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がっかりさせるなよ?

 ヴァルヴァロッサ家の庭園。


 「くっ!?」


 左腕を斬りつけられたマリアは倒れ込む。相手は、未だ見えていなかった。


 (相手が見えない‥‥‥ちがう、そうじゃないっ!!)


 立ち上がったマリアは目を凝らす。


 (さっきと景色が変わっていないっ!!)


 自身の景色が固定化されていることに気づいた。相手の位置どころか、自分がどこにいるかも判断がつかない。


 「ゔぁっ!」


 脇腹に強い衝撃が入り、マリアは吹き飛ぶ。


 (幻覚魔法にこんな使い方があったなんて‥‥‥!)


 この後も、マリアは見えない相手の攻撃に対処できず追い詰められていく。


 「もう諦めたら?

  どれだけ力をつけても、所詮こんなものよ。

  これ以上絶望する前にさっさと死んだら?」


 どこからか、相手の声が響く。至近距離にいるかもしれないし、目を凝らさないと見えないほど距離が空いているかもしれない。


 マリアはドレスのスカートを破り、ヒールも脱いで裸足になる。そして口に溜まった血をペッと吐き出した。


 だがスカートの布やヒール、吐いた血も固定された視界から消え失せた。


 「諦める? ハッ、笑わせるんじゃないわよ。

  劣勢なんて、いくらでも跳ね返してきたわ。

  場数踏まないと、あの隊長についてくなんて無理」


 「‥‥‥グロッサ王国第一王子で聖騎士の魔眼持ち、

  最強部隊『ルーライト』隊長、

  ルーク・グロッサのことね」


 「うわ、知りすぎててキモ」


 純度100%の罵倒。相手は思わずギョッとしてしまう。


 「‥‥‥はっ! いつまでそんな口が叩けるかな?

  そろそろ奴の妹、ステラ・グロッサの身柄を

  押さえているころだ。これから楽しみだわっ」


 「‥‥‥なんですって?」


 「お前を連れ出した直後に仲間が攫った。

  これでお前の首とステラ・グロッサの

  身柄を差し出せば‥‥‥おっと話しすぎたわ」


 相手の話を聞いたマリアは冷や汗を流す。


 「まさかっ、舞踏会場を暗くしたのはあんたたち!?」


 「そこっ!? もっと気にすること話したけど!?」


 敵ながら思わずツッコミを入れてきた見えない相手に、マリアは不機嫌そうにため息をつく。


 「はっ?」


 「ステラ・グロッサはもう誘拐したって言ってんの!」


 「ああ、そんなの無理ね。

  弟に私が戻るまで守ってと言っておいたもの。

  私の弟は少し頼りないけど、

  私が言った約束は絶対に守るわ。絶対に」


 そう言われた相手は思い浮かべる。マリアの弟という、舞踏会の中でも特にのんびりしていた少年のことを。


 「はあ? そんなのーーー」


 「弟舐めんじゃないわよっ!! ぶっ殺すわよ!?」


 (ええ? なんか殺す気失せてきたわ‥‥‥)


 劣勢であるはずのマリアは怒鳴り散らかす。よほど彼女の逆鱗に触れたらしい。相手は少しゲンナリしてしまう。


 「それに、あのバカ女だっている。

  会場内で何かあったらすぐに返り討ちよ」


 物騒な言葉を聞いて相手は思わず聞き返してしまいそうになるが、グッと堪えて言い放つ。


 「気になる言葉が出たけどお喋りはもういい。

  気が冷める。さ、続きを始めーーいや終わらせよう」


 相手はマリアに突撃し、短剣を向ける。マリアは身体どころか視線すら動かさない。気づいていないのだ。


 だが偶然にも、マリアは後ろに退くことで相手の短剣の直撃を避けた。短剣が頬を掠め、血が溢れる。


 (今っ!!!)


 マリアは目をカッと見開く。


 「ゔあああああっ!!!」


 「こいつッ!?」


 そして声を出して近くにいるはずの相手に殴りかかった。


 (アイトっ、スカーレットっ!

  私が戻るまで、ステラと舞踏会を頼んだわよっ!!)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 舞踏会場。熱狂は収まるところを知らない。


 (なんだこの人!? 何が狙いだっ!?)


 「おいおい、がっかりさせるなよ?」


 突如オリバーの計画に割り込んだスカーレットの手によって。


 マリアの予想通り(?)、スカーレットは騒ぎの中心となっていた。


 オリバーは数刻のやりとりで対峙する真紅のドレス女性を強敵と確信し、冷や汗を流す。


 全く銃弾が当たらない。いくら殺傷性が低く速さが出ないゴム弾とはいえ、まさか手で掴まれるとは思ってもいなかった。


 「よそ見厳禁」


 「ぐっ!?」


 スカーレットの裏拳がオリバーの背中にめり込む。もはや演劇ではなく、ただの決闘へと変わり映えしていた。参加者たちも美男美女の決闘ということで熱中していた。


 (ええっ? これからどうするつもりなんですかっ)


 状況に取り残され、ついていけずに手をあたふたさせるネコ・ヴァルヴァロッサ。


 「舞踏会ってこんなに凄い催しがあるんですね♪」


 クロエは嬉しそうに2人を観戦している。完全に見物客の一人だった。


 (なっ!? オリバー様、これも作戦ですかっ!?)


 エルジュ戦力序列第27位、イシュメルは顔面蒼白で手をあたふたさせていた。


 (くそっ、せっかく人を集めて実行したのに!)


 オリバーが視線を横に向けると、先ほどの芝居でオリバーに倒された敵役が焦り出している。


 それを見て焦りが伝播したのか、オリバーも早まってスカーレットに銃口を向けていた。


 「そんなオモチャで私に当たると思うか?」


 「っ!?」


 だがスカーレットは既にオリバーの懐に潜りこんでいた。彼の左腕を捻じ上げると、彼の耳に口を寄せる。


 「さっさと実弾を使え。じゃないと面白くない」


 この言葉には、さすがのオリバーも面食らった。


 (この人正気かっ!? ここ舞踏会場だぞっ!?

  そんな物使えるわけないだろっ!?)


 思わず、言葉遣いが荒くなってしまうほどに。


 (そもそも何が狙いだ!?

  僕の邪魔をしてこの人に何の得があるっ!?)


 オリバーは必死に思考を巡らすが全く予想がつかない。そのため対話で彼女の意図を探るべく話しかける。


 「舞踏会でぶっ放せるわけないでしょう!

  いったいあんたは、何が狙いーーー」


 「早くしろ。私の心臓を狙え、いいか。外すなよ」


 (話が全く通用しないっ!?)


 スカーレットはオリバーを投げ飛ばす。体勢を立て直したオリバーは舌打ちしーーーーー。


 腰のホルダーに差しているもう一個の拳銃を構えた。


 (もういいっ。ここまで言うんだ。

  この人は死んでも文句ないだろうっ!!)


 舞踏会場で起こったハプニング、それを必死に誤魔化そうとエルジュの構成員にまで演劇を手伝ってもらった。ちなみに敵役を務めたのは全員『ジュピタメルティ』で働く構成員である。


 にも関わらず、何も知らない参加者(只者ではない女性)に全て台無しにされようとしている。完全に頭に来ていた。


 つまり、オリバーはいつもの冷静さを失っていた。


 「‥‥‥行きますよ? 後悔しても遅いッ!」


 「ふっ、来い」


 参加者がオリバーの殺気に息を呑み、熱狂が収まり静まり返る。次に起こる瞬間を見るだけでなく、聞き逃さないように。


            ダァンッ。


 オリバーは躊躇いもせず拳銃のトリガーを引いた。音よりも先を行くように、彼が実戦で使う銃弾がスカーレットへ飛ぶ。


 「良い弾だ」


 さすがにこの場面で、スカーレットは銃弾を手で掴むことはしなかった。


 「なっ!?」


 だが完全に回避した。スカーレットは半歩横にズレて銃弾の弾道から外れる。オリバーは驚きの声を漏らしていた。


 そして彼の銃弾はーーーー。


 「きゃっ!?」


 「クロエっ!?」


 クロエの胸元を捉えていた。驚いて身体が軌道から外れかかったが、銃弾は胸元の黒いペンダントの紐を引きちぎった。


 黒いペンダントが音を立てて床に落ちる。


 「なっ!? 何をやってる貴様らっ!?」


 ルルツ家当主、ファロン・ルルツは怒り狂う。娘として連れてきたクロエが危険な目に遭ったから。


 (!? チャンスっ!!)


 偶然舞い降りたペンダント回収の機会に、オリバーは落ちたペンダントを回収にーーー。


 「あ〜! 紐切れちゃいましたっ!」


 クロエはそんなことも知らない様子でペンダントを拾い上げようとする。


 「すまない。壊してしまって」


 だがペンダントを拾い上げたのは、クロエではなくスカーレットだった。


 「いえいえ〜お気になさらず!」


 クロエはかなりの仕打ちを受けたはずだが満面の笑み。


 それを見たスカーレットはフッと笑い、手に持ったペンダントをクロエに渡すーーーーー。


 「ん? これはーー」


 前にペンダントが黒い光を放ち、禍々しいオーラが周囲を包み込む。参加者もその気配に気づき悲鳴を上げていた。


 「なっ!! 貴様っ!!! 余計なことを!!」


 明らかに激昂したファロンがズカズカと歩いてスカーレットに迫り、ペンダントを奪い取ろうとする。


 だが、スカーレットはファロンの手を容易く回避してペンダントを掲げた。


 「いや、このペンダント何かおかしいぞ。

  この雰囲気、まるでーーーー」


 「黙れっ!! それは儂の物だ!! 返せっ!!」


 汗をダラダラ流したファロンが必死に取り返そうとするが、スカーレットには届かない。


 「あの〜、何か変じゃないですか?」


 それを近くで見ていたクロエは首を傾げる。


 (しまったっ!! やっぱりあれは、本物!!)


 オリバーは拳銃を構え、至近距離でスカーレットが右手に持ったペンダントに狙いを付ける。最優先案件の前に、人目なんて気にする余裕はなかった。


 けたたましい銃声と共に弾丸がスカーレットの手を捉えた。


 「おいおい、危ないな」


 (嘘だろっ!? この距離だぞ!?)


 正確には捉えた、ではない。伸びてきた左手に銃弾を掴まれたのだ。それも正真正銘、本物の実弾を。オリバーにしては早計で、完全なやらかしだ。


 間違いなく実弾だった。そのことを知った参加者は騒ぎ出し、やがて悲鳴が上がる。


 「お、落ち着いてくださいっ!」


 ネコはおろおろと手を振って落ち着かせようとする。言った本人が1番落ち着いていなかったが。


 その光景を、参加者は何事かと見ていた。


 「や、やめろっ!! それを今使うなっ!!!」


 ファロンの忠告を聞くはずもなく。


 「やれやれ、もう終幕だな」


 スカーレットは歩き出す。足を止めたのは窓の前。片足を前に出して踏み込み、腰をしならせーーー。



         「よく、見てろっ!!」



 綺麗なフォームでペンダントを投げた。目にも止まらぬ速さで窓から外へ、上空へとぶっ飛んでいく。スカーレットは読んでいたのだ。



   黒い閃光が上空を支配し、大爆発が起こることを。



 爆風が舞踏会場にまで届き、窓がカタカタと揺れる。参加者たちは驚きはしたが、悲鳴は上げなかった。


 上空に広がった黒い光が、とても神秘的で見惚れていたからだ。


 「見た感じ、C級魔道具っぽいな。

  この舞踏会には明らかに場違いな物だが?」


 息をついたスカーレットは、さっきのペンダントの所有者へと話しかけーー。


 「ん? いない。さっきの間に逃げたのか?」


 さっきまで立っていた場所にファロンはいなかった。周囲を見渡すが、会場からいなくなっていた。


 「ま、これ以上は興味ないからいいか。

  さ、これからは楽しい舞踏会の続きだ」


 しばらくの間、会場内の全員が急展開についていけず呆けてしまったが、ネコがなんとか盛り直しにかかる。


 スカーレットは会場内を見渡して、ため息をつく。


 (銃の少年と演劇の敵役たちがいない。

  さっきの爆発に紛れて外へ逃げたか。

  もっと遊びたかったが、これ以上は会場の人たちに

  怪しまれるから仕方ない。でも少し残念だな。

  奴らいったい何者だ? ま、私には関係ないか)



 その後、主催者側のネコの働きにより、なんとか舞踏会を立て直すに至る。無事に舞踏会を完遂できそうだったが、ネコの表情はどこか晴れない。


 その原因は、ペンダント爆発の直後から姿が見えない緑髪の美少年だった。


 (あの方はどこに行ったの‥‥‥

  せめて名前だけでも教えて欲しかった‥‥‥)


 緑髪の美少年のことが頭から離れない。名前が知りたい。もう一度会いたい。お礼がしたい。


 そう考えている間にも、舞踏会は続いていく。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 舞踏会場外。


 (何だったんだあの人‥‥‥厄介にもほどがある。

  おかげであのペンダントは偽物だとわかったけど)


 オリバーはため息をついていた。冷静さを欠いていた自分に反省しつつ、スカーレットへの警戒を増していた。


 (あの人、レスタさんの姉と仲が良さそうだったし

  グロッサ王立学園生か。これは報告しないと)


 そう考えている間に、オリバーの持っている魔結晶が輝き出す。


 『オリバー様っ、ファロン・ルルツを発見しましたっ』


 「本当ですか! ありがとうございます」


 連絡相手はイシュメルだった。ペンダント爆発に全員の意識が向いている時、オリバーは彼女に耳打ちしておいたのだ。


 『ファロン・ルルツを追いかけてほしい』。それを聞いたイシュメルは一足先に舞踏会場を離脱。そしてオリバーの頼みに応えたのだ。


 「すぐに向かいます。場所はどこですか?」


 『ですが、すいません‥‥‥』


 突然、イシュメルは暗い声で謝る。オリバーは不思議に思い、聞き返す。


 「どうかしましたか?」


 その声に対し、イシュメルは鉛のように重くなった口を開いた。


      『すでに、何者かに殺されてます‥‥‥』



         「ーーーーーーーー」


 それを聞いたオリバーは、懸命に走り出した。


 この後、ルルツ家の屋敷へ向かう道中でファロン・ルルツの死体を目撃することになる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 奇しくもマリアの考えていた通り(?)、スカーレットの活躍で舞踏会での惨劇は避けることができた。


 だがスカーレットは別に舞踏会に蔓延った陰謀を暴くことを目的に動いたわけではなかった。彼女が動く動機はただ一つ。


 (母上の願う婿探しは叶わなかったし

  舞踏会はつまらなかったが、存外楽しめた)


       『面白そう』。ただ、それだけ。

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