それで、収穫は?
結界の範囲外。
「ば、バカな‥‥‥あ、ありえない!!!」
地面に尻餅をついた切り傷だらけの上級魔族は目の前の金髪少女に恐怖していた。
「あまり時間が無いの。もうわかったでしょ?
どう足掻いても私には勝てないと」
そう言ったエリスは自分の剣についた魔族特有の青い血を振り払い、ジリジリと歩いて近寄る。
メリナはエリスの戦いぶり、そして彼女自身の強さに感嘆し、畏怖した。
最初は魔族が押しているように見えた。エリスは一切攻撃せず、魔族の爪を剣で受け続けていたからだ。
だが突然、エリスの速さが跳ね上がり相手を圧倒し始める。
相手の攻撃は剣で受け止めるどころか最小限の動きで避け、攻撃を繰り出す際の相手の隙を狙った的確に反撃する。
その一連の動きが止まることなく流れるように続き、そこから最善の手を引っ張り上げてくる。
エリスの【剣戟】は更に磨きがかかっていた。
さらに今のエリスはさっきの【魔戒】で魔力をかなり消費した状態で戦っている。そのハンデ込みで上級魔族を圧倒しているのだ。
(これが、代表に迫り寄る‥‥‥いや、
隣を歩くことを誓ったエリスの強さッ!)
「お、おのれっ!!!」
上級魔族は狙いを変え、メリナの後ろにいる1年生集団に襲いかかる。メリナが鞭を構えた時には目の前に迫っていた。
「ガッ‥‥‥」
だがメリナの目の前で魔族は顔を歪める。背中に回り込んだエリスに剣を突き立てられていたからだ。
「言ったでしょ? どう足掻いても私には勝てないと」
エリスは魔族の脇腹に蹴りをぶつけて横方向に飛ばし、体に刺さっていた剣を抜く。
そして魔族が地面に倒れた瞬間に薙ぎ払いでいとも容易く首を斬り落とした。
エリスの完全勝利に、誰も反応できずにいた。
「メリナ、2つの強い魔力反応がこっちに近づいてる。
おそらく『ルーライト』の誰か。
早くここから離れないと厄介なことになるわ」
「あ、うん‥‥‥」
エリスがメリナの手を掴むと、風魔法で空を飛び上がる。
ユリア率いる1年生集団はその場から足が動かなかった。
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『こちらエリス。メリナと共に戦線を離脱。
1年生に迫っていた魔物は処理したわ』
「さすがだな。2人ともお疲れ、また後で」
『ええ、あなたもね』
アイトは簡潔にエリスとの通信を終える。
「レスタく〜ん! ごめんね遅れちゃった!」
するとカンナが笑顔で手を振りながらアイトの元へやって来る。
「謝るなら反省した様子で言いなさいよ、この銀髪女」
「! ミア、いつの間に?」
いつも通りと言うべきか、ミアが背後から現れて驚くアイト。
「あの金髪女と連絡する前からいたよ〜♪」
「そ、そう」
「えへへ〜1人消したよ褒めて褒めて♡」
「う、うんさすがミアだな」
「〜〜♡♡♡」
「おいレスタ。あのハゲはどうしたんだ?」
ミアの頭を撫でていたアイトは、カイルに話しかけられる。ミアは夢心地でカイルの存在に気づいていない。
「わ、私見ましたよぉ!! 舞踏会にいた子ですよっ!
あんなターナみたいに小さくて可愛い子が、
ゴートゥーヘルの最高幹部なんですかぁ!!?」
「は? 口を慎め水色女」
「ひぃぃぃっ!!! やっぱミアが1番怖いっっ!!」
「お兄ちゃんが何の理由もなく逃すわけない。
たぶんその黒髪チビと同じくらいのチビ女が
離れた1年生集団を狙ったんでしょ。
お兄ちゃんは優しいからそれを阻止してる間に
チビ女は老害ハゲを連れて逃げた」
(‥‥‥ミアさん? もしかして全部見てたの??)
アイトが冷や汗をかいていると場を和ませるためか、突然ミストがこう言った。
「さ、さすがミアっっ!! め、名推理ぃぃ〜!!」
「は??? 呼び捨てすんなし」
「ヒッッ!? ごめんなさいミア様ぁぁ!!!」
結果はミストがただ涙目で謝っただけだったが。そんな彼女を見て、カンナは声を出して笑い始める。
「あははっ! ミストはいつも面白いねっ!」
「‥‥‥とりあえずここから離れるか。
オリバーにも連絡しておこう」
役目を終えたアイトたちはその場から離れていくのだった。
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「あ! ユリア! 怪我はない!?」
シロアの時空魔法により1年生集団と合流したマリアとシロアだが、2人が着いたころには周りに敵はいなかった。
マリアが話しかけると、ユリアはどこか心ここに在らずといった様子だった。
「は、はい‥‥‥」
「これ、どんな状況なの?
あっちは大量の魔物が外傷無しで死んでるし、
近くの首が斬られて死んでるのは上級魔族よ。
ねえ、いったいこれは誰がやったの?」
「そ、それは」
ユリアは返答に詰まっていた。正直に言うとアイトたちへの裏切りになるのではないかという理由もあった。
だが返答に詰まった1番の理由は、エリスの戦いに魅了されてその光景が頭から離れないからだった。
「‥‥‥(なでなで)」
「あ、あのシロアさん?」
「‥‥‥(なでなで)」
ユリアが言い淀むのは恐怖で声が出ないからだとシロアは勘違いしたのだ。必死にプルプル震えた爪先立ちの背伸びで、ユリアの頭に手を伸ばして撫で続ける。
「え‥‥‥? あっ」
だが自分より身長が低く、その上無表情で年上の彼女に頭を撫でられているユリアは、確実に戸惑っていた。
「ぼ、僕見ました! 金髪の女性が魔族と
大量の魔物を1人で討伐するところを!!」
ユリアの後ろに控えた1人の声が、さっきの光景を見た1年生たちに伝播していく。
「金髪女剣士! デビルスレイヤーっ!!」
誰かがそう言うと、1年生たちの大半が湧いた。
「! それって‥‥‥!!」
そんな中、金髪女剣士に心当たりがあるマリアは苦虫を噛んだかのように顔を歪めていた。
こうして謎の一味が謎の集団を押し退けたという噂が広がることになる。
後日この話題が学園に広まり、主に1年生の間で金髪ブームが到来したという。
噂の金髪少女は、無事に指名手配されることになった。
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『ゴートゥーヘル』本拠地。最高幹部室。
最高幹部『深淵』の一員しか入れない場所で、組織トップの総帥が顔を出す場所でもある。
「パナマ、その腕はどうしたの?」
並べられた席に座った赤髪の女性が左肩から包帯を巻いているパナマに話しかける。
その少女は最高幹部『深淵』第一席、ノエル・アヴァンス。
「‥‥‥それは」
「話題のレスタさんにやられたんですよ〜。
ウチ、ちゃんと見てましたから♪」
「僕も空間越しに見てた。格段に強くなってるね」
そう言うのはノエルの隣に座る、第二席のエレミヤ・アマド。
「っ‥‥‥黙れ」
「パナマさん、ウチとエレミんには
当たり強いですよね〜? 第五席のあなたが
第一席の前でそんな態度で大丈夫ですか?
ウチ、とっても心配です! 無い左腕も〜♪」
演技じみた声で言ったクロエは既にないパナマの左腕を片目でチラッと見る。それだけでパナマが額に青筋を立てるには充分だった。
「僕をそんな呼び方するクロエが言うのかい?」
「え〜ウチとエレミんの仲じゃないですかぁ〜♪」
「‥‥‥小僧どもが」
エレミヤとクロエが楽しく(?)会話を繰り広げると、それを見たパナマが苦しそうに歯を噛み締める。その空気を破ったのは、第一席のノエルだった。
「静寂に。総帥の指令により、本日の会議では
私が決定権を持ちます。それで、収穫は?」
「パナマさん、言わないんです?
言わないならウチが言いますけど?」
「‥‥‥当初の目的通り、吸収した一年生たちの魔力を
全てこの魔結晶に集結させた」
パナマは目を逸らしながら懐の魔結晶を机に置く。
「パナマ、ご苦労様。その結晶は私が預かります。
あとはリッタが上手く使ってくれるでしょう。
それと例の件、あなたは賛成でよろしいですか?」
「賛成に決まってるじゃろ」
パナマが吐き捨てるように言うと、ノエルは目を瞑り、まるで諭すようにこう言った。
「わかりました。もう下がって結構ですよ」
「‥‥‥失礼する」
第五席のパナマは総帥がいない場で気が合わない3人と話す時間が無駄と感じ、すぐに出て行った。
「パナマさんは賛成ですか。それじゃウチも賛成で」
「クロエ、何故だい?」
手を振って賛成を述べたクロエに対し、エレミヤが口を挟む。
「そんなの、面白そうだからですよ!
もしかして、エレミんは反対です?」
「反対だよ。もし賛成多数で計画を実行しても
僕は一切加担しない。責任も一切取らないよ」
「え〜。エレミんも一緒に参加しましょうよ〜」
「背後から首に巻きつくのやめてもらえるかな?」
クロエがエレミヤにウザ絡みを始めた所で、ノエルがわざとらしい咳払いをする。すると2人は彼女の方に視線が向いた。
「エレミヤ。残念ながら賛成多数よ。
そして何より総帥が計画を立てたの。
第二席のあなたが参加しないわけには
いかないでしょ? それにもし断れば、
あの子と同じ処罰を受けることになるわ」
「‥‥‥わかったよ。それなら僕は、独断で行動する。
ノエル、それでいいかな?」
自分より序列の高いノエルの説得に、エレミヤは従わざるを得ない。本人はかなり気乗りしていなかったが。
「仕方ないわね。一応私から総帥に伝えておくわ」
「あの〜ノエルん? 第四席と第六席が
いないんですけど〜? 賛成多数なんですかね」
クロエがエレミヤから離れて自分の席にドカッと座る。
クロエの指摘通り、総帥、パナマの席は空いているがそれとは別にもう2つ席が空いていた。
「リッタの意見は既に聞いてるわ。賛成よ」
「あの臆病ちゃんは?」
「あの子は今、会議への参加権が無いでしょう?
だから今回の会議にも参加できないわ」
「ああ〜なるほど。あの臆病ちゃん、
そろそろ仕事しないとヤバいんじゃないですかあ?
総帥のお気に入りだからって調子乗ってますね〜。
でもついに、昨日から謹慎処分を受けてるとか。
次の任務には出れないんですね〜かわいそうに♪」
「今はその話は関係ないでしょ?
それはあの子の自業自得よ」
ノエルがはっきりとそう言い捨てるとクロエが「うえ〜ん、こわ〜い♪」といった具合に両手で自分の身体を抱き締める。
当然嘘であるため、ノエルはそれを無視して話を続ける。
「これで私が票を投じる前の時点で
賛成3票、反対1票、無効1票。決まりよ」
「ということは過半数が賛成ですね!
エレミん、ドンマイで〜す♪」
「‥‥‥はあ〜。本当に僕は協力しないからね」
「総帥に怒られても知りませんよ?
ま、エレミんなら怒られないかあ」
クロエが頬杖をついてため息を漏らす。
「あ、ちなみにノエルんはどっちなんです〜?」
だがクロエはすぐにニヤニヤしながら話しかけた。
「すでに賛成多数だから言う必要はないわ」
するとノエルがはっきりと言い捨てる。エレミヤは何も言わず、クロエは少し不満そうだった。
「え〜別に言ってもいいじゃないですかぁ。
もしかして、選ぶ度胸が無いとか♪」
「クロエ、そこまでだ」
エレミヤの忠告を、クロエは聞かない。
「ノエルんって〜どこか判断に欠けるというかぁ、
優柔不断な所ありますよねぇ?
ウチ、そういう人間味溢れる所大好きなんでーーー」
「‥‥‥聞こえなかったの?」
クロエが挑発を突然やめる。部屋全体が揺れ、身体が重く感じるエレミヤとクロエ。
「! わ、わかりましたぁ」
さすがのクロエもこれ以上の追求しても答えは得られないとと悟り、口を閉じた。
微妙な空気が流れ始める。そんな中ノエルが再度咳払いをした後、話し始める。
「エレミヤ、クロエ。総帥からの命令よ。
私たち3人は計画を詳しく知っておいて欲しいと。
だからこれから総帥へ謁見に行くわ」
そう言ってノエルが席を立つと、後の2人もそれに続く。クロエは「は〜い♪」と微笑み、エレミヤはため息をついていた。
「はあ〜‥‥‥会いたくないね」
「エレミん、総帥のお気に入りなのに
なんですかその態度は。贅沢ですね〜。
ウチは総帥に報告することがあるので
ちょうどいい機会です」
「それじゃあ行くわよ」
「え〜と、一応計画の概要だけ今教えてください」
ノエルは2人の前を歩きながら概要を口にする。それは常人には到底受け入れられない内容だった。
「グロッサ王国の崩壊よ」