魔闘祭開幕、『バトルボックス』
『魔闘祭』当日。
アイトたちは学園に集まった後、手配された馬車によって競技場に移動する。
その後、学園指定の体操服に着替えて開会式。理事長の話が終わった後。
「生徒会長、ルーク・グロッサです。
今日のために集まってくださった皆さん、
本当にありがとうございます」
ルーク王子の話をなんとなく聞きながら、アイトは観覧席を眺めていた。
(会場はよくある競技場みたいな感じか。
観覧席のチケットは王国内で販売されていたと
聞くけど、いろんな人がいるな)
『魔闘祭』はグロッサ王国の中で最も大きな行事。戦闘能力を見るという点でこれ以上の機会はない。
そのため多くの騎士団やギルド、他にも多くの商会の一員が『魔闘祭』に来ていた。
そして数が少ないVIP席には他国から招待された者が座っている。
「アイト、あれを見ろ。バスタル・アルニールだ」
後ろからギルバートがアイトに話しかける。アイトの反応は遅く、完全に知らないといった感じだ。
「だれ? ていうかどれ‥‥‥あ」
「知らねえのか!? VIP席に座ってる灰色髪の老人!
あれは魔導大国レーグガンド、『魔導会』の総代だ!
魔学で知らないことはないと言われる大物!!」
魔導大国レーグガンド。世界で1、2を争う国力を持ち、アルスガルト帝国と唯一張り合える大国。他国と同盟は一切結んでいない中立国。
魔法を生かした兵器が特に発達しており、その兵器開発の中枢を担っているのが『魔導会』という世界有数の魔法機関。バスタル・アルニールはそのトップであった。
大国を滅ぼすと言われ、国の切り札となる『破滅魔法』を制定して国の均衡を維持できるようにしたのもバスタルである。
つまり世界でも代えがきかない超有名な人物だが、アイトがそんなことを知っているわけがない。
「さすがに帝国からの来訪は無しか‥‥‥って!?
あれは!! おいやばいぞアイト!!」
「‥‥‥」
ギルバートは何も言わずにVIP席に座っている1人の女性に気付き、アイトに視線で彼女を見ろと促していた。アイトは何も言わずに視線を観客席に向けている。
「『使徒』シャルロット・リーゼロッテだ!」
興奮しているギルバートに対して、アイトは何も言わない。
だがギルバートが驚くのは無理もないことだった。これまた世界的に有名な人物だからである。
『使徒』シャルロット・リーゼロッテ。
約8年前、魔王と討伐した伝説のギルドパーティに所属していた1人。
種族は天使。この世界に存在しているかどうかも怪しいとされているほどの希少種族であり絶滅種族。
鮮やかな長い金髪、容姿は種族の名に恥じないほどの美しさ、色白でスタイル抜群。
非の打ち所がなさすぎて人間とは別の存在だと認識させられるほど。背中には天使特有の白い翼が生えている。
そんな彼女を、皆は魔王を倒すために女神から召喚された『使徒』だと讃えているのだ。
そして実力は言うまでもなく世界最高峰。魔法においては右に出る者がいないとまで言われている。当然、世界各国での戦力勧誘が後を断たない。
だが当の本人はそんなことに興味がなく、それどころか全くの世間知らず。魔王討伐後は流浪の旅を続けている。どこの国に訪れてもVIP待遇をされるが。
そのため観客席でも最優先でVIP席に座らされていた。
「聞いてるか!? おいアイト、どうした!?」
だがアイトは全く聞いていなかった。というより聞く余裕がなかった。
自分の視界に4人の見慣れた女性陣が目に入ったからだ。
「がんばれ〜!」
「お兄ちゃ〜ん♡」
アイトに手を振っているのは銀髪ツインテ少女と黒と白髪のまばら少女。
「zzz〜」
その隣には観客席でも寝ている青髪少女。最低限の変装はしていた。
「‥‥‥(ニコッ)」
そしてメガネをかけて三つ編みという念の入った変装をしているのは金髪少女。アイトと目が合うと、嬉しそうに微笑んでいる。
アイトはそんな4人を見て汗が止まらなくなっていた。
(な、なんでここにエリスたちがいる???
! まさか何かの任務? それとも‥‥‥?
いや、任務なんて聞かされてない。
応援に来てくれただけだろう! たぶん!)
彼女たちがいる理由を知るのが億劫となり、アイトは現実逃避へ足を踏み入れた。
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少し時間が遡り昨日の夕方、『マーズメルティ』。
「重要任務? 私たち全員での? 物騒だね」
「すっごい!! 楽しみ〜!!」
メリナは訝しみ、カンナは両手を上げて喜ぶ。メリナは腕を組んで説明を始めた。
「場所はグロッサ王国の『魔闘祭』専用競技場。
任務は2つ。1つは言うまでもなく、彼の護衛。
もう1つは何か起こった時の対処」
「護衛はまあわかるけどよ、対処って何だよ??」
「カイル、それは恐らくこの前の練習場襲撃に
関係があるかと。そうですよねエリスさん?」
オリバーがカイルに説明すると、エリスは頷いて続きを話し始める。
「この前の練習場襲撃騒動。被害は出なかったけど
不安材料が残ったわ。それはあの場にいた1年生の
魔力を奴らに回収されたことよ」
「つまりその回収された魔力を使って
何か起こすかもしれないってこと??」
カンナは首を傾げて顎に人差し指を当ててそう呟いた。
「ええ。そしてそれは、数日後に行われる
『魔闘祭』の可能性が高い」
「確かにそうだね。事情はわかった。
それなら代表に連絡をしないと」
「なんでお兄ちゃんをここに呼ばないの!!」
メリナが納得していると、ミアがエリスに文句を言い始める。
「彼は今『魔闘祭』に向けて練習してる。
彼は優しいからこの事を話すと気にするし、
行事に集中できなくなる」
「それはっ」
「彼は自分の意思で行事に挑むのだから
何か目的があるのよ。それの邪魔をしてはいけない。
彼に心配の種を生ませる必要はないわ。
あなたたちは、それでも彼に心配をかけたいの?」
「‥‥‥わかったっ! ホント腹立つ!!」
ミアは視線を逸らして愚痴をこぼした。
他のメンバーも全員一致(ターナを除く)で、任務の件をアイトに話さない事になった。
それが逆にアイトが気にする原因になるとはターナ以外、誰も気づいていなかった。
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その後、すぐに競技が始まる。
1日目は魔法を使わない競技、2、3、4日目で魔法を使う競技が行われる。そして魔法を使わない競技が早く終われば、その時点で1日目から魔法を使う競技が繰り上げて行われるのだ。
1日目。
アイトは1日目の競技に参加しないため自分のクラスの休憩スペースに座って観戦していた。
次々と競技が進み、生まれる熱が観客たちにま浸透していく。
「アイト、ちょうど昼休憩だし何か買いに行こうぜ」
ギルバートがアイトに話しかける。クラリッサとポーラもいっしょだった。
『魔闘祭』の競技場付近には多くの屋台が準備されていた。商売日和だと思った人たちが多くいるのだ。
アイトたちは楽しく会話しながら競技場の外を歩く。
「‥‥‥」
前から見覚えのある女性がこちらに歩いて来たがアイトから話しかけることはない。アイトたちは3人と話しながらそのまま女性とすれ違う。
「‥‥‥」
アヤメ・クジョウはすれ違った直後に後ろを振り向く。
アイトはその視線に気づいていなかった。
その後、アイトたちは屋台でお腹を満たすとギルバートがこう提案した。
「はあ〜食った食った! あ、そうだ!
せっかくだし食後の運動に滝まで歩こうぜ」
「滝?」
「ああ、『三途の滝』だ」
(何その物騒な滝??)
アイトたちは『三途の滝』へと歩く。道中、クラリッサが何も知らないアイトに説明していた。
「三途の滝はグロッサ王国観光名所の1つ。
競技場の近くにあるから魔闘祭の時に
よく訪れる人が多いのよ」
「へぇ〜。名前の由来ってなに?」
「落ちたら死ぬほど危険ってところね。
落差が凄まじいのよ。たぶん弾け飛ぶわ。
あそこから落ちる想像すらしたくないほどにね」
「それと理由は知らないですが、
あの滝の水は魔力を乱す効果があるらしいです。
なので近くにいるだけでも
魔法の発動が不可能になるって聞きました」
ポーラが追加してきた情報にアイトはギョッとする。
(悪用されたらまずいのでは??
それと絶対にその滝には落ちたくないな)
3人の解説を聞いているうちに、崖の頂上が見えてきた。
『三途の滝』の頂上付近に到達すると、アイトにとって見知った顔が2人いた。
1人は腕を組んで立っており、もう1人は四つん這いの状態で何かを書いている。
「あれってアイトくんのお姉さんと
シロア・クロート先輩ですよね?」
マリア・ディスローグとシロア・クロート。ともに王国最強部隊『ルーライト』に学生の身で所属する有名人物である。
「あ、ほんとだ。姉さんとシロア先輩も
三途の滝を見に来たんだ」
アイトが少し驚いた様子で呟くと、クラリッサが目を光らせて足を後ろに向けた。
「‥‥‥アイト、用事を思い出したから先行ってるわ」
「おいクラリス!? なんでオレまで引っ張る!?」
クラリッサは、アイトと仲のいい女子の先輩を知っていた。
彼女がわざわざ教室に来ること、そして放課後一緒に特訓していることも知っている。
簡潔に言うと、クラリッサは空気を読んだのだ。完全に余計なお世話かもしれないが。
「アンタも早く来なさい! 一大事よ!」
「‥‥‥なるほどクラリッサ、そういうわけですね?」
それをいち早く読み取ったポーラはニヤニヤしなからクラリッサに親指を立てる。
「そ、そういうことよ!」
(どういうことよ??)
アイトは何も知らなかった。そして疑問を口にすることなくクラリッサたちを見送る。
ギルバートは「なんでだぁぁ!!」と叫びながら名残惜しそうに手を伸ばし、ポーラは終始ニヤニヤしていた。
(理由はわからないけどまっ、いいか)
1人になったアイトは2人に近づいて話しかける。
「姉さんとシロア先輩、ここに来てたんだ」
「アイト! あんたもここに来たの!?」
わざわざ1人で来るなんて、さては暇なんでしょ?」
「‥‥‥まあ、そんな感じ」
アイトは苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
「それならあたしたちと一緒に来れば良かったわね。
ていうか名所を観に来るなんてあんたも物好きね!」
「え、姉さんたちは違うの?」
まるで眺めを楽しむことが目的ではないと言わんばかりの発言に、アイトは少し引っかかる。
「‥‥‥アイト、これを見なさい」
その疑問の答え合わせか、神妙な顔をしたマリアが指差した先でーーー。
「‥‥‥(かきかき)」
シロアが一心不乱に何かを書いていた。
(‥‥‥え、何してんの?)
「‥‥‥え、何してんの?」
アイトはシロアのこの行動を見るのは初めてのため、全く意味がわからず動揺してしまう。思考と発言が被ってしまうほど。
「シロアはね‥‥‥どこからでもここへ転移するように
自分の魔力を通したペンで魔法陣を書いてるのよ」
(‥‥‥あ、魔物討伐体験の時に
突然転移してきたのはこれだったのか)
アイトは上級魔族をシロアと2人で討伐した時のことを思い出した。
「でもここ名所でしょ? 地面に何か書いて大丈夫?」
「‥‥‥それは、転移する時しか魔法陣は
出てこないから大丈夫よ‥‥‥たぶん」
絶対大丈夫じゃないと思ったアイトだが口にしても意味はないためスルーした。
「それよりあんた、ちゃんと練習したんでしょうね?
競技で見せてもらうから。出る競技は?」
「ええっと、『クラッシュボール』かな」
「はあ!? 『バトルボックス』か
『エリア・ペネトレイト』じゃないの!?
それじゃあ見れないじゃないの!!」
「いやそんなこと言われても‥‥‥」
その後もマリアの追求をかろうじて回避するアイト。
「それじゃあ今やってみなさい!
シロアが書き終わるまでに、見てあげるわ!」
シロアが魔法陣を書き終わる間、またもマリアの手ほどきを受けることになるのだった。
「‥‥‥ぇ、アイくん?」
「ど、どうも‥‥‥」
そしてシロアが魔法陣を書き終わる頃には、アイトはボロボロになっていた。
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2日目。
魔法使用禁止の競技は1日目で全て終わったため、今日から魔法使用許可の競技が行われることになる。
まずは『バトルボックス』。
アイトのクラスからはギルバートが出場していた。
『バトルボックス』は出場人数が少ないため全学年対抗である。ギルバートが意識して注目している対戦相手は3人。
5年Aクラス、ルーク・グロッサ。グロッサ王国第一王子で生徒会長。そして王国最強部隊『ルーライト』隊長。聖騎士の魔眼持ちで王国最強と名高い。
4年Aクラス、マリア・ディスローグ。アイトの姉で『ルーライト』隊員。『迅雷』と呼ばれるほどの実力者。
1年Aクラス、システィア・ソードディアス。学園一の問題児と噂される4年Dクラス副会長、スカーレット・ソードディアスの妹。
「ギル、ほんと運悪いわね」
「まさか最強部隊の2人と戦うことになるなんて。
ギルバートくん、がんばってください!」
競技場の中央で開始を待っているギルバートを見つめながらクラリッサとポーラは話していた。アイトはポーラの隣に座り参加者の1人に視線を向けている。
(あれが‥‥‥システィア・ソードディアス。
スカーレット先輩の妹か。しっかり見ておこ)
アイトはシスティアをガン見していた。
『私の妹を打ち負かして欲しい』
そんなスカーレットの頼みを受けたことで、意識が彼女に向いているのだ。
「あ! アイトくん!
それにクラリッサさんとポーラさんも!」
アイトは声をした方を向くと、ユリアが目を輝かせて自分の隣に座ってきたことに気づく。
「ど、どうもユリアさん」
「どどどうもですわねね〜」
ポーラとクラリッサは返事するのに精一杯。対してアイトは遠慮がちに気になったことをユリアに尋ねる。
「ゆ、ユリア? ここDクラスのスペースだけど?」
「まあまあ! 今はこれからの競技を楽しみましょう!
お兄様は強すぎて正直見てて面白くないですけど、
今回のお相手は一味違います!!
ルーライト隊員で通称『迅雷』のマリア先輩!
そして何よりアイトくんのお姉様ですから!」
「‥‥‥じゃあシスティア・ソードディアスは?」
「えっ?」
アイトは思わず情報欲しさにそんな声が漏れ出ていた。やがてユリアはどんどん頬を膨らませていく。
「アイトくんがそんなこと言うの、珍しいですね。
それほどシスティアさんが気になっていると?」
「ん? まあそうだな。
理由は完全に私用で言えないけど」
「‥‥‥システィアさんは入学式直後の武術大会で
1年生の中では最も順位が高かった実力者です。
それにこの前の練習場を変な人が襲った際に
襲撃者を返り討ちにしたので注目を集めてます」
さっきまでとは一転、小さな抑揚のない声で淡々と説明するユリア。
(この前、そんなことしてたんだ)
情報を貰えたことに意識が向いていたアイトはその様子に気づいていない。
「そして学園屈指の実力を持つスカーレット先輩の妹。
それだけで彼女には注目が集まっています」
「‥‥‥スカーレット先輩ってそんなにすごいの?」
「身体能力はお兄様をも凌ぐとも言われてます。
そして、お兄様に迫る実力を秘めているとも」
(うん、それはヤベえわ。
絶対これ以上関わるのは危険だ)
アイトは遠い目をする。その様子を見たユリアが首を傾げていると、ポーラが嬉しそうに声を出す。
「あっ! そろそろ始まりますよ!!」
クラリッサはなぜか笑顔でユリアに話しかけていた。
「‥‥‥ギルも忘れないでね、ユリアさん?」
「もっちろん! 入学してすぐの武術大会で
ベスト16入り! あの大剣を自在に扱う身体能力は
かなりのものですから! みんな期待してます!」
「‥‥‥そう、わかってるじゃない」
(クラリッサ、ギルバートが褒められて嬉しそうだな)
(アレで周りにはバレてないと思ってる
クラリッサ、可愛いですね♪)
アイト、ポーラはどちらも思ったことを口にはしなかった。
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試合が始まるとあっという間に4人にまで減ってしまう。残った4人は言うまでもない。
(やっぱりこの3人はスゲェな。楽しくなってきた!)
1年Dクラス、ギルバート・カルス。
(やっと2人と戦える。この大剣男は退場させないと)
1年Aクラス、システィア・ソードディアス。
(この1年生、前の武術大会でアイトに勝った子ね。
そしてこの子がスカーレットの妹‥‥‥)
4年Aクラス、マリア・ディスローグ。
(すぐにマリアと一騎打ちになると思っていたが
この1年生たち、なかなか面白いね)
5年Aクラス、ルーク・グロッサ。
1年生2人の健闘に観客席は大いに盛り上がる。アイトたちも熱心に観戦していた。
「ウラアッ!!」
掛け声と共にギルバートがルークに向かって突進する。
ギルバートの頭には1つの考えが浮かんでいた。
(王子と一騎打ちは正直勝てる気がしねえ。
アイトの姉ちゃん、1年生も薄々感じてるはずだ。
だからオレの行動に乗ってくる!!)
ルークがギルバートの方は向き合った瞬間。
(‥‥‥今だ!)
マリアは足に【雷装】を発動させ、マリア自身の中の最速でルークの背後に回り込んで刀(刃無しの訓練用)を振り抜く。それは前にアイトに繰り出した【紫電一閃】。
敵の敵は味方。マリアとギルバートは格上であるルークをお互いを利用して撃破しようと考えたのだ。
だがシスティアは足を止めて、ルークに突撃する2人を眺めていた。
「マリア、前よりも速くなったね」
(止められたっ‥‥‥!)
ルークはマリアの【紫電一閃】を剣の鞘を持ち上げて受け止める。一瞬で剣帯のベルトから鞘を外したのだ。まるでマリアの刀の軌道を読んでいたかのように。
「くらえっ!!!」
ギルバートが大剣をルークの頭へ振り下ろす。ルークは鞘を持っている手とは逆の手で剣を抜きギルバートの大剣を受け止める。
(なんだっ、コイツの力は!? 押し返される!!)
「君は良い力、いやパワーだね」
ルークが2人の武器を受け止めた状態で両手を横に振り、マリアとギルバートは彼に振られた方向へ体勢を崩す。
(まだよ! ここから体勢を立て直してーー)
(まだだ! すぐに追撃をお見舞いしてーー)
「遅い」
その瞬間、跳躍したルークが両足で2人の武器を蹴り飛ばしていた。2人の武器が地面に音を立てて落ちる。
「まだやるかい?」
「‥‥‥ははっ! さすがっすね! 参ったっす!」
ギルバートは清々しく笑い、降参を宣言し3人から離れる。だがマリアは何も言わなかった。
「‥‥‥恥を承知で言います。続けたいです」
観客がマリアの発言にざわめき出す。
「マリア先輩、待ってください。
私、ルーク先輩と手合わせ願います」
またもざわめく観客たち。そんな声を気にしていないシスティアは構えた剣をルークに向ける。
「ははっ面白いね。いいよ、僕でよければ。
マリア、悪いけど少し待っててくれるかな」
そう言われたマリアは静かに頷き、その場に立ち止まる。ルークは剣を取り出して、システィアに向けた。
「いつでもいいよ」
「‥‥‥いきますっ!!」
システィアが床を蹴って猛突進でルークに迫る。
「なかなか速いね」
ルークとシスティアの剣がぶつかり合い、金属音が鳴り響く。ぶつかり合った剣から火花が散るほどだった。
「いいね!」
ルークが笑うとシスティアの剣を押し返す。一歩後退したシスティアは再度床を蹴って勢いのまま剣を振る。
システィアの剣は攻撃重視の高速剣。まるで数本の剣で切りつけているかのように剣撃の雨をお見舞いする。
だがルークはそれを全て受け止める。
「っ!」
システィアが突きを放つとルークは剣で受け止めず、身体を半歩分横に晒して躱す。体勢が崩れたシスティアは思わず声を漏らしていた。
「将来が楽しみだね」
ルークがシスティアの伸び切った剣を弾き飛ばした。飛ばされた剣がカランと音を立てて床に落ちる。
(くそっ、ギリギリ当たるような距離感に誘われた!)
システィアは悔しさで歯を食いしばったが、すぐに表情を戻してルークに頭を下げる。
「ーーー参りました」
「1年生でこれほど剣を扱えるなんて、凄いよ。
将来が楽しみだ。お姉さんによろしく言っておいて」
「‥‥‥はい」
小さく頷いたシスティアは剣を拾ってルークから離れた。
これで残るはルークとマリアの2人。
「お待たせマリア。どうする、まだやるかい?」
ルークが微笑むと、マリアは申し訳なさそうに頭を下げた。
「恥を忍んで言います。まだ戦いたいです」
意外だったのか、ルークは目をパチクリさせた後、言葉を理解して剣を構えた。
「わかった。かかっておいで、全力で」
「‥‥‥このっ!!」
まるでさっきまで全力に見えないと感じさせるルークの発言。マリアは憤慨し、こう叫ぶ。
「【万雷】!!」
マリアの周囲に幾万の雷が発生しバチバチと音を立てて飛散する。その雷の一部がマリアの全身に纏わりつき、光る。
(‥‥‥日頃の恨み!!)
マリアがその場から姿を消した瞬間、ルークを足で蹴飛ばしていた。吹き飛んだルークがバトルボックスの壁に激突する。
「今まででダントツの速さだね」
そう呟いたルークは一方的にマリアの攻撃をうけ続ける。その光景に観客たちは何も声が出ない。
観客は視界に映らないほどの速さで動くマリアに注目していた。
【万雷】。
放出した一定量の雷魔力で全身を刺激し、反射神経を極限まで高める技。雷で身体を刺激するのは【雷装】も当てはまるが、その技とは決定的に違う点がある。
それは身体を刺激する雷の出力量と出力範囲。
普段使う【雷装】の雷の出力量を1とすると、【万雷】はそれの約5.2倍。マリアが直感で感じた、現在の自分の身体が耐えられる出力量のほぼ限界値である。
「はあっ!!」
マリアがルークを投げ飛ばす。体勢を立て直したルークは迫り来るマリアに対して至近距離から頭めがけて聖属性魔力を込めた一撃を放つ。
だがその距離でもマリアは最小限の動きで躱す。
出力範囲の点において【雷装】は自己の意思で決めた一部分に対し、【万雷】は全身。それどころか内部の組織にまで出力を行っている。
つまり神経や脳も刺激されており、判断速度も普段の時とは比べ物にならない。常に脊髄反射以上の反応速度となっていた。
(もう感覚が無くなってきてる‥‥‥急がないと!)
この技はまだ未完成であり、今の段階だと一定時間を超えると全身に負荷がかかり長時間動けなくなる。本来はまだ使うつもりはなかった。
だがルークの挑発(本人は全く自覚がない)を受けて、未完成の危険な技を使ってでもルークに一泡吹かせたい、勝ちたいと決意したのだ。
(今のを避けるか‥‥‥!)
そう感心したルークは、笑っていた。マリアは彼の微笑みを見て焦り出す。
(なんでまだそんな顔ができるの!?
今押してるのは私なのに、実感がない。
まさか、わざと私の攻撃を受けてる‥‥‥?)
どんどん心に余裕がなくなり、【万雷】の制御も効かなくなっていく。
「うああぁっ!!」
焦ったマリアは右手の手のひらに雷を集め、握り締める。そして壁に背をつけたルークに放つ。
「【雷掌】!!!」
いくつもの雷鳴と落雷。そして比例して起こる衝撃。
「はあ!?」
「惜しかったね」
ルークは、マリアの右手を掴んでいた。
「うっ‥‥‥!!」
突然マリアがその場で声を上げ、倒れかかる。
「おっと」
ルークはマリアを抱き留め、支える。
「ルーク、先輩」
「無茶してるのは見ててわかった。
隊長として、先輩としては止めるべきだった。
でも見てみたくなってね。君が強くなったところを」
ルークはマリアの目をはっきりと見つめて続きを言った。
「マリア、よくやった」
マリアは、そんなルークの顔が見れない。
「‥‥‥ほんと、ずるい」
「なんで目を瞑る? 失礼じゃない?」
「うっさいです」
「あの技は今はまだ使わない方がいい。
負担が大きい。それに僕の笑みを見て
焦り始めるくらいには心に余裕がない」
「‥‥‥まさか、わざと笑って私を不安にさせた?」
マリアは唖然とする。試合中にルークが笑みを浮かべたのはマリアに不安を与えて焦らすため。自分はマリアに格上と思われている自覚があるから実行したのだ。
「心に余裕のない者に舞い降りた機会を掴めない。
いつまで僕を怖がっているんだい?」
「‥‥‥本当に、性格が‥‥‥」
そう言ったマリアが意識を失う。ルークはお姫様抱っこの形で持ち上げ、医務室へと歩き出す。
「審判、勝負はつきました」
「そ、そこまで!! 勝者、ルーク・グロッサ!!!」
その後、しばらく歓声が収まらなかった。
「ルークには勝てなかったか。
でもあなたはよくやったわよ、マリア」
それをルーライト隊員、『金剛』エルリカ・アルリフォンが観客席から眺めていた。
彼女は競技場の警備という名目で来ており、空いた時間を競技の観覧にあてていた。それは以前、 5年生であるルークにとって最後の『魔闘祭』を見届けると約束したから。
これは余談だが、マリアは魔闘祭の最終日までルークと口を利かなかったという。
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競技終了後、ルークは意識のないマリアを抱っこしたまま通路を歩いていた。
すると通路の先に、彼にとっては後輩で厄介な女性が壁に背をつけて待っていた。女性はホワイトブロンドの長い髪をハーフツインテールでまとめている。
「やあ、さすがルーク先輩だ。全く隙がない」
「君ならバトルボックスに出場してくると思った。
僕の予想が外れたよ、スカーレット」
ルークに話しかけたのは4年Dクラス、スカーレット・ソードディアスだった。
「決闘は頼み込めばその気になれば
いつ、誰とでもできるだろ?
だから私が出たい競技の1つに絞ったんだ」
「‥‥‥エリア・ペネトレイトか。君らしい発想だね。
そろそろ生徒会の仕事も手伝ってくれないかな?
もしくは『ルーライト』に入隊してくれるとか」
「すまない、それはできない相談だ。
私は何かに縛られるのが生理的に無理なんだ。
副会長も先輩の頼みだから引き受けただけだよ」
スカーレットがふっと笑みを浮かべて頑なに拒むと、ルークはため息をついた。
「まったく、ここまで骨が折れるのは君ぐらいだよ。
‥‥‥あ、それなら君の妹はどうかな?
さっきの手合わせでわかった。
さすが君の妹だよ。あの剣は腕は本物だった。
彼女なら『ルーライト』にも興味ありそうだし」
ルークはシスティア・ソードディアスのことを話題に挙げると、スカーレットはやれやれと手を振った。
「私の決めることじゃないな。本人に聞いてくれ。
だが、今すぐ入隊させるのは待ってくれ」
「それは別にいいけど、何かあるのかな?」
ルークが問いかけると、スカーレットはニヤリと笑った。
「ああ、あの子の強さを引き上げる試練があるんでね」
「ふっ、君でもお姉さんをしてるんだ」
ルークは笑いながらそう言うと、彼女の隣を通り過ぎて医務室に向かう。
(これでシスティアの実力はわかっただろう?
あとは君次第だ、後輩くん?)
そしてスカーレットは今後の展開を想像して笑みを浮かべながら通路を歩いていった。