祈るよ
ルルツ家の屋敷前。
「どうして、あなたが公国内に‥‥‥?」
ステラは自分を抱える銀髪仮面の男、レスタへと話しかける。
「‥‥‥君が知る必要はない」
そう言ったレスタはステラをその場に下ろし、彼女の前に一歩出た。
「あなたの身勝手な欲で、国が滅びかねない。
余計な火種を生むのはやめてもらえるか?」
レスタは鞘から美しい銀色の剣を取り出して対峙するボルボへ突きつける。彼の愛剣、『聖銀の剣』だ。
「誰だお前は!? 俺に説教すんじゃねぇ!!
もういい!! おいっ!! いるんだろ!!
こいつをやれっ!!!」
ボルボが叫んだ直後、暗闇を切り裂く剣閃がステラを襲う。
レスタは彼女の背後に回り込んで、襲撃者の剣を受け止めていた。
「きゃっ!!」
ステラはレスタの動きが全く見えず、金属音が響いた後に悲鳴を上げた。
「まさか天敵のレスタが釣れるとはっ。
お前を討ち果たせば俺はさらにーーー」
「誰だよ」
レスタは襲撃者の剣を受け流して蹴りを叩き込む。襲撃者は呻き声を上げて後退した。
「っなるほど確かにお前は強い。
だがその女を庇いながら戦えるかっ!?」
襲撃者は暗闇に紛れて姿を消す。その直後に四方からステラめがけて剣撃が襲いかかる。
レスタはそれを全て冷静に対処していく。ステラへ襲いかかる剣を全て弾き返していく。だが反撃はできないようだった。素人のボルボから見ても防戦一方だとわかる。
「いいぞっ!! そのまま殺せっ!!」
嬉しそうに叫ぶボルボに全く見向きもしないレスタ。それはステラと襲撃者も同様である。完全に蚊帳の外である。
(! 誰か来る!)
レスタの読み通り、彼と襲撃者の間に第三者が飛び込んでくる。パーマをあてた紫髪の女性で、レスタと同じ白と黒を基調とした特殊戦闘服を着ていた。
「て、天帝さまぁぁぁっ!?」
エルジュ戦力序列第16位、ルイーダは自分にとって神とも言える存在を目の前に必死に声を抑え込む。押さえ込んでも天帝さまと叫んだが。
『天帝様』。そう呼ばれたレスタは彼女を味方と察知してすぐに話しかける。
「ステラ王女を頼む」
「ひゃ、ひゃひっ♡」
ルイーダは意識が飛びかけたままステラの前に割り込む。ルイーダを狙った襲撃者の剣はレスタが完璧に弾き返した。
「仲間か。まあいい。
『王女を庇っていたから負けました』なんて
あの方の前でゴネられーーーー」
瞬きした瞬間、襲撃者の目の前にレスタが迫っていた。
(速えっ!? こいつまだーーー)
咄嗟に身体を動かすよりも早く、レスタは襲撃者に剣を振り下ろした。胸から腹にかけて斜めに剣が通過し、血が溢れる。
「きゃぁぁぁ!!!」
悲鳴を上げたのは斬られた襲撃者ではなく、その光景を目の当たりにしたステラだった。
ルイーダは咄嗟にステラの視界に割り込むように身体を広げて見えないようにする。
(! ありがとう)
それを見たレスタは一瞬だけ彼女に微笑んだ。ルイーダの意図を察知して感謝を伝えたかったのだろう。
「はうわッッッ♡」
ルイーダの甘ったるい声の中で繰り広げられるレスタの剣撃。襲撃者は呻き声を上げながら斬り刻まれていく。
実力差は明白。襲撃者の剣は一切レスタには届かない。対してレスタの剣は思うがままに相手へ届く。
「がぁぁぁぁぁ!!!!」
襲撃者は雄叫びを上げて横薙ぎ払いを仕掛ける。執念に満ちた一撃。
ガンッ。
「ひゃわっっ♡」
目の前の光景にルイーダは息を漏らす。
レスタは左足を振り下ろして襲撃者の剣を踏んで押さえ込み、右手に持った剣で斬り伏せた。
襲撃者が剣を落として倒れ込む。渾身の一撃もレスタには届かなかった。心から勝てないと悟ったのだ。つまり、勝敗は決した。
「俺では、『深淵』に届かなかったか」
『深淵』。世界を混沌に陥れようと暗躍する犯罪組織ゴートゥーヘルの最高幹部の通称。
「‥‥‥やはりゴートゥーヘルか。
覆面を被ってないのはお前が、
そこそこの地位についているからなのか?」
「知って、どうなる」
「話す気がないならどうでもいい。
元ルーンアサイドの奴らと結託でもしたか?」
「‥‥‥ははっ、あの方たちも厄介な男を敵に回したな。
だが、お前では、いやお前たちでは、倒せない。
せいぜい、楽に死ねるよう、祈るんだな‥‥‥」
「そうか」
レスタは最後まで聞き取ると、いっさい表情を変えずに襲撃者の首を斬り飛ばした。
「祈るよ。お前たちが滅ぶまで」
レスタは剣についた血を振り払って鞘に納める。
「ひいっ!? ば、化け物ぉぉぉ!!!」
ボルボは雇っていた男がレスタに殺されてあからさまに態度を変える。高揚していた感情が今は恐怖でいっぱいだった。
対して、恐怖とは真逆の感情を抱いていた者がこの場に1人いた。
(カッコ良すぎない!? 圧倒! 完璧っ!!
これが天帝様っ! 『天帝』レスタ様ぁぁ♡)
ステラを守るように前に立っていたルイーダは誰の目から見ても惚けていた。剣を鞘に納めて立ち尽くすレスタは。
(これでステラ王女は大丈夫‥‥‥って!!
舞踏会場はまだ解決してなかった!!
ステラ王女を連れて会場に戻ってもこの格好は
どう説明すれば!? って魔道具回収もできてない!
やっべ!!! とにかくすぐ戻らないとっ!?)
レスタ(アイト)は、内心焦りまくっていた。
「く、そぉぉぉぉぉ!!!!」
ボルボは懐から取り出した物を強く握りしめる。
それは、黒いペンダントだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
舞踏会場。
「さぁ、始めましょう」
「は、はい」
オリバーはネコと手を取り合い、2人で踊り出す。
突然始まった急展開に、参加者たちは困惑の顔を浮かべる。それはイシュメルも同じだった。
(え、えっ? お、オリバー様ーーーーー)
だが、その困惑はすぐに別の反応へと切り替わる。
「き、きれい‥‥‥」
「あの男、何者だ!?」
参加者の中から聞こえるそんな声。全員が、2人に魅了されていた。
ネコの顔は驚愕に満ちていた。その理由は、踊りのパートナーにある。
(この方、明らかに踊り慣れている!
たった数分で、全員の心を掴んだの!?)
オリバーとネコはお互いの腰に手を置き、左手を重ねたまま2人は舞う。
視線が合うとオリバーはフッと微笑む。その笑顔にネコはドキッと胸が高鳴るのを誤魔化すために視線を逸らした。
(そんなんじゃないっ!
私たちは利用し合ってるだけだから!)
そこでネコは真っ暗の中での出来事を思い出す。
『突然掴んで申し訳ありません。ネコさんですね。
今お困りではありませんか』
『な、何者ですか?』
ネコの問いかけにオリバーは答えず、違うことを話し始めた。
『周囲は真っ暗。それに窓が割れた音がした。
もし何事もなく明かりがつけば主催者側の
信用は地に落ちる。違いますか』
ネコは言葉が詰まった。彼の言う通りだったからだ。
『ここで提案です。手を取り合いませんか?
あなたはこの状況を問題なく切り抜けたい。
僕は騒ぎになるのは避けたい。
悪くない話だと思います』
『‥‥‥信用できません!
それこそあなたが仕掛けた罠だったらーーー』
『疑惑を晴らす時間はありません。
あまり言いたくないですが、信用して欲しいと
言う他ありません。どうしますか?』
ネコは明らかに怪しいと感じた。それは当然だろう。
だが、彼女に選択肢はなかった。それはオリバーも知っている上で話しかけているかもしれない。
『‥‥‥わかりました。手を貸してください』
『それはこちらのセリフでもあります』
オリバーは微笑むと、ジャケットの裏ポケットから拳銃を取り出す。
『な、何をっ!?』
物騒な物を見たネコは悲鳴じみた声を上げる。オリバーは拳銃に弾をセットしながらこう言った。
『演出ですよ。全て演出だと思わせるんです』
(確かにさっきこの方の言った通り、
これほどの踊りを見せつければ暗くなったのは
演出だと思うかもしれないけど、まだ足りないーー)
オリバーと舞いながらネコは考え込んでいた。まだ足りないと思ったのは、先ほど割れた窓をどう説明するか悩んでいたからだ。
「すごいけど、なんで暗くしたの?」
「おい、あそこの窓割れてるぞ」
「もしかして、賊が忍び込んだんじゃーーー」
最初は魅了されていた参加者たちは、徐々に疑念を抱き始める。2人の踊りだけでは、問題から目を逸らす時間稼ぎにしかなっていなかった。
(このままだとーーー)
「むかーし昔。ある所に将来を約束した男女が
いました。男性は平民育ち、女性は貴族の令嬢。
誰もが2人の関係を認めませんでした。
やがて女性には許嫁を定められました」
突然、オリバーは芝居じみた声で語り始める。しかも踊りは続けたまま。ネコは意味が分からずに戸惑っていた。それは参加者も同じ。
「ですか2人は胸に溢れる好きな気持ちを
諦めることができません。
そこで男性は軍に入ることを決意。
そこで武功を上げて爵位をいただき、
誰にも文句を言わせることなく
仲を認めてさせようとしたのです」
物語をなぞるようにオリバーは言葉を紡ぐ。やがて周囲は『何か始まる』と察して静かに聞き入っていた。
オリバーはネコと身体を寄せて踊りながら話を続ける。
「決意が結果を引き寄せたのか、男性は武功をあげて
爵位をいただくまでに至りました。
後は女性と結ばれるのみ。それだけでした。
明日、婚約者と結婚すると聞かされるまでは」
オリバー以外誰も声を出さない。これから起こることを血眼になって待っている。
「悩みました。諦めようとしました。
ですが男性は諦めきれませんでした。
それは女性も同じでした。
昔のように心を通わせた2人に迷いはありません。
2人は駆け落ちすることを決意。
逃げた先に開かれていた舞踏会で
何も隠すことなく踊りたいと足を進めました。
そんな目立つことをすれば追っ手が来ることも
分かりきっていました。ですが、ですが!!」
「きゃっ」
オリバーはネコの腰に置いていた手を強く抱き、引き寄せる。ネコは驚いた声を上げてしまう。
「この時間は、邪魔されたくない」
パリンッ。
新たな窓が破れる音。参加者は一斉に音がした方を向く。
「この平民風情が!! 花嫁を返せっ!!!」
窓から侵入したのはオリバーよりも二回りは大きい男。オリバーとネコめがけて一直線に走り出す。
「このガキがっ!!!」
男の大ぶりなパンチをオリバーはネコの腰を抱いて横にずれることで回避。すれ違いざま男に裏拳を叩き込む。
「がっ!?」
「渡さない。僕の命に換えても」
男は会場の床に滑り込むように転倒し、叫ぶ。
「やれっ!! このガキを始末しろっ!!」
背中をさすった男の声と共に侵入したのは5人。全員が黒装束と仮面といった格好。
「少し離れて。絶対守るから」
オリバーは微笑んでネコの前に立ち、拳銃を構える。
『ーーーーーー』
さっきのセリフの直後、ネコにしか聞こえなかった声。
ネコは涙を溢し、膝をついて祈る。
「助けて‥‥‥みなさんっ‥‥‥彼を助けて‥‥‥!!
応援してくださいっ‥‥‥誰かっ!!」
ネコの含みがある発言で、参加者は気づいた。
『これは大がかりな短い演劇』だと。
オリバーの語りから始まり、今はネコによる語りがけ。そして窓ガラスを破ってまで演技を繰り広げる敵役。もしかすればさっきの暗闇も役者が準備するために必要だったかもしれない。
そう感じ始めた参加者たちは息を呑む。
そして何より、想像できない急展開とアクションとして質の高い動きに、参加者は高揚が抑えられない。
「きゃ〜!! がんばって!!」
「少年!! 負けんじゃねぇぞ!!」
「いけ〜!!!」
気づけばそんな歓声と熱量が舞踏会場に伝播していた。
ネコはその光景を見て、オリバーの策略中であるにも関わらずに惚けていた。
(もう誰も気にしてないっ。
本当に彼の言う通りになった‥‥‥!)
ネコの視線は、この状況を作り出した1人の少年に注ぎ込まれていた。
少年は5人の敵役の連携波状攻撃を全て対処していく。
1人目の突進を跳躍して躱すと空中で2人目が襲いかかる。
2人目の短剣による突きを首を傾けて回避し、腹に拳銃をめり込ませたまま発砲すると相手が呻き声を上げて吹き飛んだ。
3人目はオリバーの着地する瞬間を狙うが、オリバーは空中で銃弾(ゴム弾)を当てて相手をよろめかせ、着地と同時に相手の腕を掴んで投げ飛ばす。
4人目、5人目は同時にオリバーの背後から突進していくが、瞬時に振り向いたオリバーは1秒にも満たない時間で2人をほぼ同時に撃ち抜く。2人は肩を押さえて倒れ込んだ。
オリバーはクルクルと拳銃を回して腰のホルダーにかける。
その直後、今日一番の大歓声が沸き起こった。
『演出ですよ。全て演出だと思わせるんです』
ネコはその言葉を身をもって実感した。
どこか引き込まれる容姿、銃の腕前、役者を呼び寄せた人脈、そして得体の知れない何か。
(何者‥‥‥? 公国にこんな人がいるなんてーーー)
歓声が鳴り止まない中、ネコはオリバーに引かれて立ち上がる。
後はお辞儀をしてこの演劇を終わらせる。そして熱狂の中に不可解だった出来事を隠す。それがオリバーの計画だった。土壇場で実行した計画はほぼ完遂したといっていい。
「私も混ぜてもらおうか」
誰かが話しかけてくるまでは。
歓声に呑まれず、舞踏会に響く声。ホワイトブロンドのハーフツインテールの女性が指の関節をポキポキ鳴らしていた。
「? いったいあなたはーーー」
終幕を告げようとしていたオリバーは予想外の事態に思わず素で聞き返していた。
「ゔっ!?」
突然、背中に手刀を叩き込まれる。オリバーは体勢を立て直し、銃を構えーーー。
「どこに向けてるんだ?」
スカーレットは銃を持ったオリバーの右手を掴んで押さえ込み、投げ飛ばす。
(誰だっ!? 明らかに只者ではーーー)
投げ飛ばされて上下反転した状態のまま、オリバーは拳銃を発砲する。実弾ではなくゴム弾で。
「はっ!!?」
スカーレットは、ゴム弾を手のひらで掴み込んだ。
突然の乱入者、弾を掴むという離れ業をみた参加者は再び熱狂し、声援が響き渡る。
掴んだゴム弾を床に捨てたスカーレットは、不敵な笑みを浮かべていた。
「さあ、第二幕を始めようか?」