言い訳はしませんっ
舞踏会開幕を告げるかのように、ネコとクロエは舞い始める。
ネコはこれまで実直に練習してきた、正統派とも言えるしなやかで美しい踊り。
クロエもネコに似た系統の踊りを披露する。
「おおっ‥‥‥」
どこからか参加者の声が響く。全員が2人に見惚れてーーーいるわけではなかった。
コソコソ話していたのはターナとミスト。
(た、ターナっ! あ、あれはぁぁ!!?)
ミストは目をパチパチさせて今にも指差ししそうになっていた。
(静かにしろ。わかっている。
あの女が首にぶら下げている黒いペンダント。
『暗黒平定』の可能性がある)
(えっ? 実物知らないんですかっ‥‥‥?)
(ん??)
(ごめんなしゃいぃぃっ!!)
(泣くな静かにしろ! も、もういいから!
それより早くあのペンダントを確認したいが
あんなに目立っていると近づけないな‥‥‥)
ペンダントを首につけたクロエは今、ネコと競うように踊っている。当然参加者のほとんどが彼女たちを見ている。
(レスタと話したいが、デストがどこにいるか
わからない以上、変装なしのあいつに話しかけるのは
危険すぎる。おい、なんであいつはボケーっと
見てるだけなんだ‥‥‥!! まずボクに気づけ!!)
ターナは「ぐぬぬ‥‥‥」と拳を握りしめて少し離れた位置にいる自分たちの代表を睨みつける。代表は全く気づいていなかった。
「「「おおっ!!」」」
突然参加者の声が響き渡る。それを聞いたターナは無意識に2人の踊りへと視線を向ける。
「ん‥‥‥?」
さっきまでと何か違うような感じがしてターナは2人を再び凝視する。
「なんだ、驚かすな」
最初はクロエの首元からペンダントが無くなったことを懸念していたが、別にそうではなかった。
「変わっただけか」
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(嘘‥‥‥ここで一気に表現を変えてきた!?)
ネコ・ヴァルヴァロッサは動揺していた。対峙している黒髪サイドテールの少女、クロエから目が離せなかった。
クロエの踊りがしなやかで美しい踊りとは一転、派手で荒々しい踊りへと変貌を遂げていた。
そのことが参加者の目の刺激となり、大きな歓声が上がる。
(曲が流れている中で突然変えるなんて普通じゃない!
普通は曲とタイミングが合わずに終わるはずなのに)
ネコは動揺しつつも自分の踊りは崩さない。ネコも相当な実力者なのか間違いない。だが、そんな彼女がーーー。
(前の踊りも、今の踊りもありえない質の高さ。
私にこんなことができる? ‥‥‥できない。
次元が違う‥‥‥この子、何者なのっ?)
絶対に敵わないと絶望していた。参加者がどちらを見ているかは火を見るより明らかだった。
(このままじゃ、私のーーーーー)
心に暗闇が差し掛かる。それが身体にも及んだのか、視界が真っ暗になる。
「な、なんだっ!?」
それぞれ響き渡る参加者の声。それを聞いて踊りをやめたネコはようやく気づいた。
本当に会場が真っ暗になっていることに。
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「ひぇぇぇぇっ!!!?」
「おい、ミスト!」
辺りが真っ暗になるとミストは鋭い叫び声を上げる。それをターナが注意しようと肩を揺する。
すると掴んでいたはずの感触が消える。目を凝らすと人影が窓を突き破りーーー。
「っ!?」
「鈍ったわね」
ターナは誰かに両肩を掴まれて押し込まれていく。それは舞踏会場の端まで続きーーーー。
「くっそ!!!」
背中から窓に衝突した。音を立てて割れた窓の破片がターナの背中にグサグサと刺さる。
今の状況から、ミストも同じように真反対の窓に突っ込んだのだろうとターナは悟った。
「ぐっ!?」
そして窓から外に出た今も両肩を掴まれて地面に叩きつけられる。
馬乗りになられる前に身体を横に倒すように地面を転がると相手は後ろに跳躍して距離を取る。地面の上を数回転転がった後にターナは立ち上がった。
純白のドレスに泥が跳ねてしまっているがターナは全く気にしていない。
「これが『静寂』のターナ? 笑っちゃうわ」
相手は深く被った黒いフードを外した。白髪ショートでターナよりも背の低い少女だった。
「っ! サラ!? ‥‥‥そうか、お前もか」
ターナはドレススカートの裏に付けていた短剣を取り出す。
サラと呼ばれた少女は存在が希薄になっていく。
「『希薄』か『静寂』、どっちかな?」
「その呼び方をするなっ!!!!」
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「よう! やっぱり来たか。わざわざ殺されによ!」
「ひゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ミストはターナと少し違い、窓に着くと押し込まれるのではなく思い切り外へ投げ飛ばされた。
窓を突き破って、みるみる舞踏会場から離れていくミスト。彼女は必死に悲鳴を上げてスカートを押さえていた。
やがて失速した地点で着地すると、屋敷は視界に小さく映るほどの遠さとなっていた。そして周囲は木だらけ。小さな森まで飛ばされたのだ。
「これで2人きりだな」
ミストと対峙するように地面を割って着地したのは、因縁のある男。
「この馬鹿力、やっぱりデストですかっ!」
「どこで判断してんだよ」
デストが笑っている間に、ミストは太ももにベルトを巻いて固定していた短剣を取り出す。
「へぇ? その格好で戦えるのか?」
声に反応したのか、ミストはスカートをビリビリと破り捨て、動きやすいよう膝上の長さに調整する。
「言い訳はしませんっ。
だって死ぬのはデストですからっ!」
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数分前、マリア・ディスローグは会場とは別の場所にいた。その理由は乙女の事情につき割愛。
「アイト、ちゃんとステラを守っているかしら」
乙女の事情につき、マリアは仕方なしにアイトにステラの護衛を頼んでいた。とは言っても自分が戻るまでのほんの数分。
手を洗って控え室を出て会場へ戻る。問題はないと思っていた。
真っ暗な会場を目撃するまでは。
「な!? どういうことっ!?」
参加者のざわめく声の中、確かにバリンと窓が破れる音が2つ響き渡る。
「アイトっ!! ステラっ!!」
マリアはすぐにアイト、ステラが無事か確かめるべく中へ入るーーー。
「ま、マリア先輩〜」
「ステラ!! 無事だったのね!!」
前に、会場から飛び出してきたステラ・グロッサに駆け寄る。確認すると彼女はかすり傷ついてないようだった。
「アイトは!? あの子はどこ!?」
「こっちです〜!」
マリアの声を遮るようにステラは彼女の腕を掴んで外へ走っていく。どこか軽やかな足取りだった。
廊下を走り、会場の外に出た2人。気づけば屋敷付近の庭園まで走っていた。
「ステラ、アイトはどこにーーーー」
スンッ。
「えっ‥‥‥」
澄んでいるようでどこか鈍い音がマリアの耳に届く。真紅のドレスがさらに赤く染まった。脇腹から徐々に赤が広がっていく。
「す、ステラ‥‥‥??」
咄嗟にステラが持っていた短剣を自分の腹から抜いて払いのける。どうやら致命傷になるほど深くは刺さっていなかったらしい。赤く染まった短剣を持ったステラは笑っていた。
「『迅雷』と呼ばれる割に、思ったより呆気ない」
ステラ、だったものは変形していき、本当の姿を現す。ステラには似ても似つかない、黒いローブを纏った女だった。
(私が気づかないほどの幻覚魔法‥‥‥!!)
マリアは相手を睨み、声を振り絞る。
「誰よっ!!」
「これから死ぬのに教えても無駄」
マリアは今ドレス姿で刀を持っていない。だから素手のまま構えを取る。
「っ!?」
そしてマリアは目を凝らしていたはずなのに、襲撃者の姿を見失った。