代表の器
謎の組織‥‥‥『エルジュ』。
グロッサ王国で暗躍し、精鋭揃いの実力者集団と噂される‥‥‥まさに謎に包まれた存在。
「‥‥‥‥‥‥」
その代表が、平凡であるはずがない。
代表である男は今‥‥‥大勢の前に立っている。その姿、まさに威風堂々。
「‥‥‥‥‥‥」
そして、多くの構成員と向かい合っている。
銀髪、目元を仮面で隠す‥‥‥そんな彼の雰囲気は、どこか異質で近寄りがたい。
そんな彼に‥‥‥構成員330人が注目している。
「きゃあァァ!!!!!! 本物よぉぉ!!!!」
「こ、これは夢か!? 夢なのか!?」
「カッコいいぃぃぃぃぃ!!!!」
人数に比例する声が、幾度にも響き渡る。まさに音の弾幕。これでは、まるで声がーーー。
バツンッ
突然、彼は音魔法を放った。周囲に静寂が訪れる。まるで、それを狙ったかのように話し出した。
「‥‥‥落ち着いたか。先に言っておくことがある」
淡々と話す彼の言葉に、全構成員が注目している。全ての視線を、独り占めしている。
「まず、これは俺を崇める組織じゃない。自分たちのために戦う集団なんだ。俺を崇める必要なんてない」
そんな中で、彼は淡々と話し始める。自由性を説き、皆を諭すように簡潔に。
「今は俺が『エルジュ』の代表だが、すぐにでもこの座は降りることになるだろう。君たちのような、心強い仲間がいるのだから」
この地位には固執しない。彼はそんな口振りで、話を終えた。
「「「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」
湧き上がる歓声。それを聞いても微動だにしない彼は、まさに代表の器なのか。
「さすがレスタ様です」
「ふん」
「レスタくんカッコいい!」
「うるさ〜。眠いんだけど〜」
「ハッ、代表の座は俺がいただくぜ」
「おにいちゃん最高〜♡ ミア、今が1番幸せ〜♡」
「これがエリスさんの主‥‥‥さすがの貫禄ですね」
「レーくん、すごすご」
「熱狂しすぎですよぉぉぉッ!!」
「やっぱり代表ってすごいね」
大勢の前に並んでいる、個性豊かな10人。
330人の中から選ばれた、文字通りの精鋭たち。
彼女たちは声に出して、代表の男を讃えていた。
「‥‥‥‥‥‥」
そして『エルジュ』の代表、レスタ。
組織の頂点に立つ彼の実力、知略、カリスマ性など‥‥‥どの分野でも、他に並ぶ者無しと言われる。
そんな彼は‥‥‥今こう思っていた。
(‥‥‥いつ、この地位から離れよう)
◆◇◆◇
今作の主人公、アイト・ディスローグ。
後に一つの組織を率いることになる彼は、前世ではただの一般人だった。
義務教育を経て高校、大学へと進み社会人に。つまり、ふつうにサラリーマンしていた。
だが、ブラックという言葉が似合う感じの企業だった。当然、充分な休みはなし余裕もなし。疲労が溜まり、集中力が無くなる。
ぼんやりし始める。そんな状態で歩くと、周囲への意識が向かない。気づけば車に轢かれてしまい、終わってしまった。
彼の人生は不完全燃焼で終わる‥‥‥はずだった。
「おぎゃ〜!」
ところが、彼は転生していた。それも創作話にありがちな異世界に。
(うおっ、なんだこれはっ!?)
彼の視界に映るのは‥‥‥大喜びしている男性と、嬉しそうな女性。
「アイトぉ〜!! おねえちゃんだよぉ〜!」
幼い少女が両手を振り乱し、姉である事を誇張してくる。この馴れ馴れしさ、間違いなく身内である。
(アイト‥‥‥俺の、名前?)
そして、彼‥‥‥いや、アイトは生まれたのだ。ディスローグ家の長男として。
(転生‥‥‥って、あるんだな)
その後、彼は少しも泣かなかった。母に抱き抱えられたまま、真顔で佇んでいる。当然、泣かなければ家族に心配される。
「お、おぎゃぁ〜」
そのため、彼は0歳にして‥‥‥赤ちゃんの演技をしてしまうのだった。
「あ、泣いた〜!! おねえちゃんは怖くないからね〜!!」
星暦854年、アイト・ディスローグ爆誕。
当然、生まれ変わった彼は‥‥‥こう考えた。
(転生したなら、やっぱ無双!?)
異世界で、思うがままに無双することを。今なら、それができるかもしれないと。
「おぎゃぁ〜」
だがアイトは、そんな無双系にありがちな特別な力を‥‥‥持っていなかった。今のところ、普通の赤ちゃんである。
(ディスローグ家、か。貴族っていえば貴族なんだろうけど‥‥‥)
アイトの生まれたディスローグ家は、小さなルーリス村とその周辺の土地を統治する領主。それなりに豊かではある。だが、階級で言うと下級貴族。
(王都から相当離れてるし、貴族の中でもあまり有力じゃない感じだな)
名門貴族の多くは王都ローデリアの近くに屋敷を構えており、ディスローグ家の屋敷は遥か北の辺境。
つまり絶大な権力を持っているわけでもなく、勇者の血筋と言った特別な力も持っていない。
赤ちゃん状態のアイトは、顎に手を当てて考え込んでいた。
(別に与えられた使命なんて無いし、あまり堅苦しく考えずに生きよう)
そのためアイトは前世と考え方を変えず、平穏に過ごそうと誓ったのだ。
だがここで、アイトにとって1つ重大な問題が生じる。
「あともう少しでご飯できるからね〜」
彼を産んだ母親が手から水を出したり、手から火を出して食材を加熱したりする。
「あはははっ!! すごいでしょ〜!! おねえちゃんすごいでしょ〜!?」
活発な姉も、特に理由もなく手から雷を飛ばして遊んでいる。まだ、3歳とかで。
「おぎゃぁ〜?」
アイトは声に出して困惑した。
一般人でも、まるで常識のように魔法を扱っている事に。これが、アイトにとって重大な問題。
(うん、魔法の凄さがよく分からないや)
いったい、どれほど魔法を使うのが、一般人として認識されるのか分からないのだ。
「おぎゃぁ‥‥‥」
アイトは困り顔で呻く。
それが当たり前の人たちに、『魔法の平均ってどれくらい』と聞くのはどうなのかと。
(まあ、魔法は使えた方が生活するには便利か)
そしてアイトは‥‥‥魔法に関しては、あれこれ考える事をやめた。
「おぎゃぁ〜!!」
それに何より‥‥‥彼はまだ碌に話せない。生まれたばかりで、行動範囲があまりにも狭い。
精神が既に成熟していると、赤ちゃんである今の状態は、正直かなりの苦痛である。アイトは、こう考えていた。
「おぎゃ〜、きゃっきゃっ」
「どうしたのアイト〜? あ、お母さ〜ん!! ミルク飲みたいって〜!!」
(なんで分かったの!?)
せめて、口に出して会話くらいしたいものだと。
星暦860年。
(やっぱりね‥‥‥俺は俺だよな)
6歳になった頃、アイトは再認識した。自分には特に使命など無いのだと。
(まだ6歳の時点で、魔王いなくなっちゃったよ‥‥‥)
とある冒険者たちが『魔王討伐』を成し遂げたという一報。それが辺境のディスローグ家にも届いたのだ。
冒険者の1人は、人間とエルフの混血という特別な血筋。
また仲間の1人には、背中に白い翼が生えた天使という希少種族もいると。
(やっぱり、俺には何の関係も無かったな)
アイトはその話を聞いた時点で、悟った。
(自分に合った、平穏な生活を送ろう)
それは、まさに現代の一般人の思考だった。
だが異世界では‥‥‥あまり多くない、発想。




