作りたいんですっ
舞踏会から2日後の朝。
アイトは宿で自室の荷物をまとめながら、魔結晶で連絡を取っていた。
「オリバー、昨日は本当に大変だったな」
『ええ、話さなくてはいけないことが山ほどあります。
ですがとりあえず王国に戻ってからにしましょう』
「そうだな。もう帰ってるの?」
『既に公国を出ましたよ。ターナとミストも一緒です。
ですが‥‥‥ミストが少し元気がなくて』
「ん? ミストが? 大丈夫なのか?」
『そこで一つ。レスタさんの誉め殺しで
元気付けてあげてください』
オリバーがそう言った直後、魔結晶越しに鈍い音が何度も広がる。
「お、おい大丈夫か?」
『大丈夫ですぅ! 余計なお世話ですぅぅ!!』
「うえっ!?」
魔結晶からミストの絶叫が響き渡り、アイトは思わず耳を塞いだ。ミストがオリバーに襲いかかった光景が思い浮かぶ。
『れ、レスタさん‥‥‥冗談、ですよ‥‥‥』
(そんな疲れた声で言われても‥‥‥)
次に聞こえたオリバーの声は疲弊しきっていた。
「アイトぉ!! 準備できたぁ!?」
すると外側から扉を叩く音と女性の声。姉のマリアが扉をノックしているのだ。アイトは聞き取られないように小声で話す。
「悪いオリバー、また後で」
『はい‥‥‥続きは、王国で‥‥‥』
(大丈夫か???)
まるで遺言のような声が聞こえた後、魔結晶の接続が切れる。
アイトは急いで荷物を背負って扉を開けるのだった。
宿の外。
「さ、そろそろ出発するわよ!」
(頑丈すぎない??)
マリアは昨晩、ゴートゥーヘルの構成員に腹を刺されて重傷。ほかにも多くの切り傷があったはずだった。
なのにもう普通に外を歩いている。アイトがツッコむのも無理はなかった。ステラは何も言わずマリアの方を見て微笑んでいる。
「あ、迎えが来ましたよ〜」
マリアの発言通り、行きの馬車が到着した。
「さっ、帰るわよー!! 公欠だからって
学園をずっと休むわけにはいかないし!」
(そういえば10日くらい休んでたっけ‥‥‥トホホ)
深いため息をついている間に、ステラとマリアは馬車に乗り込んでいた。
「アイトー! 早くしなさい〜!!」
アイトは急いで乗り込むと、すぐに馬車が走り出す。
「はぁ〜、なんか舞踏会に出たって気がしないわね」
(そりゃそうだわ)
すぐに会場に出て重傷を負ったマリア、拉致されたステラ、そして暗躍のために右往左往したアイト。
舞踏会に参加したと言っていいとは思えない。
「今回は、本当に残念でしたね‥‥‥」
「三大貴族の二つが総崩れになったこと?
仕方ないでしょ。悪巧みしてたのは両当主だったし、
その2人が死んでた以上もう終わりよ」
ヴァルヴァロッサ家とルルツ家の爵位剥奪。家名は完全に潰えたのだ。
「でも、ネコさんは可哀想ですよね‥‥‥」
ステラの発言にマリアは何も言えない。ネコ・ヴァルヴァロッサがいなくなったのは昨日。すでに公国にはいないという噂も広がっていた。
「また会いたいわね」
「そうですね‥‥‥」
アイトは人形のように動かないでいたが、この重苦しい空気を変えたくなり、重い口を開いた。
「そ、そういえばステラ王女、話があるってーーー」
「そうでしたっ! 今ここで話しますねっ」
アイトはステラの勢いに気圧されてしまいすぐに口を閉じて彼女の話を待つ。マリアも同じだった。
「この話は絶対に口外しないでもらえますか‥‥‥?」
不安そうなステラを見て、マリアは「もちろんよ」と頷く。続いてアイトも頷くが何か違和感があった。
(口外しちゃダメ? ‥‥‥ん?)
アイトが気づいた時には、もう遅かった。ステラが真剣な表情で口を開く。
「実はーーーー」
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一方その頃、グロッサ王国内、王都南地区、『マーズメルティ』。
銀髪ツインテ少女ことエルジュ精鋭部隊『黄昏』No.3、カンナは笑顔でモップ掃除をしていた。
「エリス〜! ねえ聞いた!? 聞いた!?」
一緒に掃除していたのは『黄昏』No.1、エリス。
「ええ。さっきオリバーから聞いたわ。さすがアイね」
「ホントだよ〜! まさかミルドステア公国で
ターナたちを助けてるんだから驚いたよ〜!」
「公国内で構成員が襲われる事件の元凶を絶ったし、
A級魔道具の悪用を防いだ。
それも私たちが知るよりも早く」
「さっすがレスタくん、だよねっ!!」
「ふふっ、そうね」
エリスとカンナはご機嫌でモップ掃除をしていると、更衣室から飛び出してきた少女が1人。
「それでお兄ちゃんいつ帰ってくるの〜?
早く会いたいよぉ〜早く‥‥‥でへっ、えへへへ♡」
『黄昏』No.6、ミアは下品といって差し支えない笑い声を上げる。何か妄想をしていることを悟ったエリスたちは話しかけなかった。
両手を頬において立ち尽くしているミアの隣をくぐり抜けて出てきたのは、『黄昏』No.8に就く紫髪の無表情少女。迷彩柄のメイド服が小柄な身体に似合っている。
「レーくん、いつ? いつここ?」
「あ、リゼッタは今来たばかりで知らないよね!
ええっとね、確か、う〜んと、えーと、その〜」
カンナの唸りは5秒続いた。それを切り裂くようにエリスが答えを述べる。
「約1週間後よ」
「そう! 1週間後だよ!」
「あり」
エリスに便乗したくせにドヤるカンナと素直に感謝するリゼッタ。
「ゔぁ〜‥‥‥う〜ん」
謎の呻き声が響き渡ると、妄想世界へトリップしていたミアが顔を赤くして大声を上げる。
「青髪女っ!! はやく働けっ!!!
この前ギルドで金稼いだ来たからって
あんまり調子乗んな!!」
「ん〜? うるさ〜」
暴走少女ミアにも全く臆さず文句を漏らしたのは『黄昏』No.4、アクア。下手すると『黄昏』で1番の問題児である。
「ミア、こわ、こわこわ」
アクアとミアのやりとりはまさに爆弾の投げ合い。素直で優しいリゼッタはその嫌悪な空気に震え出す。
「リゼッタ落ち着いて!? どう、どうどう〜!」
「どう、どうどう」
カンナはリゼッタを背後から抱き締めると、リゼッタは反芻した。
「さ、みんな集まったわね。アイが帰ってくる頃には
グロッサ王立学園最大行事、『魔闘祭』はすぐよ。
彼もそれに間に合うように公国の騒ぎを素早く
沈静化したんだわ。私たちはそれに応えないと。
すでに他メンバーにも召集をかけてるわ」
「え! じゃあ黄昏全員揃うってことっ!?
やった〜! 滅多にないもん!」
カンナが両手を上げてバンザイし始める。
「やたやた」
隣にいたリゼッタもそれに釣られて無表情のままバンザイしていた。
「そのくらい次の任務は重要よ。
みんな、気を引き締めていきましょう」
「ラジャ〜!」
「zzz」
「あんたが仕切んな!!」
「ぅおー」
4人の掛け声はそれぞれ我が強く、バラバラだった。
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同時刻、とある道中。
ターナ、オリバー、ミストの3人は迅速にグロッサ王国へ足を進ませていた。
「あなたの方から接触してくれるとは
思ってませんでした。手間が省けてよかったです」
オリバーが微笑み、相手の名前を呼ぶ。
「ーーーーネコ・ヴァルヴァロッサさん」
行方不明となっている、少女の名を。
彼女と接触したのは昨日の夕方。
ターナ、オリバー、ミストがミルドステア公国の検問所を商人証明証(偽装)で通過し、公国外に出た際である。
「! ま、待ってください!」
オリバーは三つ編みでメガネをかけた少女に腕を掴まれる。ターナとミストは各々隠し持っている暗器に手を置き、警戒心を強めた。
「えっと、どちら様でしょうか?」
オリバーは笑顔で話しかけつつも、逆手で服の間に隠している銃に手を伸ばしていた。
「ぶ、不躾なのはわかってます。
でも、私にはもうあなたしか‥‥‥
あなたしか頼れる人がいないんですっ」
少女は小声で必死にオリバーを腕を掴む。
そこでオリバーは彼女の髪色、声、態度から逆算し、相手の正体に気づいたのだ。
「まさか、ネコさんですか」
「! は、はいっ。ネコです」
ネコは安堵しきった声でオリバーの手をぎゅっと握った。彼女の顔はどこかやつれている。目の下にクマができていて、目も赤い。
それに気づいたオリバーは、優しく微笑む。
「‥‥‥ついてきてください。話を伺います」
「は、はいっ」
オリバーがそう言ってネコの手を引っ張ったまま歩き始めると、ターナとミストは暗器から手を離して後に続く。
街道を歩く最中に、ネコは自分に起こった話を始めた。
2日前、舞踏会終わりに屋敷に戻ると、父のバルバ・ヴァルヴァロッサが殺されていたこと。
兄のボルボは舞踏会最中の発言により、父の殺害に関与したと確信したこと。
そして翌日にはバルバが危険指定されたA級魔道具を闇取引で買収していたことが露見。その責任を問われて爵位は返上、ボルボは行方知らず。
そんな衝撃的な出来事が連鎖して起こり、屋敷内で泣き疲れていると他の貴族が自分を買い取ると押しかけてきて咄嗟に逃げ出し、今に至るという。
(ある程度彼女の身に起こったことは予想してたが、
改めて聞くと可哀想ですね‥‥‥彼女は何も悪くない)
「私にも、何が何だか分からなくてっ‥‥‥!!」
これまでの経緯を話したネコは涙を流して嗚咽を漏らしていた。ターナとミストは何も言わずに彼女の隣を歩いている。
何も言わないというより何も言うことがないのだった。
「ネコさん、僕たちに用というのはなんですか?」
オリバーは一見冷たく聞こえるような質問をする。彼女の悲しみに共感や同情は一切しない。彼も元貴族として、そんな理不尽なことを数多く経験したからだ。
ネコは手の甲で涙を拭き、オリバーの顔を見つめる。
「あなたたちに同行させてください」
彼女の声にターナは目を細め、ミストは声を出さずに慌てだす。
「ネコさん、僕たちのことを知ってるんですか」
「いえ、あなたの名前すら知りません。
後ろの女性2人は正直ほぼ初対面です」
「それでよくついていこうとできますね」
オリバーは正直、彼女の扱いに困っていた。爵位を失っても三大貴族の令嬢。利用価値が高いが故に手に余る。
そして舞踏会で力を合わせたオリバーは知っている。彼女はとても聡く、意志が強いことを。
そんな彼女がなぜ自分たちについていきたいのか。その理由によってはーーーここで始末しようと考えていた。
ネコは、ゆっくりと口を開く。オリバーの目を見つめて。
「ーーーあなたのようになりたいんです」
それだけ。ネコが述べたのはそれだけだった。そう言ったネコはオリバーの笑顔、演技、銃の腕前を思い出していた。
ちなみに、スカーレットにボコられていた記憶は都合よく思い出していない。
(ーーーこの目は、嘘じゃないですね)
オリバーはフッと笑うと、彼女に手を差し出した。
「僕が推薦します。あなたの加入をね」
オリバーは笑っていた。それは今まで何度もしてきた作り笑いではない、本当の笑顔。
(数年前の僕も、こんな感じだったんでしょうねーー)
オリバーは思い出していたのだ。エリスに助けられ、彼女のように強くなりたいと彼女本人に懇願したことを。
「あ、ありがとうございますっ」
ネコは涙を溜めて頭を下げる。ミストは笑顔でネコの手をブンブン振り、ターナは視線を逸らしていた。
「でも、訓練は控えめに言って地獄ですよ?
完全な実力主義、貴族なんて肩書きはーーー」
「あ、私養子なので貴族の生まれではないです」
手の平を前に出して続きを中断させるネコ。予想外の反応にオリバーはピキッと固まってしまった。
こうして不穏な空気感の中、ネコはエルジュへ加入した。
(この長い説明は、帰ってからすればいいですね)
オリバーは彼女の経緯と加入をレスタ(アイト)に伝えるのは後回しにした。
「そういえば、さっきの連絡相手は誰なんですかっ?」
そう言って隣を歩くネコは完全に彼に懐いていた。肩が触れあうくらい距離が近く、視線をずっと合わせている。もし尻尾がついていればブンブン振っているだろう。
ターナはやれやれと首をふり、ミストは苦笑いを浮かべていた。
オリバーは普段と同じ態度で彼女の質問に答えた。
「僕たちのトップ、組織の代表ですよ」
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一方、みんなが慕うエルジュ代表『天帝』レスタこと、アイトはーーー。
「実はーーーレスタ探しの部隊を作りたいんですっ」
(‥‥‥はっ???)
ステラの発言を聞いて、アイトは直感で彼女の考えている答えに辿り着く。合っているかはわからない。
(無礼を働いたから!? タメ口だったから!?
胸ぐら掴んだから!? 捕らえて処刑すると!?)
アイトが身の危険に意識が持っていかれている間に、どんどん話は進んでいく。
「え!? どういうことステラ!?
これまで私が奴らの話をしても愛想笑いばかり
してたあなたが! ーーーまさか今回も奴らが!?」
微妙に失礼な発言をしたマリアだが、ステラは全く気付いていない。
「違います! 彼らは全く見てないです!
ですが今回、裏で暗躍していた人たちの
存在を知って、王国にずっと潜伏している
レスタさ‥‥‥レスタの一味を放ってはおけないと
強く実感したんです。国を統治する王族として」
そう言ったステラの目は、なぜか少し顔を赤らめた。
(嘘だ!! 恥ずかしそうにして本性隠してるな!?
捕まえたら処刑する気だろ!? 王族として!!)
アイトが戦慄している中、マリアはーーー感銘を受けていた。突然ステラの手を握りしめる。
「ステラ‥‥‥! その気持ち、尊重するわ!
私もその部隊に入る!
あのクソ仮面野郎、そして金髪女をとっ捕まえて
嬲り殺しにしてやるわ!!」
(怖っ!? 冗談に聞こえないんですがっ!?)
マリアの発言には素直にドン引きするアイト。
「あ、あの別に命を奪うとか考えてはーーー」
マリアも冷や汗を流して必死に訂正を図る。まるで自分の目的を達成できないといわんばかりに。
「あ、そうね。奴らの目的と情報を聞いてから
ルーク先輩に相談しないとね、殺すのはそれからよ」
「そこじゃないんですけど‥‥‥そ、そうですよ。
これでさっきよりは少し近づいた‥‥‥」
(少し近づいた!? 有益な情報を得るだけ得てから
俺を処刑する気か!? グロッサ王族怖えぇぇ!?)
ステラが小声で呟くとマリアは聞き取れなかったのか首を傾げる。アイトは聞こえているようで、ある意味全く聞こえていない。
「ん? 何か言った?」
「何でもないです、気にしないでください〜」
ステラはゆったりと微笑んで必死に誤魔化した。マリアは特に追求せずに話を戻す。
「私は大歓迎だけど、他にメンバー候補はいるの?」
「それなんですが‥‥‥私、友達が少なくて。
マリア先輩とアイトさんに協力して欲しいんです」
(ーーーーーーん?)
名前を呼ばれたアイトはようやく意識が現実へと戻ってきた。そして会話の流れから、違和感に気づき始める。
「確かに3人だけじゃ少ないわよね!
任せて! 信用できる人を誘ってみるわ!」
マリアの発言により、アイトは違和感が確信に変わる。
「え? 俺もその部隊に入ってるの?」
「え。は、入ってくれないんですか‥‥‥?」
「またお姉ちゃんを放っておくの‥‥‥??」
ステラの控えめな視線、マリアの突き刺すような威圧をまともに受けたアイトは、こう言うしかなかった。
「よ、喜んで入らせていただきます‥‥‥」
その後、ステラとマリアは和気藹々と女子トークを繰り広げる。それを眺めていたアイトはーーー。
(レスタを捕まえる部隊にアイトが参加する?
ハハハッ!! ‥‥‥いっそ誰か笑ってくれッ)
全く関係ない現実逃避をしていた。そしてもう一つ別の考えが思い浮かぶ。
(それといつ、この女子会は終わるんだ‥‥‥)
アイトたちがグロッサ王国に戻ったのは、それから7日後だった。