全面衝突が始まった。

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