怖くもなんともない
結界内。
ミストVSゴートゥーヘル構成員、覆面なし(幹部候補生)。
「ひえぇぇぇっっ!!!」
ミストは短剣を持った1人に間合いを詰められ、弓ではなく短剣を取り出す。
相手はフードで顔を隠してるが、ミストは女性だと判断する。そして自分と同業であることもすぐに気づいた。
「怖いですぅぅっ!! 近づかないでぇぇぇぃぃ!!」
無口な相手と対照的に叫びまくるミストは態度とは裏腹に相手の攻撃を冷静に捌く。心が体に全く追いついていなかった。
相手の突きを避けた瞬間に相手の伸びた腕を自分の脇に挟むようにして掴み、投げようとする。
「ひぇぇぇ!!!!」
だが相手も負けじとミストに足払いをかける。足をかけられた瞬間にミストは相手の腕を離し両手を地面につけた後、両足を地面に下ろして着地。
その間に相手はミストから距離を取っていた。
すかさずミストは相手との距離を詰め攻撃に移る。そのまま均衡状態が続き、お互い焦りを感じ始めた頃。
ミストが突きを放った瞬間の伸びた右腕を狙われる。ミストがした時のように相手に掴まれたのだ。
「やめてくださぃぃぃぃ!!!!」
そしてミストの場合は本当に投げられた。背中が地面に激突し、激痛が走る。地面に倒れた隙だらけのミストに相手が短剣を振りかぶる。
「!!」
だが相手はミストに振りかぶるよりも先に真上を見上げる。相手の頭上には、ミストの短剣が迫っていた。
ミストは相手に投げられる直前、相手が自分の腕に目線が届いてない瞬間を確認し、自分が投げ飛ばされた後の相手の位置を計算して短剣を相手の頭上に来るように放り投げたのだ。
すかさず相手は頭上に迫り来る短剣を弾き飛ばす。そしてミストに視線を戻した瞬間。
ミストが隠し持っていたミニクロスボウの矢が、首に刺さっていた。最初からミストの本命はミニクロスボウだったのだ。
「っ‥‥‥」
相手は何も言葉を発さず、そのまま息を引き取った。ミストは元暗殺者であり、戦いの組み立ての上手さと対応力は目を見張るものがあった。
「や、やりましたぁぁぁぁぁ!!!!!」
そして元暗殺者らしからぬ大声を上げ、自分の勝ちを喜んだ。
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ミアVSゴートゥーヘル構成員、覆面なし(幹部候補生)。
「チョコマカと、ウザいッ!!」
ミアが【ムラサキ】で呪力を飛ばすも、相手には当たらない。完全に相手のペースだった。相手には武闘の心得があった。
「っ‥‥‥!!」
迫り来る相手の蹴りをなんとか右腕でガードするも、ミアはそのまま吹き飛ばされる。
ミアは黄昏のメンバーの中で、身体能力が最下位である。めんどくざかりなアクアよりも運動は苦手(と言うより実はむしろ上位)。
そして相手は主に体術を扱う女。相性が悪すぎた。
その後も一方的に相手の攻撃を受け続けた。ミアの呪力は一度も当たっていない。
「本当にウザいッ!!」
蹴りを防いで距離をとったミアは全身に黒い瘴気を纏い、両手を地面につける。
「【クロ】ッッ!!」
両手から地面に黒い影が広がり、広範囲にまで及ぶ。
地面の養分を吸収して咲いた黒い花たちがカタカタと音を立てながら小刻みに動き、どんどん成長していく。
相手はすでに範囲外に退避していた。
だがミアはそんなことを気にも止めずにその状態を維持し、自分は【シロ】で翼を作り、真上に飛ぶ。
「【ムラサキ】!」
そして空に浮いたまま相手に呪力を飛ばしまくる。相手とは距離があるため【ムラサキ】は当たらないが、一方的に攻撃はできている。
相手が痺れを切らし、火属性魔法で火の玉を飛ばすもミアには当たらない。その光景がしばらく続く。だが、身体能力の低いミアの方が押されていた。
ミアは空を飛んで相手に近づこうとする。
「きゃっ!」
だが火の玉がミアに当たり、そのまま空から落下し始める。
相手はチャンスだと思い、真上に落ちてくるミアにタイミングを合わせて跳躍する。
そしてミアの脇腹に渾身のパンチが炸裂した。
「!?」
だが拳がめり込んだ場所は、白い呪力で覆われていた。
「‥‥‥♪」
ミアは、笑っていた。
「【シロ】」
「!!」
ミアの白い呪力が相手の全身を拘束した。相手は必死に振り解こうとするが、全く剥がれない。
ミアはあえて火の玉に当たって落ちることで、相手が攻撃してくるタイミングを誘っていた。わざと隙を見せたのだ。
いくら自分より速くても攻撃してくるタイミングがわかっていれば、対応することは不可能ではない。それを理解していたからミアは一芝居うった。
「好き勝手、やってくれちゃって。ほんとウザイ。
は〜、さっさと死んでくれないかな?」
そう言ったミアは【シロ】で拘束した相手と共に、黒い花が咲き誇る地面まで移動する。黒い花たちは準備万端と言ってるようにカタカタと動き続ける。まるで喜んでいるかのようだった。
「特等席で、ミアの花を見せてあげる。
綺麗な光景を見れた直後に死ねるなんて最高でしょ?
ほら、ミアって優しいから。感謝してね〜♪」
「は、離せっっ!!!」
「命乞い? ははっ、ダッサ」
初めて声を出した相手にミアは蔑んだ視線を向けた。
そしてミアは【シロ】で拘束した相手を地面に捨てる。すると黒い花たちが一斉に地面に倒れた動けない相手の方を向く。
心なしか、花たちはカタカタと耳障りな音を立てて喜んでいるように見える。
「ひぃ‥‥‥!!」
「じゃ、上から見ててあげるから、綺麗に散ってね〜♪」
ミアは真上に飛び上がり、両手を握り締めて唱える。
「【百花繚乱】」
ミアは、串刺しになっていく女を眺めていた。
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カイルVSゴートゥーヘル構成員、覆面なし(パナマの部下)。
「あれ、なんか普段より痛えぞ!? やるなお前!!
こりゃあ、ライバルって奴だなッ!!!」
カイルは相手の魔法を受けながら賞賛していた。本当は魔力吸収の結界内にいるせいで体内の魔力が無くなっているからだが、そんなことには全く気づいていない。
そもそも、アイトが連絡の際に行った説明を全く理解していなかったのである。
「!! コイツ、何で効いてないんだ!?」
相手の男は驚きの声を上げる。カイルはほとんどダメージを受けていなかった。
カイルの特異体質は生まれた時からずっと続いてきたことで、これまでの分の魔力が全身をコーティングしていた。今は魔力が無くなっている分耐性は下がっているが、元が高すぎる。
すでに現在のカイルの魔法耐性は、並の魔法なら擦り傷すら与えられないほどであった。
「よしっ! やるぜぇ!!!」
カイルは男に猛突進し、そのまま頭で突進する。
「グォォェェッッ」
男の腹にカイルの頭(特に2本の角)がめり込み、激痛で呻き声を上げる。
「ウォラッ!!」
その直後にカイルは頭を下げ、代わりに腕を使ったラリアット。男が悲鳴を上げる間も無く地面に叩きつけられる。
「まだまだ行くぜェェ!!! 俺のライバルッ!!」
カイルは地面に倒れた男に目にも止まらぬ拳の雨を降らせる。男はすでに、ラリアットを受けた時点で意識が無かった。
そして拳の雨が止んだ頃には、男は息をしていなかった。
「あれっ!? ライバルじゃなかったのかよッッ!?
立て!!! 立ってくれ!! 頼む立てッッ!!
起きろ〜〜!!! オイッッ!!!」
自分が仕留めたにも関わらず、死んだ男の両肩を揺らし、起こそうとするカイル。その光景が約5分は続いた。
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カンナVSゴートゥーヘル、末端の幹部。
「うにゃぁ!」
カンナは顔を布で隠した女の攻撃に四苦八苦。
カンナの『無色眼』のコピーは眼の力を使うため魔力を消費しない。そのため結界内にいても影響は無い。
だがコピーは使うごとに瞳が徐々に曇り視界が悪くなっていく。さらに自分の体に合っていない技をコピーすると体に凄まじい負荷がかかる。何も考えずに乱発はできない。
コピーというカンナの切り札は、諸刃の剣。
そして今は魔法が使えない。加速魔法や硬化魔法で身体強化はできないし、【血液凝固】は使用すると身体に負荷がかかる。
そのためカンナは現在、攻め手に欠けていた。
ヘアゴムをショートソードの形に変えて女の剣に対応するがジリ貧。カンナは徐々に追い詰められていく。
「いたぁ!!」
ついに相手の剣がカンナの左肩を掠める。掠めた箇所から血が溢れ出す。
「うにゃあ!!」
相手の掴みに反応できず腕を掴まれたカンナはそのまま地面に投げ飛ばされる。
「あ、これヤッバッ!」
相手の剣がカンナに振り下ろされる。
「グァッ‥‥‥」
しかしその前に相手が振り絞ったような声を漏らし、突然後ろに倒れる。相手は血を流しそのままピクリともしなくなった。
「ありっ?」
不思議に思ったカンナは相手の状態を確認すると、血が溢れ出てくる箇所に穴が開いていた。
「あ! これって‥‥‥」
何かに気づいたカンナは周囲を見渡し手を振り、大声で叫ぶ。
「オリバー、ありがと〜!!!」
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「ふう、なんとか間に合った」
結界外でスナイパーライフルを構えたオリバーが息を漏らす。
今張られている結界は魔力吸収を主な効果としており、中と外への出入りは誰でもできるのだ。例えば、銃弾でも。
オリバーも今回招集されたメンバーだが、主に戦闘はせずに狙撃でアイトたちをサポートする役目を担っていた。
「ふふっ、相変わらずカンナは元気ですね」
【血液凝固】で強化した目で結界内を見ていると、カンナが笑顔で周囲に手を振っていることに気づいた。おそらく自分に感謝を伝えていることにも気づく。
(ミストはすでに相手に勝ってましたし、
カイルとミアは手助けすると怒りそうですからね。
それにあの2人はそう簡単には負けないでしょうし)
順調に白星を上げていく仲間を称賛しながらオリバーは様子を眺める。すると予想通り、カイルとミアは相手を始末していた。
「さ、あとはレスタさんをーーー」
オリバーはアイトを見つけ、そのまま様子を眺める。
「ッ‥‥‥!」
オリバーは絶句した。そして自分の仕事は既に終わったのだと悟った。
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『天帝』レスタVS最高幹部『深淵』第五席、パナマ。
「な、なんじゃコイツは!?」
今回の事件の首謀者、パナマは声を荒げる。
相手の剣に全く対応できず、防御に集中しても致命傷を避けるのが精一杯だった。
力強い剣、と思った途端に流暢な剣。次々に剣の型を変える銀髪仮面の男に恐怖していた。
「‥‥‥」
アイトは何も言葉を発さないまま攻撃を続ける。油断は一切していない。
アイトはアーシャの修行で多くのことを学んだ。
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夏休みの間(アーシャの力により、修行を始めて体感3ヶ月)。
アーシャとの修行風景。
「ちょっ、まっ!! やめっ!!」
アーシャの木剣を必死に対応するが、全てが後手に回っていた。無数の剣が容赦なく飛んでくる。そう感じた瞬間には重い剣撃に変わっていた。
「まず剣で戦う時は緩急をつけろ。
一定の速度で剣を振っていれば
相手にタイミングを読まれやすい。
だから、読まれないようにズラす。
こんな風に、なっっ!!」
肩を狙って振り下ろされた凄まじく重いアーシャの縦斬りを、アイトは剣でブロックしようと構えた瞬間、目に止まらない速さでアーシャの体が一周する。
そして縦斬りから切り替わった木剣の横薙ぎがアイトの腹にめり込む。
「グオエッッ」
獣のような声を上げたアイトは地面を転がる。
これがアーシャによる修行の一部である。
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アーシャとの修行で特に成長したのは魔法‥‥‥ではなく近接戦闘だった。
アイトはこれまで、近接戦闘で相手を圧倒したことは少ない。自分で作った魔法や【血液凝固】で身体強化をして誤魔化していただけ。
だがアーシャとの半年に及ぶ地獄の修行を経たアイトは純粋な力と技だけで戦う術を身に付けた。
そして今のアイトは戦闘中にいきなり恐れることはない。
(あの地獄に比べれば、怖くもなんともない)
アーシアと数え切れないくらい手合わせをした経験と比べるからである。
以前のアイトに最も足りなかったのは、実戦経験だったのだ。
「はぁっ‥‥‥?」
パナマが素っ頓狂な声を上げる。そして一瞬気が緩んだ。無理もない。
アイトが突然、戦闘中に自分の背後を気にしたように首を後ろに向けたからだ。
その直後、パナマは左腕を斬り落とされた。