幸せだもん!
私はどこの生まれか分からない。親も誰か分からない。
ただ、私のことをミストと名付けたことだけは分かる。捨てられた私と一緒に入っていた紙にそう書かれていたってボスから聞いた。
ボスは幼い私を拾ってくれた。少しぶっきらぼうだけど優しい人。
ボスが暗殺者ということは幼いながらも理解していた。だから私は、ボスのように強くなりたいと思った。
「お前に暗殺者は向いていない。
ミスト‥‥‥お前は幸せになるんだ」
「幸せだもん! ボスと一緒に仕事したい!!」
「だから、ボスとは呼ぶなとあれほど」
「や! カッコいいもん! 私も、なる!!」
「ターナと同じようなことを言うな」
「なる!! なるもんっ!!」
こんなに頑固な時期が私にもあったんだ。
そして5歳の頃、私はルーンアサイドの訓練生になった。
どうやら、私には素質があったらしい。
9歳になった時には訓練生を卒業して構成員に昇格。11歳で幹部候補生、そして13歳になった時にはーーー。
「おい、見てみろあれ」
「『残虐』様だ。やっぱ何考えてるかわかんねぇ〜」
2人の構成員が私のことを言っているのはすぐにわかる。
だって私はルーンアサイドのボスであるラルド・バンネールの側近、『残虐』ミストだからだ。
「ボス。報告に参りました‥‥‥?」
私の発言が何か気に食わなかったのか、ボスはため息をついていた。
「ミスト、いつまで今の態度を続けるつもりだ」
「今の、態度ですか?」
「‥‥‥『残虐』なんて、呼ばれるような心構えだ」
ボスの言ってる意味がわからない。何も言い返せない。
「‥‥‥私、ボスのように強く、そしてーーー」
「私のようになるな!!」
ボスが声を荒げるなんて思わず、私は縮こまってしまった。
「‥‥‥ご苦労だった」
「‥‥‥はい。失礼します」
なんで、こうなってしまったんだろう。
ボスの役に立ちたい。そんな気持ちで暗殺者になってから、逆にボスと話しづらくなってしまったのだ。
「はあ‥‥‥」
ボスの部屋から出たら、思わずため息が出てしまう。だめだ、もっと強くなってボスの役にーーー。
「なんでダメなんだよ!!」
階段の下、1階フロアから怒ったような声が聞こえる。2、3人が腕を組み合って口論していた。さっき声を出したのは灰色髪の青年。
「暗殺者はいかに隠密に、痕跡を残さず、
時間をかけずに標的を殺すことだろ??
何が正面から迎え撃つだ。暗殺者舐めてんのか?」
「ああ!? 時には敵と向かい合って戦闘になる
可能性だってあるだろうが!
コソコソ隠れて殺すなんて、
臆病な奴がすることだろうが!!!」
「臆病で結構!! それが暗殺者だろ!?
もういい、話になんねえよ、お前」
男は掴手を放し、引き連れた仲間と共に去っていく。残ったのは灰色髪の青年だけ。
「っなんだよ、殺すなら何だって一緒だろうが‥‥‥」
暗殺者にしては珍しいタイプですね。つい頭に血が昇ってしまうほどの熱血タイプ。
「向いてないですね」
「ああ‥‥‥? なんだテメェは?」
気づいたらそんな声が口から漏れ出ていた。聞こえてしまっていたのか青年は見るからにイライラしている。
「ってなんだ。あの有名な『残虐』様かよ。
天才だからなんでもわかってるって面だな」
何この人。腹立ちますね。
「別にそんなこと思ってません。
ただあなたみたいな血が昇る冷静になれないタイプは
暗殺者に向いてないと忠告しただけです」
「それが‥‥‥お高くとまってるってことだよ!!」
青年は階段を駆け上がって跳躍し、私めがけて膝蹴りを繰り出す。ただまっすぐな膝蹴り。当たるわけがない。
「本当にここの暗殺者ですか?」
口に短剣の柄を咥えて膝を腰を逸らして躱し、足を掴んで叩きつける。
「ぐっ!?」
うめき声が聞こえるのと口の短剣を彼の首元に突きつけるのは同時だった。
「‥‥‥さすが『残虐』様。へいへい参りましたよ」
降参を聞いたので彼の足から手を離し、首元の短剣も離す。
「はあ‥‥‥さすがに堪えるぜ。こんなガキに完敗とは」
「は‥‥‥? 年齢なんて強さには関係ないです」
「はっ、13歳のガキが言う言葉かよ」
鼻で笑いながら青年は歩いていく。彼の後ろ姿を見て、私は情けないと感じた。
「情けないですね。暗殺者には向いてない?
だったら自分に合うものを探せばいい」
思わずそんな言葉が口から出ていた。正直に言おう。こんなにも情熱のある人に少しだけ可能性を感じたのだ。
「正面戦闘が専門な暗殺者、面白そうじゃないですか。
まあ暗殺術も使えないと話になりませんが。
そんな部下が1人いると何か変わるかもしれませんね」
気づけば言いたいことを全部言ってしまった。あ、これ怒られるやつですか‥‥‥ま、返り討ちにしますけど。
「‥‥‥はっ、やっぱガキとは思えない発言だな。
面白え!! お前の口車に乗ってやるよ」
この場で彼は初めて笑った。こんな人でも意外と素直に聞く時もあるんですね。
「そうですか。期待はしてないですけど」
「はっ!! 言ってろ!!
俺の名をルーンアサイド中に知らしめてやるぜ!!」
「はあ、そうですか。それでは」
「デストだ!! 覚えとくんだなあ!!!」
何か言っているけど、私にとってはどうでもいいため次の任務へと移動を始める。
それから数ヶ月後。彼は幹部候補生へと昇格し、『撃墜』デストと呼ばれるようになる。なぜか私の部下になったけど。
それから2年が経ち、15歳の頃。ついにあの事件が起きる。
それはルーンアサイドの完全崩壊。
後に『天帝』レスタと呼ばれるようになるあの人に、ボスが打ち負かされる日。
その日はなぜか同じ幹部である、『静寂』ターナが早朝から本拠地から出て行った。彼女はとても険しい顔をしていた。
「それじゃミスト、行ってくるぜ!!」
そして私の部下となったデストが要人暗殺の任務に着いた。
「一応がんばってください。組織のために」
「へっ、おう!!」
まるで私が応援しているかのように嬉しそうにするデストを一応見送った。
今日一日は特に任務がない久々の休日。せっかくだしお買い物でもしよう。ついでにボスが依頼している短剣をすぐにでも取りに行こう。
ということで私は組織御用達の鍛冶屋に来ていた。
「やあミストちゃん、来たのか」
鍛冶屋を営む女鍛治師がニカリと笑ってくれる。金髪で30代前後の彼女は組織の武器を鍛えてくれるボスも信頼している人だ。ボスはここに来たことがないためお互い顔も見てないけど。
「はい。ボス、じゃないラルドさんが
依頼してたものを取りにきました」
「そう言うと思ってね。もう完成しているよ。
ちょっと試し振りでもしてみてくれ」
鍛治師が指差したのは鍛え上げられた鋼の長剣。ボスが愛用する武器のサイズと同じものだった。
「私には重たくて持てないかもしれませんけど」
言われた剣を持ってみる。すごく重い。手が痺れるほど、だった。
「っ、これ、は‥‥‥!?」
暗殺者としてわかる。剣の柄についていたのは、劇薬だった。体が勝手に毒の詳細を分析する。
「すいみん、どく‥‥‥」
「‥‥‥ははっ、やっと、この時が来た!
これで私は『深淵』へと近づく!!」
鍛治師に裏切られたと気づいた直後の記憶はなかった。
「ん!?」
次に目覚めた時には見覚えのある床の上だった。
口には猿轡、手足を縛られていて服も剥ぎ取られて下着姿。
即座に周囲を確認すると真っ先に視界に入るのはーーー。
「んんーーー!!!」
ボスが壁にもたれてぐったりとしている。脇腹には短剣が刺さっていて、そこから血が溢れていた。
ボスの前に立つのは銀髪仮面の謎の少年。近くには金髪のハーフエルフの少女にーーーー。
「んーん!?」
ターナもいた。そして彼女の近くには私しか顔を知らない裏切り者の女鍛冶師が生き絶えている。
「んーーーーー!!!!?」
「ちょちょ待って!? 目のやり場に困るから!!」
「レスタ様、見ちゃだめです」
ボスの仇ッッ!!! 殺してやるッッ!!
「ミストっ! 待て!! 誤解だ!!!」
「っ! んん!!!」
背後に回り込んだターナが私を羽交い締めにして押さえ込んでくる。
「んーん!! んうんっんん!?」
(ターナ!!)(うらぎったの!?)
「裏切ってない! それにボスは生きている!
あの男はボスに対して殺意はない!!」
ターナがそう言うと、壁にもたれていたボスが微かに身体を動かす。
よかった、ボス生きてた‥‥‥誤解ってどういうこと。
そう考え込んでいるうちにターナが私の拘束を解いていた。
「ぼ、ボスぅぅぅぅぅぅ!!!!」
気づけば、涙が溢れて大声を出していた。ああ、こんなにも叫んだのはいつぶりだろう。
その後、ボスは感服したとルーンアサイドの構成員をあの人の下につけると宣言。組織の名前もエルジュへと変わる。
「意味わかんねえ。俺はもう辞める」
任務から帰ってきたデストは事件の詳細を知らない。突然組織が変わると言われれば文句があるのも無理はない。でもそれだけが理由じゃなかった。
「デスト、落ち着いてくださいぃぃ!!
あなたほどの人材を失うわけにはぁぁ!!」
「‥‥‥はぁ。年相応、いやそれ以下か。
まるで幻影だった。完全に未練は無くなった。
失望したぜ。ボスにも、お前にも」
理由はわからなかった。でもデストを始めとする数人はエルジュへの加入を拒み、離れていった。
そしてエルジュが結成され、私は序列第9位になった。
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「‥‥‥なるほど。そういうことだったんですか。
だから外部加入組の僕が知らなかったんですね」
「はい‥‥‥」
オリバーはミストの話を聞いて少し暗い表情を浮かべる。彼女の申し訳なさがひしひしと伝わったからだ。
「‥‥‥ということは、ターナが失踪してるのは」
「‥‥‥元ルーンアサイド構成員の襲撃かもしれません。
ターナや私は元幹部だったことが彼らの恨みにーー」
「馬鹿ですね」
ミストの声を遮るようにオリバーは口を開く。罵倒されると思っていなかったミストは思わず背負ってくれている彼の背中を見つめてしまう。
「ラルド教官は関係あるかもしれませんが
君やターナが恨まれる理由はないでしょう。
まったく、勘違いも甚だしいですね。うん甚だしい」
「オリバー‥‥‥」
珍しく口の悪いオリバーだが、ミストが気負いしないように励ましてくれていることは彼女自身にもはっきり伝わった。
(オリバーって意外と恥ずかしがり屋‥‥‥なのかな)
そう感じたミストは気づけば笑ってしまっていた。彼女の微笑みを見たオリバーは即座に顔を前に戻して走る速度を上げる。
「ミストは本当に真面目ですね。
ふっ、そういうところはレスタさんに似てますね」
「‥‥‥は?」
「いっ‥‥‥!?」
場をつなげるように何となく発言したオリバーは右肩を強く握られ、いや握りつぶされそうなほど圧迫される。
そんなことをするのは1人しかいない。当然背中に乗せている水色髪のお団子に簪を差した少女である。
「‥‥‥は?? 今なんて言いましたぁ?」
(えっ‥‥‥あのミストが怖く見える!?)
どこか圧のある笑顔を浮かべたミストはオリバーに尋問するかの如く問い詰める。
「なんて言いましたぁ??」
「に、似てるってーーー」
声が上擦るオリバー。それがトリガーだったのか、ミストの右手がオリバーの右肩をーーー。
「あの人と似てるなんて寒気がしますっ!!!!」
「ゔいやぁぁぁぁ!!!!?」
握り潰した。それに比例した情けない絶叫は大雨の中でも響き渡るのだった。