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満点だ

 生徒2人が崖から落ちたことで、1年生のほとんどは完全に恐怖に支配されていた。


 泣き喚く者もいれば、絶望し何も言わない者もいる。


 だがその1年生の中で、例外がいた。


 (くっ‥‥‥ついに犠牲者が出てしまった。

  絶対に2人の犠牲は無駄にはしない。

  あの老人の隙を突く‥‥‥!) 


 1年Aクラス、ジェイク・ヴァルダン。


 (アイトならあの高さでも死なねえはずだ。

  今はこの状況を早くなんとかしねえと?

  くそっ! 魔力さえ戻れば暴れられるのによっ!!)


 1年Dクラス、ギルバート・カルス。


 (代表のことだ。何か考えがあるはず。

  焦るな。私は代表の合図を待つのみ‥‥‥!)


 1年Eクラスに潜入中、エルジュの精鋭部隊『黄昏トワイライト』No.10、『軍師』メリナ。


 (見事な落ちっぷりでしたっ! さすがアイトくん!

  この後に変装してわたしたちを助けてくれる!

  もちろんさっき一緒に落ちた人も助けてるはず!

  あんなに必死な演技をしてまで崖から落ちるなんて、

  用意周到ですね! 登場シーン、楽しみにしてます♪)


 1年Aクラス、グロッサ王国第二王女、ユリア・グロッサ。


 僅かながら、恐怖に囚われていない者たちは隙を伺っていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 一方、1年生たちが怖がる原因を作ってしまった2人は崖から真っ逆さまに落下していた。


 「ちょ!? こわっ!!」


 アイトは目まぐるしく景色が変わることに驚いていた。


 「あの子はどこだ!?」


 落ちた相手が気がかりになり、アイトは逆さの状態で周囲を見渡す。するとアヤメは少し先に落ちているのを発見した。


 「見つけたっ!!」


 アイトは風魔法を発動して落ちる方向と反対に風を飛ばし落下速度をますます高める。


 「とど、けっ!!!」


 アヤメとほとんど同じ位置になったアイトは右手で彼女の左腕を掴んで自分の方に引き寄せ、身体の前に持ってくる。


 だがアヤメを自分へ引き寄せた時点で地面との距離はもう僅かしかない。


 「おいっは!!」


 それに驚きつつも、アイトは咄嗟に変な声を上げながら左手で風魔法を発動。地面スレスレの位置で地面に向けて突風を起こす。


 「やべっ!!! 加減ミスった!!」


 だが威力がありすぎてまたも宙に投げ出される。だがアヤメの体は離さなかった。左腕を折り曲げてアヤメを抱き締める。


 今度は足が落下する先の地面へと向いていた。


 「よいっ!!」


 アイトはまたも変な声をあげながら落ちる地点の近くにあった木の枝を右手で掴む。ここでようやく落下が止まった。


 「危なかった〜! 死ぬわっ!!」


 悪態を吐きながらも枝を離して地面に着地する。次にアヤメを地面に下ろし、話しかける。


        「あの、大丈夫っ? ‥‥‥あ」


       アヤメの意識はすでになかった。




 「みんな、聞こえるか」


 アイトは意識の無いアヤメを地面に寝かせると、魔結晶を使って黄昏トワイライトの全員に連絡をとり始めた。


 『どうしたの?』

 『お兄ちゃ〜ん♡』


 エリスとミアがほぼ同時に返事をする。その後にメリナを除いた他のメンバーから反応があった。


 「緊急事態だ。練習場が占拠された。

  助けに行くが、魔力吸収の結界を張られてる。

  メリナも今結界内にいて動きづらい。

  一刻も早く1年生たちを助けないとーーー」


 アイトが事情を話した後、今回招集されるメンバーが決まった。


 (さあ‥‥‥迅速に対応しないとな)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「貴様がっ、ユリア王女じゃの?」


 「は、はい。そうですが、何か」


 練習場付近。今もゴートゥーヘルの一派に占拠されていた。


 「そうかそうか! 貴様があのユリア王女か!」


 パナマがニタリと笑ってユリアに近づいていく。


 「抵抗、するんじゃないぞっ?

  抵抗すれば多くの者が死ぬことになるぞ」


 「‥‥‥!!」


 ユリアは目を細めた後、ゆっくり目を閉じる。必死に、崖から落ちていった少年のことを考えていた。


 (アイトくん、まだですか‥‥‥!?)


 心の中でアイトに助けを求める。だが誰も現れる気配がない。


 だが、パナマがユリアの腕を掴もうとした瞬間。


 「ほげぇっ!?」


 パナマが突然後方に吹き飛んでいく。誰かがパナマを蹴り飛ばしたのだ。


 「な、なんじゃ!?」


 パナマの視界に入ったのはユリアの前に立つ1人の男。


 「ユリアさん! 今のうちに避難を!」


 「あ、あなたはっ!?」


 動いたのは1年Aクラス、ジェイク・ヴァルダン。誰もが彼に注目し、視線が集まる。


 「なんじゃ貴様はっ!? おいっ、あいつを殺せ!!」


 パナマの指示を聞いた覆面たちがジェイクに襲いかかる。魔力がほとんど残っていないジェイクにとって大人数を捌くのは至難の業。


 「はあっ!!」


 だが飛びかかった覆面の数人が突然の鞭の薙ぎ払いによって吹き飛ばされる。


 「! 君はっ‥‥‥?」


 「そんなこと、今聞くのは野暮だね」


 「‥‥‥そうだな。誰か知らないが助太刀、感謝する」


 ジェイクの隣に立ったのはメリナだった。


 先ほどのジェイクの登場に皆が目を奪われている間に魔結晶をベルトの窪みにはめ、特殊戦闘服の装備に成功したのだ。


 三つ編みを外した長い茶髪。野暮ったいメガネも外し、大人の魅力に溢れていた。


 こんな危機的状況にも関わらず、多くの男子生徒が彼女から目が離せなかった。


 「ユリアさん。ここは僕と彼女で時間を稼ぐ。

  そのうちに皆を安全な場所へ、早く!」


 「はいっ!! 気を付けてください!!」


 ジェイクがそう言うとユリアは即座に1年生を誘導し始める。


 (あの方の服、仮面状態のアイトくんが着ていたものと

  同じです! やっぱり助けに来てくれたんですね!)


 ユリアがメリナに視線を合わせて頭を下げる。メリナはそれに気づいて頷くと、息を吐いて鞭を構え直した。


 (ごめん代表、合図を待てなかった。

  でもユリア王女の顔を見ればわかる。

  代表はきっとこれが正しいと言ってくれる!)


 フッと笑うメリナ。それを見たパナマが癪に障ったのか怒声を上げる。


 「な、なんなんだお前たちはっ!!

  この人数差で勝てると思ってるのか!?

  お前たち、かかれっ、かかれぇ!!!」


 命令されて襲いかかった大量の覆面たち。


 ジェイクは腰を落として深く構え、メリナはパチンと鞭をしならせて深呼吸する。


 2人に襲いかかる覆面たちがーーー数秒で斬り刻まれた。


 「なっ!?」

 「えっ!?」


 ジェイクとメリナは思わず声を上げてしまう。視界の外から飛び込んできた第三者の剣が覆面たちを斬り伏せたからだ。


 その人物はホワイトブロンドの美しい髪。髪型はショートで背は平均より高く、整った顔立ちの美少女。


 少女は剣を振って血を落とし、ジェイクに淡々と語りかける。


 「ご苦労だったわお前たち。下がって結構よ」


 「お、おいっ! 何言ってるんだ君は!」


 ジェイクが手を掴もうとすると少女はパシッと振り払って睨みつける。


 「下がって結構と言っているの。邪魔。

  私の計画の邪魔しないでくれない??」


 (! この子‥‥‥まさか!!)


 ジェイクに対してキツく言い放った少女に、メリナは何か勘付いていた。


 「な、何を言っとるんじゃ!!

  こいつらを殺せっ!! 殺すんじゃ!!」


 パナマが指を差して大声を上げると、覆面集団が再度襲いかかる。少女は剣を構えて、高らかに宣言した。


 「私の名はシスティア・ソードディアス!

  死にたい人はさっさと全員かかって来なさい!!」


 覆面集団はメリナたち3人に襲いかかった。




 「くっ、はぁ、はぁ、待てっ!!」


 ジェイクが走り込んで生徒に近づく覆面に蹴りを入れる。かなり息が荒くなっていた。


 覆面たちが襲いかかってから、すでに15分が経過していた。


 「はぁ、はぁ、私は戦闘、得意じゃないん、だよ」


 メリナもジェイクと同様、息が上がっていた。


 恐怖に怯えて足取りが遅い生徒たちの避難を確認しながら、大量の覆面集団を相手にする。その両立を2人で実現させるのは至難の業だった。


 「雑魚ね。あ、弱いから一斉に襲いかかってくるのか」


 ただ1人の例外、システィア・ソードディアスを除いて。


 彼女は大量の覆面集団に1人で渡り合っている。だがそれは、彼女が同級生を守る気が無いからだ。


 そのため避難を始めた1年生は遠ざかった敵を深追いせず、ただ近くの敵を斬りつける彼女の戦いぶりを見ても安心できない。


 その不安が影響したのか。ユリアを含めた1年生たちは足取りが遅く、パナマたちからあまり距離を離せていなかった。


 その事実がメリナとジェイクに不安感を呼び寄せ、精神に負荷を与える。


 「ふんっ、使えない奴らめ。まあいい」


 パナマが自分の後ろに控えていた部下たちに号令をかける。ジェイクが口元についた血を手の甲で拭いながら声を漏らす。


 「くっそ‥‥‥次は覆面を被ってない。

  まさかさっきの奴らより手強いのか‥‥‥?

  ソードディアス、ミステリーガール!

  2人ともここが正念場だ! まだいけるかっ!?」


 「行けるか? 当たり前のことを聞くな。

  そんなの行きたくないに決まってる!

  でも、行くんだよっ!!」


 息を切らしたメリナが声を張って鞭をパチンと伸ばす。


 (代表は必ず来る!

  私はそれまで持ち堪えればいいだけ!

  それができなくて、何が『黄昏トワイライト』の一員だ!)


 メリナが目を見開いて歯を食いしばる。気合を入れ始めた彼女の近くで、システィアは「ん? まだいたのヴァルダンくん? いい加減逃げてくれない? 邪魔よ、死なれたらこっちが迷惑すんの」と目をギラつかせていた。


 「鬱陶しいやつらめ、よく足掻くのぉ〜。

  しかしこれ以上はいい加減しつこい。

  だから光栄に思え、ワシが相手してやる」


 「! しまっ」


 パナマがジェイクに一瞬で近づき、ナイフを振り下ろす。疲労感が募るジェイクは反応が遅れる。


            「っ‥‥‥!!」


 ジェイクにはナイフは当たらなかった。彼は地面に尻餅をついていた。突き飛ばされたのだ。


 ナイフは、彼を突き飛ばしたメリナの脇腹に刺さっていた。彼女の傷口から赤い液体が漏れ出す。


 「ミステリーガールっ!!」


 ジェイクが大声で叫ぶ。メリナは何かが喉に詰まったのか、「グフッ‥‥‥」と咳を漏らしていた。口から漏れたのは、血の塊だった。


 「おや。美人は後で美味しく頂こうかと思ったのにぃ。

  まあもう1人いるから我慢じゃなぁ」


 「は、キモ。救いようの無い変態ゴミ虫ジジイね」


 「それは言いすぎじゃろうが!?」


 システィアは蔑む視線でパナマを見下し、パナマは思わずツッコミを入れる。ジェイクは歯を食いしばり、腕をプルプル振るわせていた。


 「貴様ァッッ!!」


 ジェイクがすぐに立ち上がり殴りかかるがパナマは一瞬で後方に飛ぶ。その際にメリナの脇腹に刺さっていたナイフを抜いた。彼女の身体がフラリと崩れていく。


 「ミステリーガールっ!」


 ジェイクは急いでメリナの体を支えた。だが当然、地面に赤い液体が滲み、広がっていく。


 「なんで俺を助けた!?」


 「‥‥‥子どもに、理由なんて、わからないだろうなっ」


 「はっ‥‥‥? 子ども、だと?」


 「誰がっ、お前みたいな、正義の味方、

  気取りを助けるかっ。自分の、ためなんだよ。

  わかったか、このバーカっ‥‥‥」


 「おい、しっかりしろ!! おいっ!」


 ジェイクが大声で叫んでいると、近付いてきたシスティアが無遠慮にメリナの頬を両手で挟んだ。


 「ねえ、お前は生徒なの?」


 「はっ‥‥‥?」


 「生徒かって聞いてんの」


 意味不明な質問にメリナが素っ頓狂な声を漏らすと再度システィアが問いかける。


 「ち、ちがう‥‥‥」


 「そ、ならご苦労。よくこいつを守ってくれたわ」


 システィアは急に賛辞を送ってメリナの肩をポンと叩いた。褒めているとは思えない無機質な目で。


 「ソードディアス!! 何だ君の態度は!!」


 ジェイクは思わず声を荒げて怒っていた。耳を押さえるように手で声を遮ったシスティアがため息をつく。


 「だってこれ以上生徒が死んだら魔闘祭が中止に

  なるかもしれないでしょ。部外者なら死んでも

  関係ない。だからよくやったって言ったのよ」


 「そんなことを言って恥ずかしくないのか!?」


 「褒めたのに恥ずかしいってなによ?」


 ジェイクが声を荒げてシスティアと言い合っていると、蚊帳の外だったパナマが青筋を立てた。


 「どうでもいいことを言い争うんじゃない!!

  やれ!! もう、終わらせろ!!!」


 さっきの覆面集団よりも強い、パナマの部下たちが襲いかかる。


 すると突然、上空で破裂音と共に火花が散った。


 「は‥‥‥?」

 「えっ‥‥‥」


 その瞬間、システィア、ジェイクの順番で太ももに極細の針が刺さる。その直後に2人は意識を失った。刺した本人が、その場に立ち上がる。


 「ふぅ〜、この子たちなら避けるかもと思ったけど、

  案外油断してたらしいね。言い合ってたし助かった」


 「はっ? 一体、どういうことじゃ?」


 パナマは腹から血を流しているのに立ち上がる女性に驚いて身動きが取れない。



      「よく持ち堪えてくれた。満点だ」



 そして突然、メリナの前に特殊戦闘服を着た銀髪仮面が現れる。エルジュ代表『天帝』レスタこと、アイトである。



 「お待たせ〜! メリナの演技、痺れた〜!」


 「あれ演技!? クソッ、騙された!!」


 「は? いちいち紛らわしいことすんな」


 「メリナさん、怖い女ぁぁぁぁ!!!」



 それに続いて特殊戦闘服を着た4人が一斉に姿を見せた。


    現れたのはカンナ、カイル、ミア、ミスト。


 アイトは体の中心に集めた膨大な魔力の一部を瞬間的に手に集めることで魔法が使えた。ほとんど結界の影響を受けていないと言える。


 アイトが自分と4人に幻影魔法をかけ、今この時まで結界内に侵入し、機会を伺っていた。


 「迫真の演技だったでしょ? ま、今も痛いんだけど」


 メリナは脇腹を抑えて苦笑いを浮かべる。


 メリナは刺される瞬間に離れた体の1箇所に『血液凝固』を発動。『血液凝固』の性質上、発動した箇所に血液が集められるため、刺された場所に血液は普段よりも全然残っていなかった。『血液凝固』を性質をうまく利用したのだ。


 つまり今でも『血液凝固』を発動させ、傷口に血液が行かないようにしていた。


 赤い液体は、偽装用に持っていた血のり。システィア、ジェイクから見えない死角、腹を押さえた手とは逆の手で流したのだ。傷口からメリナ自身の血も少しは流れていたが。


 「やっぱり代表には見破られたか。でも満点なら良し」


 (え? 演技だったの!?)


 この空気でアイトはこの言葉を口にできないでいた。さっきの彼の発言通り、「よく持ち堪えてくれた、ありがとう」と言う意味で答えたのに全く別の解釈をされたのだ。


 「この状態は、あまり保たないなっ‥‥‥

  痛みで今にも、血液凝固を解除しちゃいそう」


 「あ、私に任せてっ! ーーー【ヒール】」


 カンナは見たことのあるユリアの治癒魔法をコピーし、メリナの脇腹に手をかざす。するとメリナの傷がどんどん塞がっていき、彼女の顔から苦悶の表情が消えた。


 「ありがと、これで戦える」


 「えへへっ、治せてよかった!」


 メリナは微笑んで鞭を構え直すと、カンナも笑顔で手首のヘアゴムを取って握った。


 「メリナ。ユリア王女たちの避難を

  サポートしてやってくれ。それにこの2人も連れて」


 だがアイトはメリナのやる気に水を差すかのように指示を出す。眠っているシスティア、ジェイクを連れて逃げろと言っているのだ。


 「え、でもーーー」


 「君にしかできない。頼む」


 アイトは食い下がろうとするメリナに先手を打つように念押しした。アイトの真剣な表情(仮面で口元以外見えてない)にメリナは触発される。


 「代表‥‥‥任せて!」


 メリナはシスティアとジェイクを両肩に抱えてアイトたちから離れた。けっこうな力持ちである。


 「みんな、さっさと終わらせるぞ」


 アイトが剣を構えると、4人は返事をして臨戦体勢を取った。


 結界内に駆けつけたこの4人が選ばれたのは、それぞれちゃんと理由があった。


 カンナのコピーは『無色眼』から来るものであるため魔力を使わない。そのため魔力吸収の結界は関係ない。


 カイルは魔力が体に流れる特異体質。今は魔力が外に出てしまっていてその体質が一時的になくなってるにも関わらずケロッとしていた。バカだから気づいていないのである。


 ミアは呪術師。そもそも魔力自体が身体に存在しない。


 ミストは元暗殺者。そのため魔力が0の状態でも戦えるように訓練されている。今もわざと魔力を全て使ってから入ってきた。


 「貴様らっ!! 最近邪魔してくる謎の集団か!?」


 「答える義理は無い。早くかかって来い」


 淡々と言い放つアイトに怒ったパナマは号令をかける。


 「こいつらを、殺せぇぇぇ!!!」


 パナマの怒声が響き渡った直後、アイトが敵2人を斬り伏せた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「‥‥‥んっ」


 少女は目を覚ますと、そこは医務室だった。


 「あ、目が覚めたのね!」


 医務室の先生が少女に気づいて話しかける。


 「あのっ、ここは‥‥‥」


 「学園の医務室よ。あなたをここに運んできてくれたの。

  それに血が出てたあなたの足をハンカチで止血まで」


 先生が持ってきたハンカチには血が付着していた。そして自分の足を確認すると、左足の太ももに包帯が巻かれていた。


 「‥‥‥まさかあんな遠くから、私をここまで‥‥‥?」


 少女は胸が痛くなった。ケガをしたわけではない。心臓が張り裂けそうなほどドキドキしていた。


 「あの! どんな人でしたか?」


 アヤメは崖から落ちたショックで落ちていた時、意識が朦朧としていた。そのため助けてくれた人が誰かわからない。


 『ーーー!! ーー!』


 声もぼんやりとしか聞こえていない。だが強く抱きしめられたことは覚えていて、その温もりが忘れられない。


 アヤメが胸に手を置いて目を瞑っていると、先生はう〜んと唸りながら彼女の質問に答え始めた。


 「5学年もいるから名前は知らないの。

  男子生徒だったんだけど」


 「そうですか‥‥‥」


 心臓がどこかに飛び出して行きそうなくらい動き、顔が赤くなる。助けてくれたのは1年生の黒髪の男の子。


 「あ! どうやって私を運んできましたか!?」


 「え、ええ? お姫様抱っこ(横抱き)だったけど、

  そんなに触られるのが嫌だったの?」


 「お姫様、抱っこ‥‥‥」


 「え、ええ」


 控えめに返事する先生を見た後、アヤメがその場から立ち上がる。


 「‥‥‥そうですか。ありがとうございました。

  今から練習場の状況を先生方に話してきます」


 「え、何がーーーってちょっと待ちなさいっ!」


 急に早歩きで向かうアヤメを先生は止められず、彼女はそのまま医務室から出ていくのだった。

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