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教育に悪いわ

 騒動が終えた深夜。


 元アステス王国暗殺組織、ルーンアサイドの本拠地。


 今では《エルジュ》のサブ拠点であり、転移先ポイントの一つとなっている。


 この場に集まっているのは7人。


 『黄昏トワイライト』からはエリス、カンナ、アクア、ミア、リゼッタ。それに教官のラルド、そして。


 「ンンーーーー!!! ンッーーー!!!!」


 口に布を巻かれ、魔力封じの手錠をかけられ、縄で手足を縛られて散々な怪盗ハートゥ。エリスは彼女の口の布を外した。


 「ぷはっ! 離すのだ! これは犯罪なのだ!!」


 (ユリア姫を拉致しようとしてた人だよね!?)


 ()()()は思わずツッコミしたくなる衝動に駆られる。


 「そうはいかないわ。

  それに、ユリア王女を拉致しようとした

  あなたに言われる筋合いはない」


 「ぐっ‥‥‥」


 (言いたいこと言ってくれたぁ〜!!)


 正論を言われて歯を噛み締めるハートゥと満面の笑みの()()()


 「わかったわかった!! それで?

  妾に何か用があることはわかってるのだ!!

  時間がないから早くしてほしいのだ!!」


 「そうね。簡潔に言うわ」


 エリスはハートゥに向き直って口を開く。


 「これからはグロッサ王国内での活動は控えなさい。

  それと、私たちに協力しなさい」


 「は?」


 「王国内で好き勝手動かれると迷惑なのよ。

  それにあなたの力を遊ばせておくのは惜しい」


 ハートゥの擬似転移魔法と入れ替え魔法は必ず役に立つ。エリスはそう判断した。


 「断るのだ」


 当然と言うべきか、ハートゥは即座に拒絶の態度を示す。


 「今の状況でよくそんな言葉が言えるわね」


 「言えるのだ。だって、そこの4人を元に戻せるのは

  妾だけなのだから。そうだろう?」


 ハートゥは誇らしげに笑いながら、エリスを見上げる。


 「早く手錠と縄を解くのだ。

  そして妾の条件を聞いてくれるなら

  そこの4人を元に戻してやるのだ」


 (やっぱり、そう来るわよね)


 エリスはため息をつく。正直、カンナたち4人の人格を戻すことが最優先。だからこの要求は、彼女からしたら呑むしかない。


 そんなエリスの顔を見た()()()(中身はカンナ)は顔を下げて歯を噛み締める。


 (どうしよう‥‥‥やっぱり、私のせいで予定がーー)



           「ん〜、ん〜」



 そんな状況を切り裂くように、カンナ(中身はアクア)の声が響き渡る。


            「やーー」


 小さな叫び声と共に、彼女の両手が魔力に包まれる。


            「えーい」


 覇気のない声を出し、()()()()()()の腹に同時に触れる。


 「ちょっ!? 何勝手に触ってんの!!!」


 「びっくり、したー」


 ミアとリゼッタ、2人がそれぞれ声を上げる。


 「! 2人とも、戻ってる!!!」


 アクア(中身はカンナ)がそう言った直後、カンナ(中身はアクア)に左手で腹を触られる。触ってきた彼女は右手で自分の腹を触っていた。


 「って私も戻ったぁぁ!!!」


 「戻ったー。いいなぁ、コピー楽そう」


 カンナは自身の顔に触れて声を出す。隣にいたアクアはうるさかったのか、両手で耳を塞ぎながらコピーの感想を淡々と述べる。


 カンナの身体に入っていたアクアは、無色眼で読み取っていたハートゥの魔法をコピーしてみせた。


 「ありがとう‥‥‥なんだけど!! なんだけどね!?

  もうちょっと早く使って欲しかったなぁ!?」


 「うるさいー」


 カンナはアクアの両方を揺さぶって半泣き顔。これまでの葛藤は何だったのかといった表情だ。アクアは顔を逸らして目を瞑っていた。


 「まさかっ、本物の無色眼!?」


 ハートゥは開いた口が塞がらない。エリスはフッと笑みをこぼし、ハートゥに向き直る。


 「これで形勢逆転ね。どうするの、怪盗ハートゥ」


 「‥‥‥形勢も何もない。もう、終わりだ‥‥‥

  私のせいでごめん‥‥‥ごめんねっ‥‥‥!!」


 ハートゥはお山座りで両膝を額につけて瞼を閉じ、涙を溢れさせる。明らかにこれまでの口調ではない。


 それが演技でないことは、魔眼の力を使わずともエリスはわかっていた。


 「‥‥‥話しなさい。あなたが持っている情報の全てを」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 翌日。


 「お邪魔するわ」


 1人の客が孤児院へとやってくる。美しい金髪に、服も王都で仕立てられたであろう高級品。ツバが広い帽子をかぶっていて顔はあまりわからない。


 「! これはこれは。何かご用ですかな?」


 経営主は今すぐにでも頭を下げそうなほど丁寧な返事をする。この客に粗相のないように最新の注意を払っていた。


 「引き取りたい子がいるの。いいかしら」


 「もちろんでございます。お前たち、来なさい!!」


 経営主の声にビクっと身を震わせた子どもたちが集まってくる。全員で13人。


 「さあ、どれにしましょうか」


 経営主は子供達に右手を広げて微笑む。これからこの中のどれかが高値で売れるかもしれないと笑みがこぼれたのだ。


 だが、客の顔はみるみる冷たい表情へと変わっていく。経営主は何か間違えたのかと冷や汗をかき始める。


 「全員よ」


 「へ? ぜ、全員でございますか?」


 思いもしない返答に経営主は嬉しさと疑問の両方が襲いかかる。


 「し、失礼ですが、この子たち全員となるとーー」


 ーー支払えますか。そんな続きの言葉は出ない。


 客が放り投げた麻袋に、袋が破れんばかりの金貨が詰まっていたのだ。


 「足りない?」


 「と、とんでもございません!!

  ですが先に謝っておかなければならないことが」


 経営主は隣に立っていた子供たちの中では最年長である、ピンク髪少女の肩に手を置いた。


 「この子は買い取り手がすでに決まっていまして。

  ご希望に添えられず申し訳ございません」


 手を置かれた少女は可憐さと妖艶さを両方持ち、体つきも良かった。言い方は悪いが、そんな少女に買い取り手がいるのは当然とも言えた。


 「どこ?」


 「申し訳ありませんが、

  それは守秘義務で答えられませんな」


 「ミルドステア公国の有名貴族。

  女好きで黒い噂が絶えない変態貴族さ」


 経営主の言葉に被せるように、ピンク髪少女がニヤリと笑って返事をした。その様子を見た客も笑みを浮かべる。


 「お、おい!! ハーリィ何を勝手に!!?」


 「へえ。本名はハーリィって言うのね。

  ユリア王女を攫うことに失敗した

  彼女を売りつけるつもり?

  ゴートゥーヘルの末端構成員さん?」


 「!! 貴様っ、いったい何者ーーーー」


 経営主の男は本性を露わにして客に襲いかかる。その光景を見た子どもたちはそれぞれ悲鳴を上げる。


 「教育に悪いわ」


 客はボソリと呟くと男の背にくるりと回り込んで手刀を叩き込む。


 「ガッ‥‥‥」


 男は白目を剥いて崩れ落ちる。それを半泣きになりながら見つめる子どもたちに、金髪の客は微笑んだ。


 「大丈夫よ。あなたたちは私たちが

  責任を持って保護する。ハートゥいやハーリィもね」


 「お前今わざと間違えたのだ!?」


 ハーリィはぷんぷんと起こりながら金髪の客に詰め寄っていく。


 「「「金髪のお姉ちゃん、かっこいいーーー!!」」」


 こうして子どもたちもハーリィの後に続いたのだった。




 2日前、エリスは怪盗ハートゥ(ハーリィ)から真相を聞き出した。


 孤児院の運営のために金が必要で、そのために高価なものを盗み出してほしいと経営主の男に頼まれていたことに。


 ハーリィが特殊な魔法を使えることを利用し、子どもたちを人質に取ることで怪盗として活動させていたのだ。


 人の物を盗む罪悪感は、標的を悪党に絞ることで押し殺していた。


 ある日、経営主の男が魔結晶で必死に自分の頑張りを伝えている場面を見た。その後もハートゥは独自に調べていくうちに、何か別の大きな存在が潜んでいると気づいたのだ。


 そして今回、ついにユリア王女の誘拐を要求される。失敗すれば子どもたちの安全は保証しない、ハーリィも高値で買い取られる相手に引き渡すと。


 真相を知ったエリスはハートゥに協力することを約束し、僅かな時間で情報をかき集め‥‥‥今に至る。


 これまでの怪盗ハートゥは盗みを働くことの罪悪感と、孤児院の子供たちを人質に取られていた不安を誤魔化すために無理に演じていた。いわば心の仮面をつけていたのだ。


 この後、ハーリィと子どもたちは《エルジュ》が保護。ハーリィは今までの苦悩から解放された。そしてそれは、怪盗のことを知っていた子供たちも。


 拘束した経営主の男は大した情報を持っておらず、子どもたちがいない場所でエリスが粛清した。その光景は誰も見ていない。噂では死にたいと懇願するほどだったという。


 こうして怪盗襲来は代表不在の中、静かに幕を閉じた。

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