『エリア・ペネトレイト』1年の部 決勝戦 Dクラス VS Aクラス 切り札
Aクラス後衛地点、円周辺。
視界は晴れ、アイトとジェイクが向かい合う。ギルバートはうつ伏せのまま動かない。
(仕留めきれなかった‥‥‥!)
アイトは自分の失敗を噛み締めていた。
粉塵は土から出たもの。そのためジェイクの土魔法の操作可能な物体。
彼は粉塵を操り、飛散を抑えたのだ。そのため予定よりも早く視界が晴れてしまった。
アイトが使っている試合用の剣は【ブラックソード】に耐えられず既にボロボロ。使い物にならないと言わんばかりに破損した部位が見える剣を鞘に収める。
「まさか、土人形を壊したのは君か?」
「違うと言ったら信じてくれるか?」
「いや、今の状況で君以外にありえない。
なんてことだ。下手をすればマリア先輩よりも」
「勝手に決めつけるな。俺にも姉さんにも失礼だろ」
「‥‥‥そうだな。謝罪する。君は只者ではなかった。
君は、強者だった!!」
ジェイクは素手のままアイトに突撃する。
(おい声は競技場に聞こえてないからって
むやみにそんなこと連呼するな!!)
アイトも同様に素手で迎え撃つ。剣はボロボロで使う気が起きない。両者どちらも素手での勝負となる。
「っ!」
だがジェイクの思った展開にはならない。ジェイクの右フックを、アイトはまともに受ける。
「‥‥‥どういうつもりだ?」
「どうも何も、避けれなかっただけ」
「ーーーふざけるな!!」
憤慨したジェイクの左ストレートをアイトは左手で受け止める。
だがその後に繰り出されたジェイクの右アッパーは直撃した。受けた衝撃でアイトは2、3歩後ずさりする。
(まだだ、耐えろ)
「僕を馬鹿にしているのか」
「していない。こっちにも事情がある」
「どんな事情だ!!」
「事情って、話せないものだろ?」
アイトは意識して会話を引き伸ばそうとしていた。ジェイクを挑発するような口調で。
(待つ、待ち続けるっ!)
「‥‥‥もういい。君の、Dクラスの負けだ」
ジェイクはアイトに向かって右ストレートを放つ。またも直撃し、2歩後ろへ下がる。
さすがに何の防御もせずに素手での攻撃を受けていたらダメージは蓄積される。
「終わりだっ!!」
ジェイクの声が響き渡る。
アイトは、あと数発殴られたら別の覚悟を決めるつもりだった。
「アイトくんっ!!」
ーーーそんな声が聞こえるまでは。
(来たっ!!)
声を待っていたかのように、アイトは体勢を低くし左手で鞘を掴み、右手で剣の柄を握る。周りに悟られない程度に右手に低出力の雷魔法を発動する。そして、抜剣する。
「まさかその構えはーーー」
「【紫電一閃】!!」
姉であるマリア・ディスローグの得意技。
だがアイトが放ったのは構えと剣の軌道が同じなだけ。ただの見せかけもいいところだった。
マリアのものと比べ、速さが致命的に劣っていた。
(なんだ、ただの抜剣じゃないか!)
ジェイクは『ルーライト』に憧れているため、マリアの技も当然知っている。故に、その剣筋も。
ジェイクが右肘と右足でアイトの剣を挟み込む。素手としては完璧の対処だった。剣を受け止められたアイトはその状態のまま何もしないーーー意図的に。
「ポーラ!!」
アイトは彼女の名前を呼ぶと、左手で懐から取り出した魔結晶を投げる。
「やあああっっ!!!」
それを受け取ったポーラが声を出して魔法を発動する。ジェイクは剣を受け止めた体勢のまま不思議に思った。
ポーラの右手から、別の魔力を感じることに。
「【ノア・ウィンド】!!」
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時は少し遡り、前日の夕方。
「みなさんにお話ししたいことがあります」
ポーラはアイトたちに向かって真剣な顔で話しかける。
「どうしたの?」
クラリッサが気になった様子で返事する。ギルバートもポーラの方を向いていた。
「私の、秘密についてです」
「! それって」
「はい。6月の魔物討伐訓練の時に、話せなかった秘密」
それはポーラの兄であるレンクス・ベルの『高威力魔法』に指定されている【フォトン・ブラスト】を妹の彼女が発動させたことである。
当時はポーラが話したくなさそうだったため、無理に聞かなかったのだ。
「‥‥‥あれは、私の特異体質によるものです」
「「「特異体質?」」」
「はい。他の人の魔力が籠ったものを使って
魔法を発動することでその人の魔法が使える。
家族の中では『共鳴』と言われています」
特異体質『共鳴』。
その体質により魔物討伐体験の時は兄のレンクス・ベルの魔力が宿った結晶を使うことで『フォトン・ブラスト』を発動させたのだ。
(それってまさにーーー)
「あの『無色眼』と同じってことか?」
ギルバートの発言にポーラだけでなくアイトも驚く。自分の思考を読まれたのかと錯覚したからだ。
「とんでもないです! 『無色眼』はほぼ無条件で
コピーできますが、私は制限が多くあるので
違います! 一緒だなんて恐れ多いですっ」
ポーラが両手で手を振りながら否定する。自分の体質にそこまでの価値がないと言っているかのように。
「わざわざ話してくれてありがとな。
あんなに言いづらそうにしてたのによ」
ギルバートがポーラの肩に手を置いてニカッと笑う。
「私も、みんなといっしょに戦いたいんです!!
使えるものは全て使って、勝ちたい!!」
「ポーラ‥‥‥」
決意を固めた彼女を見て、アイトは寂しそうな顔をする。
(‥‥‥みんなに知られるのは怖いだろう。
抵抗があるだろう。それでもポーラは決意した。
彼女は立派だ。覚悟ができない俺なんかと違って)
アイトは自分には出来ないことを選んだポーラを褒め称えた。そう、自分とは違うとーーー。
「それじゃあそれも作戦の1つとして考えようぜ!」
ギルバートの発言にアイトはハッと意識を戻す。
彼の提案し対して、クラリッサはあまり乗り気ではなかった。
「でも、話を聞く限り相当な能力よ。
むやみに乱発すると怪しまれるし対策もされる。
そのことでポーラが集中狙いされかねないわ」
「それもそうか。それなら切り札だな!!」
「きり、ふだ‥‥‥?」
ポーラが何を言っているか理解できないような口ぶりで、小さく聞き返す。
「切り札、ですか? 私なんかがみんなのーーー」
「おうよ! 切り札になるって!!
あ、だからって別に無理をしろってわけじゃーーー」
「‥‥‥はいっ」
ポーラは、嬉しそうに微笑んでいた。目から一筋の涙を零して。
「えっ!? オレ、なんか失礼なこと言ったか!?
すまんポーラ!」
「バカね、察しなさいよ。
ポーラ、私も期待してるわよ?」
クラリッサはギルバートの頭を叩いてニッと笑った。ギルバートの「なにすんだ!?」という声は誰も聞いてない。
「はいっ!」
ポーラは目に涙を浮かべて微笑み返していた。
「まあ大丈夫ならいい! 話がまとまってきたな!
これでオレたちの切り札2つ目だ!」
「はあ? それじゃあ1つ目は何なのよ」
「? お前だろ」
「は、はあっ!?」
今度はクラリッサが顔を真っ赤にする。ちなみにアイトは切り札その1が何かもわからない。
「お前の杖術だよ。あれオレたち以外に見せてないだろ」
「‥‥‥あれ、切り札になるの??」
「なる! あの鬼みたいな連撃! しかも杖でだ!
誰も杖で殴ってくる女がいるなんて思わなーー」
「悪かったわね!!!!」
クラリッサの拳がギルバートの頬にめり込む。アイトは何も発さずにそのまま3人を眺めていた。
こうして、事前に切り札は2つ用意されたのだった。
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ポーラはアイトの魔力が籠った魔結晶を右手に握り締め、口頭で教えられた魔法名を叫ぶ。
「【ノア・ウィンド】!!」
空気中にボールが作られ、その中で振動属性魔力と音属性魔力が幾度にも反射する。そしてそのボールの表面には幻影魔法が発動し肉眼で捉えることができなくなる。
「くっ!!」
ジェイクはポーラの発動した魔法に危険の感じ取り、挟み込んでいたアイトの剣を折る。そして後ろに飛ぼうとする。
「まだだ!!」
「っ!!」
だがここでアイトの折れた剣による突きを、ジェイクは反射的に左手で掴んでしまう。それが致命的な失敗だと気づく。
「へへ、逃す、かよ‥‥‥」
「なに!?」
地面を這いつくばった状態でジェイクの背後に回り込んでいたギルバートがジェイクの両足を掴む。
「「やれっ、ポーラっ!!」」
「やああああっ!!」
ポーラの声と共に鳴り響く轟音。速度は遅いが確実にアイト、ジェイク、ギルバートの方へと向かう。そして、破裂した。
3人に、【ノア・ウィンド】が命中する。
「くっ‥‥‥」
ジェイクが頭を両手で抱えて意識を失い、その場に倒れる。
「さすがに、きつ‥‥‥」
「やば‥‥‥」
ギルバートはそのまま頭を地面につけ、アイトもその場に倒れた。
Aクラスの円の前に立っていたのは、ただ1人。
「はぁ、はぁ、やりましたよ‥‥‥みんなっ」
ポーラ・ベルだけだった。