強制参加の舞踏会
「俺、踊るの得意じゃないよ?」
舞踏会と聞いて、アイトが真っ先に浮かんだ感想がそれだった。
「そこじゃないわ。私の弟であるという点に尽きる。ステラと共に参加する私の付き添いがアイトなら、変な噂を立てられずに済むでしょ?」
(いやそれだとなぜ弟という噂が立つのでは‥‥‥?)
この状況で話の腰を折るわけにはいかないので口にせず話の続きを聞く。
「それにステラは男子が苦手なのよ。
舞踏会に参加する時に私とステラだけなら
貴族の男たちがいやらしい視線を向けてくるし、
最悪の場合も考えられるわ。
だから男のあんたがいることで良い虫除けになる。
ステラとあんたは入学直後にステラの妹、
ユリアのことで既に面識がある。
ステラが大丈夫なのはさっきの様子でわかるでしょ?
あんたのこと覗き込んでたもんね」
「な、なるほど‥‥‥」
最もらしい理由を聞いたアイトは何も言い返せない。
つまり実力や適性ではなく『マリアの弟』という点だけで選ばれたのだ。それなら逆に学園の中、いや世界中でアイトしか該当しない。
「わかった? 公国の舞踏会は規模が大きいから
あんたにとっても良い勉強になる」
「理由はわかったけど、今日から新学期だよね?
俺、学園を無断で休むことになっちゃうけど」
理解はしたが納得はしていないアイトは、なんとか断ろうと必死に理由を捻り出す。だがそれを聞いたマリアは不敵な笑みを浮かべていた。
「安心しなさい。数日前から既に話は通してるわ。
私たちと同じようにあんたも公欠扱いになるから」
(数日前って‥‥‥俺に拒否権なかったじゃねえか!?)
アイトの愚痴は虚しく彼の心の中で消化される。
そんな言い合いを繰り広げている間にも3人を乗せた馬車は、ミルドステア公国を目指して速度を上げる。ステラは2人の言い合いを微笑んで眺めていた。
(‥‥‥大丈夫! 大丈夫!!
別にエリスたちには今日戻るって言ってないし!
これが終わってから堂々と帰ればいい!!)
しばらく帰れないことを確信したアイトは現実逃避を始めた。
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エルジュ本拠地。
「リゼッタ、そっちの準備はどう?」
『だい、じょぶ。おけ』
連絡を取っているのはエリスとリゼッタ。エリスはエルジュ本拠地から、リゼッタは『マーズメルティ』からである。
「今日から夏休みが終わり、学園が始まるから
アイは必ず今日帰ってくる。
彼のことだから朝早くには王都に入っているはずよ」
『エリス、まがん、まがん』
リゼッタが連呼しているのはおそらくエリスの魔眼、つまり
勇者の魔眼のことだろう。その力の1つである【探知】でアイトの魔力を探知したらどうかと勧めているのだ。
「‥‥‥それは野暮よ」
『やぼ?』
しかしエリスは首を横に振る。再会を予測したくないという意味が込められていた。
「する必要がないと思うわ。後ろめたいし。
そんなことしなくても彼は必ず戻ってくる」
『たしかし、おけ、りょ』
「アクアとカイルも、ギルドでの報酬金の6割を
彼のために奮発してくれたわ。私たちの心は1つよ」
『ひとつ、どっちも、がんばろ、おー』
「ふふっ‥‥‥おー」
エリスは魔結晶越しに拳を突き上げているであろうリゼッタ
を想像し微笑みながら掛け声を真似する。
連絡を終えたエリスは引き続き準備に取り掛かる。それは現在王都にいる《黄昏》メンバーも同様だった。
だが、皆が待ち侘びている少年は来なかった。
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昼休み、グロッサ王立学園、1年Dクラスの教室。
アイトのクラスメイトであるギルバート、クラリッサ、ポーラは席を近づけて話をしていた。
「ったく、アイトのやつどうしたんだ? 公欠なんて」
机に肘をついてムスーっとしていたギルバート。明らかに不機嫌そうである。
「そういえば、アイトのお姉さんも公欠らしいわよ」
「あと、ステラ様もですね。
あ、それともう1人公欠扱いと聞きましたよ」
クラリッサとポーラがそれぞれ知っている情報を話すと、ギルバートはギョッとしていた。
「マジかよっ。王女と『ルーライト』隊員も?
絶対何か特別な任務だろうな。羨ましいぜ」
「ま、アイトのことだからお姉さんに振り回された
だけかもしれないけどね」
クラリッサがやれやれと言った様子で首を振る。ポーラは「確かに」と小さく呟いていた。
「えっ!? アイトくんもいないのですかっ!!」
すると、今まで話していたメンバーとは明らかに違う声が混じる。隣から聞こえたクラリッサが視線を横にずらす。
「わぁっ!? ゆ、ユリアさ様!?
ななな、何のごよようかしらかねっ!?」
クラリッサは往来の人見知り+相手の身分の高さに声が上擦る。ポーラも声は出さないが明らかに驚いている。その様子を見たギルバートは「やれやれ」と目を細めていた。
他の生徒も彼女の訪問に驚き、ざわざわ声を出していた。
グロッサ王国第二王女、ユリア・グロッサ。今回公務のため公欠となっているステラ・グロッサの妹で、アイトの友達(レスタのことを知られている)。
「あっ! 突然すいません!
私、ユリア・グロッサと申します!
アイトくんも公欠というのは本当ですかっ!」
ユリアは綺麗な銀髪を揺らしながら、驚いて口の開いたクラリッサにグイグイ詰め寄る。助けたのは横目で見ていたギルバートだった。
「お、おう。今日の出欠で聞いたから間違いないぜ。
確か、ステラ様も公欠だってな。公務なのか?」
タメ口で話しかけるギルバートに周囲は驚くが、ユリアは全く気にしていなかった。ユリアはむしろ畏れる方が嫌なのだ。
「はい! 舞踏会の招待を受けたらしくて!」
「なるほどね。せっかくだからもっと話さねえか?
その様子だと、アイトのこと気になるみたいだし」
「ぜひお願いしますっ! えっと、あなたは」
「ギルバート。ギルバート・カルスだ」
「よろしくお願いしますっギルバートさん!」
一目につくと感じたギルバートは席を立つとユリアも後に続く。そしてクラリッサとポーラも急いで2人を追う。
ユリアの目はキラキラ輝いている。アイトの話を彼のクラスメイトから聞くことができることにワクワクしていた。
(裏で動くために普段はどう立ち回っているか、
根掘り葉掘り聞かせてもらいますよ〜〜〜!!)
アイトの暗躍は、見る方は楽しいのである。
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夜、ミルドステア公国。アイトたちはまだ着いていない。
屋敷街を歩くのはエルジュ精鋭部隊、《黄昏》No.2『死神』ターナ。
ターナは情報収集のため各地を転々と移動していた。そして今回は任務のためにミドルステア公国に足を運んでいた。
(この屋敷か‥‥‥?)
ミルドステア公国内でもトップクラスに大きい屋敷の前で立ち止まる。
(空想の物だと思っていたが本当に存在するとは。
だからこそ悪用させるわけにはいかない)
ターナは慣れた手つきで屋敷の扉を針で開ける。元暗殺者(今もほぼ暗殺者だが)にとって潜入は朝飯前。
「ーーー!!?」
そう思っていた。開けた先に待っていた人影に出会うまでは。
翌日。毎日欠かさず定期報告をしていたターナからの連絡が途絶えた。