無事でよかったです
ルルツ家の庭園。
「それで? 魔道具は回収したのか?」
レスタ(アイト)に背中からもたれかかったターナがそう口にした直後、レスタは視線を逸らして口を開く。
「そ、それがさっきので消し飛んじゃいまして‥‥‥」
「はっ!?」
「あの数の魔族を手っ取り早く全滅させるには
あれしか無くて、吹き飛ばしちゃいましたっ!!」
両手の平を擦り合わせて頭を下げる組織の代表に、ターナは「これがこいつか」と再確認した。一応のフォローのため、ターナは口を開く。
「‥‥‥まあ悪用されないのならいいか」
「だよな! あんなの持ってても扱いに困るし!」
そのフォローを受け取る気がないかのような発言。
「ーーーレスタ、急に口が流暢になったな?」
ターナがこう言って青筋を立てるのは仕方ない。
ステラは近くに座り込んでレスタ、ターナのやり取り(ほぼターナに会話の主導権を握られている)を聞いていた。
(いったい、この方々は何者なんですか‥‥‥?)
ステラの考えがまとまらない。それは自分でもよくわからない気持ちが生まれていたからだ。
なぜか銀髪仮面のことを無意識に見てしまう。
その視線が相手と合った瞬間に逸らす。相手は?を浮かべていたが、何か思い出した様子で話し始めた。
「ステラ王女、巻き込んで申し訳ありません。
信じてもらえないかもしれませんが、
あなたに危害は加えません。
どうか舞踏会場まで護衛させてくれませんか」
レスタは丁寧な口調でステラに話しかける。その優しい口調を聞いたターナはギョッとしていた。
「‥‥‥」
ステラは顔を下げたまま何も言わない。
(ま、当然だよな‥‥‥怖いに決まってる)
レスタはゆっくりと愛剣を床に置く。それを見たターナもドレスのスカートからあらゆる暗器を床に落とす。
「これだけでは信じてもらえないかもしれませんが、
どうか信じてもらえませんか?」
それを見たステラは口を開いた。
「‥‥‥信じます」
「! 本当ですか!」
レスタは思わず声が高くなりそうになるが咳払いをして嬉しさを押さえ込む。ターナもホッと息をついていた。
その様子を見たステラは目を逸らして口を開いた。
「ですが条件がありますっ」
「! 何でしょうか」
ステラの発言にレスタは一瞬たじろいだが、すぐに話しかけた。ステラは何故か視線を合わせて逸らすを繰り返しながら条件を言った。
「腰が抜けて動けないので、支えてください‥‥‥」
「‥‥‥よ、よろこんで」
予想の斜め上の発言にレスタは必死に言葉を紡ぎ、ステラの前にしゃがんで背中を向ける。おんぶの形だ。
だが、ステラが乗ってくる気配がない。レスタは思わずしゃがんだまま後ろを向いてしまう。
「あ、あの‥‥‥できれば抱っこで‥‥‥」
(どういうこと!?)
「何でもいい! レスタ急げ!!」
思わずツッコミそうになるが、ターナに急かされたレスタは回り込んでステラを抱き上げた。お姫様抱っこの形である。
「‥‥‥それじゃあ行きましょう」
「は、はい‥‥‥」
(何を見せられてるんだボクは‥‥‥王女、嘘だろ?)
レスタ、ステラ、ターナの3人は舞踏会場へ移動を始めた。
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「レスタ様、ターナ様、ステラ王女は舞踏会場に直行。
私たちの任務も無事に終わりましたね」
「まだよ! まだ終わってないわイシュメル!」
「ええっ?」
早歩きで突き進んでいくルイーダを慌てて追いかけるイシュメル。
「お三方の無事も見届けましたし、もうーーー」
「まだ今回の主催者側の秘密を暴いてないわ」
「! 確かに‥‥‥ボルボ・ヴァルヴァロッサは
乱心し、ファロン・ルルツは誰かに殺されてました。
ヴァルヴァロッサ家で何か起こってるかも」
「それだけじゃないわ。今回の舞踏会に、
当主のバルバ・ヴァルヴァロッサは顔を出してない」
「ってことは今私たちが向かっているのは」
「ヴァルヴァロッサ家の屋敷よ」
2人が屋敷に着くのに時間はかからなかった。
「ここね」
「明らかに一悶着あった感じですね」
ルイーダ、イシュメルはヴァルヴァロッサ家の屋敷に着くと、周囲の荒れ具合を確認していた。
「見てください。庭園が1番メチャクチャです」
イシュタルは庭園を指さすと、ルイーダは頷き庭園に足を入れる。周囲を見渡すと、ルイーダは声を出した。
「! 誰か倒れてるわ!!」
「本当ですか!!」
イシュメルはルイーダの元へ駆けつけると、彼女の言う通り、人が倒れていた。
1人は上下が黒で明らかに怪しい格好をした女性。呼吸している様子がなく、すでに絶命している。
もう1人は長い黒髪に真紅のドレスの綺麗な女性。彼女の脇腹からは血が漏れ出ていた。だが、微かに呼吸していた。
「こ、この女は‥‥‥!」
イシュメルは驚いていると、ルイーダも深く頷いた。
「ええ、『迅雷』マリア・ディスローグ。
グロッサ王国最強部隊『ルーライト』の隊員ね」
ルイーダの説明を受けたイシュメルは人様に見せられないような邪悪な笑みを浮かべた。
「厄介な存在をここで消せるのは好都合ですね。
重傷ですしこのまま放っておいても死に絶えますが、
千載一遇のチャンスを棒に振る必要はないですよね」
「同感よ。これも天帝様のため」
イシュタルとルイーダはドレスに隠していたナイフを取り出す。
まさか、この女が天帝レスタ(中の人)の実の姉だとは2人とも気づいていない。
レスタの正体を知っているのは組織内だとエリスたち『黄昏』、教官のラルド・バンネールだけなのだから。当然というべきか、舞踏会に参加していたアイトには目もくれなかった。
「おめおめと店に来た時はステラ王女とこの女の弟が
邪魔で始末できなかったから後悔してたのよ」
「ルイーダ様、私も完全に同感です」
今までにないほど嬉しそうに笑う2人。マリアは気絶しておりその邪悪な笑みに気付かない。
「どういう筋書きにしましょう?」
「今回の騒ぎでヴァルヴァロッサ家の破滅は
避けられないわ。それを利用しましょう。
マリア・ディスローグは悪事を働いていた
ボルボ・ヴァルヴァロッサを止めようとしたが
背後から彼の護衛にナイフで刺されて死亡。
ボルボは天帝様の天に選ばれた素晴らしい魔力の
解放体により遺体すら残ってないからバレないわ」
「完璧ですね。真実には誰も気づきませんね」
「ふっ、気づかせないのよ。これは大手柄になるわ。
私たちの存在が天帝様に覚えてもらえるかも!!」
「さいっこうですね!!」
「「あはははははっ!!!!」」
ルイーダ、イシュタルによる邪悪な高笑いが止まらない。他人が見れば明らかに悪人そのものである。
「全てはあの方のために」
「いいこと言うじゃない。そうよ、全てはーーー」
「「天帝様のために」」
2人は嬉しそうにナイフを振り下ろした。
「「!?」」
だが刃がマリアの身体に届く直前、2人のナイフが何かに弾かれ床に落ちる。2人は互いに背中を合わせて臨戦体勢を取る。
「2人とも! その人に手を出してはいけません!!」
響き渡る声。その声の方を向くと2人はすぐに構えを解いた。
「「オリバー様!?」」
名前を呼ばれた少年は銃を腰のホルダーに納めて2人は駆け寄る。
「手荒な真似をしてすいません。
ゴム弾でも当たれば痛い。申し訳ないです」
オリバーはまず2人に銃を向けたことを謝った。
「いやいやオリバー様の腕を信じてますから!」
「ルイーダ様の言うとおりです!」
ルイーダとイシュメルはズイズイとオリバーに詰め寄る。オリバーは「あ、ありがとうございます」と苦笑いを浮かべていると、ルイーダがこう言った。
「ところでこの女に手を出してはいけないというのは
どういうことですか? 教えていただけると‥‥‥」
『レスタさんのお姉さんだからです』
ルイーダからの質問に、こんな回答が思わず頭をよぎってしまったオリバー。即座に気持ちを落ち着かせ、マリアの手当をしながら話し始める。
「レスタさんがステラ王女に王国側の無事と
引き換えに今回の裏側を口止めをするはずなので、
マリアさんが死んでしまったら約束を違えたと
暴露される可能性があります」
「た、確かにそうですが」
「それに、怪盗騒動でのエリスさんの活躍は
お二人も知ってますよね」
「当然知ってます! エリス様は完璧すぎました!」
「同感です」
オリバーの言ったエリスの活躍とは、怪盗ハートゥを1人で制圧したことだけではない。ルーライト隊員の2人、『迅雷』マリアと『金剛』エルリカを圧倒したことも含まれている。
「そのエリスさんが2人にとどめを刺さなかった。
つまり『ルーライト』と敵対する気はないと
いうことです。もしくは敵とすら思ってない」
「‥‥‥確かにそうですね!」
ハッと気づいて声を出したルイーダと、「うんうん」と頷くイシュメル。
2人は息をするように嘘を吐いたオリバーのことを全く疑っていない。
オリバーは応急処置を終えたマリアを担いで立ち上がった。
「なのでマリアさんを助けます。
助けたことでステラ王女に恩を売ることができます」
「「さすがオリバー様!」」
2人の扱いに慣れたオリバーは舞踏会場を見張りに戻るよう命令に、先に行けと促した。
「お任せください!!」
「任務を全うしますっ」
2人は嬉しそうに舞踏会場を目指して行った。屋敷の調査のことは彼女たちの頭からすっかり吹き飛んでいた。
(さ、こちらも報告しないとですね)
オリバーは魔結晶を取り出し、連絡をとり始めた。
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公国内、道中。
「さっきレスタが出れなかったのは王女を
抱っこしてるからだ。ん? 何の冗談だ?
‥‥‥わかればいい。レスタにも伝えておく」
連絡を終えたターナは魔結晶をドレスに忍ばせると、話を聞きたそうなレスタ(アイト)に話しかけた。
「さっきの連絡はオリバーからだ。
ヴァルヴァロッサ家の庭園付近で重傷の
マリア・ディスローグを発見したらしい」
「え、あのーーー」
「マリア先輩がっ!? 大丈夫なんでしょうか!!」
ステラの悲鳴じみた声にレスタの小さな声はかき消される。続きの「姉さんが」と発言を言う前に止まることができた。
「ああ、応急処置が間に合って
とりあえず命に別状はないらしい。
ちゃんと治療してもらう必要はあると思うが」
「ほ、本当ですか‥‥‥よかったです」
ステラは安堵から涙が溢れそうになる。対してレスタことアイトはーーー。
(ま、姉さんは頑丈だからな。
妹のアリサが同じ目に遭ったら超心配だけど)
至極失礼なことを考えていた。そんなことを考えている間にターナとステラのやりとりが始まる。
「ボクの仲間がマリア・ディスローグを連れて
会場に向かっているらしい」
「ありがとうございます。
あなたたちには何から何までお世話になってます」
「勘違いするな。王族のお前を無下に扱うと
厄介な騒動になるから仕方なくだ」
「ふふっ、そうですね」
ステラの笑顔には何か含みがあるように感じ、ターナは顔を背ける。彼女の笑顔を見ていると毒気が抜かれるのだ。この時点でレスタはようやくボンヤリしていたことに気づく。
「あ、会場が見えてきました。もう少しですよ」
レスタが安心させるように話しかけると、ステラは逆に顔が曇り始めた。
「あ、あのっ!!」
「な、なんでしょう?」
今もお姫様抱っこをしているため、至近距離からのステラの大声に驚き、足を止めて声で返事するアイト。ターナも足を止めて様子を伺っている。
そんな中、ステラは深く息を呑んで口を開く。
「レスタ、さん。あなたのことが、全くわかりません」
その発言の意味がわからないレスタは何も言い返せない。その間にステラは続きを話す。
「王国では、あなたは国を転覆させようとしている
叛逆者だと聞きました。実際手配もされてます。
ユリアちゃんを攫い、メルチ遺跡を破壊したと。
城に侵入し、兄さんの婚約者候補を攫ったと。
怪盗騒動に乗じて王都で暴れ回り、被害を生んだと」
(最後は俺、全く関係ないんですが‥‥‥)
勇者の魔眼持ち金髪少女が脳裏によぎって遠い目をしたレスタに気づかないステラは今もなお口を開く。
「ですが、あなたは私を助けてくれました。
私だけじゃなく、怪盗騒動で敵対した
マリア先輩まで‥‥‥あなたは、
私やマリア先輩の知り合いなんですか‥‥‥?」
「チガイマスヨ?」
(おい!? 演技下手か!!)
即答するのが逆に怪しさを生んでいた。ターナは怒りでぷるぷる震え、思わず殴りかかりそうになる。
「そうですよね‥‥‥ごめんなさい。
聞きたいのはこんなことじゃないんです」
(いいのか!? 人が良すぎるぞステラ王女!)
ターナはもはやツッコミ担当へと変貌を遂げていた。
「では、本当に聞きたいのは?」
レスタは特に気にせずステラを見つめる。ステラは視線を外さずに、声を振り絞った。
「あなたたちは、敵なんですか‥‥‥?」
しばらくの間、誰も声を出さない静寂が訪れる。
ステラは返事を聞き逃さないよう耳を覚ましてその時を待っていた。
「‥‥‥」
ターナは様子を伺っていた。自分からすれば上司で組織の代表である、彼に視線を向ける。
2人の視線を向けられたレスタ、いやアイトの答えはーー。
「敵ですよ」
はっきりと響き渡る、短い言葉。ステラは息を呑み、彼の胸元に置いていた手が震え出す。だが、レスタはまだ口を閉じていなかった。
「平穏を破壊する奴らに対してね」
彼はそう言葉を付け足すと、ターナは目を閉じてフッと笑う。
(相変わらずだな、この男は)
そう考えたターナは笑みを浮かべるのに対し、ステラは首を傾げていた。
「あの、それはいったいどういうことですか‥‥‥?
あなたたちは、平穏を守りたいために
これまでの所業を行ってきたのですかっ?」
「少なくとも俺はそうです」
(なっーーー)
淡々と述べるレスタに、ステラはカチンと来た。
「事件を起こしているのはあなたたちですよね!?
平穏を守るため!? 矛盾してませんか!?」
普段の穏やかで優しい雰囲気を捨て去った、怒ったステラ王女の姿。ターナはそれを見て「怖‥‥‥」と一歩引いていた。
だが、レスタは抱っこしていた王女を下ろして歩き出す。
「あ、あの‥‥‥?」
後をついていくステラを背中に感じながら、アイトは淡々と話し始める。
「確かに側から見れば大逆行為と呼べる事件を
引き起こしてるかもしれない。
でも、あんたは俺の行動の一部に
感謝した口ぶりだったよな? ありがとうって。
なのに今度は一方的に犯罪者呼ばわりか?
温室育ちの王女様は言うことがちがうよな」
「えっ‥‥‥」
「お、おい!」
2人の反応を無視してアイトは続ける。
「あんたたち王国側からすれば俺たちの存在は
奴らと同様、間違いかもしれない。
叛逆者レスタ? 何とでも言え。
俺のことはどうでもいい。だが」
アイトは、ステラ王女の胸ぐらを掴んだ。
「みんなを悪く言うのは、誰だろうと許さない」
アイトは今、銀髪で仮面を付けている。素顔はほとんど隠れていて存在感は無いはずである。
だが、彼の見えない顔から殺気が満ち溢れていた。
「あ、あのっ‥‥‥」
ステラは身体が震えて声が上擦る。本能が身の危険を感じ取った。恐怖は、拉致された時や魔族の群れに襲われた時の比じゃない。
「お、おいレスタ! 何をやってるんだ!!」
一瞬気取られたターナはすぐにかぶりを振って2人の間に割り込んで引き裂いた。
「ーーーあ??」
「っ」
アイトと目が合った途端に悪寒が走る。全てを突き刺すような視線。普段のアイトからは考えられない視線。だが、ターナは臆さずに両手を広げてアイトに向かい合った。
「も、もう会場は目の前だし、これ以上は目立つ!
お前らしくないぞっ。落ち着けっ」
ターナは声を振り絞る。らしくない彼女を見て、アイトはハッと息を呑んだ。
「‥‥‥そうだな」
アイトは背中を向けて歩き始める。ターナもやれやれと後に続いた。
「ステラ王女。これで護衛完了だ」
「‥‥‥あ、あのっ! さっきはーーー」
「【照明】」
ステラが何か言うよりも早く、アイトは魔法を発動。彼自身から眩い光が発生し、ステラの目を眩ます。
「っ、いない‥‥‥」
ステラが目を開けると、すでに2人の姿はなかった。
そして会場の入口付近に、マリア・ディスローグが寝かされていた。
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舞踏会場。
舞踏会が終わりの宣言を述べたネコ・ヴァルヴァロッサは参加者の退場を笑顔で見守っていた。
その流れに逆らうように、舞踏会場の中に入る者が1人いた。
それはしばらくの間、姿を見せていなかったグロッサ王国第一王女、ステラ・グロッサ。
「ステラ様! 探しましたよ!
! どうしたんですかその血は!?」
ネコがステラに駆け寄る。ステラはネコに気付くと深く頭を下げた。
「大変申し訳ございません。お騒がせしました。
私の連れの体調が悪くなったのでその対応を」
「いえいえ! ご無事で何よりです!
ですが、もう舞踏会は終了しました」
「そうですよね。もう誰もいませんよね」
ステラが寂しそうに呟くと、ネコは首を横に振った。
「いえ、それがステラ様を待っている人がいまして」
「‥‥‥あ、そうでした。彼には深く謝らないと」
「誰か知っているんですね。こちらです」
隣に並んで綺麗な所作で歩く2人。ネコは恐る恐るステラに話しかけた。
「あの、そのドレスに付いた血は‥‥‥?
ステラ様は大丈夫なんですか‥‥‥?」
そう言われたステラはふと自分の身体に視線を落とす。ネコに言われた通り、ドレスに少しだけ血がついている。
(これはーーー)
気づいたステラが、微かに微笑んで口を開いた。
「私の血ではありません。
これは‥‥‥命の恩人のものです」
肩についた血の部分をギュッと握りしめ、ステラは呟く。
その顔を見たネコは、苦笑いを浮かべた。この後の質問は絶対に答えてくれないだろうなと確信した。
「‥‥‥何かあったか教えてくれませんよね?」
「ふふっ、ごめんなさいねっ」
対してステラは、満面の笑みを浮かべていた。
「こちらにいます」
ネコに案内され、ステラが会場の中に入る。
「あなたと姉のマリアさん? がいなくなって
ついさっきまで会場付近を探していたようです」
ステラはネコの説明を聞いた後、会場の中央に待つ黒髪の少年に話しかけた。
「ごめんなさい弟くん!
マリア先輩もさっき無事に見つかりました。
いっぱい迷惑かけました!!」
今回の騒動に巻き込まれたことで迷惑をかける相手の存在が抜け落ちていた。その相手に目一杯頭を下げる。
「姉さんとステラ王女が無事で良かったです」
それを見たタキシード姿の黒髪の少年は、微笑んでいた。
ちなみに、彼の内心はこうである。
(一国の王女に無礼働いちゃった!!
バレたら懲役!? それとも死刑!?
おいおい、バレたら俺死ぬわッ!!!)
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舞踏会が終わった後、ルルツ家の屋敷。
「ごめんごめん、遅れたよ」
窓から入ってきたのは、銀髪で笑みを絶やさない青年。
「本当に遅かったですね?」
ゴートゥーヘル、最高幹部『深淵』第二席、エレミヤ・アマドだった。
「君だけでも上手くいくと思ってね。
自分の任務に専念させてもらったまでさ」
エレミヤは笑みを絶やさずに机に座っていた相手に近寄る。
「辺りを見てきたけど、さすがだね。
三大貴族の二角、当主のファロン・ルルツと
バルバ・ヴァルヴァロッサの暗殺。
それを誰にも悟られずに実行してみせた。
任務を完遂したのに、なんで不満そうなんだい」
「‥‥‥」
「聞いてる? ーーーークロエ」
エレミヤは名前を呼ぶと、黒髪サイドテール少女はため息をついていた。
「だって〜偶然見かけた噂のA級魔道具を
取り逃がしちゃったんですよ〜。
それによくわからない人たちが目立ってて
羨ましかったし〜。
手を組んだ元ルーンアサイドの人たちは
自己中ばかりで役に立たなかったし〜」
「クロエは相変わらずだね。欲深いというか」
エレミヤが苦笑いを浮かべた瞬間ーーークロエは抱きついて迫り寄った。
「他の欲も満たしてくれますぅ?
人目があったんで発散できなかったんですよぉ〜♪」
クロエはエレミヤの耳元で囁いて、舌を伸ばしてチロリと舐める。
「あはは、君の冗談は怖いね」
エレミヤは笑顔を崩さず、クロエの肩に手を置いて身体を引き剥がした。
「あーん、いけずぅ〜♡」
「話を戻すよ。よくわからない人たちと言うのは?」
「え〜っ、帰ってからで良くないですかぁ?
ウチ、もう疲れてフラフラなんですよぉ〜」
「はぁ〜、わかったよ。帰ってから教えてね」
「あれ、なんでウチが悪いみたいに?」
「もうここに用はない。さ、帰ろう」
「むぅ〜鬼畜ぅ〜」
エレミヤが窓から飛び出すと、クロエは頬を膨らませつつも後に続く。
(ま、レスタの下についている人たちが
ルーンアサイドの構成員だったとは、良い収穫♪
い〜っぱい情報話して褒めてもらお〜♪)
今回の舞踏会、裏で全ての糸を引いていたのは小さな少女。
クロエ・メル。
ゴートゥーヘル最高幹部『深淵』、第三席だった。