『エリア・ペネトレイト』1年の部 準決勝第一試合 Dクラス VS Bクラス 前編
DクラスとBクラス、それぞれの出場者が移動を終える。
「試合開始!!」
審判の掛け声と共にアイトたちは移動を開始する。
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Bクラス前衛地点。
「ハル、Dクラスはどうやって攻めてくるでしょうか?」
「どうだろ。クジョウさんの爆破魔法を警戒して
慎重に行動してくるとは思うけど」
Bクラスのチームメンバー女子、ハル・カゼとフユ・ノソラの2人が相手陣への移動をしながら話し合う。
Bクラスは今回も変わらず後衛がアヤメ、中衛1人の前衛2人。
「でも慎重に動けば動くほどクジョウさんの思う壺。
クジョウさんってやっぱり完璧なお方です♪」
「フユ、その気持ちは痛いほどわかるわ!
クジョウさんを産んだご両親にひたすら感謝だわ」
「はい。ハルに同意見です♪」
「! ちょっと待って!」
アヤメに心酔している2人は突然止まり、周囲を確認する。
「聞こえた?」
「はい、間違いなく」
「足音の数からして、1、2‥‥‥嘘でしょ!?」
彼女たちの視界にはーーー4人。
アイトたち4人が走り抜けていくのが見えた。
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観客席。
「ええ!? よ、4人とも出ちゃったよ!?」
カンナが競技場の画面越しに見た光景に驚きの声を出す。
「あるじ楽しそう」
アクアがボソッとそんな声を出す。もちろん誰にも聞こえていない。
「走ってるお兄ちゃん‥‥‥カッコいい♡」
「マジで何言ってんだこいつ」
ミアの真っ赤になった顔を見て真顔でカイルはドン引きする。普段なら噛み付くミアだが今回は夢中になっていて聞こえていない。
「アイ、思い切ったわね。
爆破魔法使いの相手に準備する時間を
与えるべきではないわ。さすがね」
「でもエリス! あれだと自陣がガラ空きだよっ!
爆破魔法の子に手間取ったら
先に到達されて負けちゃうよ〜!」
「‥‥‥いや、そうはならないわ。あれを見て」
エリスは、ハルとフユが映った画面を指差した。
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「フユ! 相手は4人とも出てきてるんだ!
つまり相手陣の円は隙だらけ!!
ナツを呼んでさっさと円に入っちゃおう!」
ハルは中衛を担っている仲間、ナツ・シグレを呼びに行こうとする。
「待ってください! 4人が飛び出してくるなんて、
何か作戦があるに決まってます!
Aクラスのジェイクくんだって、
土魔法で1人で実質3人の動きをしてたました!
もしかしたら、Dクラスの円にはそのような罠が!」
「‥‥‥確かに。今すべき行動は」
ハルとフユはお互い顔を合わせ、肩を叩き合う。
「「クジョウさんのサポート!!」」
そう言った2人は急いで自陣へと引き返すのだった。
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Bクラス中衛地点。
「よし! あと少しでBクラスの円だ!!」
ギルバートが先頭を走りながら3人を鼓舞する。
「はあ、はあっ」
「ポーラ、大丈夫?」
「は、はい。クラリッサは本当に体力多いですね」
「あのバカといたらこうなってただけよ。
今はアイトだっているんだし。
ポーラもすぐに私くらい体力つくわよ」
(つまり俺はギルバートと同じくらいバカってこと?)
アイトは内心落ち込んだ様子を見せながら、息一つ乱さず走っている。体力オバケは今も健在である。
「! 来たDクラス‥‥‥って4人!?」
Bクラスの中衛、ナツ・シグレがアイトたちを見つける。だが4人もいるとは微塵も思っていなかった。
「ねえ、どうするの!!」
クラリッサが少し焦った声を出す。これでBクラスにはアヤメ以外に4人で攻めていることに気づかれた。
もしかすると前衛のハルとフユの2人と合流し自陣の円に入られるのではないかとクラリッサは懸念したのだ。そしてその懸念がアイトたちにも伝わる。
「俺が時間を稼ぐ。あとで合流するから3人は先に!」
アイトはこの場に残ることを決め、走るのをやめる。ナツを倒した後に合流することを考えると、自分が適任だと判断したのだ。
「悪い!! 頼んだぞ!!」
「早く来なさいよ!!」
「はあっ、はあっ、おつかれさま、です」
(こっちのセリフだわ)
ギルバート、クラリッサ、ポーラの3人は足を止めずに一目散にBクラスの円に向かう。
「へえ、カッコいいことするじゃん‥‥‥え!?」
「悪いが話す時間はない」
ナツが話しかけた瞬間にアイトは姿を消していた。
競技場の画面でもアイトの姿は映らない。
(高レベルの幻影魔法ってこと!?
そんな魔法を使えるならDクラスにいるわけーーー)
「【スプーリ】」
焦っていたナツの背後に音を潜めて移動していたアイトは得意の睡眠魔法をかける。彼女は意識が削がれていたため、簡単に魔法に引っかかった。
「な、なんでそのレベルで‥‥‥」
「偶然できた」
アイトがそう気休めの訂正をした直後、ナツが眠りに入る。アイトは眠っているナツを木にもたれさせた。
(よし、早く終わったし今から合流すればすぐ)
そう思った瞬間に、アイトの足元近くが爆発した。
「うおっ!?」
アイトは爆風で宙を舞う。木にぶつかる前に体勢を立て直して両足で木の太い枝にぶら下がる。
「‥‥‥ふぁっ、はっ! 試合中!!」
その爆音で寝ていたナツが目を覚ます。
「今のはクジョウさんの爆破魔法!! こっち!」
「急ぎましょう!」
遠くから2人の声が聞こえ、爆破した場所に到着する。来たのはハルとフユ。
「ナツ!! 大丈夫!?」
「あ、ああ。クジョウさんのおかげで助かった」
「‥‥‥ナツ、あの男が」
木にぶら下がるアイトを見てフユの顔つきが険しくなる。
「ええ、侮れない敵よ」
「フユ! ナツ! 行くよ!!」
Bクラスの3人がアイトを睨むように視線を向ける。アイトは少し苦虫を噛んだかのように歯を食いしばっていた。
(くそっ!! ここに爆破魔法を仕掛けてたのか!!)
アイトはアヤメにしてやられたことを強く痛感していた。アヤメがそこまで頭が切れるとは思っていなかったのだ。
アヤメは試合が始まった途端にナツと移動し、ナツが待機する場所の近くに爆破魔法を1つ設置していたのだ。
(ここを爆発したってことは、
3人がクジョウさんと接触したのか!)
アイトがそう考え込んでいる間に、ハルたちが一斉に襲いかかる。
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Bクラス後衛地点、円の周辺。
アヤメが指を鳴らした直後に爆音が起こる。
アイトの予想通り、ギルバートたちがアヤメ・クジョウに見つかったのだ。
「くそっ!! 中衛を守っていた位置に
爆破魔法を設置してやがったのか!!」
「どうするの! もし今のでアイトがーーー」
「あんなので倒れる奴じゃない! 信じろ!!」
「落ち着きましょう! 相手は1人!
私たち3人が円の中に入れば勝ちなんですから!」
アヤメはギルバートたちがいるのを発見して既に臨戦体勢を取っている。
「そうだ! さっさと円に入って勝つぞ!!」
ギルバートたちが直線距離を走ってアヤメが守るBクラスの円を目指す。
だが近づいた瞬間に近くの木が爆発した。3人が爆風で足を止める。
「きゃっ!!」
「なんて威力なの!?
あんなの直接当たったら只じゃすまない!!」
「それはあの女もわかってるはずだ。
だからこうして当たってもギリギリセーフな位置で
爆発させてる。オレたちをビビらせたいんだろ」
「‥‥‥性格悪いわね!! 【ミラージュ】!」
クラリッサは幻影魔法を発動する。しかし焦った精神状態で発動したため、精度はお粗末だった。
アヤメは3人の姿がはっきり見えている。そしてまたも近くで爆発が起こる。
「なんであれでBクラス!?
Aでもいいくらいでしょ! 腹立つわね!!」
「あの魔法の噂は全く聞いたことがねえ。
おそらく今まで意図的に隠してたんだろ」
「何のために!?」
クラリッサは焦りのあまり強い口調になる。ギルバートは首を横に振った。
「それはわからん。そんなこと今はどうでもいい!」
ギルバートがそう言うと、ポーラは2人と目を合わせて握り拳を作った。
「び、びび、ビビらなければいいんですよね!
は、早く行きましょう!」
「お前が1番ビビってるぞ!?」
彼女の拳は震えていた。思わずギルバートがツッコむほど震えていた。
「あまり時間かけてるとアイトも大変よ!
ギル、ポーラ! 行きましょ!!」
「ああ!」
「ふぁい!」
ギルバートたちはアヤメに向かって引き続き足を進める。
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Bクラス中衛地点。
「はっ!!」
アイトはハルが声と共に放つ蹴りを避ける。だが直後のフユによる足払いに引っかかり、その場で体が浮く。
「やっ!」
そしてナツによる気合の入ったかかと落としを、アイトは咄嗟に地面に手をついてバク転することで回避。3人から距離を取る。
(1人1人の実力は特別高いじゃないが、
連携が取れすぎている。厄介だな)
「あの男、動けるわ」
「ハルもそう思いました? 私もそう思います」
「さっき眠らされた時も全く気配を感じなかった。
あの男、なんでDクラスなんかにいるの?
身体能力なら間違いなくB、下手するとAクラス」
「それはギルバート・カルス、
クラリッサ・リーセルにも当てはまります」
ハル、ナツ、フユの3人はアイトを睨む。
「ナツ、ここを中継してる近くの
魔結晶はあと何個残ってる?」
「1個。元々この位置には3個あったけど、
さっきのクジョウさんの爆破で2個壊れた」
「残り1個は?」
「あの男の真後ろの木。高さはあいつの背中くらい」
「それなら!」
ハルが突然走り出しアイトに迫る。
(突然単独行動? 何が狙いだ?)
不思議に思ったアイトは跳躍してハルの飛び蹴りを回避する。その際にハルの飛び蹴りが木に激突し、設置されていた魔結晶が壊れた。
これで今の中衛地点は観客に見られない。わざと魔結晶を破壊するのは反則だが、『相手を狙った魔法や攻撃で壊してしまうのは過失であり、その限りではない』。
試合のルールはそのように記載されている。
こうして、アイトを狙ったという大義名分を被って本命の魔結晶破壊に成功した。
「これでいい! 早くやろ!!」
そう言ったハルの元にフユとナツが集まる。アイトはまたも不思議そうな様子で離れた位置から見ていた。
3人が手を合わせ、アイトの方に向ける。
その瞬間、凄まじい魔力の衝撃波がアイトを襲った。
(ヤバっ!!)
アイトはその場から横っ飛びで衝撃波を避ける。かなりギリギリのタイミングだった。
衝撃波が当たった木は、粉々に吹き飛んだ。
「今のは明らかに反則レベルの攻撃だよな!?」
アイトは思わずそう口にする。
「そうかもしれない。でも残念!
競技場に見えてなければ審判は判断できない!」
「なに‥‥‥?」
アイトはハルの発言にそう言葉を漏らす。それは見えていない所で反則行為を行おうとした3人対しての怒りじゃない。
「つまり今は審判にも、観客にも見えてないと?」
「だからそう言ったでしょ。卑怯なのはわかってる。
でも、クジョウさんのために勝ちたいの!!」
「‥‥‥卑怯じゃないと思うよ。俺は怒ってない」
「‥‥‥妙に物分かりがいいわね」
ハルの返答を聞いたアイトは少し笑う。誤解されているからだ。
「そういうことじゃない。むしろ、ありがとう」
「え?」
ハルがそんな声を上げた途端、隣にいたフユが宙を舞う。
「は?」
続いてナツも同じく宙を舞った。倒れた2人は意識を失っている。
ハルは今の光景に全く理解が追いつかない。
何もアイトは試合反則レベルの攻撃を行ったわけではない。
3人の目に映らない速さで接近し、フユとナツの額にデコピンしただけである。殺傷性もほとんどない。
「なに‥‥‥したの?」
ハルにはアイトが動いたことも、デコピンしたことも見えていなかった。気づけば2人が倒れ、アイトが近くにいる。ただそれだけ。
「内緒。それより、取引しない?」
「とり、ひきっ?」
アイトの言葉をハルは理解できてないという様子で言葉を反芻する。まるで、アイトのことを同じ人間だと感じてないようだった。
「さっきの反則威力の技、バレたら面倒だろ?
それを俺は誰にも言わない。
その代わり、デコピンくらった2人以外には
俺のことを誰にも言わないでほしい。
もちろんこの2人が誰にも言わないように
君から働きかけてほしいかな」
「‥‥‥はあっ?」
ハルからすれば、2人がデコピンで倒されたことにも知らないほどなのだ。
いきなり自分が理解できる許容範囲を超えた会話をされて戸惑っている。
「いいかな?」
「‥‥‥だ、誰にも言わない。ぜ、絶対に!!」
だがハルは声を振り絞る。今のアイトに、言葉では表現ことができないほどの圧、恐怖を感じていた。
「ありがとう。俺は君のクラスの円へ向かう。
ここで俺を止めようとしてもいいし、
2人を連れて俺たちの円に向かうのもいい」
アイトはそう言って移動しようとする。
「ま、待って! な、名前! 名前教えて!
私はBクラス、ハル・カゼ!」
「Dクラス、アイト・ディスローグ。それじゃあ」
今度こそアイトはその場から離れる。ハルはその場に尻餅をついた。
「‥‥‥なんなの、あいつ?」