今の話、本当
「もうすこ、し!!」
アイトと同様ギルバートも円に入る手前の位置にうつ伏せで寝かせたポーラ。
「はあっ、はあっ、はあっ、はぁ〜」
ポーラはアイト、ギルバートの腕を掴み。
「もう、無理です‥‥‥」
そのまま円の中に倒れ込む。
ポーラは体の大半、アイトは右手、ギルバートは左手が円の中にはいる。
ポーラも意識がなくなり、Dクラス全員が戦闘不能になる。
だがその直前に3人が円の中に入ったことが認められる。
『そこまで! 優勝、Dクラス!!』
審判の声は、フィールドの中で1人しか聞いてなかった。
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観客席。
『エリア・ペネトレイト』1年の部、Dクラス優勝により歓声が響く。
『まさかDクラスが優勝するとは!!』
『あの女の子の杖、やばくない!?』
『いやもう1人女の子の魔法の方がヤバいだろ!!』
『Aクラスの円を守ってた人もすごかった〜!』
『Aクラスの剣少女、マジパネエ〜!!』
様々な声が飛び交う。
「は? お兄ちゃんが1番ってわからないの??
やっぱりお兄ちゃん以外は全員消す」
「落ち着いてミア!? 見えてなかったからだよ〜!」
「こ、わ」
カンナがフォローし、リゼッタは恐怖で震える。
「終わった? じゃあ寝るー」
有言実行。アクアはすぐに寝息を立て始めた。
「アイのクラスが優勝ね。
できる限り力を抑えて苦労したみたいだけど、
彼の計画通りといったところかしらね」
エリスが微笑みながらそう言葉を漏らすと、他のメンバーたちも頷く。
全くの見当違いであることに誰も気づかない。
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観客席、VIP席。
灰色髪のオールバックである壮年の男性が笑っていた。
「ふっ、はっはっはっ」
魔導大国レーグガンド、『魔導会』総代、バスタル・アルニールである。
「バスタル様、どうされました?」
主が笑っているのを、側近であるスーツ姿の長髪ポニテ男、イグニは見逃さない。
「今年の魔闘祭は面白い。粒揃いだ」
「確かに今年は豊作だと私も感じております」
イグニが同意を示すと、バスタルは顎に手を当ててこう問いかけた。
「具体的には? イグニ君、
各学年で1人ずつ挙げてみたまえ」
そう言われたイグニは考える素振りを少し見せた後、やがて口を開く。
「5年生、ルーク王子。
4年生、マリア・ディスローグ。
3年生、シロア・クロート。
2年生、ユキハ・キサラメ。
1年生、ジェイク・ヴァルダン。以上です」
「理由は?」
「ルーク王子は言うまでもなく王国最強。
バスタル様が制定した『破滅魔法』の所有者。
さらに聖騎士の魔眼持ちで非の打ち所がありません。
次にマリア・ディスローグですが、
やはりまだ学生の身分で『ルーライト』の
隊員になるほどの卓越した実力かと。
それはシロア・クロートも同様です」
イグニが淡々と話すと、バスタルが顎に手を当てて助言するように口を開く。
「知っているかな?
4年にはスカーレット・ソードディアスという
アルスガルト帝国の名家、『武勇五家』の剣の家系。
その血筋を持った女性がいる。相当強いぞ」
「! 武勇五家の‥‥‥それは知りませんでした。
1年にいるのは知っていましたが、
まさかもう1人いるとは。
でしたら4年は暫定ということで」
イグニがそう言うと、バスタルは「そうか」と言った後、話を続けた。
「それともう一つ、ステラ王女は3年生だと思うが?」
「確かに魔法の素質でいえばかなりのものでしょう。
しかし総合的な戦力としてはシロア・クロートに
軍配が上がるかと。
それにあの者と似た系統の魔法を使いますし」
「‥‥‥確かにそうだな。続けたまえ」
「はい。2年生も実力者は多くいますが、
ユキハ・キサラメが頭一つ抜きん出ているかと。
あの氷魔法の練度は我が国でもそうはいません」
「では、最後に1年生は? 今回の競技を見る限り
他にも候補に上がりそうな者がいる。
例えばユリア王女のあの魔法出力は類稀なる素質だ。
他にもDクラスの杖使いの少女、
Bクラスの爆破魔法使いの少女などな、
そして武勇五家の血筋をもつAクラスの少女とかな」
「1年生は本当に悩みました。
システィア・ソードディアスは当然のこと、
クラリッサ・リーセルの杖術もなかなかのもの。
魔法に関してはユリア王女も素晴らしい。
ですが結論は3年生の候補を選んだ理由と同じです。
戦力としてはジェイク・ヴァルダンかと思いました。
まあソードディアスはまだ魔法を見てないので
暫定という形ではありますが」
イグニがそう言い切ると、話を聞いていたバスタルは笑った。
「さすがだ。君と私の見解はほとんど一致している」
「ありがとうございます。ほとんど、ですか。
‥‥‥それでは違うところもあると」
「ああ。1年生だ。だがそれは私の憶測だ。
もし予想通りならその者が1年生の中でダントツだ。
実力は、マリア・ディスローグをも上回る」
「‥‥‥そのような者が、1年生に?」
イグニは顎に手を当て考えるが、彼自身の頭にはバスタルが言うような人物は挙がってこない。
「だがあくまでも予想でしかない。気にするな」
「‥‥‥はい」
「だがこれほどの逸材が揃っていても、
あの者1人の力にまだ及ばないとはな」
「ええ。間違いなくあの者は、最強でした。
なにより魔王を倒し、世界を救った。
しかし魔王討伐に関わった
かつての仲間によって殺された。
本当に、グロッサ王国は惜しい者を亡くしました」
「まったくだな。世界の損失だ」
バスタルがそう呟くと、イグニが当時を思い出したかのように独り言を呟く。
「グロッサ王国最強部隊『ルーライト』初代総隊長。
『久遠』 アリスティア・ルーライト」
イグニの声が聞こえたのか、近くのVIP席に座っていた女性が翼をはためかせながら立ち上がり、バスタルの前に立つ。彼女の長く、輝いているような金髪が風で靡く。
「今の話、本当」
「あの不躾ですが、無許可でバスタル様の前に
立つのは失礼に値しま‥‥‥!?」
それをイグニが注意しかけたが、途端に彼の話す言葉が止まる。彼は口を開いたまま続きの言葉が出ない。注意をした相手が、相当な人物であるからだ。
口が動かない彼をフォローするように、席に座っているバスタルが頭を下げながら口を開く。
「これは『使徒』シャルロット・リーゼロッテ殿。
貴殿が我々の話に興味があるとは思わなかった」
「さっきの話は本当?」
シャルロットは抑揚の無い声を返す。まるで自分の書きたいことしか興味が無いかのように。
(こ、これが『使徒』‥‥‥なんだこれは。
近くにいるのに気配が全く掴めない。
まるでここにいないかのような透明感)
そしてイグニはただ近くで彼女を見てるだけで冷や汗をかく。自分から見れば彼女は別次元の存在だと確信したのだ。
だが、バスタルはいっさい臆することなくシャルロットに話しかける。
「その前に、こちらから聞いてもよろしいかな?
なぜ『魔闘祭』に足を運んだので?」
普段と変わらない口調で話すバスタルに対し、イグニが畏怖する。やはりこの方はすごいと。
シャルロットはバスタルにふと視線を合わせてゆっくりと話した。
「今日たまたま王国に訪れたら
城に呼ばれてここに招待されてた」
「つまり、グロッサ王国に手を貸すという
ことではないと。『ルーライト』への入隊とか」
「なにそれ。アリスのこと?」
シャーロットは先ほど名前が挙がった女性、アリスティア・ルーライトのことをアリスと呼ぶ。
(やはりアリスティア・ルーライトの話か)
その口ぶりから、バスタルはなぜシャルロットが話しかけてきたのか理解した。
「いや、なんでもない」
シャルロットがグロッサ王国に手を貸す気はないことを知って、一息ついたバスタルは話し始める。
「それでは貴殿が知りたいことを話すとしよう。
まず、世間ではアリスティア殿は数年前に
病死したと伝わっているがそれは違う。
今から話すのは私の持つ情報網から
得た確かな情報だ。信用してくれていい」
「それで」
話を聞きたいシャルロットは瞬時に相打ちをうつ。
「今から約10年前、貴殿たちは魔王を討伐した。
その後にグロッサ王国では最強部隊として
『ルーライト』という名の騎士隊が作られた。
名前の所以は、最強と全世界から認められた
アリスティア・ルーライトから来たものであり、
部隊結成時の総隊長はアリスティア殿だった」
「それで」
「それから7年後、つまり今から約3年前。
秘密裏にグロッサ王国へ叛逆、いや世界を
滅亡に陥れようとする謎の犯罪組織
確か‥‥‥『ゴートゥーヘル』と言ったか。
奴らの策略によって、アリスティア殿は死んだ」
「‥‥‥かつての仲間に殺されたって言ってたけど、
いったい誰に殺されたの。私も知ってる人なの」
「それは‥‥‥」
バスタルは言い淀む。だが、シャルロットは視線を全く外さない。
「教えて」
彼女の意思は強固だと察したのか、バスタルが息を吸う。そして重い口を開く。シャルロットには、伝えにくい人物だったのだ。
「グラリオサ・バイオレット」
「‥‥‥そんな」
シャルロットが初めて感情の見えなかった表情を崩す。それほど衝撃が大きかったのだ。
「貴殿やアリスティア殿と同じ、
魔王討伐を成し遂げた仲間の1人。
たしか、アリスティア殿と親友だったとか?」
「‥‥‥そうだった。私の親友でもある。
グラが本当にアリスを?」
「ああ。それは間違いない。
だが既に貴殿には何もできない」
「どういうこと」
「グラリオサ・バイオレットはすでに死んだ。
アリスティア殿と相討ちだったと聞いている」
「‥‥‥そう」
少し顔を下げたシャルロット。バスタルは咳払いをしながら話を変えた。
「そして空いた総隊長の座はグロッサ王国第1王子、
ルーク・グロッサ殿が継承するかと思われた。
だがルーク殿はそれを拒否。総隊長ではなく
隊長として最強部隊『ルーライト』を継承した」
「総隊長と隊長、何が違うの」
「ふっ、はっはっは。それは王子に聞いてみないと」
顔を上げたシャルロットは思ったことを口にする。それが予想外の出来事だったのか、バスタルは笑った。
「以上が私の知っている話の全てだ。
これは我が国でも一部の者にしか話していない。
貴殿も他言無用だとありがたい」
「言う相手がいない。話してくれてありがとう。
ところでルーク・グロッサって、どれ」
競技場をじっと見つめるシャルロット。『あのルーク王子も知らないのか』とバスタルは目を見開いて驚きつつ、彼女の質問に答えた。
「宣誓の挨拶をしていた者だ」
「あー、あの金髪の面白そうな子」
(シャルロット殿の目に止まるとは‥‥‥
ルーク王子の強さは本物、というわけか)
シャルロットの反応から、相対的にルークに対する評価を知ったバスタルは、自身の聞きたいことを口にする。
「ちなみに、シャルロット殿が気になった生徒は?
ほんの少しでも興味を持った者でいい」
「2人」
「それは、ルーク殿を含めて?」
「うん」
(なるほど‥‥‥思ったよりは少ない。
もう少しはいるかと思っていたが)
少し予想が外れたことで余計に聞きたくなったのか、バスタルはすぐにシャルロットに話しかける。
「もう1人はどんな生徒か教えてくれるか?」
「面白い魔法を使ってた。その子に興味がある。
でも名前はわからない」
「そうか。その者とルーク殿の2人以外には
興味がないのだな?」
「生徒だけなら」
『生徒だけ』。明らかに含みのある言い回しを当然バスタルは聞き逃さない。
「なに? どういうことかな?」
「観客席にもう2人いる」
「観客席に2人‥‥‥?」
シャルロットの発言にバスタルは少し動揺する。つまり生徒と観客を合わせると4人。
バスタルは元々生徒側で4人ほど挙がると予想していた。だが実際は観客席にもいると言われた。
もしかすれば観客席の中に他国勢力の者がいるのかと思い訝しげな顔を浮かべながら、バスタルは聞き返した。
「他にはいないのかな?」
「他にもある程度気になった人はいるけど、
特に目に止まるのは4人」
シャルロットは競技場に目をやりながら答えた。そして再度バスタルの方を向く。
「もういい? ルークという子と、
もう1人を観察したいから戻りたい」
「あ、ああ。わざわざ教えてくれて感謝する」
シャルロットはバスタルに背を向けて自分が座っていたゲスト席に戻る。イグニは終始その場に立ち尽くしていた。
(シャルロット殿と私の言っている人物は、
同一人物の可能性が高いな。しかもまだ1年生。
何者だ? とにかく、末恐ろしい少年だな)
バスタルは魔結晶の画面越しに、意識不明で運ばれている黒髪の少年をじっと見つめていた。