死ぬ気で挑め
翌日、エルジュ本拠地。
「すっごいのだ。これなら妾も安心できるのだ」
「妾? 私、じゃないの?」
「お前、ほんっとうに腹立つのだ!!!」
「はーとぅ、どうどう」
エリス、リゼッタ、怪盗ハートゥ(普段着)は本拠地にある施設を見て回っていた。
「あなたのことは何て呼べばいい?
ハートゥ? それともハーリィ?」
エリスの質問にハートゥはすぐに返事ができず、顔を伏せた状態でやがて答えた。
「‥‥‥ハートゥでいい」
「いいの? それって」
「わかってる。怪盗ハートゥは人質の子供達のために
無理やり始めさせられたこと。
でも、それだけじゃないんだ。
私、怪盗が楽しいって思いもあったんだ」
「楽しい?」
「うん。世界が変わって見えた。
こんなにも自由で、開放的で、
みんなが私を見てくれてるって。
ま、ただの悪党なんだけど」
そう言ったハートゥは恥ずかしさを誤魔化すように頭をポリポリと掻き始める。
「だから、そんな私を含めて私なんだ。
ハートゥの仮面を捨てるつもりはないね」
「‥‥‥そう。カッコいいじゃない」
エリスが微笑むとハートゥはグインと顔を逸らす。
「ふん! お前に褒められても嬉しくない!!」
「かっく、いい」
「そ、そう? ありがとう」
リゼッタに対しては素直になるハートゥを見て、エリスは『ずいぶん嫌われたものね‥‥‥』とこれまでの行いを思い出していた。
「それで、お前がわざわざ見て回るなんて変なのだ。
妾に何か用があるのだろう?」
だがハートゥの発言により思い出すのを中断し、本題へと移り変わる。
「勘が鋭いわね。その通りよ」
エリスは1枚の紙をハートゥの前に掲げる。
「ん? 来月のカレンダー?」
エリスに渡された紙をじっくり観察すると、とある箇所に印がつけられていた。
「この日がどうかしたのだ?」
「その日はグロッサ王立学園、最大の学校行事がある。
彼は必ず何か動く。行事の大きさが大きさだけに、
彼が動きやすいように保険はかけておきたいの。
念のためその日は予定を開けておいて」
「確認だが、妾は『エルジュ』に加入してないからな」
「わかってるわよ。手伝って欲しいだけ」
「なら別にいいのだ。その行事を客として観に行く。
もちろん入場券は用意してくれるのだ?」
「ええ。今のところ10人分確保するつもりよ」
その発言が気になったのか、ハートゥは待ったをかける。
「10? 確かエルジュ代表の『天帝』レスタと
精鋭部隊のお前たちを合わせて11人と聞いてるのだ?
それなら妾を含めて12枚ではないのか?」
「彼ともう1人は客ではなく学生として出場するの」
エリスがそう説明するのは、すでにハートゥはエルジュの内部事情を知っているからだ。そして、『天帝』レスタの正体も。
そしてもう1人というのは、学生として学園に潜入中のメリナのことを指している。
「そういえばそうだったのだ。
王国内で指名手配されている謎の多いレスタが、
学生だと知った時は口から声が出たのだ。年下だし」
「年は関係ない。彼の実力が全てを物語っているわ」
何の憂いもなく堂々と話すエリスに、ハートゥは「うえっ」と舌を出した。
(この女、本当に『天帝』が大好きなのだな〜。
聞いてるこっちがウンザリしてくるのだ)
「レーくん、すごい、ひと」
リゼッタもエリスに同調して褒め称える。
「へえ? それじゃあ来月に見るのが楽しみなのだ」
ハートゥは不敵な笑みを浮かべ、3人で歩くのを再開する。
(あれ? そういえば変態貴族が孤児院に来訪した時、
何で踊らされた? そういう趣味なのか?
ま、こんなことエリスに話しても仕方ないか)
首を傾げているハートゥの隣でエリスはカレンダーを眺めながら歩く。
(夏休み終了まであと少し‥‥‥早く帰ってきて、アイ)
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グロッサ城。
アステス王国に出向いていたグロッサ王国第一王子、ルーク
・グロッサが帰還する。
「おかえり。お疲れ様」
彼の前に向かい合うように立つのは『ルーライト』隊員、エルリカ・アルリフォン。カールのついた茶髪、そして隊員の騎士制服。
「ただいま。あれ、怒ってないの?」
ルークは思わずそんな声が漏れる。ルークはエルリカに城に戻ってこいと言っておきながら自分は何も言わずにアステス王国に向かった。そのことを怒っているかと考えていた。
「マリアから理由は聞いた。ま、許してあげる」
「ぇ。そ、そうか」
(あれ? 予想通りマリアは話してくれたのに、
あんな理由を聞いて許された? あれ?)
エルリカが憤慨する光景を予想していたルークは不思議そうに彼女を見つめる。理由はマリアによって捻じ曲げられ、逆にそれがエルリカに刺さっていることを知らない。
「さ、早く行こ」
そのため、ルークはなぜ彼女が少し嬉しそうなのか全くわからなかった。
「相変わらず広いわね」
「一応王族だからね」
そう言ってベッドに腰を下ろしたのはグロッサ王国第一王子で『ルーライト』隊長、ルーク・グロッサ。
「ま、とりあえず座ってよ」
ルークはエルリカに座るように促す。1人部屋のため椅子は1つしかない。だからルークはベッドに腰をかけたのだ。
「失礼するわ」
エルリカは言われた通りに座る。ルークの隣、つまりベッドに腰を下ろして。
「‥‥‥」
ルークは隣に座ったエルリカをジーっと見つめる。そんな彼に対しエルリカはしたり顔になる。
「あら、どうしたの? ちょっと刺激が強すぎた?」
「刺激? ああ、髪切った? 似合ってると思うよ」
「! そ、そう。似合ってるならいいわ」
ルークにそう言われたエルリカは顔を下げて耳元の髪を指でクルクルと巻きつける。確かに、前にルークと会った時よりも髪は短い。
「話は聞いた。怪盗よりも話題になってるね。
『王都に舞い降りた謎の襲撃者』って」
それは今日の記事。怪盗よりも大々的に記載されている。
「『怪盗すらも圧倒し、警備兵でも歯が立たない』。
僕もエルに色々聞きたかったから、それで?」
「‥‥‥事実ね。警備兵はまだいい。
問題は、私とマリアでも歯が立たなかったこと」
エルリカが真剣な表情になる。ルークは少し驚いていた。
「君とマリアが?」
「ええ。マリアなんて戦闘中に絶望してたくらいよ」
「驚いたな。それほどの手練れってことは、やっぱり」
「レスタの仲間。あの女はそう言ってた」
「女‥‥‥他に特徴は?」
「金髪で私と同じくらいの身長ってことくらい。
顔は口元を隠しててよくわからなかったけど、
間違いなく美人。それも他に類を見ないくらい」
「へえ? それは興味深いね、って冗談だから」
ルークは左手を首の前に構えて苦笑いを浮かべる。エルリカの手刀を咄嗟に左手で受け止めたのだ。
「私も冗談よ」
「そのわりには確実に急所を狙って
しかも寸止めじゃなかったと思うけど」
「‥‥‥は?」
「話を戻そう。もし次にその女性と遭遇したら」
「‥‥‥今のところ君しか対処できないってことよ」
エルリカの声が低くなる。顔に悔しいと書いていることをルークは感じとった。
「ま、そう深く考えなくていいよ。
今回は怪盗にユリアが拉致されなかっただけで
充分だ。みんなよく守ってくれた」
「‥‥‥こんな時だけこれだから、はあ」
エルリカはため息をついて顔を逸らす。今の顔を見られたくなかったからだ。
「ため息つくほど思い詰めてた?
それなら走り込みしよう。さ、行くよエル!」
「まだ5時半なんだけど? ‥‥‥この、バカルーク」
エルリカは罵倒しながらも嬉しそうに笑って後について行く。ルークの後を追いかけながら、エルリカはふと気づいたことがある。
(そういえば来月は、学生にとってーーーー)
「ねえ、ルーク」
「ん? なんだい?」
エルリカはルークに追いつき、彼の背中を叩く。
「君の最後の『魔闘祭』、見届けるから」
フッと笑ったエルリカに対してルークは苦笑いを浮かべる。
「はは、その前にステラの公務があるけどね」
「やっぱり心配? 妹が公国に行くのは」
「ま、ステラも17歳。心配しなくてもいいんだけど」
そう言ったルークは両手で顔を叩いて走る。
(何よ‥‥‥妹のことは普通に気にかけているんだ)
エルリカの意味ありげな視線を背後に浴びているが、背後からであるため気づかずに走り続けるルークだった。
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ミルドステア公国、とある屋敷。
「なに!? 孤児院が潰れた!?」
「は。すでに孤児たちもいないようです」
屋敷の主である貴族が椅子から立ち上がる。
「他の奴らなどどうでもいい!!
ハーリィは!? ハーリィもいないのか!?」
「はい。行方不明となっております」
「! ふざけるなぁぁぁ!!!」
貴族は持ったグラスを床に叩きつける。グラスはパリンと音を立てて粉々に砕け散った。
「ハーリィの踊りは天下一品だった!!
あれは間違いなく逸材だった くそっ!!
グロッサ王国の孤児院まで足を運んで見つけたのに!
もう時間がない!! どうすれば良いんだ!!」
貴族は怒り狂った声を上げる。彼なりに何か計画があるのだろう。
貴族は足元に散らばったグラスの破片を踏み砕き、そのまま寝室へと歩いていった。
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グロッサ王国領内。とある森。
黒髪の少年が地面に寝転び、必死に呼吸する。手の平から木剣がこぼれ落ちる。
「はぁ、はぁ、もう限界‥‥‥助けて‥‥‥死ぬ」
「弱音を吐くな!! 続けるぞバカ弟子ことアイト!」
「殺す気か!? このドSアーシャ!!!」
寝転ぶアイトに容赦なく木剣を突き刺そうとする長い銀髪の女性。アイトは地面を必死に転がって串刺しを回避した。
(今言い直す必要無かったよな??
この性格ジ・エンド! いやドS師匠!!)
「師匠って呼ぶな!!!」
「呼んでねえ!?」
アーシャの回し蹴りを木剣で受け止めるが重すぎる一撃に数メートルも吹き飛び地面を転がるアイト。
体勢を立て直して両足を地面につけるとアーシャへと突進する。
「死ねえっ!!!」
「いいじゃないか、殺意剥き出しで!!」
アイトの連続剣撃をアーシャは完璧に捌く。そしてアイトはまた剣を振りかぶる。
すると剣を持っていない左手でアーシャのわき腹目掛けて左フックを叩き込もうとする。それを見たアーシャはニヤッと笑みを浮かべる。
「っ!! うご、かない!?」
突然アイトの左腕が停止する。アーシャのわき腹には届いていない。次の瞬間には右手の剣を振り下ろすアイト。だが、今度は右手も動かなくなる。
「どうしたんだ? 女神の生まれ変わりと言われた
この私は殴れません! 愛してますってか?」
(このアマッ!!!)
そんなアイトの怒りはアーシャに届かず、アーシャの横蹴りを鳩尾に受けて吹き飛んだ。
「い、今のはいったい」
「時魔法だ。ただし止めたのは世界の時間じゃない。
空間の時間だ。お前の両手の空間の時を止めた」
(反則だろ!?)
アイトは木剣にもたれかかるように立ち上がる。
「もう時間がないぞ? 死ぬ気で挑めアイト!!」
「うああああっ!!!!」
こうして、まさに地獄とも言えるアーシャとの手合わせが続いていく。
アイトは今、こんなことを考えていた。
『いつ、この地獄に慣れるのか。いや、慣れない』と。