完全勝利だ!
『エリア・ペネトレイト』1年の部が終わり、2年の部が始まる。競技場の観客がさらに熱中する中。
「‥‥‥ん」
小さな声が、一室に微かに漏れる。黒髪の少年は、ベッドから上半身を起こして周囲を確認する。
(医務室?)
すると、自分がいる場所は医務室であると分かった。
「アイトくん! 目が覚めましたか!?」
声がした方を向くと、ポーラが涙目で様子を伺っていた。
「アイト、鍛え方がなってねえぜ?」
既に目を覚ましていたのか、ギルバートがニカッと笑って隣のベッドに寝転がっていた。
「さっきの試合、どうなった?」
目覚めてすぐ、アイトが気になったのは試合の結果だった。
「私たちの勝利です‥‥‥!
1年の部、Dクラスの優勝ですっ‥‥‥!!」
ポーラが溢れる涙を手でぬぐいながら、笑顔で話す。それを見たアイト、ギルバートは笑っていた。
「っしゃあ!! オレたち全員で掴んだ勝利だ!」
「うん、1人でも欠けていたら優勝できなかった」
ギルバートのガッツポーズに、アイトも同意して勝利を噛み締める。
「よがっだでずぅ〜!!
これからも、みなざんどいっじょにいられまずぅ!」
ポーラが2人と眠っている1人、を交互に見ながら嗚咽を漏らす。
彼女自身が決勝戦の土壇場で決意した、みんなと共にいるための覚悟。これほど強く熱望して必死に頑張った末に、初めて掴むことができた結果。
それがたまらなく嬉しくて、感極まって、安堵して。
ポーラは泣きじゃくってしまったのだ。
「どうしたポーラ!? どこか痛い!?」
「お、おい大丈夫か! とりあえずベッド使うか!?」
彼女の心情は彼女だけのもの。疎いことに定評のあるアイト、ギルバートの2人には分かるわけもなく、狼狽して心配しまくる。その光景が数十秒続いた。
「‥‥‥いいえ、嬉し涙、ですからっ!」
必死に涙を拭いて顔を上げたポーラは、満面の笑みだった。
それから数分後。
「失礼しま〜す」
控えめな声と共に医務室を中に入りながら扉を閉めたのは、グロッサ王国第二王女、ユリア・グロッサ。
「みなさん〜! お疲れ様でした〜!!」
彼女はアイトたちを見るなり、笑顔で駆け寄る。アイトたち3人はそれぞれユリアに挨拶をしていた。
「みなさん、本当にすごかったです!
実はナイショで少し応援してました!」
笑顔で意気揚々と暴露するユリアが面白く、アイトは思わず笑ってしまう。隣のベッドですでに起きていたギルバートも笑い、近くに立っていたポーラも微笑む。
だがクラリッサは、今も目を覚まさない。ベッドで眠ったまま目覚める気配がない。ポーラは彼女の手を握り、呟く。
「クラリッサ、大丈夫なんでしょうか」
「こんなに消耗しているのを見ると、
たぶんアレをやったな」
クラリッサの容態をなんとなく理解していたのは、この中で誰よりも彼女と付き合いの長いギルバートだった。
「あ! あの消える杖のことですか!?
クラリッサさんとってもすごかったです!
あんな技初めて見ました!! やばいですっ!」
「あ、ああ。誰にも見せてこなかったらしいからな」
そして突然のハイテンションなユリアに詰め寄られ、ギルバートが若干引きながら返答する。
「アイト!!」
すると突然医務室の扉が開く。ユリアに次いで2人目である。
中に入ってきたのはアイトの姉、マリア・ディスローグ。
「姉さん」
「よくやったわ!!」
「グエッッッ」
そして彼女は飛びつきながらアイトに抱きつく。その光景にみんなが驚いていた。
「あんたの成長、見せてもらったわ」
「わかったわかった早くどいて苦しいし恥ずか死ぬ」
アイトは必死に彼女の背中を叩いて忠告していた。割と本気で嫌がっている。
「‥‥‥それで、アイトぉ?」
だが、アイトの発言を完全に無視したマリアは普段よりも低い声を出す。
「あたしの【紫電一閃】、
わざと加減してうったでしょ?」
「‥‥‥なんのことかな?」
アイトは目を逸らすのではなく瞑る。目から動揺を悟られないように。
「前日にあたしが見てあげた時、
あんたの抜剣はもっと速かった。
実戦でも最低限使えるほどにはね」
「そ、そうだった〜?」
目を瞑ったアイトは愛想笑いを浮かべる。マリアは、青筋をピキピキ立てながら微笑んだ。
「もしかして、わざと止められる前提で
打ったんじゃないでしょうね??」
図星だった。アイトが【紫電一閃】を使ったのは、ジェイクを足止めするためだったのだ。
最近、学園の放課後や三途の滝前を通してマリアに教えてもらった【紫電一閃】。だがそれを当たらない前提でアイトは加減して打った。
それをマリアが許すわけがない。アイトは弁明すべく口を開く。
「いや、決してそんなことーーーっ!!!?」
だがその前に、抱擁の体勢でマリアは腕に力を込める。当然アイトは体を締め上げられる。
「☆×○△〜!!?」
アイト自身にもでも何も言っているかわからない声が出る。アイトの身体はミシミシ音を立て不気味に震えていた。
その様子をギルバートたちは笑いながら見届ける。ユリアに至っては「さすがマリアさん! すごい力!!」と目を輝かせる始末。
「‥‥‥(ガラー、ペコッ。!? オドオドっ)」
そのタイミングで医務室の扉を開けたシロアは、中の光景に戸惑っていた。必死に手を振って駆け寄り、マリアを止めようとする。
(‥‥‥あれが、アイトくんのお姉様)
そして扉の隙間から覗いていたアヤメに誰も気づかなかった。
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競技は順調に進み、2年の部、3年の部が無事に終了。
2年の部はバスタル、イグニから評価を受けていたユキハ・キサラメ率いるAクラス。
3年の部はシロア・クロートの単独活躍によりAクラスが優勝した。
それを1年Aクラス、システィア・ソードディアスは退屈そうに眺めていた。
「ソードディアス、用件があるなら早く言ってくれ」
隣に同じ1年Aクラス、ジェイク・ヴァルダンを連れて。
「2、3年は見応え無いわねー。力の差がありすぎる。
そう思うと、私たちの試合って面白かったわよねー」
組んだ足に肘を置き、頬杖をついたシスティアが呟く。普段よりも会話に威圧性が無かったため、ジェイクは少し狼狽した。
「あ、ああ。それはそう思うが、ってそうじゃなくて
はやく用件を言って欲しいんだが」
「クラスでは負けたけど、それはそれ。
私個人では負けてないと思ってる。
だってこっちの2人は口だけの役立たずだったし」
「言い方が癪に障るが、それは否定しない」
ジェイクは目を瞑って噛み締めるように呟いた。
「でも結果的にはお前の守りが突破されたことになる。
決勝戦まで一度も破られなかった守りをね。
しかもDクラスに。いったい何があったの」
「なるほど、君が聞きたいのはそれか」
顔を伏せてため息をついたジェイクが、重い口を開く。
「数で押し切られたのと僕が集中力を欠いたからだ」
ジェイクがそう呟いた直後、振り返ったシスティアが彼の胸ぐらを掴み上げ、完全に何かキマってる目で睨みつける。
「おい、つくならもっとマシな嘘つけよ?
土魔法で分身を作ることで人数差は無いし、
決勝戦までお前は両手盾という戦法を隠してた。
またしょうもない嘘ついてみろーーー殺すぞ?」
「‥‥‥そうだな、今のは僕が悪かった」
ジェイクの謝罪を聞いたシスティアは、彼の胸ぐらを掴んでいた手を離す。ジェイクは渋々話し始めた。
「ギルバート・カルスの大技で粉塵が舞ったのは
知っているか?」
「ええ、お前の目を眩ませるためのものだとか」
「それはそうだが、あれはどうやら観客席も
あの時の映像が見えていなかったらしい。
かなり濃い土煙だったんだろうな」
「なに? それで?」
「その直後だ。
何者かに2体の土人形と両手の盾を壊された。
それも一瞬でだ。その時は動揺を隠せなかった」
本当は誰かわかってるジェイクだが、どこか隠したそうにしている本人のことを考えると濁してしまった。
「! 盾はまだしもあの人形を?
かなりの強度だったはずよ。それを一瞬で?」
「本当だ。試合終了後に盾を持ってない僕を見ただろ。
これ以上は、僕にも分からない」
本当は誰が土人形を壊したか知っているが、ジェイクは念のためその情報を伏せた。
そして聞きたいことを聞けたシスティアは、足を組み替えながら顎に手を置いて考え始める。
(聞いた話と状況から容疑者は確定している。
ほぼアイト・ディスローグで間違いない。
確かに見た感じ身体能力はそこそこ高い。
でも土人形と盾を一瞬で壊すことができる?)
考え込んでいたシスティアは、これまでDクラスが戦ってきた対戦相手を振り返っていた。そして、思い出す。
(‥‥‥そう言えば、BクラスとDクラスの際に
映像が途中から途切れてた。
確か、アイト・ディスローグと
Bクラス3人が交戦中の時だった!!)
疑問が確信に変わったシスティアは勢いよく立ち上がる。ジェイクが少し驚きながらも話しかけた。
「ど、どうした?」
「ご苦労様、協力感謝するわ」
システィアが上から目線の感謝を述べると、踵を返して歩き始める。目的地はーーー競技場付近の宿舎。
「ちょっと待てシスティア」
名前を呼ばれたシスティアは声のする方を向く。話しかけられて不機嫌そうな顔をしたが、相手を見てーーーシスティアはもっと不機嫌になった。
「姉貴‥‥‥いったいなに? 私忙しいんだけど」
システィアが睨みながら呟くと、彼女の姉であるスカーレット・ソードディアスは笑っていた。
「まあそう不機嫌になるな。
この前の決闘で私に57連敗を記録したから
その気持ちは心中お察しするが」
「‥‥‥死ねッ」
無自覚に心を抉る発言をする姉に対し、システィアは暴言を吐いてズカズカと歩いて通り過ぎようとする。
「ちょっと待て、こっちは用があるんだよ」
「ならさっさと言ってくれない!?」
スカーレットは通り過ぎようとするシスティアの腕を掴み上げると、システィアはごもっともな指摘をした。
「それは来てからのお楽しみだ」
スカーレットは笑い、システィアを掴んだまま踵を返す。
そして近くにいた青年の腕も掴んでやっと目的地へ歩き始めた。当然、いきなり掴まれた方は声を出す。
「えっ!? あの!?」
「心配するなジェイク・ヴァルダン。
君も当事者の1人だから、ちなみに拒否権は無い」
一方的に伝えたスカーレットはシスティアとジェイクを右手と左手で引っ張りながら、鼻歌を歌い出す。
「あ〜災難だねヴァルダンくん。このヒトデナシは
自分勝手の権化で思いやりなんて概念ないから」
引っ張られながらシスティアはヤケクソ気味にジェイクを慰めた。システィアの目から焦点が消えている。完全に諦めていた。
(いや、それは似た者姉妹だと思うが‥‥‥)
そう感じたジェイクだが、今言っても意味がないと思い口を開くことはなかった。
こうしてジェイクとシスティアは強制的に連行された。
2人が連れてかれたのは、観光名所の1つ、三途の滝。
滝が流れる崖付近にまで連れて行かれたのだ。すでに時刻は夜で辺りは薄暗く、当然人はいない。
(おい、なんで君の姉はこの状態で1時間も歩いた?)
(この人に人目を気にする神経は存在しないから)
ジェイクの言う通り、スカーレットは2人の手を掴んだまま1時間歩き続けた。
競技場を出た時は当然多くの人に連行される姿を見られた。当然2人は恥ずかしい。元凶のスカーレットは鼻歌を歌って我気にせずといったかんじだったが。
「さ、着いたぞ」
3人が崖頂上に到着すると、スカーレットは2人から手を離す。
「いったいなんなの‥‥‥? 誰かいる?」
システィアは不機嫌そうに辺りを見渡していると、誰かが座り込んでいるのが見えた。
それはジェイクも同様だった。彼は「だれだ‥‥‥?」と目を凝らしている。
そんな2人の様子を見て、スカーレットは笑った。
「喜べ妹よ。これでさらに強くなれるぞ?
新しい強者と戦いたいとこの前言ってたよな」
「それはそうだけど、なんでこんな所に」
「相手の要望だよ。極力見せるつもりは無いんだと。
あともう一つ。今から戦う相手のことは今後いっさい
他人に話すことを禁止とする。私と君も含めてな」
スカーレットの言う君とは、ジェイクのことである。ジェイクは突然の話についていけず、全く声が出ない。
「はあ?」
システィアはいつも意味不明な姉が、いつにも増して意味不明なことを言うため訝しんでいると、座っていた人物が立ち上がり、歩き出す。
「‥‥‥なんでお前がここにいるの?」
システィアが目を見開くと、ジェイクも「なぜ‥‥‥」と声を漏らした。それは2人が怪しんでいた人物。
「君の姉に聞いてくれ」
アイト・ディスローグが剣を構えていた。
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時間は遡り、アヤメが医務室を覗いていた頃。
「おい、そこにいられると邪魔なんだが」
「ぴえっ!?」
背後から話しかけられたアヤメは思わず扉を開けて中に入ってしまう。その後、彼女に話しかけた相手も中に入っていった。
「なっ!! なんであんたがここに!!
それにもう1人は爆破魔法使いの少女ね!
どういう組み合わせよ!!」
マリアが過敏に反応して指を差すと、相手はため息をついた。
「いやこの子は私も知らないんだが?」
「ま、まま、マリアお義姉さまっ!!
私、1年Bクラスでアヤメ・クジョウと申します!
アイトくんには、いつもお世話になってます!」
(ほぼ初対面なんですけどっ?)
アヤメが突然暴走を始めた。しかもマリアだけに注目して頭を下げる暴挙。アイトが首を傾げてしまうのも仕方ない。
そして頭を下げたアヤメに対し、マリアのこめかみがピクピクと動く。ニコッと笑っていたが、全く笑ってはいなかった。
「‥‥‥そんな呼ばれ方される筋合いは無いわねぇ?
クジョウさん、次からは気をつけてえ???」
「! ひゃ、ひゃひっ!!!」
(クールで凛としてたクジョウさんが涙目で敬礼!?)
マリアの一喝に怯えたアヤメ。それを見たアイトは驚きを隠せない。というよりも今ここにいる全員が少なからず動揺していた。
「あーなんだ、そろそろ私の用件を伝えたいんだが」
スカーレットも少し気まずそうにする始末。だが一瞬だけ、彼女に視線を向けられたアイトの表情は真剣なものになる。
「‥‥‥少し先輩と話があるから外に出るよ」
「ダメよ! まだ安静にしてなくちゃ!」
当然食い下がってくる姉に対し、アイトは渋々、自分が考えつく切り札を切り出す。
「大丈夫だから、頼むよーーーお姉ちゃん」
「!!! そ、そう? なら仕方ないわ!!
でもねアイト、絶対無茶しちゃダメだからっ!」
マリアが一瞬でアイトの言うことを聞いた。
幼い頃、弟と妹から「お姉ちゃん、お姉ちゃん」と呼ばれていたマリアにとって、今もそう呼んでもらうことに強い願望を抱いていたのだ。
ちなみに妹のアリサもアイトと同様、マリアのことを『姉さん』と呼ぶ。
『お姉ちゃん』と呼ばれたいというマリアの願望を、アイトは何となくわかっていた。
定期的に「なんで呼び方変えたの? 試しに今もお姉ちゃんって呼んでみて? 呼んでみなさいよ〜 呼んでみろコラ」と言われていたからだ。
『えへへ〜♡』と頬を真っ赤に染めたマリアを見てドン引きする一同。それを見て苦笑いしながら、アイトはスカーレットと共に医務室から出て行った。
「さて、とりあえず優勝おめでとう」
「ありがとうございます」
2人が着いたのは競技場近くの宿舎、アイトの部屋。
全学年が参加する魔闘祭は長い歴史がある伝統的な行事。そのため宿舎も限りなく大きい。1人1部屋を割り当てられるほどだった。
アイトが自室に呼んだ理由は単純明快。今は競技場に人が集まっているため宿舎内は人目が少ないからだ。
「邪魔するぞ」
スカーレットが靴を脱いで中に入ると、いきなりアイトのベッドにドカッと座り、すぐに足を組んだ。
「それが邪魔する態度ですか」
「こんな態度も取りたくなるさ、残念だよ」
スカーレットが足を組み替え、アイトを睨みつける。
「なぜさっきの決勝戦、システィアと戦わなかった?
フィールドに設置された映像用魔結晶には
全く見えていない死角がある。
それは他の試合を観戦して分かっていただろう。
あれだけ広大なフィールドだ。Dクラスの仲間や
Aクラスの目を欺くことは可能だったはずだろ?」
「そうなんですか、全く知りませんでしたよ」
アイトがすっとぼけた反応を見せると、スカーレットはニヤリと笑う。
「もう誤魔化しても遅いぞ? 私は既に確信している。
君が、1年でトップクラスの力を有してることを」
「‥‥‥」
「君の場合、身体能力は隠すことにあまり抵抗がない。
ま、それはそうだろう。騎士になる者も多い
グロッサ王立学園で身体能力の高い者はザラにいる。
それにクラス分けの基準は学力、魔法、身体能力と
3つに細分化されてるから、1つが良くても他2つが
悪いという言い訳ができる。現にAクラスじゃないが
戦闘の素質を持った者は少なくない。
君や君の友達、それにあの爆破少女のようにな」
「俺に関して言えば、先輩の買い被りすぎです」
頑なに認めようとしないアイトに、スカーレットは不満そうな顔を浮かべた。
「話を戻す。つまり私が言いたいのは、ただ1つ。
なんであれほどの機会が揃っているのに
システィアと戦わなかった?
君の友人、クラリッサ・リーセルが
一騎討ちで勝てると踏んでいたのか?
あれで私が満足して秘密を守ると思ってーーー」
「思ってないですよ。むしろ逆です」
「なに? 逆だと?」
訝しむスカーレットに対し、アイトは真意を話し始める。
「ーーーーーーー」
「ーーー嘘だろっ」
それを聞いたスカーレットは睨んでいた目を見開き、声を抑えずに笑ってしまった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「どういうことなの、お前がなぜここに?」
「早く剣を取れ、こっちも早く終わらせたいんだ」
システィアが問いかけると、アイトはぶっきらぼうに返事をした。
「へえ? これで答え合わせできるわね。
でもーーー私に挑発なんて100年早いわ」
システィアが剣を構えてアイトに突進すると、剣を斜め下に振り下ろす。
アイトはそれを受け止めると、剣を横に弾いたシスティアが高速剣をお見舞いした。
「なっ」
システィアは驚きの声を上げる。アイトが全て受け流しているからだ。ジェイクも驚きのあまり目を見開いている。
アイトは眉ひとつ動かさない。全く驚いていないのだ。システィアの剣に、微塵も脅威を感じていない。
(何よ、その顔っ‥‥‥私の剣がつまんないって!?)
触発されたシスティアは剣の速度を限界まで引き上げる。
だが、アイトはすぐに彼女の速度に対応した。
アイトは自分から一切攻撃を仕掛けない。ただシスティアの剣を無機質に捌くだけ。
(なんなのっ!? 絶対何が狙いなのっ!!)
システィアは懸命に剣を振り続ける。思いつく限りの手段で剣の軌道を工夫し、振る速度を限界以上に引き上げ、声を出して必死に攻撃を続ける。
攻撃を続ける。全て受け流される。
軌道を変える。全て受け流される。
緩急をつける。全て受け流される。
なにをしても、全て受け流される。
「なんで当たんないのっ!!?」
システィアの声は怒りに満ちていた。アイトはただ、こう呟く。
「まだわからないのか?」
その言葉が、システィアの怒りを臨界点まで引き上げた。
「なん、なのっ‥‥‥!? なんなのっ!!」
大声を上げて突きを放つと、アイトは身体を半歩横にずれて躱す。『バトルボックス』の際に、ルークが見せた躱し方。
それを当然システィアは読んでいた。即座に腕を横に振って、剣の突きを薙ぎ払いに派生させる。
「だろうな」
そう呟いたアイトは左の裏拳で迫り来る剣の表面を叩き、上空に弾き飛ばす。
「ーーーはっ??」
システィアは理解ができなかった。必死に鍛錬を繰り返して磨いてきた自分の剣を、素手で簡単に弾かれた。それも自分と同い年の少年に。
システィアの剣がカランと音を立てて地面に落ちる。それを見届けたシスティアは目の焦点が合っていなかった。
「先輩、これでいいですか?」
アイトは自分の仕事を終えたかのように無機質な声で聞くと、スカーレットは満面の笑みだった。
「まさか、これほどだと誰が予想できたか。
君の強さは全くわからない。不気味そのものだ!
完全にしてやられたよ、ははははっ!!」
スカーレットは腕を組んで、高笑いを始めた。
「これは現実なのか‥‥‥? 信じがたい光景だッ」
ジェイクも声を振るわせ、明らかに畏怖していた。畏怖の対象は、当然システィアを負かした黒髪の少年。
システィアの剣の腕は同じクラスの彼はわかっている。正直、彼女の剣の腕は学年1だと思っていた。
アイトが簡単にシスティアの剣を弾くまでは。
「‥‥‥嘘だ。こんなの嘘よ、夢よ、幻に決まってる。
私が同級生に負けるわけがないわッ。
必死に鍛錬を積んで、剣の道を進んできたのッ!
なのにこんな何も闘争心を感じない男に
私が負けるわけがないっ!!!
悪夢なら、もう覚めてよ‥‥‥!!!」
よほど負けたことが信じられなかったのだろう。システィアは呼吸を乱れ、パニックになりつつある。
「妹よ、確かこう言ってたよな?
自分より年上に負けても仕方ない。
でも同い年には絶対負ける気がしないと。
その傲慢さが、お前の成長を鈍らせたんだよ」
「うるさいっ!!」
スカーレットが更なる追い討ちをかけると、システィアは半狂乱の如く叫んでいた。
そこでアイトはため息をつきーーー彼女を地獄に突き落とす。
「君はもう少し聡い人だと思っていたけど、
案外脆いんだな。剣使いのソードディアスさん」
「っ!! ゔぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
現実を受け入れられないシスティアは魔力を身体から放出し、剣に纏わせる。すると剣が赤く変色し、魔力が膨張を始めた。
システィアはアルスガルト帝国で名家と呼ばれる、武勇五家の『剣』の家系。
彼女にはその血筋であると思わせる確かな才能があった。剣術はもちろんのこと、身体能力や考察力。
そして、剣に魔力を集めることができる限界量が常人の比ではないこと。
「な、何だこの魔力は!?
あんなのくらえば軽く手足が消し飛ぶぞ!?」
ジェイクは驚きのあまり絶叫めいた声を出す。だがスカーレットは笑い、アイトは右手で剣を構えるだけ。
「あの先輩、あれを止めればもう終わりですか?」
「ーーーぷっ、ハハハハッ!!!
君は本当に面白いな! ああ、完全勝利だ!」
スカーレットが嬉しそうに宣言すると、システィアは目を見開いて剣を突き出し、その切っ先から魔力を放出する。
正真正銘、現在の彼女における、最大の攻撃。奥の手。
「【ソード・オブ・レイ】ッ!!!」
剣から放たれた赤い魔力の光がアイトに襲いかかる。アイトは右手に構えた剣で迎え撃つーーーわけでは無かった。
それどころか剣を鞘に納め、代わりに左手に持ったものを前に突き出した。
「短剣!? そんなので止められるはずがないっ!
アイト・ディスローグ!! 早く逃げろ!!」
ジェイクが叫ぶがアイトは足を動かさない。対してスカーレットはただ、アイトが何をするか観察していた。
「‥‥‥【ブラックソード】」
アイトが誰にも聞こえない声で呟くと、左手に持った短剣が黒く染まる。
それを迫り来る魔力に向かって振りかぶると、触れた魔力が弾け飛んで消え去った。
「はっ‥‥‥?」
システィアは目の前の光景が信じられず、声を漏らす。そして自分が地面に尻餅をついたことにも気づいていなかった。
「なんだと‥‥‥? あんな小さな短剣で‥‥‥??」
ジェイクも気付けば膝をガクガクと震わせて今にも崩れ落ちそうだった。本能で恐怖を感じ取ったのだ。
「いやはや、君の好感度が止まることを知らないよ」
スカーレットはさっきの光景を噛み締めて「ふぅ‥‥‥」と息を漏らす。全て彼女にとって予想外の出来事しか起こっていなかった。そして、ニヤリと笑って歓喜に打ち震えていた。
「これでいいですか。守ってくださいよ」
全く様子が変わらないアイトは淡々と話すと、スカーレットは「もちろんだ。これを人に知られるのは勿体無い」と言う。
約束を守る理由が完全に変わっていたが、むしろ今の方が守ってくれそうと感じたアイトは何も言わなかった。
尻餅をついてペタンと座り込むシスティアの前にしゃがみ、視線を合わせなからアイトは言った。
「君の姉さんにも言ったが、このことは他言無用で。
まあ、君は不必要に人に話すとは思ってないけど」
アイトは一方的に放心状態の彼女に話して立ち上がると、次はジェイクに話しかける。
「これが答えだよ。決勝戦で勘付いてたからな。
それは俺があの試合、熱くなりすぎたからだけど。
だから先輩の約束ついでに見せた。
それが1番効率が良かったし、面倒事も少ない。
その代わり絶対に誰にも言うな。
ここに呼んだのはその警告でもある。わかったな」
「あ、ああ‥‥‥」
ジェイクは気づけばそう答えていた。口から勝手に了承する言葉が漏れていたのだ。
「もし学園に広まればすぐにわかるから、
その時は覚悟しておいてくれ」
淡々と忠告するアイト。何を考えているか分からないような抑揚のない声。だがそれが逆に彼自身の恐ろしさを醸し出していた。
それは3歳年上のスカーレットですら鳥肌が立つほどだった。
(この男‥‥‥すでに相当な経験を積んでいる。
その影響か、極端な二面性を感じさせる。
善人であるのは間違いないが、どこか歪んでいる)
スカーレットは内心そう直感しつつ、口ではアイトに感謝を述べる。
「妹を負かしてくれてありがとう、後輩くん。
何かして欲しいことはあるかな?
元々そんな気はなかったんだが、
君の一部を知った今、何かしてあげたくなった」
システィアは微笑んでいた。アイトはそれがかなり胡散臭く感じたが、苦笑いを浮かべて口を開く。
「そういえば一つ聞きたいことがあったんですけど、
それに答えてくれませんか?」
「そんなことでいいのか? いや、別に構わない。
何かな? 好きなタイプ? スリーサイズ?
なんでも構わないよ。君だけの特権だ」
(この人が言うと全て裏があるように感じる‥‥‥)
アイトは内心悪態をつきながらも、自分が気になっていた質問を切り出した。
「なんで、その髪型なんですか?」
「‥‥‥ん???」
予想の斜め上過ぎたのか、スカーレットですら理解ができていなかった。咄嗟に今の自分の髪が変なのか確認してしまうほどに。
自身の綺麗なホワイトブロンドの長い髪をハーフツインテールで纏めることはできていることを確認し、スカーレットは一息つく。
彼女の女性らしい仕草を初めて見たアイトは苦笑いを浮かべ、質問の理由を話し出す。
「いや別に今がボサボサとかじゃないんですよ。
あの、これは初対面の時から思ってたんですが、
先輩とはまだ交流は浅いですが、なんとなく
先輩の印象が固まってきたんですよ」
「ほう? 興味あるな。どんな感じだ?」
「クールな大人の女性、背も高くて美人。
カッコいい面も見られて、男子はもちろん、
女性からの人気もありそうだなと」
「へえ? なかなか見る目あるじゃないか」
「ーーーそこで質問なんですが」
アイトは彼女の言葉に割り込む形で、切り出した。
「そんな先輩が、可愛らしいツインテールにしてる
理由がどうしても分からなくて。なんでですか?」
そう答えたアイトは、本気で真剣な表情だった。
これまでエリスを始めとする『黄昏』の女性陣やエルジュの構成員、そしてユリアを始めとする王国側の女性に学園の女性。
多くの女性と対面してきた中で、スカーレットの印象と髪型が全く一致しない。
それが単純に気になった。ただそれだけ。
そしてこんな質問をするのは失礼かもと感じたため、『報酬』という建前で聞いたのだ。
スカーレットは予想外の質問すぎて、すぐに言葉が出なかった。
「あ、それってツインテールですよね?
もし違ってたらごめんなさい!
ツインテールを見る機会がそこそこあったので!」
彼女の反応を怒っていると勘違いしたアイトは必死に弁明する。
『えへへ〜! レスタくんって私の髪型を
よく見てたんだ〜! 似合ってるでしょっ』
彼の頭の中では、銀髪ツインテール天真爛漫(能天気)少女がダブルピースしていた。想像の中でも主張が強い。
「あ〜、あ! もしかしてちがいました!?」
アイトは必死に頭を振って意識を戻しながら弁明を再開する。
「‥‥‥ぷっ、ハハハハっ!! なるほどな!
まさか報酬として使うほど理由が気になったのか?」
スカーレットは声を出して笑う。アイトの反応が面白かったからだ。
「は、はい。失礼かもしれないんですけど、
先輩の印象からは全く想像できない髪型なんです。
いや、当然似合ってるとは思うんですけど」
(アイト・ディスローグ‥‥‥実は僕もそれを思ってた)
2人の会話を聞いていたジェイクも、完全にアイトに同意だった。
「君は鈍いのか鋭いのか分からないな。
確かに、この髪型は好きでやってるわけじゃない。
私も本当は真っ直ぐ下ろしたり、一つにまとめたり、
むしろ今もそこで放心してる妹みたいに短くしたい
気持ちはかなりある。戦う時に鬱陶しいし」
彼女の言葉に、アイトとジェイクは『やっぱり!!』と何故か得意気になっていた。
「これはできれば他言無用にしてもらいたいんだが、
それでもいいだろうか?」
(あのスカーレット先輩がそんなこと言う!?)
(ソードディアスの姉が少し弱気だと!?)
スカーレットの遠慮がちな発言に2人は驚きのあまり目を見開く。だがアイトはその硬直を必死に解いて、「もちろんです」と返事をした。
「ジェイク・ヴァルダンくん。
悪いが君には聞かせてあげられない。
後輩くんへのお礼だからな」
「わっ!?」
そう言ったシスティアはアイトの肩に手を回してくっつく。至近距離からの耳打ちで話すつもりである。
「は、はい‥‥‥」
ジェイクは顔を下げて自分の両手で耳を塞ぐ。どこか悲しそうにしているのは気のせいではない。
そしてシスティアは至近距離にいるアイトと目を合わせ、話し始めた。
「‥‥‥髪型は、お母様に言われてな。
『貴方は外見は良いのに口調や性格は可愛くない。
だからせめて髪型くらい可愛らしくしなさい』と」
「へ、へえ‥‥‥」
まさかの母からの言いつけであったことに衝撃を隠せないアイト。
「な、なかなかしっかりした母親ですね?」
アイトは、そんな感想を述べるしかなかった。
「ああ、お母様はアルスガルト帝国の名家である
ソードディアス家の令嬢だったらしいからな」
「そんなこと言ってましたね。
じゃあ先輩の母親は今も帝国にいるんですか?」
「いやお母様の夫、つまり私とシスティアの親父に
一目惚れして駆け落ちしたらしい。
そして親父が死んだ今もグロッサ王国で
生活を続けてる。だから私も妹もここの王都出身だ」
なかなかの身の上話を聞かされ、アイトは反応に困る。
するとスカーレットは誰にも話してないことを話してスッキリしたのか、勢いのあまり話を続ける。
「ミルドステア公国の舞踏会で会っただろ?
あれはお母様の策略だ。こう言ってきたんだ。
『貴方は恋愛に興味無さそうだから舞踏会で
勉強してきなさい。そしてあわよくばそこで
あの人に匹敵するような素敵な殿方を
捕まえなさい。ま、そんな人存在しないけど。
貴方とシスティアは男性を好きになれない
でしょうね〜。お父さんが完璧すぎたから。
逆にカレンはお父さんに似たから
女性にモテモテになりそうで困っちゃうわ』と」
「へ、へえ〜」
アイトは適当に相槌をする。むしろそれしかできない。
いや、1つだけ気になる点があった。それは話の中に出てきた知らない名前。
「あの、カレンというのは?」
「ああ、弟だよ。カレン・ソードディアス。
システィアの1つ下で年は14歳。まだまだ子供だ。
あと半年ほどで学園に入学するから、
その時は話しかけてやってくれ」
「わ、わかりました」
(どうしよう、この人とシスティアさんの弟‥‥‥
うわ、性格がめちゃくちゃ気になる!!)
アイトは無自覚に失礼な興味を抱いていた。
「あ〜なんかこうやって話してると
お母様の理不尽を思い出してきたっ」
そして自分の家族話をこれほど他人に話したことがなかったシスティアは鬱憤が解放されて、とうとう愚痴に発展していた。
「ていうか存在しないって言うなら
そもそも舞踏会に行く意味ないだろっ。
それにいい年にもなって親父に対する
熱苦しい惚気を聞かせるなっ。
あの時は思わずブン殴りそうになったなあ。
名家の令嬢だったからなのか、それとも体験談か。
やけに結婚を促してくるんだよ、お母様は」
(先輩の『お母様』呼びも矯正されたんだろうな〜。
父親のことも親父って呼んでるし。
先輩とシスティアさんの性格って
母親由来のものなんだなぁ〜、血ってすごいなぁ)
アイトはニコニコ笑いながらやり過ごしていた。
「さて、これで話は終わりだ。満足したかな?」
そう言ったスカーレットはアイトの肩に回していた腕を離し、向かい合う。
「はい、満足しました。それではこれで」
アイトは苦笑いを浮かべつつ、宿舎に向かって歩き始める。
「今回はありがとう。1年最強は、君だよ」
通り過ぎる時に、スカーレットは賛辞を送る。それを聞いたアイトは足を止めて淡々と呟いた。
「そんなもの、微塵も興味ないです」
それを聞いたスカーレットは笑みを抑えられず、アイトが帰っていく背中をずっと見つめていた。
アイトは『自分に疑問を持っている相手全員を一度の実力行使で口止めする』という、普段の彼らしくない強引な手口で話が漏れることを阻止した。
スカーレットは面白いことにしか興味がない。アイトの実力を知った今、誰かに話せば二度とそんな彼は見られない。だから話さない。
システィアは自尊心が強い。負けた相手の弱みにつけ込むように情報を流すのは彼女自身が許さない。正々堂々と実力のみで勝ちたい。だから話さない。
ジェイクは義理堅い。これまでの様子からアイトはそう判断した。教えた代わりに誰にも話すなという交渉をすれば、誰にも話さないと踏んだのだ。
そしてアイトの予想通り、後日になっても噂話すら聞くことがなかった。
3人の性格を利用し、アイト自身が考えつく最大効率で懸念点と一方的な依頼を片付けたのだ。
こうして、『魔闘祭』の3日目が幕を閉じた。