あ、あなたはっ‥‥‥
(暗くなった‥‥‥)
舞踏会場の明かりが消えてざわめきの声が止まない中、アイトは辺りを見渡す。
(姉さんはたぶんトイレ行ってるし、
とりあえずターナたちと話してーー)
バリンッバリンッ。
重なるようにガラスの割れた音が響き、ざわめきの声が悲鳴へと移り変わっていく。
(ミストが言ってた奴らの仕業か‥‥‥?)
アイトは両眼に【血液凝固】を施して再び辺りを見渡しーーーー。
(あれっ!? いないっ!?)
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(‥‥‥なぜ暗くなった?)
三大貴族の一角、ルルツ家当主、ファロン・ルルツはグラスを力一杯握り締めていた。
(あの男‥‥‥こんな計画は聞いていないぞっ!!
確かに信用は落ちるかもしれんが、
こちらも身動きが取れないではないかっ!!)
ファロンは周りに顔が見られないことを良いことに、明らかに不満そうな顔をしていた。
(まさか‥‥‥クロエに負けていた腹いせか!?)
ヴァルヴァロッサ家代表のネコを圧倒していたクロエが勝つことが気に入らず強引に中断させたのではないか。ファロンはその考えが浮かび、額に青筋を立てていた。
(やはり‥‥‥潰すしかないようだなっ!!)
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(これは何事!?)
パーマの紫髪の女性は持っていたグラスを机に置く。
彼女はエルジュ戦力序列第16位、ルイーダ。ミルドステア公国内でメルティ商会の店舗、『ジュピタメルティ』のオーナーを務める。
彼女も独自のルートで舞踏会の招待状を調達し、舞踏会に参加していた。ターナとミストのドレスを仕立てたのも彼女である。
彼女は選んだにも関わらず舞踏会場に現れたターナたちにウットリしていた。側から見れば少し引いてしまいそうだった光景は誰も見てない。
(とりあえず、辺りを確認しないと!)
ルイーダは【血液凝固】を両眼に施して辺りを念入りに見渡す。
(やっぱりさっきの音は窓が割れた音ね)
ルイーダは予想通りの展開に落ち着いた途端、予想外の展開にも気づいてしまう。
(‥‥‥あれ!? ターナ様、ミスト様がいないっ!?
じゃあすでに目的のために動き始めている!!)
ルイーダは自分にとっての上司で憧れの『黄昏』の2人、ターナとミストが会場にいないことに驚き、焦っていた。
焦ったルイーダはふと舞踏会場の入り口の方を見る。2人が外に出ていったかもしれないと無意識に感じたからだ。
すると黒いフードを被った者が人を抱えて飛び出していくのが見えた。
(あれはーーー!!!)
ルイーダは自分のやるべき事を理解し、動き始めた。
(ここは任せるわっ! 何かあったら連絡!!)
(ルイーダ様!?)
隣に控えていた茶髪ポニテ少女で部下、序列27位のイシュメルを置き去りにして割れた窓から外へ飛び出し、舞踏会場を離れていった。
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「ン〜!! ンゥ〜!!!」
舞踏会場外。
ステラ・グロッサは口に布を当てられ、何者かに拉致されていた。
自分を抱えている拉致者の顔はフードを被っていてよくわからない。だが体格的に男であると直感した。両手両足を縛られていて身動きが取れない。
「へっ、怯えるな。大丈夫だ安心しろ。
俺は何もしねえ。俺はなぁ?
身体の価値を落としたら報酬が減るからなぁ。
これで一生金には困らねぇ!!」
(もしかして舞踏会場を暗くしたのはーーー)
自分のせいかもしれないとステラは責任を感じて表情が暗くなる。
(先輩っ‥‥‥弟くん‥‥‥ごめんなさいっ!!)
真っ先に考えるのは自分に付き添ってくれた2人のことだった。
「怯える顔もあの人は大好物だからなぁ」
そしてこれから何をされるか分からない恐怖に頭が真っ白になっていた。その間に男は目的地に着いたのかステラを下ろす。
着いた場所はルルツ家の屋敷前だった。
屋敷の扉前には1人の男が立っている。
「持ってきやしたぜ! これで取引成立だろ!」
拉致した男がステラに指を差してそう言うと、取引相手はジャリジャリと音がした袋をおもむろに取り出す。
(あの顔っーーー)
「ああ。ご苦労だった」
「これで一生金に困らねぇ! っしゃ!!」
男は取引相手に駆け寄り、袋を受け取った瞬間。
腹にナイフが突き刺さっていた。
「はっ‥‥‥?」
男は何が起こったか理解できないといった様子を見せた後、まるで引き寄せられるように地面に倒れ込む。
「もう金には困らんさ。お前は死ぬんだから」
取引相手は長い茶髪を風で揺らしながら、身動きの取れないステラを見下ろす。
「はっは! いい顔、いい髪、いい身体!!
そして王女!!! 美味そうだ!!
これまでの中でダントツかもなぁ!」
下品に笑ったのは、ボルボ・ヴァルヴァロッサだった。
ステラは状況が読めないことと恐怖で身体を震わせている。
「気になるか? 気になるよなステラ王女?
なんで俺がルルツ家の屋敷にいるのか?
それはなぁ‥‥‥俺がルルツ家当主、
ファロン・ルルツと手を組んでいるからだ」
ボルボは自慢げにこれまでの経緯を話し出す。
「ファロン・ルルツは娘が自殺したことに絶望し、
公国ごと道連れに自殺しようと考えていた。
娘の様子がおかしくなり最終的に自殺したのは、
舞踏会の後だと気づいて俺に話を持ちかけてきた。
俺は鬱陶しい親父の始末、
ファロンは舞踏会の崩壊で利害が一致したんだよ」
‥‥‥本当は俺しか得しないのになぁ!?」
ボルボは口に手を当てて笑いを堪え始める。
「バカな男だ‥‥‥!! 俺なのになぁ!?
あいつの娘は俺の寵愛を受けて
天にも昇る気持ちで逝っただろうよ!!」
ステラは目を見開き、口を塞がれ言葉を話せない中でも必死に呻き声を上げる。
「良いねえその拒絶の顔!
そこから俺好みに変えてやるからぁ〜」
昂りを抑えられないボルボはいやらしく顔を歪ませて動けないステラに手を伸ばす。
(助けて‥‥‥誰か‥‥‥誰か‥‥‥)
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(ど、どうしよう。この騒ぎを収めないとっ‥‥‥
でもどうやって!? このままだとっ)
舞踏会場内。
ネコ・ヴァルヴァロッサは真っ暗な会場でパニックに陥っていた。
(お父様‥‥‥今大変なことになってますっ)
まだ体調不良でこの場に来ていない父のバルバに伝えようと魔結晶を取り出して小声で話しかける。だがバルバからの返事は無かった。
(お父様っ、お父様っ! 出てくださいっ‥‥‥)
屋敷は舞踏会場から少し離れていて徒歩では行く時間はない。ネコは八方塞がりになった。
考えがまとまらず、無意識に目を瞑って震えていたネコ。
(だ、誰っ!?)
すると突然、誰かに腕を掴まれた。
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(私はどう動けば‥‥‥!)
同時刻。同じ舞踏会場。
エルジュ戦力序列第27位、イシュメルは狼狽していた。突然の暗闇、上司であるルイーダの独断行動が原因である。すると狼狽していた彼女の魔結晶が輝き出した。
『イシュメルさん、聞こえますか?』
『オリバー様! 聞こえます!』
相手はエルジュ戦力序列第7位、精鋭部隊『黄昏』所属、『瞬殺』オリバーだった。
『今は会場内にいますね?』
『はいっ』
『明かりを付けてください。今すぐに!』
『はいっ!』
イシュメルは【血液凝固】を両目に発動させて火が途切れたランプの場所を確認し、右手に魔力を集めて意識を集中させる。
(【ニードルファイア】)
小声で唱え、火の玉を飛ばす。ランプの数は数十は下らない。だがそれを物とも言わずに飛ばした火の玉を針状に分散させて瞬く間にランプに火を灯していく。
そして全ての火が灯り、元の明るさに戻った瞬間。会場の中央で小さな発砲音が響き渡る。
「皆さん、長らくお待たせ致しました!!
これより本日のメインイベントをお楽しみください!」
会場の中央から聞こえる声。声を出したのは少年で、その隣には主催者側のネコが立っていた。そしてイシュメルはその少年を知っていた。
(オリバー様っ!?)
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「きゃっ!?」
ステラは思わず声を上げる。身体に触れられた、持ち上げられたと感じたからだ。
そしていつの間にか声が出ていたことに気づく。彼女が目を瞑っている間に口の布が外されていたのだ。
そのことに驚いてすぐさま目を開ける。真っ先に視界に入ったのはーーー。
「っ!? あなたはっ‥‥‥」
「何だお前はっ!?」
ボルボの声は届いていなかった。自分を抱えている相手に衝撃を受けて目が離せない。
「グロッサ王国に滅ぼされるよ? 貴族様」
主にグロッサ王国で暗躍する、ある組織。ステラからすれば、国を脅かす敵といっても過言ではない謎の存在。
ステラは思わず声に出していた。
「れ、レスタ‥‥‥?」
謎の組織エルジュ。その代表『天帝』レスタを。