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なんでここにいるのよ!?

 翌日。舞踏会当日の朝。


 なぜかその日はマリアとステラの部屋で一晩過ごすことになったアイトは目をゴシゴシしながら起床した。いや身体を起こすことはできなかった。


 「んぅ〜アイトぉ、こらぁ〜ころぉ‥‥‥」


 (すっ!? ころ、すっ!?)


 眠った姉のマリアに抱きつかれて全く身動きが取れなかったのだ。マリアは寝相が悪すぎて自身の寝巻きがとんでもないことになっている。はだけているレベルではない。脱いでいるレベルだった。


 血が繋がっていない他人だったらアイトの目には扇情的に映っていただろう。今はただ気まずいだけである。


 (いくら昨日帰りが遅くなって心配だからって、

  この仕打ちはないわ‥‥‥)


 『ダメ!! 一緒の部屋で寝なさい!!』


 『ステラに何かするんじゃないわよ!!』


 『あたしのベッドで寝なさい! 監視するから!!』


 姉のマリアにそんな矛盾しまくりなことを思い出し、腹いせに自分の身体に巻きついているマリアの腕を雑に払いのける。


 すると隣のベッドで寝ていたステラがゆっくりと身体を起こす。


 「‥‥‥あ、弟くん、おはよう、ございましゅ〜」


 手入れされて真っ直ぐで綺麗な水色髪と誰もが目を奪われる美貌を持つステラ。そんな彼女の寝起き姿。


 髪はボサボサでパジャマを少し乱れて肩が出ていて、少し崩した女の子座りでチョコンと座っている。そして何よりいつも大人びて母性を感じられるステラのあどけない姿。


 (やべ‥‥‥初めて姉さんの言うことが正しいと思った)


 簡潔に言うと破壊力の権化。思わず手を伸ばしかけていることにアイト自身も気づいていない。


 「おはよう、ございます〜」


 「はいおはようございます!!」


 これ以上見るのは申し訳ないとアイトは秒速で挨拶して部屋を出ていった。そしてやっと手を伸ばしていたことに気づく。


 「‥‥‥んぁ? あっ!? どこ行ったのあの子!?」


 「お、落ち着いてください〜」


 目が覚めたマリアが錯乱しかけるのを寝起きのステラが必死に収めるのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 同時刻、別の宿。


 「ミスト、おはようございます。早いですね」


 「は、はい」


 オリバーは早起きし、既に着替えて宿を出る準備は整っていた。そんな彼はミストの部屋(ターナも同泊)の扉をノックし入って今に至る。


 ミストはまだ半袖のTシャツに短パンでまだ着替えていない。そしてターナは。


 「え、まだ寝ているんですね」


 「シッ、しばらく寝かせてあげましょお!!

  ここ数日、相当疲れていたでしょうしっ」


 眠っていた。ターナは口をムニャムニャしながら体の向きを変える。まだ起きる様子はない。こんなにも無防備なターナはかなり珍しかった。


 「こうやって見ると、子どもみたいですねっ」


 (それをミストが言いますか‥‥‥?)


 ターナは黄昏メンバーの中で1番小柄で幼い顔つきだが、ミストもかなり匹敵する。間違いなく大人びた印象は見受けられない。ましてミストの性格が子どもっぽさを物語っていた。


 それも踏まえるとターナよりも子どもに見られる可能性は充分にある。そのことをオリバーは口にしなかった。


 「寝てる時のターナは、こんなに可愛いのにっ」


 ミストはいたずらっ子の顔を浮かべてターナの頭に手を伸ばす。可愛さの衝動に駆られて頭を撫でたいのだろう。


 「‥‥‥普段は可愛くなくて悪かったな?」


 「ひゃいっっ!?」


 ミストはガシッと音が立つほど腕を強く掴まれる。阻止したのは当然頭を撫でられそうになった張本人だ。


 「お、おはようございますぅぅぅぅ!!!!」


 「大声出せば誤魔化せると思ってないか?」


 ガバッと身体を起こしたターナはミストに絡みつき、背中に回り込んで腕を彼女の首に回す。


 「ひゃぁぁぁぁ!!? やっぱり怖いぃぃぃぃ!!!」


 「やっぱり?」


 (‥‥‥外で待ちますか)


 居た堪れなくなったオリバーは音を立てないようにゆっくりと部屋から出ていった。背中に聞こえる悲鳴は聞こえないふりをした。




 宿を出る前に3人は一度ミストの部屋に集合する。


 「舞踏会は夜、それまでに準備を進めないとですね」


 「じゅ、準備って何をですかっ?」


 「バカ、最優先で何とかすべき問題があるだろ」


 ターナがそう言うとミストはおずおずと首を傾げる。それを見たターナは渋々口を開く。


 「‥‥‥服だ。厳密にはドレスだ。

  最悪オリバーはなんとかなるかもしれんが、

  ボクたちは絶対にドレスがいる‥‥‥いるんだよ」


 「あっ、そ、そうですよねっ!」


 ミストが首をガクガク縦に振ると、ターナは手で顔を覆ってため息をつく。


 「ドレスか‥‥‥1番着たくない服筆頭だな」


 「ど、同感ですっ!」


 「それはダメでしょう‥‥‥」


 ドレスに抵抗がある2人にオリバーはジト目を向ける。舞踏会に相応しくない服装で参加は不可能。最低条件は何がなんでも満たさないといけない。


 「‥‥‥地味で安い物にしよう。うんそれがいい。

  二度と着ることないし。ていうか着たくないし」


 「そ、そうですねっ!」


 2人は勝手に話の方向性を決めていく。ドレスでも地味なものだと不評を買って怪しまれるかもしれない。そう感じたオリバー2人の結論を止めるべく話し出す。


 「そういえばドレスやアクセサリー、化粧品に関しては

  アテがあります。もしかすればお金はかかりません」


 「オリバー、そんなアテがあるのか?

  あんまり知らんが、こういうのは全部用意すると

  相当な金額になると思うぞ。考えるだけで恐ろしい」


 「も、もったいないですよねっ」


 ファッションに全く興味がないのが丸わかりなターナとミスト。暗殺者育ちの2人にとっては高い服を着るのは忌避感があったかもしれない。服は血で汚れるものだと思っているからだ。


 「あまり時間がないので今から行きましょう。

  返送して元ルーンアサイドの人にバレないように」


 「‥‥‥ああ」


 「はいっ! って行く場所ってーーー」


 ミストがハッとした様子で微笑むオリバーを見つめる。オリバーはやっとわかったかと言わんばかりに口を開けた。


    「行きましょう。『ジュピタメルティ』に」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 夜。ヴァルヴァロッサ家の屋敷前。


 アイト、マリア、ステラの3人は受付で招待状を渡し、舞踏会場へと入っていく。


 中に入ると既に先にいた貴族や令嬢たちが「おお‥‥‥」と簡単な声を漏らしていた。それが誰に向けられているかは言うまでもない。


 ステラは水色髪のハーフアップ、そして髪色と同じ水色であまり装飾されていないイブニングドレス。


 シンプルなデザインだからこそ、着飾った印象を感じられない。それがステラ自身に宿る天性の美しさをこれ以上ないほど引き出している。


 「やっぱり目立ってるわね‥‥‥」


 ステラの隣でため息をついたマリア。だが彼女にも視線が集まっていることに全く気づいていない。


 マリアの髪型は普段のポニーテールではなく少し巻いた黒髪ロングのワンカール。ステラは美しさが振り切れているのに対し、マリアはカッコ良さと美しさを両立している。


 そしてドレスは真紅のカクテルドレス。ミステリアスな雰囲気を醸し出していた。


 「マリア先輩、似合ってます〜♪」


 ステラもそのことに気づいていて、少しうっとりした様子でマリアを見つめていた。


 「そ、そう? これ、エルリカさんをイメージしたの」


 「そう言われると確かにそんな感じがします〜」


 ステラにそう言われたマリアは照れくさそうに頬をポリポリ掻く。


 マリアがエルリカというのはルーライト隊員で先輩のエルリカ・アルリフォンを指していた。硬化魔法を生かして近接特化の戦闘スタイルのため『金剛』と呼ばれるほどの実力者。


 (ん? だれ?)


 だがアイトはエルリカのことを知らないため、そんな感想しか出てこない。


 「でしょ! アイトもそう思うわよね!?」


 「ん、ん〜、うん」


 だがマリアの嬉しそうな声を聞くと知らないとは言えない。


 アイトはニコニコ顔で表情を誤魔化し空返事をした。


 「おやおや、ステラ様にマリアさん。ご機嫌よう」


 そんな3人に声を出して割り込んで入ってくるのはボルボ・ヴァルヴァロッサ。ヴァルヴァロッサ家の当主、バルバ・ヴァルヴァロッサの息子。


 「ご機嫌よう。お招きいただき光栄です」


 マリアは低い声でそう言うとステラを自分の背中に隠す。その瞬間にボルボはあからさまに不満に満ちた顔をするが、やがてニヤリと笑みを浮かべる。


 マリアを舐め回すように見始めたのだ。マリアはビクッと身体を震わせ、思わずボルボを睨みそうになる。


 「っ、バルバさんとネコさんの姿が見えないのですが」


 場を紛らわそうとマリアは口を開く。確かに主催者側のヴァルヴァロッサ家の2人がいないのは少しおかしかった。


 「ああ、父上は突然体調が悪くなって休んでいる」


 「なっ、そういうことは先に教えていただかないと!」


 「ついさっきのことだったんだ。失礼した。

  それとネコか? 知らないな。

  化粧に時間でもかかってるんじゃないのか?」


 そう言い終えたボルボはマリアに向ける視線を戻す。マリアは徐々に気分が悪くなってく。


 だがそんなことを話せばどこかに連れ込まれるかもしれない。そして問題行動に発展すればグロッサ王国の評判を落とすことにつながる。


 よってマリアは耐え忍ぶしかなかった。


 (ん〜、俺からするとちょっとなあ)


 実の姉がそういう目で見られるのは何か気味が悪い。そう感じたアイトはマリアの前に立つ。


 「え、と。この人の弟でアイト・ディスローグとーー」


 「お姉ちゃんをこの人呼ばわりしない!!」


 「もっ!?」


 アイトは背後から伸びた手に頭を叩かれて声が途切れる。間抜けな声を上げることで参加者もこっちに視線が集まる。そしてそれは、いやらしい視線を送っていたボルボにも集まることになる。


 「‥‥‥ッチ、もういいわ。空気読めよ」


 ボルボは舌打ちして踵を返す。アイトはホッと息をついた。


 「何よあいつっ! 空気読んでないのはどっちよ!!

  アイト、大丈夫だった!? 何もされてない!?」


 (いやどう見ても俺は何もされてないだろ‥‥‥)


 「弟くん、助けていただきありがとうございます。

  私もマリア先輩も助かりました」


 ステラはアイトに頭を下げ、微笑む。まるで行動の意図を察したかのように。


 「な、何のことですかっ?

  ただ自己紹介しないとは礼儀に反すると思って」


 「アイトっ‥‥‥成長したわね!!」


 マリアは肩をバシバシ叩き満面の笑み。


 (うん。まあこれこそが姉さんだよな‥‥‥)


 姉とは全く通じ合ってないことを実感するアイトだった。ちなみにアイトの服装は黒のタキシードである。



 「お前は全く成長していないようだが?」



 突然響く挑発じみた声。声がした方を向くとマリアと似た真紅のドレスに身を包んだ女性がいた。


 ホワイトブロンドの美しい髪をハーフツインテールにまとめていて、可愛らしい髪型をしているが容貌は信じられないほど大人びている。


 そんな彼女は不敵な笑みを浮かべるのに対し、マリアは眉間にシワを寄せて不機嫌な顔をしていた。



 「スカーレットっ!! なんでここにいるのよ!?」



 マリアが大声で叫ぶ。スカーレットと呼ばれた女性は不敵な笑みを崩さずに口を開く。


 「随分なご挨拶だな。

  私が婿探しをしていて何か変か?」


 「変よっ!!! 

  尽くすどころか殴り殺すタイプでしょうが!!」


 アイトは2人のやり取り(主にマリアからの罵倒)を見て、2人は親しい仲だと感じた。


 「それで随分お熱の弟くんに紹介してくれないか?」


 「あ、あんたねぇ‥‥‥!!!」


 このままだと話が進展しないと、アイトは前に出て頭を下げる。


 「アイト・ディスローグです。よろしくお願いします」


 「ほう。よくできた弟だな。

  私はスカーレット・ソードディアス。

  グロッサ王立学園4年Dクラス、生徒会副会長だ。

  ま、生徒会副会長なんて席を置いてるだけだが」


 スカーレットが自己紹介をしている間、マリアは嫌そうに口をへの字に曲げ、ステラは微笑んでいた。


 「‥‥‥え? グロッサ王国の?

  ここミルドステア公国では? 学園は欠席ですか?」


 「‥‥‥ぷっ、ハハハッ!!」


 アイトの発言がおかしかったのか、スカーレットは笑い出した。


 「ああ、笑ってすまない。

  こいつの弟にしては普通のことを言うものでね」


 「あんたにだけは言われたくないわっ!!」


 スカーレットに掴みかかりそうなマリアを無視し、アイトは気になったことを話しかける。


 「4年ってことは姉さんと同級生ですか?」


 「ああ。入学時は同じDクラスだったのだが

  今ではこいつはAクラスで『ルーライト』所属、

  一方で私は4年生の問題児と来た。やれやれ」


 「ふざけないでっ!!」


 これまでとは違うマリアの怒った声に、アイトは自分に言われているかのように身構える。


 「‥‥‥もういいわ。邪魔だけはしないで」


 「そうだな。保証はしないが最善を尽くそう」


 ニヤッと笑ったスカーレットはホワイトブロンドの髪を靡かせ、歩いていった。


 「何が最善を尽くすよ。腹立つわ」


 マリアは拳を握り締める。


 (あの人の自信、立ち振る舞い。只者じゃないな)


 アイトはスカーレットのことが気になっていた。師匠のアーシャと似た雰囲気を纏っていたからだ。


 「あの〜、あの人について詳しい説明をーー」


 「あ?? なに?????」


 「なんでもございません」


 聞きたいことがあったが、とても聞ける雰囲気ではなかった。


 「あらあら〜」


 そのやりとりをみたステラは微笑んでいた。




 その後、アイトたち3人は舞踏会が開始されるまで用意されたバイキング形式の食事を楽しむ。


 「おい、来たぞ‥‥‥」


 「因縁の対決だな‥‥‥」


 参加者がそれぞれ声を上げる。食事にしか意識が向いていなかったアイトは顔を上げると、舞踏会場入り口から注目を浴びた2人が歩いてくる。


 1人はルルツ家当主、ファロン・ルルツ。


 三大貴族の一角でその当主ということで注目を浴びていた。だが視線のほとんどは隣を歩く少女に向けられたものだった。


 それは舞踏披露会で注目を浴びた少女、クロエ。


 黒髪サイドテールの彼女は髪色に合わせた黒いドレスを身に纏っている。化粧もバッチリ決めていて幼さと妖艶さを醸し出していた。


 「〜♪」


 クロエはニッコリと可憐な笑顔で歩く。そんな彼女に参加者の目は瞬く間に奪われていく。それはアイトも同じだった。



    彼女の首に、黒いペンダントが掛かっていた。

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