利用するなんてな
「はあ、はあ、はあ」
アイトはラルドを制したが、疲労が限界まで溜まっていた。
「レスタ様!」
エリスがアイトの前に来る。アイトは意識が朦朧としていたため反応に遅れる。
「あ、ああエリス。か、勝ったぞ‥‥‥」
「はいっ!! さすが私の主です!」
「ははっ、そうだな‥‥‥エリス。あの親玉を見張ってくれ。俺はターナに合図を送る」
「了解しました!」
エリスは倒れている親玉の近くまで移動する。アイトがその様子を眺めた後に窓の方に向かうのだった。
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『ルーンアサイド』本拠地周辺の森。
ターナは懸命に時間を稼いでいた。
「はあっ、はあっ」
大勢から逃げるべく長時間動き回っているため体が悲鳴を上げていた。体にはいくつもの切り傷。
ターナは睡眠魔法を付与した針や短剣を駆使して敵を眠らせ、森を動き回っていた。ターナに同僚を殺す気はない。
30分が経過した頃には半分近くの敵を眠らせていた。だがそろそろターナ自身の限界が近い。
ターナ、レスタ、エリスの中でラルドとミストを相手するのに1番不利なのは情報を知られているターナ自身。
だからターナは陽動役に回った。話を聞く限りだとアイトがラルドを、エリスがミストを相手にする。
ターナはアイトがラルドに勝てるとは正直思っていなかった。だがアイトの実力はラルドに知られていない、また何か力を隠している事に賭けたのだ。
ターナは244人の追跡を躱し続けた。30分持ち堪えたことは、ターナだからできた芸当だった。
そして手持ちの針が無くなり、満身創痍で森を駆け回っていた頃。
ドォォォォォンッ。
本拠地の窓から凄まじい音と光が炸裂する。ターナは、その意味を知っている。
(来た、合図だ‥‥‥!!!)
ターナは待ち侘びたと言わんばかりに、本拠地へと足を進めるのだった。
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「よし。これでいいな」
アイトは窓から【打ち上げ花火】を放った。
これがアイトがターナと話し合って決めた合図。
アイト、エリスがラルドとエリスに勝ち、本拠地を制圧したことを知らせる合図。
「しょ、少年。なにを、した‥‥‥」
床に倒れているラルドがアイトに問いかける。エリスはラルドが何かするかもしれないと警戒心を強く持つ。
「合図だよ。ターナへの合図」
「あ、合図だと‥‥‥やはりターナと手を組んで攻めてきたというわけか。な、なぜだ‥‥‥」
「なぜって、そんなの」
アイトは気づいた。自分がここに来た理由で納得なんてされない事に。
「‥‥‥真相を知るためだ」
アイトはなんとなくの返事した。
「さすがレスタ様です。やはり気づいておられたのですね」
そんな彼を、エリスが微笑んで賞賛する。
(ん‥‥‥?何に??)
アイトは内心首を傾げているが、エリスの話は続く。
「ターナの弟を誘拐したのは、『ルーンアサイド』じゃないことに」
「‥‥‥そうだ」
全くわかってないアイトだったが、空気を読んでとりあえず肯定した。
「ターナの弟を、誘拐だと‥‥‥なんだそれは!?あいつは、ヨファは無事なのか!!」
ラルドは初めて聞いたような反応をし、取り乱す。
「はい、無事です。その反応を見たところ、やはり無関係なんですね。では私の仮説を説明します」
エリスは全てを読んでいるかのように、話を進める。
「まず犯人はヨファくんを誘拐し『ルーンアサイド』の拠点の1つであるお屋敷に拘束して隠します」
(‥‥‥それで?)
ちなみに内心で問い返したのは、アイトである。当然エリスは気付かずに話し続ける。
「そして、ターナに後日そのことを伝えて『ルーンアサイド』と衝突させるつもりだった。狙いは暗殺組織『ルーンアサイド』の力の削減でしょう」
アイトはエリスの話を聞いて、以前に感じた違和感の理由に気づいた。
それは‥‥‥ヨファを誘拐していたにも関わらず、見張りが全くいない場所に放置していたこと。
あれはヨファの誘拐を『ルーンアサイド』が行ったように見せるために、隠したのだ。
「ですがこの計画で誤算が生じた。まずターナが私たちを誘拐犯と誤解して鉢合わせたこと。次に私たちがヨファくんを救出してしまったことです」
(え、俺たちも関係してるの!?)
何もついていけてないアイトに説明するかのように、エリスは言葉を続ける。
「計画が崩れましたが結果的にターナが本拠地を攻めることは変わらなかった」
ここでアイトは、何となく勘づく。
「だから放置したのでしょう。でもここで最大の誤算が生じた。それは、私に負けてしまったことです」
(うん、つまり? あ、そういうこと!?)
そして、エリスの言っていることを理解した。
「!? じゃあ計画を立てた犯人は!?」
ラルドは驚いた様子でエリスに発言を促す。
エリスは、今も倒れている1人に目を向ける。
「ええ‥‥‥あなたの側近、ミストさんです。正確にはミストさんに変装した誰か、ですけどね」
「‥‥‥変装、だと。ではあそこで倒れているミストは別人だと言うのか!?」
「はい、間違いありません。明らかに顔に何か魔法を付与してるのが分かるので」
(勇者の魔眼、すご‥‥‥)
「おそらく魔法で顔を変えているのでしょう。そんな技術があるのは驚きですが
「だが、私は気づかなかったぞ。確かなのか?」
「間違いないです。私にはこれがあるので」
エリスが自分の目の染色を解く。水色から赤色に変化し、勇者の聖痕が露わになった。
「‥‥‥もしやっ、勇者の魔眼‥‥‥!?ゆ、勇者の末裔が、この者の下についてるというのか‥‥‥!?この少年、何者だ‥‥‥!?」
ラルドは動揺を全く隠せずにいた。魔眼持ちはそれほどの存在なのだ。
「おいエリス、魔眼のこと言ってよかったの?」
アイトはエリスに心配そうに声をかける。
「大丈夫です。私に考えがありますので」
(大丈夫なの? 広まったらマズイでしょ?)
でも本人がそう言うなら『ま、いいか』と楽観的になるアイト。
「魔眼持ち‥‥‥しかも勇者の末裔、それは朗報だ‥‥‥!」
ここでアイトにとって予想外のことが起きた。
床で寝ていたミストらしき者が急に起き上がり、部屋の外へ走り出す。
「しまっ」
急な出来事で疲労で体も動かないアイト。エリスは何も対処しない。
アイトの心配は、徒労に終わる。
「ガハッッッッ‥‥‥!!?き、貴様‥‥‥!!」
女が部屋の扉を出て廊下に出た瞬間、首から血を吹き出してその場に倒れる。そして、ピクリとも動かなくなった。
死んだ女の隣に立つのは、満身創痍の姿である少女。
「まさかボクを利用するなんてな。今死んだコイツも、そしてお前も」
返り血を浴びたターナだった。エリスは笑顔を保ち、ゆっくりと口を開く。
「あら、今はあなたがその者と偶然鉢合わせただけですよ?」
「よく言うよ。その魔眼とやらでボクがここで聞き耳を立てていたのを知ってたんだろ?」
「‥‥‥お互い利用したってことで、これで貸し借りなしですね♪」
エリスはターナの追及に、可愛らしく白状した。
「「‥‥‥」」
そしてこの状況に全く対応できないアイトとラルドだった。