『エリア・ペネトレイト』1年の部 準決勝第一試合 DクラスVS Bクラス 後編
観客席。
「なんか中衛地点が見れなくなったぞ」
「戦いが激し過ぎて周囲の魔結晶が壊れたのかな」
「せっかくいいところだったのになあ」
周囲の観客がそれぞれ思ったことを口にする。そんな声を無視して、エリスたちは話していた。
「映像が切れたってことは勝負ありね。
天地がひっくり返ってもアイは負けないわ」
「そうだよね! さすがだなぁ〜!」
「力を見せたお兄ちゃん、見たかったよ〜。
さっきは力抑え過ぎて窮屈そうだったし」
「さあ、そろそろ勝負がつきそうね」
そう言ったエリスはBクラスの後衛地点を映す画面に目を向けた。
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Bクラス、後衛地点。
「あとちょっとだ!!」
ギルバートたちは周囲の爆発に振り回されながらも、アヤメとの距離を確実に縮めていく。
「うおりゃ!!」
ギルバートが突然跳躍し、大剣を振りかぶる。その大剣には振動魔法が付与されていた。
「【大破】!!」
そう叫んだギルバートが大剣を地面に振り下ろした直後。
「! 小癪なことを」
周囲の地面が砕け、大量の粉塵が舞う。アヤメは3人を視界に捉えるのが困難になった。
「今だ!!」
ギルバートの掛け声と共にポーラの手を握ったクラリッサが猛然と疾走する。
「ひ、ひぇぇっ!」
「もう少しよポーラ! がんばって!!」
2人の声と足音を察知してアヤメは指を鳴らす。だが爆発は起きない。
(しまった‥‥‥! ストック切れ!)
アヤメの爆破魔法は両手の各指で対象物に触れ、自分の魔力を付着する。そして魔力を付着させた指を鳴らすことによって爆発を引き起こす。
これが遠隔で爆破ポイントを指定して爆波魔法を発動する時の方法である。
つまり両手の指を合わせて10個分、遠隔でも爆発させることができるというもの。
だが指を鳴らす都合上、親指とどこかの指で最初は必ず2個のストックを消費する。そのため厳密に遠隔で爆破できるのは8回分である。
そして今その8個のストック分が底をついた。アヤメは今、遠隔で爆破ポイントを指定して、狙った場所に爆破魔法を発動できない。
「届けっ!!」
「きゃっ!!」
そうしている間にポーラの手を引っ張って走っていたクラリッサはBクラスの円に飛び込んだ。当然ポーラも彼女につられて飛び込んでいく。
そしてーーー2人は円の中に倒れ込むように入った。
「ギル! 早く!!」
クラリッサがギルバートにそう叫ぶ。口角を上げたギルバートは大剣を捨てて円に猛然と突っ込む。
これでギルバートが円の中に入ればDクラスの勝利となる。
「‥‥‥厄介ね」
アヤメは咄嗟に自分の足元の地面を左手の親指、中指で触ることで自分の魔力を付着させる。
「ハッ! 俺が近づいた瞬間に自分は逃げて
爆発しようって魂胆だろ!? 見え見えだぜ!」
ギルバートがそう言って走る方向を変えようとした瞬間。
「はっ!?」
ギルバートは不意をつかれた声を出す。
アヤメが前に走り出したからだ。彼女は走り出した直後に指を鳴らして地面を爆発させる。
そしてその爆風を背中から浴びて接近してくるアヤメにギルバートは度肝を抜かれる。
(こいつ、なんて根性だ!!)
ギルバートは目前に迫るアヤメを迎え撃つべく、臨戦体勢を取る。
「根性あるじゃねえか!!」
「ーーーこんなことするから?」
アヤメは突然両手で両耳を塞ぐ、その状態で指を右手の親指で中指を鳴らす。
アヤメの左肩が爆発した。
アヤメは爆風で接近する間に自分の左肩に魔力を付着させたのだ。まさか自分の身体に仕掛けるとギルバートは夢にも思わなかっただろう。
だが爆発と言っても怪我を負うような規模ではない。爆発の規模自体はとてつもなく小さかった。ある点を除いて。
それは爆発音。離れた位置にいるクラリッサとポーラが手で耳を塞ぐほどの騒音。アヤメは爆破魔力の構成配分を爆発音に一点集中させたのだ。
「ガッ‥‥‥」
至近距離でその音を聞いたギルバートは、その場に倒れた。
「ギル!? ギル、しっかりして!!」
「ギルバートくん!!」
Bクラスの円に入ってしまい、もうそこから出れないクラリッサとポーラは声をかけるしかない。だがギルバートは倒れたまま返事をしない。
「安心して。命に別状はないわ。
さっきの音で意識を失っただけ」
アヤメは静かに顔を後ろに向けて円の中の2人に淡々と忠告した。
「‥‥‥この女!!」
クラリッサは歯を食いしばる。まさかギルバートがアヤメに負けるとは思っていなかったからだ。
(これで2人は無害化、1人は倒した。
近くに爆破ポイントを設置し直してーーー)
そう考えていたアヤメが思考を止める。近づいてくる足音に気づいたのだ。そちらの方を向くと視界の奥から足音の人物が姿を現す。
「‥‥‥来た!!! アイトくん!!」
アイトがやって来る。
それに気づいたクラリッサは顔を上げた。
「アイト!!! その女倒して、円に入って!!」
Bクラスの円の周辺を見渡し、アイトはこう感じた。
(どんな状況!?)
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Bクラス中衛地点。
「フユ! ナツ! 起きて!」
残ったハル・カゼが必死に2人を起こそうとしていた。
(早くしないとあいつがクジョウさんの所に着く!
爆発音を聞く限りもう使い切った可能性が高い!)
その努力が身を結んだのか、それとも偶然か。僅かな時間で2人が目を覚ますのだった。
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Bクラス後衛地点、円周辺。
アイトは走りながら奥に見える状況を整理する。
(クラリッサとポーラが円の中に入っていて、
ギルバートがクジョウさんと思しき人の近くに
倒れてるーーーつまり俺が円に入ればいいだけ!)
そう考えている間に、アイトとアヤメとの距離が近くなってくる。
「出し惜しみはしないわ」
「その前に逃げ切る!!」
アイトは少しだけ走る速度を上げて跳躍し、アヤメの頭上を越そうとする。
「うえっ!?」
「させないわ」
だがアヤメも共に跳躍しアイトの右足を掴んで引きずり下ろし、地面へと投げる。
2人は地面に着地する。その瞬間にアヤメは右手の指を鳴らそうとする。
「アイト!! その指鳴らしちゃダメ!!
あと衝撃も入れちゃダメ!!!」
(注文が多いな!?)
クラリッサの声を聞いたアイトは咄嗟に左手でアヤメの右手を包み込むように掴む。指を鳴らさせないように対処したその形は、まるで恋人繋ぎのよう。
「! 離して!!」
「いや離したいのは山々なんですけ、どおっ!?」
アヤメは咄嗟にアイトの腹に蹴りを入れる。アイトは手を放してしまい、そのまま少し後ろに下がる。
そしてアイトは自分の左手と右足にアヤメの魔力が付着していることに気づいた。右足は掴まれた際に、左手はさっき恋人繋ぎの形でアヤメの右手に触れた際に指が当たったのだ。
(まさか、指を鳴らせばここが爆発するのか!!)
アヤメがすぐに指を鳴らす直前、アイトは硬化魔法を左手と右足に発動。
「うっ!?」
左手と右足が爆発したが、ダメージを確実に分散させた。
(‥‥‥硬化魔法。練度はそこそこ。厄介ね。
それならさっきと同じ方法でーーー)
アヤメは左手で自分の肩に触れようとする。
「女の両手をどこにも触れさせちゃダメ!!」
クラリッサの発言を聞いてアイトは動き出し、咄嗟にアヤメの左手首を掴む。
「くっ!!」
アヤメはすかさず右手の指でアイトに触れようとするがそれよりも早く。
「ごめん」
「きゃっ!」
謝罪を意味する言葉を発したアイトが自分の足を彼女の足に引っかけて投げ飛ばしていた。
そしめ彼女の背中が地面に当たる直前まで手を離さずに勢いを殺した。
彼女の背中が思いっきり地面に叩きつけられるのを防ぐためだ。
だがここでアイト、アヤメのどちらも予想していなかったことが起きる。
アヤメを地面に投げた際に彼女の左手全ての指が地面を触れ、わずかに衝撃が指に届く。
「ーーー爆発しちゃう!!」
アヤメは思わず大声を上げていた。
爆破する際に指を鳴らすのは、指に衝撃を与えるため。つまり今の状況だと、2人の真下の地面が指5本分の大爆発を起こす。
「嘘だろっ!?」
アヤメの声でそのことに気づいたアイトがアヤメを自分の方に抱き寄せて跳躍する。
ーーーーーーーっ!!!
その直後、今までの試合で1番の大規模な爆発が2人を襲う。
「おわっ!?」
「きゃっ!?」
アヤメを抱きしめているアイトの身体が宙を舞う。空中で何回転もした。
そして頭から地面に落ちる直前にアイトは咄嗟に風魔法を発動し、もう一度空中へ。
「やべっ!! 加減ミスった!!」
そう言ったアイトはなんとか木を強引に掴むと、爆発の勢いは停止した。
アイトはホッと息を漏らして彼女へ話しかける。
「ふぅ〜。大丈夫だった‥‥‥ってクジョウさん?」
「‥‥‥まちがいない。この人、この人だわ‥‥‥」
アイトは視線を下に向けて独り言を言っているアヤメを不思議そうに見つめる。
アヤメは、胸のトキメキを抑えられなかった。さっきの体験で崖から落ちた時の記憶が蘇る。
(この安心感、この匂い、この暖かさ。
私は‥‥‥こんな大切なことを忘れていたのね)
自分を助けてくれたのが今、自分の身体を抱きしめている男子だと気づいたのだ。
(やっと見つけた‥‥‥私の‥‥‥王子様♡)
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練習場でアヤメと初めて会った時に、アイトは知らなかったことがある。それは彼女が読んでいた本。
本のタイトルは、『私と完璧な王子様』。
王族の召使いであった女の子と一国の王子である男が惹かれ合い、多くの困難を乗り越えて結ばれる大人気の恋愛小説。
凛としていてクールで大人びた美少女であるアヤメは、実は恋に焦がれる夢見がちである女の子だったのだ。
優しい言動、仕草、そして女の子を助けてくれる王子に、アヤメは強い憧れを持っていた。
そしてこう考えた。私も自分にとっての運命の王子様と結ばれたいと。
『私の味方は、王子様だけ』
彼女の発言は、つまりそういうことである。
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アイトは木から手を離してアヤメと共に地面に着地する。
「お、おーいクジョウさん? どうしたー?」
(やっと、見つけた‥‥‥♡)
自分に話しかけてくるこの少年を、アヤメは王子様と認定してしまったのだった。
その後、なぜかくっついた状態のまま離れようとしないアヤメを担いだまま、アイトはクラリッサたちが待つ円の中に入る。
『勝者!! 1年Dクラス!!』
競技場で言った審判の声が、魔結晶を通してフィールドに響き渡った。