『エリア・ペネトレイト』1年の部、開幕
ギルバートに言われた言葉を、アイトは驚きのあまり反芻していた。
「俺とポーラが『エリア・ペネトレイト』に!?」
「り、理由を聞かせてもらっても?」
ポーラも少し驚いた様子で視線を彷徨わせている。
「実は俺たちのチームの2人がさっきの
クラッシュボールで伸びちまって‥‥‥」
ギルバートのその発言の聞いて、アイトはさっきのAクラスとの試合を思い出していた。
(ーーーあ、最初にやられたあの2人か!?)
アイトがギョッとしていると、ギルバートは申し訳なさそうに頭を下げる。
「それで空いた2人の代わりに入って欲しいんだ」
「‥‥‥なんで俺たち?」
アイトがそう聞くと、ギルバートが顔を上げる。
「理由は2つ。1つ目はアイト、ポーラの
出場種目が1つしかないことだ。
他のみんなは2種目以上出てるらしい」
「じゃあ2つ目は?」
アイトがそう聞くと、ギルバートはどこか気まずそうな顔をする。その反応にアイト、ポーラは少し身構える。
「‥‥‥オレの希望だ」
「「へ?」」
そしてギルバートの予想外の発言に2人は同時に変な声を出す。
「あと私の希望でもあるわね」
「「え?」」
また、クラリッサが付け足すことで2人は再び変な声を出す。
「オレたちが1番わかってる2人だから、
楽しそうだからって理由じゃあ‥‥‥ダメか?」
ギルバートはこちらを伺うように心配そうな顔を浮かべる。
恥ずかしげもなく言い切った彼に、アイトは応えるしかなかった。
「‥‥‥そう言われたら、やるしかないな」
「おお! すまねえなアイト!」
「謝る必要ないよ、友達なんだから」
「ありがとな!」
ギルバートがニカッと笑うと、アイトは苦笑いを浮かべて肩をすくめる。
「そういうこと。でもあまり期待するなよ?」
「わかってるって! 目指すは優勝だ!」
「はいはい」
アイト、ギルバートが肩を組んで笑い合う。そんな2人を、ポーラは寂しそうに眺めていた。そして口を開く。
「‥‥‥私なんかでいいんですか?」
彼女の声は明らかに覇気がなかった。
「ポーラ?」
クラリッサが肩に手を置くと、ポーラは視線を合わせないように言葉を続ける。
「私はみんなの足を引っ張ってばかりで、
さっきのクラッシュボールでも‥‥‥
全くみんなの役に立てませんでした」
ポーラが暗い表情のまま顔を伏せる。そんな彼女に声をかけたのはーーー。
「‥‥‥よくわかる。役に立てないと焦るのは」
「アイトくん?」
アイトだった。気づけば自然に声を出していた。
「自分はここにいていいのか、迷惑なんじゃないか。
申し訳ないと思う。自分なんかが、って感じる」
「え、アイトくんも‥‥‥?」
「でも実際には、意外と他の人は自分が
思っているほど気にしてなんかいないと思う。
だって役に立ててないって真っ先に実感するのは
最も理解しているはずの自分自身なんだから」
「アイトくん‥‥‥」
アイトは夏休み前のエルジュの活動を思い出していた。力のない自分に腹が立ったこと。そんな自分を代表と尊敬してくれるエリスたち。
嬉しさと申し訳なさが混ざり合い、一言では表現できない感情。代表を続ける限り、一生解消されることのない気持ちの澱み。
アイトの悩みは、ポーラが今感じている悩みとは次元が違った。
「少し大袈裟に言っちゃったけど、
自分のことをわかってない人も多いと思う。
俺もまだまだ理解できない。全然自律できない。
でもだからこそ、ポーラも自分のことを勝手に
決めつけてはいけないと、俺は思うよ」
アイトは空気を悪くしてしまったと思い、申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる。
「‥‥‥そうですよね!
それにまだ競技はありますよね!
私、必ず活躍して見せますっ!!」
だがそんな彼だからこそ、ポーラの悩みを解決するきっかけを作れたのだ。
ポーラは胸の前に両手を合わせてギュッと握る。今の彼女の声には確実に覇気があった。
「その意気だ! そんなの気にすんな!
俺だってバトルボックスで勝てなかったし!」
ギルバートはアイトの肩に手を回してニカッと笑う。
「私だってクラッシュボールで
アイトにおいしい所持ってかれた」
クラリッサがふんっと少し悔しそうにアイトを見つめる。
「それはなんか違うような」
「何か言った?」
「いいえなんでもこれっぽっちもなんでもない」
身の危険を感じてアイトはすぐに小言をやめた。
「そうだ、アイトの言う通りなんだ。
今のところ苦い思いをしてるオレたちだ。
だからこそ優勝掴み取って笑おうぜ!!!」
こうしてアイト、ポーラの『エリア・ペネトレイト』出場が決定した。
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同時刻、観客席。
「えーい!」
長い銀髪を揺らし、手に持った銃を一心不乱に乱射するのはグロッサ王国第二王女、ユリア・グロッサ。
ユリアが『マジック・ガン』で無双し観客が盛り上がる中、それをあまり見ていないグループがいた。
「はあ? さっきの試合お兄ちゃんが負け??
審判の目腐ってるんじゃないの????」
「まあまあ! 人数差で負けただけで
レスタくんは誰にも負けてないからっ!」
カンナが手で「どうどう」と隣に座る呪力を纏いかけた少女を落ち着かせる。
「そんなことわかってるけど???
余計な口出ししないでくれない??」
ミアが言葉の毒を吐き散らかしていると、エリスが嗜める。
「落ち着いて。あれはアイの思惑通りなんだから」
「はあ? 金髪女、あんた何勝手にお兄ちゃんのこと
そんな呼び方しちゃってんの???」
(聞き返すのそこなのっ!?)
カンナは思ったことを口に出せなかった。エリスは淡々と話を続ける。
「アイはDクラスで相手はAクラス。
実力の平均はAクラスが格段に上なのよ。
それでいきなり今まで目立っていなかった
DクラスがAクラスに勝つのは疑問が生まれる」
「はあ? それがなんなの」
「さっきの試合で確実にDクラスはAクラスに迫った。
これで次の競技で勝った時の疑問は生まれにくい。
『DクラスがAクラスに勝つこと』に納得がいく。
つまりさっきのは次の競技で勝つための布石」
「‥‥‥へえ? じゃあお兄ちゃんの狙いがわかんの?
今やってる競技は面白くないし一応聞いてあげる」
「『魔闘祭』の花形競技であり、
交流戦の選考基準になりやすい競技でもある」
「‥‥‥チッ」
「え! それじゃあっ!」
「zzz〜」
エリスの言うことに反論できず舌打ちするミア、驚くカンナ、眠るアクア。そんな3人にエリスは言葉を続けた。
「『エリア・ペネトレイト』でアイは必ず優勝する」
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Aクラス、待機席。
「おい聞いたか、Dクラスの『エリア・ペネトレイト』
出場者が急遽変わるらしい」
「聞いた聞いた。どっちも『クラッシュボール』
出場者だってな。男の方はそこそこ動けたが
女の方はどう見ても足手纏い。大したことない。
勝つのは俺たち1年Aクラスだ」
「その油断が命取りになるとは思わないのか?」
そう言ったのは1年Aクラス『エリア・ペネトレイト』出場者、ジェイク・ヴァルダン。
「ジェイク。お前やけにDクラスに肩を持つな?」
「マリア・ディスローグとレンクス・ベル。
どちらもグロッサ王国内屈指の実力者だ。
出場する2人はその弟と妹だぞ。
何か隠してるかもしれない。油断はできない」
「でも、さっきは全然脅威に感じなかったぞ?」
「もし実力が無ければそれでよし。
油断していいことなんて一つもない。いいな?」
「それもそうだ。さすがジェイク!」
自尊心の高いクラスメイトを説得したジェイクは腕を組んで考え込んでいた。
(‥‥‥ポーラ・ベルさんはまだわからないが、
アイト・ディスローグには必ず何かある。
『クラッシュボール』でその片鱗は見えていた。
それにマリアさんの弟だ。対戦するのが楽しみだ)
「‥‥‥」
彼らの離れた所で、システィアは足を組んでぼんやりとその光景を眺めていた。
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一方、1年Bクラスの待機席。
「クジョウさん! Dクラスの出場者が
変わったらしいよ! それも2人も!」
「2人? 誰?」
「ポーラ・ベルとアイト・ディスローグだって」
「‥‥‥そう。誰でも関係ないわ。勝つのは私よ」
Bクラス『エリア・ペネトレイト』出場者、アヤメ・クジョウはそう呟いた。
「さすがクジョウさん!」
それを聞いた周囲のクラスメイトは少し浮き足立ち始めた。
(私は、負けられないの)
今のところ目立っていない彼女が注目を浴びる時は、刻々と近づいていた。
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『マジックガン』決勝。審判の声が競技場に響き渡る。
「そこまで! 『マジックガン』優勝は3年Aクラス、
シロア・クロート&ステラ・グロッサ!!」
各クラスからの出場者が少ない『マジックガン』は全学年対抗の競技。
注目を浴びたユリアとそのお友達ペアも奮闘したが、優勝したのはシロアたち。
観客が大いに盛り上がり、ステラは微笑みながら手を振り、シロアは身体を震わせていた。
「お姉様、さすがです!」
「私よりもユリアちゃんの方がすごかったわよ〜。
それにシロアさんが味方で心強かったですから」
「‥‥‥(ブンブン)」
「あっ、シロアさん待ってください〜!」
シロアは首を振った後にその場から走って逃げた。これ以上目立っていることに耐えられなかったのだ。ユリアのペアもすぐにその場を離れている。
「ああ、シロアさんをぎゅ〜ってしたかったのに。
それじゃあ私たちも行きましょうか」
「はい!」
美人で清楚であるステラと天真爛漫で可愛いユリア。その2人が並んで歩く光景に多くの者が魅了された。
こうして2日目が終了し、観客の熱気もこれからの最高調に向けて徐々に高まり始めた。
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魔闘祭、3日目。
「それでは最終種目、『エリア・ペネトレイト』を
始めます! この種目は各クラスから4人出場し、
トーナメント形式で行います!」
説明をしただけで観客席が盛り上がる。それほど人気な種目なのだ。
「まずは1年の部から始めます!
第一試合に出場するBクラスとCクラスは
係員の誘導に従い、移動を開始してください!」
この種目は広大なフィールドを使うため競技場の中では行えない。そのため競技場付近の山岳地帯である『マルタ森』に出場者は移動を始める。
森のいたる所に魔結晶が配置されており、それを通じて競技場に用意された数多くの画面に映し中継する仕組みとなっている。
マルタ森の広大なフィールドに自クラスと他クラスにそれぞれ指定された円があり、自陣と敵陣の距離は300メートル。
勝利条件は対戦クラスの円に自分たちのチームが3人以上入ること、もしくは相手チーム全員を行動不能にすること。
ただし対戦クラスの円に入った時点でその円から外に出ることができなくなり、攻撃や魔法も一切禁止。外に出たり攻撃や魔法を発動したりすれば反則負けとなる。自クラスの円には入っても何も問題ない。
この競技は学年別で行われるため、まずは1年生の部。
そしてその第一試合から、競技場に衝撃が走る。
爆発、爆発、爆発。
連鎖的に爆発が起こり、誰も近づけない。
その間にBクラス第1チームの3人は相手陣の円に入り、勝敗が決まった。
「しょ、勝者! 1年Bクラス!」
審判の判定と共に競技場では大歓声が起こる。その歓声は主に1人に向けられていた。
1人で自陣を守り切った爆破魔法の使い手、アヤメ・クジョウへと。
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観客席。
「あの子すごいね! あんなの見たことない!」
カンナが嬉しそうに声を出す。
「あんなのうるさいだけ。いい迷惑」
ミアは不機嫌そうな顔で愚痴をこぼした。
「‥‥‥ふっ、やっぱりね。あれを見て」
エリスが促した方をカンナたちは見る。寝ていたアクアは突然起きる。そして競技場の画面にはこう表示されている。
一回戦 第二試合
Dクラス VS Eクラス
いよいよアイトたちの試合が始まろうとしていた。




