何か引っかかる
イシュメルが襲撃者の男を運んでいった後、アイトは今からすべき行動を考えていた。
(ターナ、オリバー、ミストに連絡は繋がらない。
何が起きてるか全くわからないし、
『ジュピタメルティ』に行って情報を得るか。
‥‥‥ミスった! じゃあイシュメルと一緒に
店に向かえば良かったじゃん!?)
アイトが既に姿が見えないイシュメルの去っていった方向へと移動を始める。エルジュ構成員が近くにいるかもしれないという理由で『天帝』レスタの格好は解いてない。
やがてアイトは『ジュピタメルティ』を目指す道中で三大貴族の一角、ルルツ家の屋敷付近を通る。
(おっきい屋敷だな〜)
アイトはそんな感想しか抱いていなかった。ミルドステア公国の三大貴族のことを知っているわけがない。よって何事もなく素通りしていく。
だが、屋敷付近で微かに血の匂いがすれば足を止めざるを得ない。さっきイシュメルからエルジュ構成員が襲われている現状を聞いているからだ。
(まさかここで何か起こっているのか?)
だが確信が無ければあまり時間をかけていられないアイトは強硬手段に出る。
左手の親指と人差し指で輪っかを作り、その間に右手の人差し指と中指を通し、空へ向ける。右手には魔力が籠っている。
「【打ち上げ花火】」
右手からバシュッと音がして、魔力が打ち上がる。だが雨に遮られて上空に到達する前に破裂した。
花火の光によって屋敷周辺が明るく灯される。音は雨に吸収されて響かなかったが、近くにいる人が声を上げるには充分だった。
「な、なんだ!? 攻撃か!?」
「この魔法はっ‥‥‥!」
アイトの耳に聞こえるそんな声。聞こえた方向は自身から見て右に数十メートル先。
アイトは声の方へと突進し【血液凝固】を右目に施す。
視力が強化された右目には人影がはっきりと見えた。そしてさっきの男と同様、服にルーンアサイドの紋章が目に入る。
「!? さっきのはお前がーーー!?」
男が声を上げた瞬間には、アイトに服を掴まれ足を引っ掛けられ、投げ飛ばされていた。男は背中から地面に叩きつけられる。男は呻き声を上げて意識を手放した。
男を無力化したアイトは近くにいるもう1人に突進する。もう1人は黒いフードをかぶっていて顔は見えないが体格的に女性だとアイトは判断した。
女に近づいたアイトはさっきと同じ要領で投げ飛ばそうと掴みかかった瞬間、首元に短剣を突きつけられたため咄嗟に首を逸らして躱す。
その隙に女はアイトの手を振り解いて距離をとる。
「ふんっ、これくらい躱してくれないと
失望していたところだ。レスタ」
黒いフードを頭から外しながらの女の発言にアイトは構えを止めて立ち尽くす。低身長に黒髪ショートという幼い印象しか受けない少女をアイトは知っている。
「ターナっ!?」
「今さら気づいたか。それでもエルジュの代表か?」
アイトの反応が面白かったのか、ターナは僅かに口角を上げていた。
「お、おい!?」
アイトはそんな再開をぶち壊すかのようにターナの手を掴んで全速力で走り出す。
「さっきの花火で人が来るかも!
俺たちの格好は明らかに怪しいから離れるぞ!」
「お前が打ち上げたんだろうがっ!?」
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ターナがアイトと鉢合わせた経緯を説明するとオリバーは納得した様子で頷いた。
「‥‥‥なるほど。それでレスタさんと合流したと」
「ああ。ボクが消す前にレスタが邪魔してきた」
(その言い方はひどくない?)
「その言い方はひどくないですかぁぁ!?」
ミストの部屋(宿屋の一室)。
アイト、ターナ、オリバー、ミストの4人はこれまでの経緯を話していた。
「レスタさん久しぶりです。
1ヶ月で、少し雰囲気変わりましたね」
「そ、そう? まあ地獄と隣り合わせだったからな」
アイトは照れた様子で物騒なことを言う。彼の脳裏にはドS銀髪女性の高笑いが響いていた。
「エリスさんたちともう会いましたか?」
「いや、その前にこっちに来た」
「何かあったんですか?」
「ああ、それはーーーーー」
アイトはなぜ自分がミルドステア公国にいるのか話す。それを聞いたターナ、オリバー、ミストの反応はこうである。
(やっぱりな。そんなことだろうと思った)
(レスタさんのことだ。他にも何か目的が‥‥‥?
絶対に姉のマリアさんに連行されたってだけが
理由だけじゃない。まさか、舞踏会‥‥‥?)
(なんでこの人ここにいるんだろう‥‥‥って
まさか舞踏会でも顔合わせるってこと‥‥‥?)
そのあとは各々の話が続いた。
デストがミストに襲いかかったこと。舞踏会のこと。他にも話すことがたくさんあった。
ちなみにデストのことを聞いている間、アイトは空返事ばかりしていた。気づけば代表になっていた彼がそんな事情を知っているわけがない。
「これが本題です。ターナ、何があったんですか?」
「それは俺も気になる。連絡しても出ないし」
「し、心配でしたぁぁぁ!!」
オリバーの質問にはアイト、ミストの2人も同意した。今1番聞くべきなのは、ターナに何があったのかだった。
「‥‥‥そうだな。それを話すにはボクがここにいる
理由から話さなくてはならないな。
今から話すことは誰にも話してない。教官にもな」
その言葉を聞いてアイトたちは息を呑む。ターナがラルドに報告しないということの意味を理解したからだ。
「‥‥‥最近、ある情報を掴んだ。
A級に値する魔道具が
ミルドステア公国に流れたって情報だ」
「A級!?」
「A級ぅぅ!!?」
「へー、A級か‥‥‥ふーん」
オリバー、ミスト、アイトは三者三様の反応をする。
魔道具。文字の通り魔力が宿る道具。
道具といっても形は様々。宝石の魔道具もあるし、武器の形をした魔道具もある。
魔道具には特殊な効果が刻まれたものが数多く存在し、さまざまな分野で活用されているのだ。
魔道具は効果や希少性によって国に登録されている魔道具は階級が定められていて、上からS、A、B、C、D、E、Fとなっている。
例えば連絡用の魔結晶も魔道具に該当する。階級はF級。
魔道具についてわかっているため、オリバーとミストはA級の魔道具の存在を聞いて声を出して驚いたのだ。アイトは逆にわからず小さな声を漏らしたのだが。
「A級って、換金すれば数億は下らないって
代物ですよ!? 確かな情報なんですか!?」
(数億っ!? 魔道具一個で数億!? 欲しい!!)
オリバーの発言の意図を勝手に別解釈したアイトはターナの話を必死に聞く姿勢をとった。
「言いたいこともわかるが、確かな筋から得た情報だ。
でもボクは金が目的で来たわけじゃない。
正直、それどころじゃないんだよ」
「どういうことですか?」
オリバーはすぐに聞き返す。アイト、ミストの2人はオリバーが言いたいことを全部言ってくれるため聞くことに専念していた。
「‥‥‥魔道具の名前は『暗黒平定』。
見た目は黒のペンダントだ。それは別にいい。
問題は、魔物の記憶が眠っていることだ」
「魔物の記憶‥‥‥?」
オリバーの聞き返しにターナは一息ついてから、口を開く。
「魔力を通せば刻まれた記憶から魔物を召喚できる。
記憶された魔物の種類は一切不明。限度も不明。
そして、魔力を与え続ける限り召喚され続ける」
「なっ‥‥‥!?」
オリバーはターナの言っている意味を理解し、顔が真っ青になっていく。
「極論を言えば、一国を滅ぼすとされる魔族や
竜が無限に召喚されてもおかしくない」
「な、なんですかそれぇぇぇ!?」
「うん、それはヤバいな。回収しないと!!」
ミストの叫びはアイトの声にかき消される。アイトは拳を突き上げてやる気に満ち溢れていた。
「レスタ‥‥‥珍しくやる気だな。え、こわ」
「ターナさんっ!?」
「うるさい、話を戻そう」
仮にも代表であるレスタ(アイト)にこんな口を叩けるのはターナだけである。2人のやりとりを聞いたオリバーは驚きで声が出ず、ミストは両手で口を押さえて震えている。
「『暗黒平定』を所有しているのは三大貴族の誰か。
だから2日前の夜、ボクは潜入を試みた」
「それって?」
「ルルツ家だよ。最近、当主のファロン・ルルツの娘が
亡くなったことで、ファロンによからぬ動きを
噂に聞いたからな。でも、邪魔された」
「‥‥‥邪魔してきたのは」
ミストはか細い声で呟く。予想はついていたが、それでも気のせいであって欲しかった気持ちもあった。
「ああ、元ルーンアサイド。かつての私たちの同僚」
ターナほ何も取り繕わずに淡々と事実を述べる。ミストは咳き込みそうになる。
「やっぱり‥‥‥」
「襲ってきたのは7人だったな。見たことある顔だった。
周囲にバレないように時間をかけて
慎重に返り討ちしていたら、さっきまで
時間がかかった。ま、最後の1人は邪魔されたが」
ジト目を向けてくるターナに、アイトは気づいていなかった。さっきのターナの発言に気を取られていたのだ。
(‥‥‥かつての仲間を躊躇もなく殺せるのか)
アイトはふとミストの方を向く。ターナの話を聞いた後でも彼女の反応は何も変わらない。彼女も暗殺者だからだろう。オリバーは少し含みのある表情をしていた。
「しかしミストも災難だったな。少しは躊躇うか?」
ターナはチラリとミストを見つめる。災難というのはデストと殺し合うことになったことだろう。だが、ミストは首を傾げる。
「? 何をですか? よくわからないです」
「それを聞いて少しは安心した」
その発言を聞いたターナはふっと笑い、アイトとオリバーは声が出ない。
「襲ってきた相手がこんな物を持っていた。
どうせミストも貰ったんだろ?」
ターナは右手の指に挟むようにしてスッと紙を取り出す。それは舞踏会の招待状だった。
「‥‥‥はい。デストに投げられました」
「つまり、私とお前への警告だろうな。
参加しなければ舞踏会がどうなるかわからないと」
「そうですね、でも」
ターナとミストはそれぞれ言葉を紡ぐ。それが偶然か必然かーー。
「消すだけだ」
「殺しますっ」
2人の意思は同じだった。ただ自分たちの邪魔をする元ルーンアサイドの構成員を舞踏会で始末できればいいと。
「それじゃあ、手を貸さないわけにはいかないか」
「レスタさんに同感ですね」
2人の決意を感じとったアイト、オリバーはお互いの顔を見て頷く。それを聞いたターナは「ふんっ」と言った様子で首を逸らし、ミストは目にも止まらぬ速さでお辞儀を繰り返す。
「俺はステラ王女と姉さんに同行して舞踏会に
参加するから、3人は各自招待状で参加してくれ」
「ボクは魔道具の回収と元ルーンアサイドで
邪魔してくる奴らを返り討ちにする」
「僕は全面的にサポートですかね。
最優先は魔道具の回収」
「デストを始末しますぅぅぅ!!!」
こうして、舞踏会に参加することを決意したアイトたち。
ターナはミストと一緒の部屋に宿泊することになり、オリバーは予定通り隣の部屋に就寝する。
そして宿屋を出て外を歩くアイト。話をしている間に既に雨は止んでいた。
(何だ? 何か引っかかる。
忘れてはいけないことを忘れているような‥‥‥)
レスタの変装を解いたアイトは顎に手を置いて歩く。彼はまだ何か引っかかることがあった。それは自分が何かを忘れているような感覚が胸でざわめいていること。
だが引っかかりが治ることがないまま自分が宿泊している宿屋に戻り、部屋の扉を開ける。
そこには目を腫らして泣きじゃくる姉のマリア・ディスローグと背中を撫でて落ち着かせているステラ・グロッサがいた。
(‥‥‥これだったのかぁぁぁぁぁぉ!!!!?)
「あぃどぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
そう感じた瞬間、目が合った狼に飛びつかれる。その後の記憶はなかった。
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同時刻、三大貴族の一角、ヴァルヴァロッサ家。
「いよいよ明日か。ファロンめ。目にもの見せてやる」
当主のバルバ・ヴァルヴァロッサは自分の椅子に腰掛けて机に置いたケースを撫でる。
「父上。それはなんだ?」
それを見ていた息子のボルボ・ヴァルヴァロッサは机に置いていたケースを指差す。するとバルバは淡々と答えた。
「余興だ。明日の舞踏会を大いに盛り上げるためのな」
「へえ‥‥‥?」
親子の会話を壁越しに聞いていたのはネコ・ヴァルヴァロッサ。バルバの娘でボルボの妹となっているが、2人とは血が繋がっていない。
(怪しい‥‥‥最近お父様が取り寄せたものだけど
中身が何なのか全く教えてくれなかった。
最近はよくわからない人たちを雇っているし。
それに兄様も何か企んでるし、やっぱりもう‥‥‥)
そう考え込んで暗い顔で部屋に戻っていくネコを、元ルーンアサイド『撃墜』のデストがぼんやり眺めていた。
「心ここに在らずね。どうしたの」
デストに声をかけたのは黒いフードを深く被った少女。
「‥‥‥いたのか、『希薄』。なんでここに来た。
お前はルルツ家に雇われてるんだから
ここにいるのを他のやつに見られたら面倒だろ」
デストはため息をした後に少女を睨みつける。ルルツ家に雇われているのに今はヴァルヴァロッサ家の屋敷にいる。バレたらめんどくさくなるのはデストの言う通りだった。
「そんなこと言っていいのかな?
せっかくいい話を持ってきたのに」
『希薄』と呼ばれた少女はふっと笑い、口角を上げる。
「とりあえず話してみろ」
「あの女が公国内にいる。
相変わらず無愛想な感じだった。
ま、私に気付いてなかったけど。
私の存在に気づいた時がとっても楽しみだわ」
「‥‥‥まさか」
「そう。『静寂』のターナ」
少女が自慢げに答えると、デストは笑い出す。
「だからお前がいつもより生き生きしてるわけだ。
あのガキのことライバル視してたもんな?
あ、むしろ気づいてくれなくて拗ねてるのか??」
デストはふと首元に短剣が突きつけられる感覚に陥る。それを咄嗟に左腕で首元を払うことにより打ち破った。
「これ以上勝手なこと言ったら殺すよ?」
「へいへい。今の動きをあのガキにやれよ。
ていうかもう死んだんじゃないのか?」
ダストの問いに少女は首を横に振り、口を開く。
「あの女がルルツ家の屋敷に侵入しようとした時に
仲間に襲わせて生まれる隙を窺ってたら
雇い主に呼び出されて私は離れざるを得なかった。
タイミング最悪。奴らだけで、あの女は殺せない」
「ま、それもそうか。で、あれは渡したのか?」
「奴らの内の1人のポケットに仕込んでおいた。
どうせあの女は殺した奴らを探ると思ったから」
少女は眉一つ動かさず血も涙もないことを淡々と述べる。デストは思わず苦笑いをしていた。
「はっ、なかなか酷い渡し方をするもんだ。
ま、酷いのはかつての仲間を殺すあのガキもか」
「弱いあいつらが悪い。ホント使えない。
それにあの女が情に流されて殺さなかったら
むしろ興醒めだった。そんな腑抜けは私が許さない」
(あー‥‥‥この女のメンヘラ気質はマジでだるい。
でもこの感じだとガキは任せていいか)
デストは頭をガシガシ掻き廊下を歩き始める。
「奴らと話はついたか?」
「ついた。私たちと奴らの目的は違う。
お互い邪魔をしないように釘を刺しておいた」
「そうか。んじゃ、もう寝るわ」
デストがそう言って振り向くと、既に少女の姿は無かった。
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同時刻、同じく三大貴族の一角、ルルツ家。
「ごちそうさまでした〜♪ 美味しかったで〜す♡」
「お粗末さまでした」
夕食を食べ終えたクロエは召使いの女性にお礼を言った後に用意された寝室へと歩き始める。
「そういえば、昼からファロンさんが
部屋から出てこないですけど大丈夫ですか〜」
ファロンの診察の前で足を止めたクロエの発言に、女性は頭を下げる。
「ファロン様は今、明日の準備をしておられます。
何やら当家の代表として舞踏会で踊る者に、
つまりクロエ様が身につけるアクセサリーだとか」
「へぇ〜! 精一杯おめかししろってことですねっ?
わっかりました〜! 私も準備しますね〜!」
目を輝かせたクロエは寝室へと入って肌のケアをしていく。今の彼女には舞踏会しか見えなかった。
(明日の舞踏会‥‥‥とっても楽しみ♪)